あなたは「卒業式を支配した経験」がありますか?
僕はある。
高校時代は放送部だった。
お昼の校内放送、体育祭の実況、マジメなドキュメンタリーを作ってコンテストに出るなど、
目立たないながらかなり熱心に活動していたのだが、
特に思い出深いのがその「卒業式の支配」だ。
卒業式の最中、放送部員はステージ上手の二階にある放送室に籠っている。
基本的に特にすることはないのだが、
一人だけは機材の前に座り、マイクの音量を上げ下げしたり音楽を流したりしなければならない。
こう書くと簡単なように見えるが、違うマイクをオンにしたら当然声が聞こえないし、かと言ってやたらオンにしまくってもハウる。
そのためには式の行程を頭に入れ、いつ誰がどのマイクで喋るかを完璧に把握しておく必要があった。
音楽もちょうどいいボリュームで、
たとえば卒業証書授与では校長が2人目の生徒に卒業証書を渡した瞬間からじんわりフェードインさせるという、メチャ細かなルールがある。
僕は喋るのが苦手なのでずっと撮影や編集を担当しており、機材の扱いには慣れていた。
そのせいでこの大役を任された。
やりたくなさすぎる。
だって卒業式だ。
高校生活の最後の日。
体育館には全生徒と全教師が集っている。
親だってたくさん見に来る。どこぞの来賓も来る。
一生の思い出になる日だ。
そんな日に、もし僕がヘマしたら……
想像しただけで恐ろしい。
だが、やるしかなかった。
なぜなら部員が少ないうえ熱心に活動していて、かつ機材慣れしている2年生が僕しかいなかったから。
事前に何度もリハーサルを行った。
脳内でシミュレーションも何度もした。
「卒業式の練習なんかいらねーだろ」とこれまで何度も思ったことがあったが、
そんなもんアホの寝言。たわけ。ナンセンスのタコ。必要でしかない。
当日。
僕は見返しすぎてクシャクシャになった進行表を広げ、最後のシミュレーションをした。
先輩は卒業生だし、顧問も3年生の担任のため放送室にはいない。
つまり頼れる人がいない。
式が始まった。
司会は教頭先生。
教頭は人一倍声が大きいため、マイクの音量をやや下げる必要がある。
続いて僕が音楽を再生し、それに合わせて卒業生が入場してくる。
…ん?
次はでかい声の教頭の号令をきっかけにして全員起立。
教頭のマイクを操作しているのは僕だ。
そして僕が再生した君が代を全員で斉唱する。
…あれ?
もしかして…
いま俺、卒業式を支配してる……?
練習と脳内卒業式をやりすぎて、あろうことか本番でそんな感覚に陥ってしまった。
いつもより人が多いのも作用しているのかもしれない。
仮にマイクをバカ上げしたら教頭の巨声で全員卒倒するし、
国歌斉唱で『カービィ☆マーチ』を流すことだってできる。
なんなら僕が予備のマイクで歌うこともできる。
もう完全に楽しくなってきた。
国歌がMDに入っているのも面白い。
この卒業式を操っているのは…
俺だ!!!!!
だが当然ムチャクチャはできず、練習通りこなした。
緊張もミスもない、我ながら完璧な出来だった。
毎年3月ごろになると思う。
今年もどこかの高校では、そんな破壊衝動を抱えながら卒業式を支配している放送部員がいるのかなぁと。