申し訳ないんだけど、この本、声に出しながら読んでもいい?

みくのしんは音読した方が読みやすいんだっけ?

文字だけじゃなくて自分の声も耳に入るからダブルで集中できるんだよね。そうじゃないと気が散っちゃって……

みくのしんの読書だから自由にしていいよ

 

よし……読むか!!

 

 

 

小田原熱海(あたみ)間に、軽便鉄道敷設(ふせつ)の工事が始まったのは、良平(りょうへい)の八つの年だった。

小田原熱海……

 

熱海いいよねぇ〜

さっそく気が散ってる

昔この辺に住んでたな〜! 鈍行で沼津の原駅に帰ってたのを思い出すね!

相当読みたくないんだな

 

ごめん。最初くらいはちゃんと読まなきゃね。もっかい一行目から読むわ

みくのしんのペースでいいよ。俺もこの後予定入れてないし

すげー時間かかるけどいい?

覚悟してきてるから

 

小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。

うん! この始まり方、好きです!

そうなんだ。好きならいいけど

こういう書き出し見ると「本読んでるな〜!」って感じしない?

 

急に始まるのがいいよね。「どうもはじめまして」とか言わないじゃん

そんな書き出しの小説見たことねえよ

普通なら「こんにちは。芥川です。みなさんはトロッコって知ってますか?」って言いそうなもんじゃない?

芥川龍之介はキュレーション記事書かないよ

 

良平は毎日村外(はずれ)へ、その工事を見物に行った。

主人公はこの「良平くん」かな? たしか8歳なんだっけ?

さっき「八つの年」って書いてあったもんね

ちょっと分かんなくなってきたかも。情報整理してもいい?

どうぞどうぞ(まだ登場人物1人なんだけどな)

 

 

 

 

 

スケッチブック使うことある?

ここに読んだことをメモしていけば忘れずにすむから。こんなの家じゃできないよね

家でしかできないだろ

 

でも、これを見返せば感想文も書きやすくなるでしょ。あとあと便利だと思う

たしかに。本に直接メモする人もいるくらいだしね

そんなことしていいの? 読む文字が増えるだけじゃない?

 


良平8才

このメモ、意味ある?

いいねえ。だいぶ分かりやすくなった

本人が分かるならいいけど

 

工事を──といったところが、唯(ただ)トロッコで土を運搬する──それが面白さに見に行ったのである。

トロッコで土を運んで、また戻って……みたいな作業を眺めてるのが好きなんだね! わかる〜!

わかるんだ

俺、良平と仲良くなれそうかも!

8歳の子と通じ合う32歳ってすごいね

 

書いとくか!「良平はトロッコが好き」!

だいぶ細かくメモするなあ。このペースだと夜が明けるぞ

いちいちメモをとるとテンポ悪くなっちゃうね。みんなどうやって本読んでんの?

みんなは読書中に議事録とらないんだよ

 

トロッコの上には土工が二人、

新しいキャラが出てきたな。土工って?

土木作業員のことだね。「大工」みたいな言葉だと思えばいいよ

なるほどね。大人がトロッコに2人乗ってるんだ……

 

ってことは、このトロッコ大きい?

なにワクワクしてんだ

インディージョーンズくらいデカいんじゃない!?

 

トロッコの上には土工が二人、土を積んだ後(うしろ)に佇(たたず)んでいる。

え〜っと? これってどういう状況?

たしかによく分かんないね。トロッコには土が積んでるけど、土工はどこに乗ってるんだろ

ちょっと描いてみるか

 

とうとうセルフで挿絵を描き始めた

いいね。イメージがめっちゃ頭に入ってくる! だから本屋ってスケッチブック売ってるんだな!

そんな販売戦略聞いたことないよ

 

トロッコは山を下(くだ)るのだから、人手を借りずに走って来る。

ジェットコースターみたいな感じか。そりゃ見てるだけでも楽しいよな

 

(あお)るように車台が動いたり、土工の袢天(はんてん)の裾(すそ)がひらついたり、細い線路がしなったり──

語彙力すごくない? 8歳の表現力じゃないだろ

トロッコ好きだからこういう細かいところも見てるんだろうね

すごいな。トロッコの天才じゃん

 

……。

 

トロッコの天才ってなに?

知らねえよ

 

良平はそんなけしきを眺(なが)めながら、土工になりたいと思う事がある。

もう将来の夢決まってるんだ…。しっかりしてるなぁ……

8歳相手にコンプレックスを感じてる?

俺は将来の夢なんかないのに……と思ったら凹んじゃった

大人はみんなそうだよ

 

寄り道も多いけど、いい調子で読書できてるじゃん。本の苦手意識もなくなってきたんじゃない?

そうだね。時間はかかるけど、この本は読みやすい! これ書いた人すごいかも

今、新鮮に芥川を褒める人いないよ

 

なんだろ、主人公が男の子だからかな。俺も8歳だったことはあるから入り込みやすいのかも

みくのしんにとって感情移入しやすいテーマだったのか

読書する時って本の中に自分を探しながら読んでるから。小説に自分が出てくるとすごく読みやすい気がする

物語には共感性が大事と言われる意味がよく分かるな

 

せめては一度でも土工と一しょに、トロッコへ乗りたいと思う事もある。

いいねえ! トロッコに乗った自分を想像するわけだ!

まだ1ページ目なのにすっかり夢中だなぁ

子どもっぽいところあるじゃん!

 

トロッコは村外れの平地へ来ると、自然と其処(そこ)に止まってしまう。

と同時に土工たちは、身軽にトロッコを飛び降りるが早いか、その線路の終点へ車の土をぶちまける。

良平も負けじとトロッコの魅力を語り始めたね

良平にはみくのしんのこと見えてないよ

まあ俺のほうがファン歴長いけどな! 良平よりトロッコ好きな自信あるし!

トロッコの同担拒否?

 

それから今度はトロッコを押し押し、もと来た山の方へ登り始める。

良平はその時乗れないまでも、押す事さえ出来たらと思うのである。

わかる! 押すのもいいよね〜!

トロッコファンとしてこの小説読む人、初めて見たかも

憧れが隠しきれてないのがめっちゃ可愛い!

 

押すだけでも……ってところがね〜!

 

うん……うん……

 

え? 泣いてんの???

泣いてないけど……ちょっと危なかった……

本当に何で?

 

びっくりした。そんなに本読むの嫌だった?

そうじゃないんだけど。良平が急にこんなこと言うから

落ち着いて。何がみくのしんの琴線に触れたのかを教えてくれ

 

良平はその時乗れないまでも、押す事さえ出来たらと思うのである。

良平はしっかりしてる子なんだよ。だから本当は「トロッコに乗りたい!」って言いたいのに、それは子どものわがままだってことまで分かってんの

この一文でみくのしんはそう感じたんだね

頑張って大人になろうとしてるんだよ。でも、この「せめてトロッコを押すだけでも…」ってとこに子どもらしさがはみ出してる気がする。それがね……なんか可愛いし切ないの!

良平がいじらしくてウルッときたのか。すごい感受性だ

 

多分、弟か妹がいるね

それはもう読書じゃなくてプロファイリングだな

お兄ちゃんだからこんなにしっかりしてんのよ。でも、良平にはこの「はみ出しちゃってる子どもらしい部分」を大事にしてほしい

すごい目線で読書してるなあ

 

いいねえ! この漫画面白いかも!

漫画じゃないよ

あ、そうだった

すごいな。俺も一度でいいから漫画みたいに本を読んでみたいわ

 

(ある)夕方、──それは二月の初旬だった。

2月の夕方かぁ。トロッコ日和とはいかないね

トロッコに日和とかあるの?

この時期はすぐ暗くなっちゃうでしょ。夜になったらトロッコ見えづらいから

トロッコの撮り鉄?

 

良平は二つ下の弟や、弟と同じ年の隣の子供と、トロッコの置いてある村外れへ行った。

やっぱり弟いんじゃん!!!

なんでこれ当たるの? 

わかるよ! めっちゃイメージできるもん! 本ってすごいな〜!

この場合、すごいのは本だけじゃないだろ

 


みくのしんが描いているイメージ

これだけ見たらちゃんと読書してるとは思えないんだけどな

我ながら本に集中できてなさすぎるよね。さすがに怒られるかな?

いや、大丈夫。このままでいいから自由に読んでくれ

 

トロッコは泥だらけになったまま、薄明るい中に並んでいる。

もう薄明るい時間なんだ。ってことは、もうすぐ5時だね

時間まで正確に把握する必要ないよ

 

が、その外(ほか)は何処(どこ)を見ても、土工たちの姿は見えなかった。

5時だな

何時でもいいんだって

職人さんってきっちり定時で帰ったりするし。これは5時だな

 

三人の子供は恐る恐る、一番端(はし)にあるトロッコを押した。

トロッコに触っちゃったんだ。タイヤの泥、乾いてるかな?

そこ気になる?

泥が湿ってたら近くに土工がいるって分かるじゃん

常習犯じゃないとその発想にならないだろ

 

トロッコは三人の力が揃(そろ)うと、突然ごろりと車輪をまわした。

こういうとき「やべっ! 本当に動いた!」って思うよな〜

自分で動かしたのに?

そりゃそうだろ。こっちはトロッコ押したい気持ちで押してるけど、本当に押したところまで考えての押したいじゃないから押せても「押せるんだ!」ってなっちゃうんだよ

???

 

良平はこの音にひやりとした。

ほらね

良平とシンクロしすぎじゃない?

ごめんごめん、さっきから私語が多すぎるよね。本に集中できてないかも

いや、かなりできてると思う

 

しかし二度目の車輪の音は、もう彼を驚かさなかった。

もう好奇心の方が勝ってるんだ! 可愛い!

 

ごろり、ごろり、

──トロッコはそう云う音と共に、三人の手に押されながら、そろそろ線路を登って行った。

いいな〜。こういう日の絵日記は見開きで書きたいよな

 

その内にかれこれ十間(けん)程来ると、

十間? ってなに?

間は畳一枚分の長さだね。十間だから……20mくらいじゃないかな

だいぶ押したな〜

 

線路の勾配(こうばい)が急になり出した。

トロッコも三人の力では、いくら押しても動かなくなった。

大丈夫? 逆走しちゃうんじゃない?

 

どうかすれば車と一しょに、押し戻されそうにもなる事がある。

ケガしそう…。こういうときやりすぎちゃうことあるからな……

 

良平はもう好(よ)いと思ったから、年下の二人に合図をした。

合図?

 

「さあ、乗ろう!」

悪ガキだな〜!!

楽しそうに本を読むなぁ

 

彼等は一度に手をはなすと、トロッコの上へ飛び乗った。

俺も乗りたい!!

小説相手に駄々をこねるなよ

でも、実際のところ俺は乗れないだろうな〜。「いや、俺はいいわ。見とくわ」とか言っちゃうと思う

 

トロッコは最初徐(おもむ)ろに、それから見る見る勢(いきおい)よく、一息に線路を下り出した。

いいねえ。軽快なBGM流れてそう

 

その途端につき当りの風景は、忽(たちま)ち両側へ分かれるように、ずんずん目の前へ展開して来る。

なにこれ??? すごくない???

ん? 何が?

この文章!! トロッコ視点の景色をこんな風に書いていいの?

ああ、文章表現のことを言ってるのか

 

ちょっともっかい読も。すごいわこれ、ドキドキする

俺もみくのしんが何に感激してんのか知りたいわ

時間かかっちゃってごめんね

もっと時間かけていいよ

 

その途端につき当りの風景は、忽ち両側へ分かれるように、ずんずん目の前へ展開して来る。

つき当りの風景……! かっこよすぎ……!! 目の前の景色を一旦2Dで見てるってことだよね?!

言われてみたらそう読めるか。気付かなかったな

景色なんてどこまでいっても突き当たることないじゃん!! なのに、一回スクリーンみたいに見えてるってこと!? それをトロッコがぶち抜いて走ってるってこと?! 自由すぎ!! カッコいい!!

この一文ってこんなに感動できたんだ

 

つき当りの風景……つき当りの風景……! これ本当にすごいわ!! こんな文章書いてみたい!!

すごいな。俺は文章表現一つでこんなに夢中になれたことないよ

ネプリーグ状態のことをこんな新鮮に表現できる??? 本当に初めてトロッコに乗ったんだなって感じする!!!

お前、読書向いてるよ

 

顔に当る薄暮(はくぼ)の風、足の下に躍(おど)るトロッコの動揺、

──良平は殆(ほとん)ど有頂天になった。

語彙力が爆発してる。トロッコに乗った衝撃で頭良くなってんじゃん

トロッコにそんな効用はない

降りた頃には頭でっかくなってそう!!

 

しかしトロッコは二三分の後、もうもとの終点に止まっていた。

あ、もう終わっちゃった。思ったより短いな

 

「さあ、もう一度押すじゃあ」

楽しそすぎ

こっちのセリフだろ。本読みながら見せる表情じゃないぞ

これは帰るの遅くなるぞ〜! 晩ごはんに間に合うかな!

 

良平は年下の二人と一しょに、又トロッコを押し上げにかかった。

次乗ったら良平どうなっちゃうの??? トロッコの才能に目覚めちゃうんじゃない???

みくのしんってその場にいるみたいに本を読むね

次は俺もトロッコ乗りたい!!!

 

が、まだ車輪も動かない内に、突然彼等の後(うしろ)には、誰かの足音が聞え出した。

あっ……やべ……

 

土工じゃない……?

みくのしんまで小声になる必要ないだろ

ばれちゃったんじゃない……?

 

のみならずそれは聞え出したと思うと、急にこう云う怒鳴り声に変った。

これはヤバい

 

……ぅわ

 

……かまど。次の文章、やばいよ

俺のことはいいから読みな

大丈夫? 心の準備できた? やばいよ?

 

 

 

 

「この野郎! 誰に断ってトロに触った?」

土工、バチギレです!!!

爆笑しながら読むシーンか?

 

正直、「大人に怒られるんだろうな」とは思ってたけど想像超えてきた! これは怖すぎる!!

じゃあそんなにケラケラ笑いながら読んでやるなよ

トロッコのことを「トロ」って呼んでるのも荒くれ者っぽくていいよね! ちょっともっかい読もうか?

 

この野郎! 誰に断って──

 

トロに触った?

そんな言い方じゃないだろ

いや、絶対こう! 途中で怖さのギアチェンジしてるもん

同じ文字を読んでるのに、こんなにイメージに違い出る?

 

ちょっと俺、土工役やるね

読書中に実演するな

 

この野郎!

 

誰に断って

 

トロに触った?

怖すぎる

良平の目にはこう見えてるはず。さっきまでトロッコに夢中になってた反動もあるからね

 

其処には古い印袢天(しるしばんてん)に、

印半纏? ってなに?

昔の職人とか火消しが着てたハッピみたいな服だね

あ〜なんとなく分かるかも。威勢がいい感じのやつか

 

季節外れの麦藁帽(むぎわらぼう)をかぶった、背の高い土工が佇んでいる。

2月に麦わら帽って! キャラデザ完璧かい!

そんなに変な風貌じゃなくない?

い〜や、異様だよ。こいつはバイオハザードに出てきてもおかしくない

 

──そう云う姿が目にはいった時、良平は年下の二人と一しょに、もう五六間逃げ出していた。

でも、これでよかったかも。トロッコ遊びがエスカレートする前に怒られといた方がいいよ

 

──それぎり良平は使の帰りに、人気のない工事場のトロッコを見ても、二度と乗って見ようと思った事はない。

反省してるようです

ニッコニコだな

良平にとっては大事件だと思うけど、やっぱ外から見てるとちょっとした可愛い話だからね

 

唯その時の土工の姿は、今でも良平の頭の何処かに、はっきりした記憶を残している。

トラウマになってんじゃねえか

どういう感情で読んでんの?

トロッコ見たら、あの顔がちらついてしょうがないんだろうな

 

例えば母さんに「良平おつかい行ってきて〜」って言われるじゃん

おつかい?

いつもの道を通って、いつものトロッコを見ても……

 

この顔が脳裏をよぎっちゃう

土工のフラッシュバックはしてないと思う

 

家で味噌汁とか飲んでるじゃん

みそしる?

お母さんに「良平どうしたの? 気分悪いの?」って言われても「うん…うん…」って適当な返事してさ……

 

そしたら味噌汁の水面に……

 

 

 

ヒャァア!

さっきから何の話してんだ

 

忘れないように書いとくか

 


土工 ヤバイ

 

キャーハハ!

早く読め

 

薄明りの中に仄(ほの)めいた、小さい黄色の麦藁帽、

──しかしその記憶さえも、年毎(としごと)に色彩は薄れるらしい。

かっこいい表現……! 俺も今度から忘れる時は色彩薄れさすわ

 

その後(のち)十日余りたってから、良平は又たった一人、午(ひる)過ぎの工事場に佇みながら、トロッコの来るのを眺めていた。

……大丈夫か?

何をドキドキしながら読んでんだ

さっき土工ショックがあったから…。またアイツが来るんじゃない?

ホラー小説みたいに読むなよ

 

すると土を積んだトロッコの外(ほか)に、枕木(まくらぎ)を積んだトロッコが一輛(りょう)、これは本線になる筈(はず)の、太い線路を登って来た。

枕木…というのは?

線路に敷く木のことだね。

そういえば鉄道を作るとか言ってたね

 

このトロッコを押しているのは、二人とも若い男だった。

おぉ……別の人か……

そんなにビクビクしながら読む小説じゃないんだけどな

……麦わら帽子は? かぶってる? どう?

みくのしんの方がトラウマになってない?

 

良平は彼等を見た時から、何だか親しみ易(やす)いような気がした。

ほんとに? 擬態型じゃない?

土工は討伐対象じゃねえよ

急にドーン!ってこない!?

土工をブラクラみたいに言うな

 

「この人たちならば叱(しか)られない」

──彼はそう思いながら、トロッコの側(そば)へ駈(か)けて行った。

これ怖いよ……また怒られそう……

みくのしんってアトラクションみたいに本を読むね。身をよじりながら読書する人ってあんまりいないよ

このペア倒したら後から麦わら出てこない!?

だから土工は敵じゃないんだって

 

「おじさん。押してやろうか?」

さあ……どう出る……?

 

その中の一人、──縞(しま)のシャツを着ている男は、俯向(うつむき)にトロッコを押したまま、思った通り快い返事をした。

「おお、押してくよう

押してくよう? 何?

そういう方言だと思う。「押してくれよ」みたいな意味じゃないかな

あ、じゃあOKもらえたんだ!

 

よかった!

うん、そうだね

 

良平は二人の間にはいると、力一杯押し始めた。

大丈夫? もう1人いるよ? その人からは許可もらってないんじゃない?

 

われは中中(なかなか)力があるな」

(た)の一人、──耳に巻煙草(まきたばこ)を挟(はさ)んだ男も、こう良平を褒(ほ)めてくれた。

大丈夫でした!

うん、そうだね

 

その内に線路の勾配は、だんだん楽になり始めた。

「もう押さなくとも好(よ)い」

──良平は今にも云われるかと内心気がかりでならなかった。

かわいいな〜。もっと押していたいんだ

子どもなら「早く乗りたい」とか思いそうなのに

ね! 良平はこういう辛い作業も楽しめるんだ。トロッコの才能あるな〜

(トロッコの才能ってなんだ?)

 

が、若い二人の土工は、前よりも腰を起したぎり、黙黙と車を押し続けていた。

おっと…? なんか雰囲気よくなさそう?

 

良平はとうとうこらえ切れずに、怯(お)ず怯(お)ずこんな事を尋ねて見た。

「何時(いつ)までも押していて好(い)い?」

どきどき……

 

「好(い)とも」

いい人でした

我が事のように喜んでるな

 

二人は同時に返事をした。

優しい人たちでよかった……!

 

良平は「優しい人たちだ」と思った。

おんなじこと言ってる! 俺じゃん!!

本を読んだ感想で「俺じゃん」ってすごいな

もう……

 

良平と友だちになりたい

なれるだろうね

一緒にチャリで遠くまで行きたい。見たことない形のゴキゲンなシーソーとか乗りたい

 

五六町余り押し続けたら、線路はもう一度急勾配になった。

其処には両側の蜜柑畑(みかんばたけ)に、黄色い実がいくつも日を受けている。

いい匂いするわ〜!

嗅覚を刺激されながら読む本は楽しいだろうな

ここ、かなりいい道じゃない!? 座席で缶ビール飲みながら通過したい!

線路が開通した後のことまで考えるなよ

 

「登り路(みち)の方が好い、何時(いつ)までも押させてくれるから」

──良平はそんな事を考えながら、全身でトロッコを押すようにした。

良平は偉いな〜。トロッコ押す時間を心から楽しんでるじゃん

まあ、下りだったら良平の手伝いもいらなくなるだろうしね

だからって登りの方が好きって言う奴いないだろ。土工にスカウトされるんじゃない?

 

蜜柑畑の間を登りつめると、急に線路は下りになった。

あ、下りチャンスあるんだ。行きは登りだけかと思ってた

 

縞のシャツを着ている男は、良平に「やい、乗れ」と云った。

乗せてくれるって!

 

良平は直(す)ぐに飛び乗った。

俺も乗りたい!

 

トロッコは三人が乗り移ると同時に、蜜柑畑の匂いを煽りながら、ひた辷(すべ)りに線路を走り出した。

最高。もうここでエンドロール流れてもいい

ここで終わったら物語として成立しないだろ

しなくていいよ。あとは土工とのNGシーンとか流してほしい

ピクサー製作じゃねえよ

 

「押すよりも乗る方がずっと好い」

──良平は羽織に風を孕(はら)ませながら、当り前の事を考えた。

可愛いな〜! トロッコが楽しすぎて当たり前のことしか考えられなくなってる!

 

「行きに押す所が多ければ、帰りに又乗る所が多い」

──そうもまた考えたりした。

あ、やっぱ賢いわ。今の時点でこれに気付けるのはかなり天才に近い

たしかに。ここで帰りのことまで考えてるのは良平っぽいね

多分、速さと距離の計算とかすぐできると思う

 

竹藪(たけやぶ)のある所へ来ると、トロッコは静かに走るのを止めた。

三人は又前のように、重いトロッコを押し始めた。

あ〜、止まっちゃった

 

竹藪は何時か雑木林になった。

爪先(つまさき)上りの所所(ところどころ)には、赤錆(あかさび)の線路も見えない程、落葉のたまっている場所もあった。

「つま先上がり」って何? トロッコのパーツか何か?

なんだろうね。調べてみる?

あ、かまどでも知らない言葉あるんだ。なんか安心するわ

つま先上がりは「ちょっとした登り坂」って意味らしいよ。傾斜の上に立つと、つま先が上にあがるからそう言うんだって

 

いい言葉!俺も使ってみたい!

面白い言葉だね。初めて知ったわ

あれ? かまどってこの本読んだことあるんだよね? なのに知らない言葉あるの?

そんなもんだよ。俺も今みくのしんに言われるまで「つま先上がり」が知らない単語だと気付いてなかったし

 

どういうこと? 意味を知らないのに気付かないの? なんで???

大意だけ分かった気になって読み飛ばしてるから、そうなっちゃうんだよ

ふ〜ん? でも、知らない単語があっても読めるってすごいね

みくのしんを見てると、そんなことないと思えてきた

 

その路をやっと登り切ったら、今度は高い崖(がけ)の向うに、広広と薄ら寒い海が開けた。

……どした? 

ん? なにが?

なんか怪しくない?

 

せっかく海が見えたのに「薄ら寒い」ってわざわざヤな言い方してるじゃん。良平に何かあっただろ

……お前、もっと読書したら?

なに? なんか間違えてる?

その逆だよ。いい読解力してるからもっと本読んだ方がいい

 

と同時に良平の頭には、余り遠く来過ぎた事が、急にはっきりと感じられた。

そっか…。帰り道のことを考えて冷静になっちゃったんだ

まだ子どもだから怖くなったんだろうね

せっかくの海なのにつまんなそうに言うから変だなと思ったのよ。景色を描いてるだけなのに良平の気持ちって伝わるんだね。本ってすごくない???

人が「情景描写」の概念を理解する瞬間って初めて見たかも

 

三人は又トロッコへ乗った。

車は海を右にしながら、雑木の枝の下を走って行った。

あ、いいね! トロッコに乗ったら良平も気が紛れるんじゃない?

ロケーションもいいもんね

せっかく海きたんだしさ〜! 波の音とか聞こうや!

 

しかし良平はさっきのように、面白い気もちにはなれなかった。

Oh……

フルハウスの観客みたいな声出すなよ

 

「もう帰ってくれれば好(い)い」

──彼はそうも念じて見た。

そうなっちゃったか……

 

が、行く所まで行きつかなければ、トロッコも彼等も帰れない事は、勿論(もちろん)彼にもわかり切っていた。

帰り道が分かるように地図書いといてあげよう

何の意味があるんだ

俺が迷うかもしれないだろ

 

その次に車の止まったのは、切崩(きりくず)した山を背負っている、藁屋根の茶店の前だった。

茶店か。なんか中間セーブっぽい?

 

二人の土工はその店へはいると、乳呑児(ちのみご)をおぶった上(かみ)さんを相手に、悠悠(ゆうゆう)と茶などを飲み始めた。

やだな〜! 

良平よりも嫌がってるじゃん

こっちは帰りたいのに! こいつら、俺たちのこと全然見てないじゃん!

 

良平は独りいらいらしながら、トロッコのまわりをまわって見た。

トロッコには頑丈な車台の板に、跳ねかえった泥が乾いていた。

子どもが親に連れられて居酒屋に来てるときみたい。つまんねえよな〜

わかる。大人だけで盛り上がってて、子どもは手持ち無沙汰な感じね

早く帰りたいよな。もうすぐめちゃイケも始まるし

土曜なんだ

 

少時(しばらく)の後(のち)茶店を出て来しなに、巻煙草を耳に挟んだ男は、(その時はもう挟んでいなかったが)

こいつタバコ吸ってねえか!??

そこは別にいいだろ

こっちの気も知らないで! 子どもってそういうのすぐ分かるからな!!

 

トロッコの側にいる良平に新聞紙に包んだ駄菓子をくれた。

いいやつじゃん

扱いやすい子どもだな

なめんな。俺、32歳だぞ

とてもそうは見えないだろ

 

良平は冷淡に「難有(ありがと)う」と云った。

キレてるな〜。しょうがない、子どもってこんなもんよ

大人の方はこれで喜ぶと思ってるからな

本当はありがたくないんだよな〜。この時間にお菓子食べたら晩ごはん入らなくなっちゃうし

お母さんの目線で読んでる?

 

が、直(すぐ)に冷淡にしては、相手にすまないと思い直した。

偉い! こういうところで良平のお兄ちゃんな感じがわかるよな

良平のことすげー褒めるね

だって、ここで駄々こねないのは偉いよ。俺だったらぶーたれて「察しろ」って顔するもん

 

彼はその冷淡さを取り繕うように、包み菓子の一つを口へ入れた。

菓子には新聞紙にあったらしい、石油の匂いがしみついていた。

いいねえ。このお菓子、風立ちぬに出てきたやつだと思っていい?

好きにイメージしていいけど、シベリアではないんじゃないかな?

いや、そう思うことにするわ。そっちの方が疲れ取れそうだもん

 

みくのしんがイメージしてるやつ

腹減ったな〜!

 

三人はトロッコを押しながら緩(ゆる)い傾斜を登って行った。

良平は車に手をかけていても、心は外(ほか)の事を考えていた。

まだ続くのか……。なんかいろいろマイナスなこと書いてるけど、良平も思ってるだけで口にはしてないんだよね

だから土工たちも良平の様子に気付いてないんだろうね

気を遣わせないようにしてるんだと思う。偉いな〜。良平って俺より大人じゃない?

 

その坂を向うへ下(お)り切ると、又同じような茶店があった。

また? 各停じゃん

トロッコに快速はない

 

土工たちがその中へはいった後、

また入ってる

 

良平はトロッコに腰をかけながら、帰る事ばかり気にしていた。

しんどい!

みくのしんまでストレス抱えなくていいのに

俺も帰りてえ!

みくのしんが読書苦手な理由が分かったかも。こんな読み方してたらそりゃ疲れるよ

 

茶店が見えた時点で「行くな行くな」って思ってただろうな

描かれてないけど多分そうだね

家に帰った良平が見たい。早く読まないと晩ごはんに間に合わなくなっちゃうよ

変わったモチベーションで読書してるなあ

 

茶店の前には花のさいた梅に、西日の光が消えかかっている。

5時ですね、これは

みくのしんの読書って正確に時間を把握しようとするよな

じゃないと頭に入ってこないんだよ。2月の夕方5時だと思うと、ちょっと肌寒くなりながら読めるもん

全身で読書してて羨ましい

 

「もう日が暮れる」

──彼はそう考えると、ぼんやり腰かけてもいられなかった。

まあでも、帰りは早いんじゃない? さっき自分でも言ってたじゃん

あ〜。まあ……そうだね

ここまでだいぶ押してきたんだから、帰りは乗る時間の方が長いはずだよね

 

トロッコの車輪を蹴って見たり、一人では動かないのを承知しながらうんうんそれを押して見たり、

──そんな事に気もちを紛らせていた。

ま、子どもはそんな先のことまで考えられないよな

 

ところが土工たちは出て来ると、車の上の枕木に手をかけながら、無造作に彼にこう云った。

次は何のお菓子くれんの?

 

「われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」

 

「あんまり帰りが遅くなるとわれの家うちでも心配するずら」

???

 

 

 

こいつバカ?

本当に呆れたときのアスカ?

 

良平は一瞬間呆気(あっけ)にとられた。

現地解散なわけなくない??? こいつらマジで何なん???

このシーン、ショックだよな〜

トロッコ押すだけ押させてハイ解散!? それはもう誘拐だろ!!

 

もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途(みち)はその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、

──そう云う事が一時にわかったのである。

やっばぁ……

 

 

良平は殆(ほとん)ど泣きそうになった。

俺も泣きそう

お前はなんでだよ

 

が、泣いても仕方がないと思った。

泣いている場合ではないとも思った。

じゃあ俺も泣かない

ぜひそうしてくれ

 

彼は若い二人の土工に、取って附けたような御時宜(おじぎ)をすると、どんどん線路伝いに走り出した。

うわ……本当に1人で帰るんだ……

 

良平は少時(しばらく)無我夢中に線路の側を走り続けた。

……。

ん?

 

何笑ってんの?

いや……だってこれ……

 

走ってんじゃん!!!

そういうシーンなんだからそりゃそうだろ

前に読んだ「走れメロス」でも走ってたよな! 本って走るものなのか!?

それはたまたまだよ

 

その内に懐(ふところ)の菓子包みが、邪魔になる事に気がついたから、それを路側(みちばた)へ抛(ほ)り出す次手(ついで)に、板草履(いたぞうり)も其処へ脱ぎ捨ててしまった。

草履も捨てちゃうんだ。山道で足の装備を外すのはかなり悪手じゃない?

そういうことを考える余裕もないんだろうね

子どもって裸足に無限の可能性感じてるよな〜

 

すると薄い足袋(たび)の裏へじかに小石が食いこんだが、

痛っそ!!!

 

足だけは遙(はる)かに軽くなった。

彼は左に海を感じながら、急な坂路(さかみち)を駈(か)け登った。

とりあえず海のところまで戻ってきたけど……大丈夫? 今何時?

時間の描写がないから分かんないね。まだ日は暮れてないのかな

暮れてたらもっと冷静じゃないはずだよね。夜の海ってほぼ墨汁だから

 

時時涙がこみ上げて来ると、自然に顔が歪んで来る。

──それは無理に我慢しても、鼻だけは絶えずくうくう鳴った。

かわいそう……

 

竹藪の側を駈け抜けると、夕焼けのした日金山(ひがねやま)の空も、もう火照(ほてり)が消えかかっていた。

これやばいよ!!! 暗くなるって!!!

みくのしんまで不安になってどうする

これ2月の話だろ!? ただでさえ日が落ちるの早い時期なのに!!!

 

 

助けに来い!!! 麦わらの土工!!!

 

 

今こそお前の番!! お前が来たらハッピーエンド!

 

 

良平は、愈(いよいよ)気が気でなかった。

こんな展開になるんだ……。かわいそうだな

 

(ゆ)きと返(かえ)りと変るせいか、景色の違うのも不安だった。

わかる!! 映画観たあとね!!!

映画観たあと?

 

映画終わってドア出たら「あれ?? 出口どっちだっけ???」 ってなるよな!!

なるけど、今思い出すことじゃないだろ

良平大丈夫だぞ!! 映画館と一緒だから!! 安心しろ!!

 

すると今度は着物までも、汗の濡れ通ったのが気になったから、やはり必死に駈け続けたなり、羽織を路側(みちばた)へ脱いで捨てた。

どんどん捨ててんな。大丈夫か?

そういうの気にしてられないんだろうね

それを目印にして、土工が追いかけてくるんじゃない?

やまんばみたいに言うなよ

 

蜜柑畑へ来る頃には、あたりは暗くなる一方だった。

おっミカン畑! いいじゃん。だいぶ戻ってきてるよ!

 

「命さえ助かれば──」

8歳にこんなこと言わせんな

感情移入が激しすぎる

俺も子どもの頃に大人のマネをしてこんなこと言うことはあったよ? でも、これは純粋に生き物としての言葉だから

 

子どもの体力って少ないんだよ。前に迷子の子どもと一緒に歩いたことあるけど、すぐ疲れて休憩してたもん

そうなんだ。たしかに8歳の子どもにとっては大冒険だよな

それに良平は1人なんだよ? こんなの……もう……

 

はじめてのおつかい・ザ・ムービーじゃん

 

「命さえ助かれば──」

良平はそう思いながら、辷(すべ)ってもつまずいても走って行った。

がんばれ! 道だけは間違えるなよ!

 

やっと遠い夕闇の中に、村外れの工事場が見えた時、良平は一思いに泣きたくなった。

村が見えてきました!

小説を実況中継してる?

 

しかしその時もべそはかいたが、とうとう泣かずに駈け続けた。

泣いてないのが偉すぎる。俺は今でもこんなことできないと思う

みくのしんはできててほしいけどなあ

泣かないにしても、少なくとも何回か大声は出してる

 

彼の村へはいって見ると、もう両側の家家には、電燈の光がさし合っていた。

わかる。遊んで帰ってきたときに、電灯がついてたらすげー焦るよな……

 

良平はその電燈の光に、頭から汗の湯気(ゆげ)の立つのが、彼自身にもはっきりわかった。

あるある! 冬にジョギングしたら俺もなる! ギア2かと思うよな!

良平はルフィ知らないだろ

びっくりしなくていいぞ良平! 全然あることだから!

 

井戸端に水を汲んでいる女衆や、畑から帰って来る男衆は、良平が喘(あえ)ぎ喘ぎ走るのを見ては、「おいどうしたね?」などと声をかけた。

あ〜帰ってきた! もう周りは知り合いばっかりだもん!

 

が、彼は無言のまま、雑貨屋だの床屋だの、明るい家の前を走り過ぎた。

そっかそっか……。そうだな…まだゴールじゃないもんな……

 

彼の家の門口(かどぐち)へ駈けこんだ時、良平はとうとう大声に、わっと泣き出さずにはいられなかった。

おかえり!!!

俺もこんな顔して本読んでみたいよ

泣け泣け!! たまったもん全部出せ!!!

 

その泣き声は彼の周囲(まわり)へ、一時に父や母を集まらせた。

よかった〜! 俺の代わりに目一杯よしよししてあげて!

 

(こと)に母は何とか云いながら、良平の体を抱えるようにした。

羽織もなくなってるもんね。お母さんもビックリするでしょ

これだけだと事件に巻き込まれたと思うだろうな

でも、良平は泣き止んでも何があったか絶対言わないと思う。なんか、そんな感じがする

 

が、良平は手足をもがきながら、啜(すす)り上げ啜り上げ泣き続けた。

……いいなぁ

「いいなぁ」って何だよ

こんな泣き方できるってことが羨ましくなってきた。こう泣けるのって今だけじゃん

 

その声が余り激しかったせいか、近所の女衆も三四人、薄暗い門口へ集って来た。

大人になったらもうできないよ? 俺も久しぶりにこんな風に泣きたい

そこはなんとか我慢してよ

なんでだよ。俺だってずっと1人だぞ

 

ひぃっぐ! ひっ……ひぃっくぐぅ!って泣きたいだろ

32歳のそれは見てらんないって

ベロを上顎にひっつけるとやりやすいよ

コツを教えなくていい

 

父母は勿論その人たちは、口口に彼の泣く訣(わけ)を尋ねた。

聞くな聞くな。それ聞かれると余計泣いちゃうから

 

しかし彼は何と云われても泣き立てるより外に仕方がなかった。

今日はめちゃくちゃ寝れるだろうな

 

あの遠い路を駈け通して来た、今までの心細さをふり返ると、いくら大声に泣き続けても、足りない気もちに迫られながら、…………

わかる……。泣いても泣いても何かが追いかけてくる感じがするんだよね

あ〜、子どもの頃はそういう経験あった気がする

この感覚って大人になったら無くなったよなぁ。もう追いつかれたのかも

妙に怖いこと言うなよ

 

よしよし。あとちょっとだから最後まで読むか

すごいじゃん。今回は最後まで読めそうだね

あとは何があんの? 土工が謝りに来る?

 

 

 

良平は二十六の年、

良平は26の……

 

あ!?

 

良平は二十六の年、

時間飛んでんだけど!?

そうだね。あれから20年くらい経ったみたい

なにこれ!? 映画みたい!! 小説ってこういうのもあるの!?

 

妻子と一しょに東京へ出て来た。

大きくなったな〜!! もう子どもいる年齢か〜!

親戚のおじさん?

 

今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆(しゅふで)を握っている。

雑誌の校正してんの!!??!?

 

すごいなぁ……あの頃から頭よかったもんなぁ……

同窓会?

 

が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。

これは……トロッコの思い出のことだよね

 

全然何の理由もないのに?

ん?

 

──塵労(じんろう)に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………

……!

 

 

……終わった

 

 

……すご……え? 

 

……何、この終わり方

 

鳥肌たったわ

瑞々しい読書体験で羨ましいよ

 

……最後のとこもっかい読んでいい?

何回でも読んでくれ

 

が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。

全然何の理由もないのに?

──塵労(じんろう)に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………

なんじゃこりゃ……

 

 

ということで、2時間かけて見事「トロッコ」を読み終えました。ここまで読んだあなたもお疲れさまでした!

 

読み始める前は、全部で数ページしかないことに喜んでいたみくのしんですが、最終的には……

 

 

放心状態

どうしよう。すげーどきどきする

お疲れ様。やっぱりお前読書向いてるって

現代編になってからがすごかったね。今、名作映画を観終わって109シネマズから出てきた直後みたいになってるもん

実際、最後まで読んでみてどうだった?

 

面白かった!!!!!

本読ませがいあるな〜

何これ!? 本じゃないみたい!! もしかして、俺が知らないだけでビビるくらいの名作なんじゃない???

それはそう

 

とにかく終わり方がかっこよすぎる。痺れたわ……

たしかに最後の一行にやけに感動してたね。あれは何だったの?

……なんだろ。急に思ってもいないところからめちゃくちゃカッコいいオチがきたからかな

 

あれはどういうメッセージなんだろ。大人になった今でもトロッコ帰りみたいな気持ちを抱えてるってことなのかな……

 

……なんか、違うな。子どもの頃の体験が大人になった自分にも続いてるというか……

 

……うん。

 

分かりません。ちょっとまだ言葉にできないです。ごめんなさい

全然いいよ。できる人の方が少ないと思うし

でも、何かはあるんだよな〜! これ、言葉にしたい!

ゆっくりでいいから整理してみて

え〜っとね……

 

これってだいぶ昔に書かれた本なんだろうけど、それもあると思う。ずっと「昔も今も子どもの気持ちって変わんないんだな〜」って思いながら読んでたし

ずっと、あるあるネタみたいに読んでたもんね

そうやって「昔」と「今」を感じてたところに、最後の一行で「子ども時代」と「大人時代」がつながるような終わり方じゃん。だから、同じように「この本が書かれた時代」と「この本を読んでる俺の時代」もバチッとつながった感じがしたのかも

こんな奴が本嫌いなワケないだろ

 

読み終わった後も、しばらく熱に浮かされたように「すげえ」「かっこいい」としか言えなくなったみくのしん。子どもの頃には読めなかった本ですが、大人になった今だからこそ感じるものがあったのかもしれません。

じゃあ、20年越しに「トロッコ」の読書感想文書いてみる?

そういえばそういう話だったね。でも、この本の感想かぁ……

 

書けるかな?

絶対書けるだろ

でも、絶対上手く書けないと思う。自分で言ってる感想にも全然ピンときてないし 

 

読書中のメモもこんなんよ?

これは参考にはならんね。でも、本を読んで感じたことはあるでしょ?

めちゃくちゃある。でもそれを上手く文章にできるかは別問題だからな〜

まあ、ちゃんと文字にするとなると大変だよな。じゃあ一旦、感想とか気にせずに、読書の思い出を書くくらいの気持ちでやってみたら?

 

思い出を書く?

「この本を読んだ当時、俺ってこんなこと思ってたんだ」みたいな記録は残しておきたいと思わない?

あ〜たしかに。せっかく本が読めたんだから忘れたくはないな

短くてもいいから。単純にみくのしんの読書感想文を読んでみたい

めちゃくちゃな文章になっちゃうと思うけどいい?

今さらそんなの気にしないよ

 

 

……翌日……

 

一応書けた! 

早かったね。読ませてもらっていい?

どうぞどうぞ

 

 

芥川龍之介「トロッコ」を読んで

高杉 未来之進

(本名だよ。すごくない?↑)

 

 ←ここ、空間あけないといけないんですよね。どのタイミングで空間を入れたり抜いたりするかわからない。まず、それくらい読書感想文を書くのが久しぶり。夏休みの宿題などで提出した事は人並みにあるはずだけど、それのどれもが「苦痛」。苦くて痛い。なのでどんな事を書いてやり過ごしたかは覚えていないし、人の読書感想文を読んだこともない。

 本を読みました。芥川龍之介のトロッコ。面白かったなぁ〜。本を読むことが苦手というか基本文字が不得意なのですが、本を観た後はいつも爽快。

 金曜日の有給、お昼に開いてる銭湯に行く。ちゃんと家から持ってきた体ゴシゴシ(ボディーソープを2プッシュ程染み込ませている(もちろん袋にも入れてるので漏れ安心)を使って洗う体の気持ちよさ。1時間くらいお風呂を満喫していると「お風呂って一時間居ていいんだっけ?」と、なんでか不安と申し訳なさが出てきて銭湯を出る。早くも傾きだしてる西日に当たりながら、このあと寒くなりますよ〜って予告してるような冷たい風も心地よくて、そんでまだ夜になる前に友達と合流して串カツ田中に行く日。みたいな、

 そんな爽快感でした。内容が清々しいかというとそんなことはない。いや、ある。あった。そういう一面もある。子供の純粋な真っ直ぐな気持ち。それがバッテラの酢飯かというくらい詰まってた。僕は基本的に僕が好きなので、本のキャラクターに自分を見ると楽しくなってしまう。嬉しくなってしまう。

 でも、映画や漫画に自分を見ることってあんまりないかもな。0じゃないけど。でも、本だとこれをよく思うかもしれない。すごい。読書感想文を書いてたら発見してしまった。自分の感情。凄くない? 自分が気づいていない自分の事。気付いちゃった。ここすごいわ。ここすごいよ。すごいから目立たせておこう。

★★★★★★★コ★コ★す★ご★い★!★★★★★★★

 なんでだろう? 映画は本と違って勝手に流れていくからかな。漫画は字を読まなくてもイラストだけ見て理解した気になっていたりするからかな。この2つと本の違いは「読み飛ばせない」という事か。コレは僕に限ってと言うか、文字を読み飛ばすような読み方をすると途端に意味がわからなくなって読書という行為の意味が0になっちゃう。だから「読み飛ばせない」。読み飛ばさないからその中に自分を見るのかな。

 それと、あ。これか。これがそうだ。本は絵や映像で表現出来ない部分を全て文字にしないといけないからか。だから登場人物の感情も読み取ることでそのキャラクターの中の自分を見つけられるのか。なるほどね。読書をすることで確実に頭働いてビビった。何かを理解している。ストーリー以外の部分でそれが起こってる。

 このあとはどうすんの? コレは、僕がこの本の内容を言わないといけないのか? そういうのはいいかな。そこで説明を求められても困るよ。僕が説明できるのは「THE・幼少期」という事だけ。タイトルが「THE・幼少期」でもいい。爆裂に売れなかっただろうけど。でも「THE・幼少期」ではある。あの頃の楽しさとか無邪気さとか悲しさとかを思い出させるお話。2月だから冬の話だけど、夏バージョン作ってもいいと思う。

 この本の中で特にビビったのは2つあって、1つはこの言い回し。

 「その途端につき当りの風景は、たちまち両側へ分かれるように、──」

 これは、トロッコに乗って動き出した時の様子を描いた文章なんだけど、ここ。やっぱりいいよな。風景ってのは僕は無限だと思ってるんですよ。壁じゃないから。人差し指を刺しながらまっすぐ歩いても指先が「ぶにっ」と、上向くことないでしょ。だからそんな無限の風景を「つき当たり」って。ク〜〜。かっこいいー! そして「たちまち両側へ分かれるように、」これーーーー!!!! トロッコのスピードが上がっているのがわかるような、つき当りの景色がモーゼ奇跡みたいに両側に分かれるって。ここはカッコイイ! ミーハー的な事いってたらすみませんが、ここはめっちゃいいね。

 それと、やっぱり終わり方。

 「──塵労(じんろう)に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………」

なんじゃこの終わり方。到底敵わないよ。こんなの。少しでも「(グラス持って)文字書き同士、(チンッ)ともに頑張りましょうや(ゴクっ)」とか芥川さんと言いたいなと思った自分が恥ずかしい。……いや、これはそういうレベルの恥ずかしさじゃないな。文字書き同士ってなんだよ。

 びっくりするような終わり方。あんな終わり方ってしてもいいんだな……。あんな終わり方してるってみんな知ってるの? 知った上で生活してるの? 朝起きて顔洗って水道水飲んでるの? そうだとしたらすごい。この心がワタワタしてしまう感情をどうにか自分の中に落とし込みたい。

 考えてみよう。ちゃんと……。子供の頃へのリアリティが一気に深まる終わり方というか……。いや違う……。違うなぁ。あ、駄目だ。めちゃくちゃ脳かいーわ(痒いわ)。トロッコのオチ! 脳みそかいーわ(痒いわ)! 落ち着こう。

 (深呼吸)

 わかったぞ。わからないけど、わかったぞ。

 この、「わからないけどわかったぞ」という、矛盾しているような感情も今の僕の答えかもしれない。そもそも自分の感動なんてどうやって言葉にしていいか分からない。美味しい食べ物は美味しいって思うし、面白い映画も面白いって思うだけ。そうやって生きてる僕に突然未来に飛んで瞬く間に終わる物語を見せられてもすごいとしか言えない。「瞬く間」だよ? それってどのくらいのスピードだと思ってんの?って話。

 でも、そんな僕でもわからないのにわかったんですよ。

「確かに」

 これ。「確かに」って思うところ。

 めちゃくちゃ会話とかで「へ〜確かに」みたいに当たり前のように使っている言葉。コレの金ピカプラチナミラクルMAXハイパー繊細ダイヤモンドカットされた「確かに」。これがトロッコの終わり方に感じる。他の「確かに」じゃあない。深く深く、よーく考えて生唾飲んだ後にいう「確かに」。これっスよ。

 自分が仮にその状況に直面した場合。すげー「確かに」になる。この気持ちよさ、そしてなんでそんな事を小説で表現出来たの? という、圧倒されて腰が抜ける怖さ。

 あの! 日常的に考えようと思っていないけど、考えている事が! 小説になった! この触れ込みで映画を出したらいいと思います。

 そんでもってかまどが言ってたけどこれ100年前の作品だそうです。100年前って。冗談じゃないと言わない数字だよ。歴史じゃん。歴史なのに僕でも普通に読めるってよく考えるとすごい。すごすぎ。賞をあげたほうがいい。歴史に。それが読書なんだと言われたら、ちょっと怖いかも。

 100年前にこれを出せていて、この人間という生き物を表現する精度を現代まで保ったまんま愛されてるんだもん。そりゃすごい。これもかまどが言ってたんですけど、100年前って僕のじぃ(みなさんで言う所のおじいちゃん)も生まれてないんだって。すごすぎ。

 その中でも変わらない人間の本当の心臓。真心臓か。すみません。その真心臓を小説に落とし込んだのは本当にすごすぎ。芥川龍之介ってちゃんと胴上げとかされてるんですか? 大丈夫? なんか冷めたフライがバシバシ入ってて、これじゃないなぁ〜っていうエビチリが入ったオードブルの立食パーティで適当に労ってない? 大丈夫?

 いやぁ、本当に素晴らしかったです。普通に読んでて楽しかったし笑えたし感動も出来ました。天晴小説。「遠い過去と遠い未来をつなげるためにそのためにオレはいるんだ」とヒカルの碁で言っていましたよね。そんな事ってありえないと思ったけど、本当につながることがあるんだなって深くトロッコから感じました。

 あ、ジブリで絶対トロッコやります。やったほうが良い。先に言っておきます。絶対やる。コレ当たったらみんなあれしてくださいね?「いいね」とか。

 

めちゃくちゃ書けてんじゃねえか

こんな落書きみたいな文章でいいの?

かまうもんか。大輪の花丸もらえるよ

 

おしまい