【おまけ】パティシエ見習いの嘘の夢日記・完全版

 

6月1日

体育館で巨大なピタゴラ装置のようなものを組み立てている。体育館全体を埋め尽くすほどの大掛かりな装置で大勢の人が作業に参加しており、私はターンテーブルを利用してビー玉の進行方向を変えるギミックを作っている。ところが、飲み物を買いに少しだけ外に出た間に、私の作業場所は高校生のグループに占拠されている。仕方ないのでどこか別に混ざれそうな場所を探すが、どこも人手は足りているらしく完全にあぶれてしまう。

私はだんだん腹が立ってきて、まだ中身の入っているジュースの缶を装置に向かって思い切り投げつける。缶は積み木でできた塔(最終的にそこにビー玉がたどり着く仕組みになっていたらしい)に直撃し、現場はにわかに騒然となる。私はここで逃げ出したら犯人だとバレると思い、周囲と同じように慌てふためくふりをしながら近くにいた男性に「何があったんですか」と尋ねる。すると彼は無言でスマホの画面をこちらに見せてくるが、そこには防災頭巾をかぶった子供の画像が表示されているだけである。

 

6月2日

外からプロペラの音が聞こえるのでカーテンを開けて見ると、オレンジ色のドローンが窓のすぐ側を飛んでいる。そのドローンの目的はわからないが、同じ場所でホバリングしたままどこにも行こうとしないので気味が悪くなって父に相談する。だが父はドローンのことを妖怪か何かだと勘違いしているらしく「そんなものがいるわけない」の一点張りでまともに取り合ってくれない。

諦めて自室に戻ると、ドローンはまだ窓の外に浮かんでいるが、色がオレンジから白に変わっている。それを見た瞬間私はものすごい恐怖に襲われて(色が変わったこと自体が怖いのではなく、オレンジ→白という変わり方が異常に思えて恐ろしかった)、近くにあった傘を振り回してドローンを撃退する。ドローンが去った後も恐怖は消えず、ともすれば再びプロペラ音が聞こえてくるのではないかという気がして、不安のあまり子供の頃ぶりに爪を噛む癖が再発してしまった。

 

6月3日

スーパーでレジ待ちの列に並んでいる。見るともなしに前の方を見ていると、私が並んでいるレジについている店員が中学時代の同級生の女子であることに気付く。なんとなく気まずいので列を移ろうと思ったが、人が多すぎて移動することができない。逃げられないとなると、いよいよ彼女と顔を合わせるのが嫌になってくる。別に顔を合わせたくないはっきりとした理由があるわけではないが、このまま対面することになったら絶対に良くないことが起こるという予感がする。行列は無慈悲に進んでいき、とうとう私の番がやって来る。

次の瞬間、私は神社の境内にいる。家から歩いて20分くらいのところにある神社である。よくわからないけど神様が助けてくれたのだろうと思い、お参りをしてから帰ることにする。だがよく見ると、鈴を鳴らす綱がじっとり濡れていて触りたくなかったのでそのまま何もせず帰る。

 

6月4日

でかいキャリーバッグを転がしながら平坦な一本道を歩いている。里帰りをするつもりだったのだが、空港までの交通費をケチって徒歩で向かおうとしたら道に迷ってしまったのである。周囲には山林が広がっているばかりで、空港はおろか建造物の一つも見当たらない。でも時折飛行機のエンジン音が聞こえてくるので、どうやら近くまで来ているようではある。

ひたすら歩き続けていると、道路脇に一軒の小屋が建っているのを見つける。ほぼ倒壊寸前の朽ち果てた小屋なのに、扉にはめられた木製のかんぬきだけはついさっきペンキで塗られたみたいな鮮やかな水色をしている。中に入ってみると、小屋の中央に屋根を支えるようにして太い柱が立っている。その柱には色々なアニメやゲームのキャラクターのシールが大量に貼ってあるが、どれも見たことがないものばかりである。一つくらい知っているキャラクターがいないか懸命に探してみたところ、柱の根元あたりにスティッチのシールを見つけることができた。

 

6月5日

商店街の一角にある豆腐屋でアルバイトをしている。私の仕事は大量のゴミ袋を店の地下のゴミ置き場に運ぶことで、暗くて蒸し暑い階段を何往復もすることになる。大して繁盛もしていないこじんまりとした店なのに、なぜこんなにゴミが出るのかわからない。そのうち本当にうんざりしてきたので、仕事をほっぽり出して帰ることにする。

いざ労働から解放されると非常に気分は晴れやかで、世界の全てが輝いて見える。私は明るい気分のままモスバーガーに入り、2階の窓際の席に座って食事をする。商店街を眼下に眺めながらバーガーを食べていると、通りを豆腐屋の店主が血相を変えて走ってくるのが見える。彼は片手にヌンチャクを持っていて、私を見つけたらそれでぶん殴るつもりらしい。慌ててテーブルの下に隠れると、隣のテーブルの下にも小さい女の子が隠れていて、二人で声を殺して笑い合う。

 

6月6日

病院で喘息の治療を受けている。おそらく子供のためのサービスだと思うのだが、吸引器の後ろにモニターが置いてあって、治療中はそこに流れる映像を見ていられるようになっている。今流れているのは、ボサボサの髪で丸メガネをかけた中年男性がカッターやピンセットを使って細かい作業をしている映像である。カメラの位置的に手元は映っていないので、男が何をしているのかはわからない。ただどうやらうまくいっていないようで、時折罵声や舌打ちが聞こえてくる。見ていて気分の良いものではないので別の映像に変えてもらいたいが、それを伝えようと吸引器から口を離すと先生に「ちゃんと吸ってくださいね」と注意されてしまう。

仕方なくその映像を見続けるも、悪態をつきながら苦戦する男の様子が延々と映し出されるだけで何の進展もない。そして男はとうとう諦めたのか、机に突っ伏して動かなくなってしまう。それと同時に、YouTubeでよく使われている「イエーイ!!」という子供の声の効果音が大音量で流れ、映像は終了する。私はなぜこんなものを見せられなければならないんだという抗議の意を込めて医者の方を見るが、彼はアウトドア雑誌みたいな本を読んでいて私のことなど気にも留めていない。

 

6月7日

地面に穴を掘って大量のメイド服を埋めている。メイド服はサイズや経年の度合いなどどれもバラバラだが、全てに共通してぶどうジュースをこぼしたような紫色の染みがついている。100着近くはあろうかというメイド服を全て埋め、ようやく終わったと思ったら野良犬がやって来て穴を掘り返されてしまう。すぐに追い払ったので被害はそう大きくなかったものの、またやり直しかと落胆して穴の中を覗く。

すると、メイド服に混ざって妙なものが埋まっているのに気付く。それはマイクのポップガードのような形をした、何かの部品らしきものである。こんなものを埋めた覚えはないし、元から地中に埋まっていたわけでもないと思う。また、明らかに人工物なので野良犬が持ってきたとも考えづらい。処理に困ったので、電話で指示を仰ぐことにする。その結果、一応確認してみるからとりあえず持って帰ってきてほしいと言われる。電話の声は平静を装っているようで、その実かなり動揺しているのが窺える。

 

6月8日

ヨーロッパ風の街の中にいる。普通にきれいで明るい雰囲気の街なのだが、誰かに監視されているような落ち着かなさを感じ、ふと上空を見上げると、空にテレビのワイプみたいな感じで巨大な男の顔が張り付いている。男は口をぱくぱくさせていて、声こそ聞こえないものの何か喋っているらしい。私はぎょっとして地下鉄の駅に逃げ込む。

階段を降りて気付いたのだが、そこは駅ではなく地下のクラブである。こういう場所は苦手だけれど、あのワイプの男に監視されるよりはマシだと思い、フロアの隅っこの方で目立たないようにじっとしている。しかしDJは私が入ってきたことに気付いたらしく、また私の雰囲気からオタクだと判断されたようで、『没落貴族のためのてーきゅう』を流されてしまう。クラブの他の客たちはこの選曲にざわつき始め、ひどく肩身の狭い思いをさせられる。

 

6月9日

ずっと昔に捨てたはずの、小学生の時に乗っていた自転車が押入れから出てくる。しかも当時よりサイズが3倍くらい大きくなっていて、一気に部屋のスペースが圧迫される。捨てようにも粗大ごみの日はまだ先だし、どうしたものか考えたところ、なんとなく「水をかけたら縮むのではないか」という気がしてくる。

これを実行してみると、予想通り自転車はみるみる小さくなっていく。面白いので必要以上に水をかけ続け、10cmにも満たないほどのサイズになった時、私ははたと気付く。この自転車は子供の頃に乗っていたものではなく、今の私が使っている自転車である。慌てて水気を拭いてドライヤーで乾燥させてみるが、もう自転車は元の大きさには戻らない。なぜもっとよく確認しなかったんだと自分の不注意を悔やむ。この失敗を忘れないために私は小さくなった自転車の写真を撮り、それを人体図にコラージュした画像を作る。

 

6月10日

博物館を見学している。職員の人が同行してガイドをしてくれているのだが、自分の家庭の話(娘が英会話教室を勝手に辞めた話など)をするばかりで展示物についてはほとんど説明してくれない。私がそのことに文句を言うと、彼はややムッとした様子で「じゃあ名物を見に行きましょう」と言ってずんずん歩いていく。

彼のあとをついて行くと、おそらく関係者以外は立ち入ってはいけないであろう倉庫のような場所にたどり着く。そこの壁には四角いフタのようなものが付いていて、職員に「開けてみてください」と指示される。言われるがままフタを開けてみると隣の部屋へ続く覗き穴が空いており、そこでは明らかにサイズの合っていない子供服を着た見知らぬ中年女性が必死にエアロバイクを漕いでいる。全く意味がわからないが、職員はなぜか勝ち誇ったような態度でいる。しかし私の反応が芳しくないことに気付いて、「もしかしてあれは、あなたのお母さんではない?」と尋ねてくる。全然知らない人だと答えると、彼は顔を真っ赤にしてひどく悔しそうに地団駄を踏む。

 

6月11日

レンタル店で借りた『天使にラブ・ソングを』のDVDが燃えてしまう。私の過失ではなく、自然発火して燃えたのである。でも店の人にそう伝えても信じてもらえないだろうし、どうせ弁償することになるのは同じなので、自らさらにDVDをバーナーで炙ることにする。だが熱しすぎたのかDVDは爆発し、無数の破片が私の体に突き刺さる。不思議と痛くも熱くもないがすっかり気が動転してしまい、窓から飛び降りる。その直後に、ここがマンションの9階だったことを思い出す。

落下中は走馬灯的なことなのか、時間の流れが非常にゆっくりに感じられる。妙に落ち着いた心境で周囲の風景を眺めていると、少し離れたところにあるバーミヤンが目に留まる。その店内では私が通っていた高校の同窓会が行われている。みんな楽しそうだなあと思ってそれを見ていると、一人が私に気付いて手を振ってくれる。手を振り返すと、向こうではさらに多くの人が気付いて手を振ってくれ、私はいい人生だったなあと思いながらいつまでも手を振り続ける。

 

6月12日

高枝切りばさみを持った暴徒に追われ、たまたま鍵が開いていたモデルハウスの中に逃げ込む。家の中に入った途端、それまで聞こえていた暴徒の声や足音が忽然と消えたので、なんとか逃げおおせたのだと安堵する。

このモデルハウスはまだ制作途中らしく、1階はあらかた家具が揃ってコーディネイトも済んでいるが、2階はほぼ手つかずのようである。しかし2階の一室のクローゼットの中に、白い長方形の箱がぽつんと置かれているのを見つける。その箱は紙でできていて、淡い黄色とピンクで波のような模様が描かれている。そして、箱の側面には大きく「マッキー」と書いてある。私は単純に、この箱には作業で使うマッキーペンが入っているのだろうと思ってフタを開けてみる。だがそこに入っていたのは食べかけのカレーパンである。私は箱を開けたことをひどく後悔する。それと同時に、再び外から暴徒の声と足音が聞こえてくる。

 

6月13日

友達がショッピングモールでスマホをなくしてしまったと言うので一緒に探す。そのショッピングモールは、三日月型の建物が二つ、駐車場を挟んで向かい合っているような形をしていて、友達は右の建物を、私は左の建物を探すことにする。私は、こういう時は最上階から下っていく形で見て回った方が効率的だという話をどこかで聞いたことがあったので、まずはエスカレーターで最上階を目指す。しかし建物は思いの外高く、いくら上っても最上階にたどり着かない。これならエレベーターに乗ればよかったと思うが、今さら自分の過ちを認めるのも癪なので意地でエスカレーターに乗り続ける。

そうしているとスマホに電話がかかってくる。見ると友達からであり、どうやらスマホは見つかったらしい。だが電話に出ると友達は激昂しており「お前には失望した」「いつも自分のことばっかり」などと言われ、しまいには絶交されてしまう。その時になってようやく私はエスカレーターで最上階に到着する。最上階には特に店舗はなく、何かのコンクールで入選したらしい書道の作品が何枚か貼り出されているだけだった。

 

6月14日

何らかの手続きミスが原因で全寮制の学校に通わされることになる。寮に入るのが嫌すぎて泣きながら両親に助けを乞うが、決まってしまったものはもうどうしようもないと突き放される。私は両親から餞別としてチョコパイを手渡され、そのまま寮へ向かうバスに乗せられる。ショックと悔しさのあまり、私はバスの窓からチョコパイを全て投げ捨てる。

するとそれをエサだと思ったのか、イタチのような細長い体をした動物が近寄ってくる。その動物はまるで翡翠のように美しい緑色の毛並みをしていて、今までの怒りも忘れてつい見とれてしまう。気付くと、バスに同乗している他の寮生たちも皆その動物に目を奪われている。私はなんだか誇らしい気分になってきて、あれほど嫌だった寮生活もなんとか頑張れそうな気がしてくる。

 

6月15日

「諸沼 奏太(もろぬま そうた)」という名前の人物から宅配便が届く。現実にはそんな名前の知り合いはいないが、夢の中の私は特に怪しむこともなく荷物を受け取る。開けてみると瓶入りの高級そうな野菜ジュースが入っていたので、早速飲んでみようとする。しかし母に「そんな誰かもわからない人から送られてきたものは飲まない方がいい」と言われ、確かにそうだなと考え直す。

この野菜ジュースが飲んでも大丈夫なものか確かめるため、私は小さな蜘蛛を捕まえてくる。そしてその蜘蛛を瓶の中に落とす。すると蜘蛛は当然そのまま溺れ死んでしまうが、私はそれを「野菜ジュースに毒が入っているから死んだのだ」と解釈する。私は心底震え上がり、野菜ジュースを全てトイレに流して捨てる。

 

6月16日

夜、キャンプ場のコテージで数人の仲間と談笑している。私たちは絵しりとりをしており、その勝負で負けてしまった私は、罰ゲーム兼肝試しとしてキャンプ場の裏にある森からネジを拾ってくることになる。なぜ森にネジが落ちているのかというと、かつてこの森に飛行機が墜落したことがあったからだそうで、その影響で今でも機体のパーツがあちこちに散らばっているらしい。

外に出てみると意外に灯りがたくさんあり、また人の姿もちらほらと目につくので思ったほど怖くはない。森に入るとさすがに多少は雰囲気が出てくるが、それでも全然我慢できるレベルである。ただネジはなかなか見つからず、長いこと森の中をさまよい歩くことになる。

すると、あるエリアに足を踏み入れた瞬間、急に周囲が明るく騒がしくなる。気が付くと私は大通りの横断歩道の前に立っている。やがて信号が青になり、道路の向こう側から男が歩いてくる。それはさっきまでコテージで一緒に絵しりとりをしていたうちの一人である。彼は私の横まで来ると、私の肩をポンと叩いてそのまま人混みへ消えていく。彼に叩かれた肩を見ると、そこだけ服の生地がむしり取られている。

 

6月17日

銀行へ通帳記帳に行くと、ATMにめちゃくちゃ人が並んでいる。タイミングを改めてまた来ようかと思っていたら、最後尾につけていたおばさんが「これ以降の時間帯はさらに人が増えるから、今のうちに並んでおいた方がいい」と教えてくれる。その助言に従って列に加わるが、いつまで経っても人は増えないし行列も進まない。やっぱり帰ろうとすると、おばさんに腕を掴まれて「逃げるんか」と凄まれる。

しかしいつまでもこうしているわけにはいかないので、おばさんを出し抜いて行列から抜け出す方法を考える。そこで私は、おばさんがユニクロの紙袋を持っていることに着目する。私は持っていたハサミで紙袋のロゴが印刷された部分だけを切り取り、「ネズミの仕業だ!」と叫ぶ。すると予想通りおばさんは「え? ネズミ?」とうろたえ始めたので、その隙を突いて店外へ走り去る。そこで初めて気付いたのだが、今まで私がいたのは銀行ではなく、高い煙突から黒煙をもうもうと吐き出す工場のような施設だった。

 

6月18日

地域の祭の手伝いに駆り出され、ヨーヨー釣りか何かで使うビニールプールに水を貯めることになる。だが水道が壊れていて水が四方八方に噴き出してしまい、なかなかプールの中に水が貯まらない。そのせいで的屋のおじさんに「遅いぞ!」とどやされたり、軽食として配られている天むすを私だけもらえなかったりする。

それでも根気強く待ち続け、ようやく八分目くらいまで水が貯まった時、一人の女子高生がこちらに近づいてくる。彼女は「こんなことしても無駄ですよ」と言い、ビニールプールをひっくり返してしまう。一瞬頭が真っ白になったが、冷静に辺りを見回してみるとその言葉の意味がわかる。祭の関係者たちは皆私の方を見てだらしのない笑みを浮かべている。それは「鼻の下を伸ばす」という表現がぴったりの表情で、まるで私がいやらしいことをしていたかのようである。私は女子高生とともに祭の会場を後にする。彼女は「こんな町早く出た方がいいです。高校卒業したら私も」と言う。

 

6月19日

駅のホームのベンチに座って文庫本を読んでいる。その本は古い怪奇小説で、犬の形をした太鼓をめぐって様々な災いが起こるといったようなストーリーである。4分の1くらいまで読み進めたところで、私は文庫本をベンチの上に置きっぱなしにして時刻表を見に行く。戻ってくるとなぜか本は線路の上に落ちているが、まあ別にいいかと思って放っておく。

しばらくすると踏切が鳴り出し、急行列車が通過するというアナウンスが流れる。その時になってようやく、文庫本を拾わなければいけないような気がしてくる。もし本が落ちているせいで脱線事故が起こったりしたらことだ。私は決死の覚悟で線路に飛び降り、電車がやって来る直前になんとか本を拾うことに成功する。ホームに帰還すると、駅員が賞状を手渡してくれる。その賞状には「いつもありがとう いつもおめでとう 2020」と書かれている。

 

6月20日

絵画教室で子供たちと一緒に人物画のスケッチをしている。モデルは茶髪で濃いピンク色のサーフシャツを着たチャラそうな中年男性で、片腕を挙げて反対の手で脇の下を隠している。なんとなく嫌な風貌とポーズだな、と思いながらスケッチをしていると、一人の女の子がおもむろに立ち上がって男の元へ歩いていく。そして彼女は持っていた鉛筆を男の足に突き立てる。男は苦悶の表情を浮かべ、しかし声は出さずにその場にうずくまる。これを皮切りに、他の子たちも男の体に鉛筆を突き刺し始める。中にはわざわざ絵の具で色水を作って頭からかぶせる子もいる。実に気骨のある子供たちだなと感心し、私も見習うべく男の腕に鉛筆を突き立てる。

だがその瞬間、はっきりと場の空気が凍りつく感じがする。周りを見回すと、子供たちは全員今にも泣き出しそうな怯えた目で私のことを見ている。私は、まあ確かに大人がやったらシャレにならないよなと思い、これ以上余計なことをするとさらに彼らを怖がらせてしまいそうなので、静かに扉を開けて外に出ていく。外は雲一つない晴天で、今までの出来事も気にならなくなるような清々しさである。カモメの鳴き声が聞こえてくるので海が近いらしい。海へ行って水平線を眺めることができたら、こんなに素敵なことはないだろうと私は思う。

 

6月21日

遠くに見える青い光を頼りに真っ暗な道を歩いている。辺りはひんやりとしていて、時折金属音が反響するような音が聞こえてくる。私は思ったよりも早く光源にたどり着く。それは宙に浮かぶ、私の頭と同じくらいの大きさの青い球体である。小さな海王星のようにも見える。それに触れようとすると、突然けたたましい爆発音が轟いて辺り一面が煙に包まれてしまう。

やがて煙が晴れてくると、私は自分が車椅子に乗っていることに気付く。そして周囲では、私の家族や友達や知り合いが勢揃いして私を取り囲んでいる(だが、中には全く見たことのない顔もいくつかある)。彼らはいずれも期待に満ちた眼差しで私を見つめている。私はとりあえず車椅子を少し前に動かしてみるが、彼らは何も反応しない。しかしそこから後退して元の位置に戻ると、彼らは割れんばかりの拍手と歓声を私に浴びせてくる。私は空恐ろしくなって大声で叫ぶ。すると私の知っている人たちは一瞬にして消え失せ、知らない人の姿だけがそこに残る。

 

6月22日

どこかの家の寝室のベッドに横たわっている。居間の方からは人々が談笑する声が聞こえてくる。一回くらいはそっちにも顔を出さなきゃと思うが、体がだるくて起き上がることができない。

ぼんやり天井を眺めていると、木目の模様がだんだん金槌に見えてくる。私は手を伸ばしてその金槌を掴んでみる。すると、にわかに神経が昂ってくるのを感じる。体のだるさは一瞬にして吹き飛び、今なら居間にいる人たちに会いに行けると思う。私は金槌を片手に寝室から出て居間へ向かう。

しかし、居間の引き戸を開けてみるとそこには誰もいない。ただそこら中に使用済みのティッシュが転がっているだけである。それを見た途端、私は一気に興奮状態から覚め、それどころか先ほどよりも強い倦怠感に襲われてその場に倒れ込んでしまう。すると今度は階下から話し声が聞こえてくるが、もうそこへ向かおうとは思えない。

 

6月23日

北陸地方にある水族館にいる。この水族館の一番の目玉はジュゴンだそうで、わざわざここのジュゴンを見るために全国から観光客が集まってくるという。実際、ジュゴンのコーナーには他の展示とは比較にならないくらい多くの人が集まっている。せっかくなので私も一目見てみたいが、一向に人が減る様子がないのでお土産屋に入って時間をつぶすことにする。

そのお土産屋には、あれだけの人気にもかかわらずジュゴン関連のグッズが一切売られていない。店員に理由を聞くと、かつてはジュゴンのグッズを扱っていたのだが、それをめぐってトラブルが頻発したので販売中止を余儀なくされたという。そこまでの人気とはと私は驚き、一体ここのジュゴンの何がそんなに魅力的なのか店員に尋ねてみる。すると店員は何かを言いかけるがすぐに口を閉ざし、ポケットからキットカットを取り出して私の口に押し込んでくる。

 

6月24日

タクシーに乗っている。自分でこのタクシーを拾った覚えはあるが、どこへ行くように指示したのかは全く思い出せない。窓には大量のステッカーが貼られていて、外の景色を見ることもできない。運転手に行き先を聞こうにも、運転席と後部座席の間に干し肉のようなものが吊るされており、それが怖いので声をかけられない。

やがてタクシーは停車し、ドアが開く。けっこうな距離を走ったと思うのだが運賃は670円しか請求されない。私は会計を済ませて車から降りる。するとそこには、恐ろしく背の高いモニュメントが建っている。そのモニュメントは、漢字の「収」の左側(丩)のような形をしていて、その全面に蜂の巣のように六角形の窪みが空いている。それを見た途端私は凄まじく不安定な気持ちになって、どこかに隠れる場所がないか周囲を見回す。だが見渡す限り荒野が広がっているばかりで、このモニュメント以外には何も見当たらない。ただ呆然と立ち尽くしていると、モニュメントがゆっくりと回転し始める。私は耐えられず嘔吐する。

 

6月25日

右の手首にできものができていて、気になって触っているうちにぽろっと取れてしまう。取れたできものは地面に転がり、それに見たことのない種類の気持ち悪い虫(てんとう虫を長く伸ばしたような見た目をしている)が群がり始める。私はひどく屈辱的な気分になって、これらの虫をできるだけ惨たらしい方法で殺してやろうと考える。そこで私は119番通報をし、やって来た救急車に虫を轢き殺させるという計画を思いつく。

私は早速通報するが、やって来たのは救急車ではなくパトカーである。そしてパトカーからやたら体格の良い警官二人が降りてきて、「こんなイタズラをしたら駄目だよ」と諭される。口調は穏やかだがその実かなり怒っているようで、いくら謝っても許してもらえない。彼らに「僕らじゃなくて虫さんに謝ろうね」と言われ、私は虫相手に土下座させられることになる。虫はゆっくりとこちらに向かって這い寄ってくる。警官に頭を踏みつけられているので顔を背けることもできない。その状態で私はハッピーバースデーの歌を歌わされる。

 

6月26日

湖のほとりに人が集まり、何やら大掛かりな作業が行われている。何台もの車両が湖の周りを取り囲み、作業服を着た人々が忙しそうに走り回っている。そんな中、一台のクレーン車が湖底から何かを引き揚げる。それは石でできた巨大な人間の顔である。その顔は谷村新司に似た中年男性のもので、まるで寝起きのようなぼんやりとした表情を浮かべている。人々はクレーンに吊るされたそれに向かって手榴弾のようなものを投げつけ始める。

手榴弾の爆発によって顔面は少しずつ崩落していき、やがてただの岩石と見分けがつかなくなる。人々はようやく投てきをやめると、大仕事を成し遂げたような感慨深げな表情で喜び合ったり抱き合ったりする。そして彼らは岩石の前で集合写真を撮り始める。なんだかとても楽しそうなので、全く関係ない私も写真の隅っこにこっそり写り込もうとする。だが普通にバレて「あなた誰ですか」と言われてしまう。

 

6月27日

道路に一匹の金魚が落ちていてぴちぴちと跳ね回っている。助けてやろうと思ったが近くに水場はなく、仕方ないので自販機でスプライト(透明の飲み物がそれしかなかった)を買ってそのペットボトルに金魚を入れる。しかしやはりスプライトでは駄目だったのか、金魚は悶え苦しみ出す。金魚の体は口のあたりから徐々にめくれ上がっていき、最終的に体の内側と外側が完全にひっくり返ってしまう。

私は罪悪感を覚えつつも、それ以上に強い衝動に駆られてコンビニへ走る。そしてドキドキしながら、ドリンクの棚に金魚の死体が入ったスプライトを紛れ込ませる。何も知らずにこれを買っていく人が現れると思うと居ても立っても居られないような気分になる。私は、このスプライトを買う人こそが自分にとっての運命の人に違いないと確信する。その人のためなら命だって惜しくないと私は本気で思う。

 

6月28日

薄暗い座敷で老婆と対面して座っている。老婆は背中を丸め、畳を指でなぞるような動作を繰り返している。だが私は老婆本人よりも、老婆の背後の壁に貼られた写真に気を取られている。

その写真はおそらく七五三に撮られたもので、着物を着た幼い姉妹が写っている。一見すると普通の写真だが、よく見ると妹の方がぐねぐねと曲がった針金のようなものを持っている。その針金状のものはなんというか、この写真ではたまたまこういう形に写っているけれど、本当はアメーバのように決まった形を持たないものなんじゃないかというような感じがする。私はしばらくその写真を眺め続けるが、突然はっとして写真を壁から外す。そしてそれを、老婆の動かす手の横に並べてみる。やはり思った通り、老婆の指の動きと写真の子が持っている針金状のものの形が一致している。これに気付くと同時に、ピンポンという正解の音が鳴り響く。しかしそこから何かが起きるわけではなく、老婆は依然として畳を指でなぞり続けるばかりである。

 

6月29日

コインランドリーで洗濯が終わるのを待っている。備え付けのテレビがあるので何か見ようと思ってザッピングしていると、女子テニスの試合中継がやっており、なんとなくそれにチャンネルを合わせる。しかし、他の客から「こいつはパンチラが見たくてテニス中継を視聴しているのではないか」と思われているような気がしてくる。慌ててチャンネルを変えようとするがリモコンが反応しない。パニックになりながらリモコンを叩いていると、ふとこのコインランドリーには客が私一人しかいないことに気付く。

私は照れ隠しで「参っちゃうね、こんなことじゃ」と独り言を言う。だがその声は私のものではなく、アニメの萌えキャラのようなキンキン声である。びっくりして自分の姿を窓ガラスに映して見てみると、私自身に異常はないが、私の隣にヒクイドリのような大きな鳥が立っている。しかし現実にはそんな鳥はいない。私は再びパニックに陥り、窓ガラスとテレビ画面を交互に見比べる。テレビの中では少し目を離した間に何があったのか、乱闘騒ぎが起こっている。

 

6月30日

古い民家の庭にある井戸を覗き込んでいる。井戸の底には私と同い年くらいの男が立っていて、彼もまたこちらを見上げている。私はこの状況に違和感を覚えるでもなく、男がそこにいて当たり前の存在と認識している。私は気まぐれにその辺の雑草を引っこ抜いて井戸に投げ込む。すると雑草は、男の体に当たりそうになる直前で霧のように消えてしまう。驚いて、木の枝や小石など他にも色々なものを投げ入れてみると、やはりそれらも同じように消失する。

私は興奮して民家の住人を呼びに行き、井戸の中の男の能力について話す。すると住人が、ちょうど壊れて捨てようと思っていたオーブンレンジがあると言うので、それを井戸に投げ込んで処分することにする。二人がかりでレンジを庭まで運び、力を合わせて井戸に放り込む。直後、井戸の底から鈍い音が聞こえてくる。覗いてみると、井戸の底では見るも無残な姿となった男がオーブンレンジの下敷きになっている。私は住人と無言で顔を見合わせた後、歩いて家の門から出て行く。空はまだ明るいが、吹き抜ける風からは早くも夜気が感じられる。