第一回戦に勝利した由香美さん。

その後も、破竹の勢いで勝ち進み、あっという間に決勝まで上り詰めた。

誰もが、彼女の優勝を疑わなかった。

 

しかし、突如にしてその望みは砕かれる。

由香美さんは決勝開始の直前に、会場を退去させられたのだ。

 

「母親の資格がない」という理由で。

 

実は、由香美さんに子供はいなかった。

出産どころか、そもそも結婚すらしておらず、

恋愛経験さえ皆無で、とどめに処女だった。

 

母親じゃないという、たったそれだけの理由で

優勝のチャンスを奪われてしまった由香美さん。

 

あまりにも理不尽な結末に、私たちは悔しさを隠せなかった。

でも、単なる観客である私たちにそれを止める術はなく、

ただ唇を噛みしめることしかできなかった。

 

――私たちは、無力だ。

 

 

そして、3年の年月が流れた。

 


 

 

 えーん!えーん!

 

 困ったわ。この子、さっきから全然泣き止まなくて

 

 お腹が空いてるんじゃないか?それともオムツとか

 

 いや、そんな生ぬるいもんじゃないと思う

 

 これ以上のことが待ち受けてるのかよ

 

 

 

ん?この、ダムの放水を告げるサイレンのような下駄の音はもしかして……

 

 例えが乱暴すぎるよ

 

 えーん!えーん!

 

 あ、あれは、あわわわ……

 

 

  由香美さん!?

 

 えーん!えーん!

 

 あら、懐かしい顔ぶれね。3年ぶりかしら

 

 お久しぶりです、あの大会は残念でしたね……

 

 えーん!えーん!

 

 いや、いいのよ。もう。あれでよかったの

 

 へえ?

 

 確かに、母親じゃないと言う理由で優勝できなかったのは、

当時はとても悔しかったわ。洗面器が涙でいっぱいになるぐらいにね

 

 えーん!えーん!

 

 でもその後、ゆっくり考えて気づいたの。

母親としてあるべき姿は、マザー・オリンピックで優勝することなんかじゃないって

 

 ええ!?ち、違うんですか

 

 だってあなた、母親の中で一番になろうと奮闘して、

その間ずっと、我が子を疎かにするんじゃ本末転倒じゃない

 

 母親っていうのはね、自分の子供に愛を注ぎ続ける人をそう呼ぶの。

そんなことにも気づかなかったあの頃の自分が、恥ずかしいくらいだわ

 

 ……

 

 えーん!えーん!

 

 むしろ、マザー・オリンピックなんて大会に参加すること自体、間違ってたわ

 

 あんな大会、カスよ。

育児をダシに使って儲けることしか考えてないクズどもが運営する、

有史以来最悪に酷いイベントだわ

 

 えーん!えーん!

 

 だから、今は全然後悔してないの

 

 そうですか……。なんか、大人になりましたね、由香美さん

 

 えーん!えーん!

 

 ところで、その子はあなたのベイビーかしら?

 

 あ、はい!そうです!

 

 ということは、この子のパパはもしかして……

 

 えーん!えーん!

 

 あ、あはは

 

 あら、まあ……

 

 まあ、そんな、あらあら

 

 えーん!えーん!

 

 うん、そう、そうなん、です、ハハハ……

 

 もう、しっかりしなさいよ、パパなんでしょ

 

 えーん!えーん!

 

 いやあ、ハハハ……なんなんだよこの応酬

 

 うん!とっても素敵よ、あなた達。いいママとパパになれるわ

 

 えーん!えーん!

 

 ありがとうございます!

由香美さんにそう言って頂けるなんて……

 

 あら、あたしなんか全然凄くないわよ。

マザー・オリンピックだって優勝出来なかったし

 

 あ!

 

 え?

 

 えーん!えーん!

 

 そうだわ、あなたもマザー・オリンピック出場してみたらどう?

あなたほどのママなら優勝だって決して夢じゃないわ

 

 え?そうですか!?

 

 そうですとも!

あなたが優勝する姿をみたら、この子だってきっと喜ぶわよ!

出場してみなさい。あたし、応援するから

 

 さっき散々カスイベントって言ってましたよね

 

 えーん!えーん!

 

 あら、もうこんな時間。今日からマ王の再放送が始まっちゃうわ。

それじゃあ私、そろそろ行くわね

 

 はい!またいつか!

 

 

 

 

いつの時代も、母親というのは偉大な存在である。

だが、考えて欲しい。

彼女たちも母親である前に、ひとりの人間であることを。

 

人は誰しも、最初から完璧ではない。

 

間違うこともあれば、道に迷うこともある。

だが、それでも失敗から学び、成長していく。

 

そのことを理解すれば、君たちの考えも変わるだろう。

子も、いつまでも母親に甘え続けるのではなく、

一緒に支え合っていくべきであることを。

 

そう願っている。

 

 

 

がんばれ!お母さん物語 ~完~