「イルカの赤ちゃんにジャンプスケアを見せたい」

こんなことを言ったら、あなたはどう思うでしょうか。

 

ジャンプスケア(jumpscare)は、ホラー映画やコンピュータゲームでよく用いられる、観客を驚かせ恐がらせることを意図して主に大きな恐ろしい音と共に画像(映像)や出来事を突然変化させるテクニック。(Wikipediaより引用)

すなわち、ホラー映画やホラーゲームによくある「びっくり演出」のこと。

 

きっとあなたは、嫌悪と恐怖と軽蔑の入り混じった眼差しを私に向けるでしょう。「イルカの赤ちゃんにジャンプスケアを見せたい、だって? いい年をした大人がよく臆面もなくそんなことを言えたものだな。恥を知れ、この卑劣漢の腐れ異常者が。もういい、こんな奴相手にするだけ時間の無駄だ。31アイスクリームでも食べに行こう」──そう言って、あなたは私の前から立ち去ってしまうかもしれません。あなたがそうするのも無理はないことです。私はあなたを引き止めず、去っていく背中を眺めもせず、ただ俯くことしかできないでしょう。そして、すっかり一人きりになった今、再びこう呟くでしょう。

 

 

「イルカの赤ちゃんにジャンプスケアを見せたい……」

 

 

 

さて、この願望を叶えるためにはどうすればいいでしょうか。現実的に考えて、本物のイルカの赤ちゃんをどこかから連れてくることはまず不可能です。それに私も、実際の動物に精神的ショックを与えてほくそ笑むような真似をしたいわけではありません。「イルカの赤ちゃんにジャンプスケアを見せたい」などといういびつな欲望は、現実から断絶された状況で白昼夢を見るようにして満たされるべきなのです。

 

 

とはいえ、イルカの赤ちゃんにジャンプスケアを見せるという目的を果たすためには、最低限「イルカの形をしたもの」が必要です。そこで今回は、イルカの赤ちゃんのぬいぐるみを作ることにしました。生身の動物はともかく、ぬいぐるみにジャンプスケアを見せる分には特に問題はないはずです(そうですよね? そうですよね? そうですよね?)。重要なのは、ぬいぐるみを「自分で作る」ということ。イルカのぬいぐるみなど探せばいくらでも売っていると思いますが、私に言わせれば、そんなどこの誰が作ったとも知れぬイルカをびっくりさせたところで何の感動もありません。心を込め自力で作り上げたイルカの赤ちゃんにこそ、ジャンプスケアを見せる甲斐があると思いませんか。

 

 

ぬいぐるみ製作に使用するものはこちら。なお、私は裁縫の経験がほぼゼロなので、今回は縫う代わりに接着剤や両面テープを駆使して布地を貼り合わせていくことにしました。……えっ、それじゃあ”ぬいぐるみ”ではないじゃないかって? ふふっ、随分と凡庸なことを言うのですね。いや、別に責めてるわけじゃないんです。誰でも思いつくようなことは、すなわち誰かが言わなければならないことでもあるのだから。そう気を落とすことはないですよ。

 

 

それでは、頑張ってぬいぐるみを作っていきましょう!

 

 

 

※ここから先は本来、ぬいぐるみを作る過程について記述するつもりだったのですが、特筆すべきことが何一つ起こらなかったので、代わりに全く関係のない話をさせていただきます。

 

 

 

夜、家の明かりにつられて虫が部屋に入ってくることがありませんか。私はそんなときは、入ってきた虫を捕まえてベランダから外に出してやるのですが、あまり虫を素手で触りたくないのでティッシュで包んで捕まえるようにしています。

ところが、捕まえた虫を逃がそうとしても、なかなかティッシュから離れてくれないことがあります。無理やりティッシュから引き剥がそうにも、そうしている間に別の虫が入ってくるかもしれないので、そういうときはティッシュごとベランダに放置しておくしかありません。

 

 

そして翌朝、洗濯物を干すなどの用事でベランダに出た際に、昨夜のティッシュを再び目にすることになります。当然虫はもうそこにはおらず、空っぽのティッシュが一枚、ベランダに放置されている状態です。それを見たとき、私は自分でも不思議なくらい憂鬱な気分になるのです。

 

 

なぜこんな気持ちになるのでしょう。我が家の狭く殺風景なベランダに使用済みのティッシュが一枚落ちている、その光景のみすぼらしさに気分がふさぐのでしょうか。どうもそれだけではないような気がします。

突飛なことを言うようですが、私がここで感じている憂鬱さというのは「自分がこの世界の一員であることを否が応でも認識させられる戸惑い」とでも言うべきものなのです。例えるなら、二十歳になって初めて年金の納付書が送られてきたときの、面食らってしまうような感じに近いでしょうか。「お前はお前の意思とは関係なくこの世界の一員に組み込まれていて、そこから抜け出すことはできないのだ」──ベランダに落ちているティッシュは、私にそんなことを告げているように思えるのです。

 

 

なぜそんな風に思うのか、自分でもよくわかりません。ティッシュが落ちているなら片付ければいいだけの話かもしれません。でも、ティッシュを拾ってゴミ箱まで捨てに行くことを考えると、私は強烈な虚無感と惨めさに襲われます。俺はこんなことをするために生きてるんじゃない、と叫びたくなります。そう、私はその瞬間、まさしく「自分が生きている」ことを感じるのです。私は今までの人生で、一番楽しかった瞬間にも一番辛かった瞬間にも、そんなことを思ったりはしませんでした。しかし、虫を捕まえるのに使ったティッシュがベランダに落ちているのを見たとき、私は自分が生きていると感じます。これは一体どういうことなのでしょうか。

 

 

部屋に虫が入ってきて、捕まえた虫をティッシュごと外に放置して、翌朝ベランダにティッシュを見つけて、それを捨てに行って……そんなのが「生きる」ということの本質だとでもいうのでしょうか。そしてそんなことを何百回と繰り返しているうちに、私の人生は初めから存在しなかったように消えてなくなってしまうのではないでしょうか。

 

 

そんなことを考えつつ、結局私はいつもティッシュを拾ってゴミ箱へ捨てに行きます。どんなに憂い嘆こうとも、最後にはそうするほかありません。落ちているティッシュが風もなく宙に浮かび上がり、そのまま空へ飛んで行く、そんな奇跡は起こり得ないのです。そう思うと、一瞬、本当に一瞬ですが、私はこの世界が心の底から憎くなります。そして一瞬とはいえ、それほどまでに激しい憎しみを私は他に覚えたことがないのです。というわけで完成しました!

 

 

◆命名:キューちゃん◆

・遊ぶことと食べることが大好きなイルカの赤ちゃん。無邪気かつ好奇心旺盛な性格で、人間のやっていることになんでも興味を示す。好物はカレーライスとプリン。

・赤ちゃんなのでまだ泳ぐのは苦手。毎日お風呂で、水の中で目を開ける練習をしている。

・将来の夢はかっこいいシャチ。イルカが成長してもシャチにはならないということはわかっていない模様。

 

 

なんてかわいいイルカの赤ちゃんだこと! 見ているだけで心が洗われていくようです。まあ、やや不格好であることは否めないですが、それもまた愛嬌の一部だと考えれば何の問題もありません。ハンドメイドのいい味が出ている、と言わざるを得ません。

それでは準備も整ったことですし、早速”キューちゃん”にジャンプスケアを見せていきましょう……と言いたいところですが、もう少しお待ち下さい。お楽しみへ進む前に、ぜひあなたにもキューちゃんへの愛着を深めていただきたいのです。というわけで、キューちゃんの日常を特別にお見せしちゃいます。キューちゃんのかわいさに心ゆくまで癒やされちゃってください♪

 

キューちゃんの日常1・れんしゅう

「ぷはーっ」

「すごいね、キューちゃん! 今日は5秒もお水にお顔つけられたね!」

「ちゅごいでちょ! きゅーちゃん、すいすいじょうずでちょ!」

「うんうん、とっても上手だよ」

 

泳ぎの練習を頑張るキューちゃん。きっとすぐ泳げるようになるよ!

 

キューちゃんの日常2・こうきしん

「これなーに?」

「あっ、それは危ないから触っちゃダメだよ」

「あい!」

「……」

 

「ちょとだけ……(カチッ)」

 

「ガーーーーーーッッ!!」

「ぴゃーーーっっ!?」

 

「うぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」

「だから触っちゃダメって言ったのに……」

 

とっても好奇心旺盛なキューちゃん。それゆえちょっぴり危なっかしいところも……

 

キューちゃんの日常3・けいさん

「イルカはとっても賢い生き物らしいけど、キューちゃんもそうなのかな?」

「きゅーちゃん、かちこい!」

 

「じゃあ、このプリンは何個かな?」

「いっこ!」

 

「それじゃあこれは?」

「いち……にい……さんこ!」

 

「じゃあ、ここから1個食べちゃったら?」

「…………?」

「おいちかった!」

 

そうだね、プリンはおいしいもんね。

 

 

いかがでしたでしょうか? とてもかわいかったですね。それではキューちゃんにジャンプスケアを見せましょう。今回キューちゃんに見せる映像として選んだのは、おそらくインターネットで最も有名な恐怖映像の一つである「ウォーリーを探さないで」です。

 

◆ウォーリーを探さないで

2000年代初頭にインターネットで流行した、フラッシュ動画の代表的な作品の一つ。一見、絵本『ウォーリーをさがせ!』を装った作品だが、画面に注目してウォーリーを探していると突然映像が切り替わり、叫び声とともに恐ろしい顔が表示される。動画序盤のBGMが小さめに設定されているが、これは視聴者自身にPCの音量を上げさせ、後の叫び声の衝撃をより大きくさせるためのトラップである。

 

見る者を怖がらせる、というか驚かせることだけに特化した、今回の目的にもってこいの作品です。これを見たキューちゃんがどんな反応をするか楽しみでなりません。

 

 

ついに時は満ちました。「イルカの赤ちゃんにジャンプスケアを見せたい」、この願望が実現される瞬間がとうとう訪れるのです。生きていれば、目標を見失わなければ、こうして報われる時が来るのですね。だからあなたも最後まで絶対に諦めないでください。あなたならきっと素敵な夢を抱くことができます。強い意志を持って、その夢を叶えてください。そして、私の代わりにみんなを笑顔にしてあげてください。だって私には、イルカの赤ちゃんにジャンプスケアを見せることしかできないのだから。

 

 


 

 

 

「……」

「なにちてるの?」

「あ、キューちゃん。実は今から、とっても楽しいことをしようと思ってたんだ」

「! きゅーちゃんも!」

「うーん、どうしよう。キューちゃんにはまだ早いかもなあ……」

「やだ! きゅーちゃんもやるの!」

「しょうがないなあ、じゃあ一緒にやろうか」

「わーい!」

 

「ちゅごい! いっぱいのおひといゆ!」

「これは『ウォーリーをさがせ!』っていう遊びだよ」

「おーいーたん?」

「そう、ウォーリーさんっていう、メガネをかけてしましまのお洋服を着たおじさんをこの中から探すの。できるかな?」

「できゆ!」

「それじゃあウォーリーさんを見つけられたら、今日のおやつはプリンにしよっか」

「ぷぃん!? きゅーちゃんかんばゆ! おーいーたんみっけちゅる!」

「よし、それじゃあ始めよっか。3、2、1……スタート!」

 

「どっこかなー、どっこかなー」

「ふふ、がんばってね」

「あれ? なんか音が小さいね。大きくしてあげるね」

「うん!」

 

「むぅ〜……」

「見つからないなら、もっと近づいて見てみたら?」

 

「おーいーたーん、どこでちゅかー」

「ほらほら、早く見つけないと失敗になっちゃうよ」

「むぅ〜〜〜!」

 

「おーいーたーん、でてきてくだちゃーい」

「……」

 

「どこかなー」

 

「おーいーたーん……」

 

「ん〜〜??」

 

 

↑イメージ音声(音量注意)

 

 

ぴゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!?!?!?!?!?????!!!?!?!?!?!????!?!?!!!!!!??

 

げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

びぃやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

ぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

んびゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

ごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました!