物件探しをしたことはあるだろうか。

 

SUUMOやHOME’Sなどの情報サイトで相場を調べ、住みたい地域の不動産屋へ足を運び、内見をして契約する。だいたいの場合、こんな流れが一般的かと思う。

 

これが外国での物件探しとなると、また事情が変わってくる。

 

 

 

今から6年ほど前のことだ。

 

アメリカ・ニューヨークに住んでいて、急ぎで引っ越しをしなければならなくなったことがあった。

 

当時住んでいたのは学生寮で、月の家賃がなんと13万円。ニューヨークの家賃は高いというが、これは輪をかけて高い。

 

さらにこの学生寮、都心から電車で30分以上かかるという残念な立地だった。東京でいえば、西武新宿線・小平駅ぐらいのポジションである。試しに小平駅の13万円の物件を調べてみたら、70平米の3LDKが出てきた。学生寮は水回り共用の六畳一間だった。

 

というわけで、引っ越しを決意した。

↑学生寮のご近所(筆者撮影)

 

 

1.ニューヨークでの物件探し

 

当時のニューヨークで物件を探す方法は、主に3つあった。

 

1つ目は、友人・知人からの紹介。

 

2つ目は、不動産会社を介すやり方。

 

3つ目は、クレイグスリストなどのインターネットの掲示板を使う方法である。

 

(注:2014年ごろの話であり、現在は事情が異なるかもしれません。)

 

まず友人・知人からの紹介だが、前述の通りアメリカの都市は家賃がべらぼうに高い。そのため、家賃21万の部屋に3人で住んで、7万ずつ負担するといったやり方が一般的になっている。

 

通常は、会社の同僚や学生時代の友人と住むパターンが多い。だが、転勤や家族の事情で、欠員が出ることがある。そうなると家賃を払えなくなるので、身の回りの人に当たって穴を埋めるのだ。

 

これに関しては、渡航直後で現地の知り合いがいなかった僕にはノーチャンスだった。

 

2つ目の不動産会社だが、ニューヨークほどの大都市になると、日本人が経営する不動産紹介業者も存在する。そこに頼めば日本語で部屋探しができ、安全かつ簡単に物件探しができる。

 

しかし、当時の僕には仲介手数料が割高に感じられた。加えて「せっかく海外に住んでいるのに、日本人の不動産会社を使ったら負けだ」という謎の見栄を張っていた僕は、これも早々に選択肢から外した。

 

残る3つ目は、インターネットで探す方法である。

 

クレイグスリスト(craigslist)というWebサイトをご存じだろうか。

 

 

特定の地域ごとに上の画像のようなページがあり、「家探し」「職探し」「家具の譲り受け」など、様々なカテゴリーの掲示板に、自由に書き込むことができる。

 

日本でも最近は「地元掲示板」のようなサービスが増えてきたが、アメリカではもっと身近な存在として、これが使われている。新聞の求人欄にイメージが近いかもしれない。

 

このなかの「Room/Shared」という掲示板を見れば、ルームメイト募集の書き込みが無数に出てくる。中に書いてあるのはだいたい以下のような情報だ。

 

  • 入居可能日
  • だいたいの場所
  • 家賃(光熱費・Wi-fi込みが一般的)
  • デポジット(敷金)の有無
  • 条件(性別、喫煙の可否、収入の証明が必要か、etc)

 

他にも、いくつか日本にはなじみのない注意書きがあるので紹介しよう。

 

■No Drug allowed(ドラッグの使用不可)

そんなもの家主が許可しなくても国が許可していないんだから当り前だろ、と思ってしまうが、結構書いてある。書いておかないと使う人がいるのだろうか。

 

■Gay Friendly(ゲイフレンドリー)

ゲイに寛容な人のみ入居可、というようなニュアンスである。これを書かなければならないということは、不寛容な人もいるということがうかがえる。

 

■Drama free(ドラマフリー)

ドラマと聞くとTVドラマを思い浮かべるが、ちょっと異なる。シュガーフリー、グルテンフリー何かと同じで、「ドラマ(トラブル・厄介ごと)は無しにしてくれよ」という意味になる。

 

2.おせっかいな隣人。

 

「物件探しをしてるって?協力させてよ」

 

学生寮の共有スペースでクレイグスリストを見ていると、同居人のエドが話しかけてきた。

エドはエジプト系フランス人の留学生だ。入居時期が同じで、部屋も隣同士だったため、何かと行動を共にしていた。趣味でDJをしているという彼は、いつも大音量で音楽をかけていて隣人としては最悪だったが、どこか憎めない人柄の男だった。

 

クレイグスリストの掲示板を見せると、彼は楽し気に一つ一つの募集告知を開いては、「これはアリ」「これはナシ」と勝手に振り分け始めた。Tinderか。

 

始めは黙って見ていたが、一つの募集告知を見て思わず彼の手を止めた。

 

「ちょっと待って、今のところ、かなり良さそうだけどナシなの?」

 

その物件は、家賃も安く、エリアもいい。正直「アリ」だった。

 

「エド、載ってる写真も綺麗そうだし、ここはかなり良い条件だと思うんだけど」

 

「加味條、騙されるな。これはフェイクだ

 

そういうとエドは、その募集広告に載っている写真をGoogle検索にかけてみせた。すると同じ写真が使われた、別の州のルームメイト募集ページがわらわらと出てくるではないか。どの募集ページも書いてあることが同じで、どうやら同じ人物が書き込んでいるようだ。よく見れば写真も妙に綺麗で、フリー素材のようにも見える。

 

「どうしてフェイクだと分かったの?」

 

ゾッとしながら聞くと、エドはやれやれと首を振って言う。

 

「条件が良すぎる。他の募集を見れば家賃の相場がわかるだろう。これはどう見てもおかしい。もっとこういう、シンプルなやつが安全だと思うよ」

 

そう言って彼は、部屋の説明が2~3行しか書いておらず、写真も載っていないような募集をいくつかピックアップしてくれた。なるほど、美辞麗句が並べられた募集には、何か裏があると思った方が良さそうだ。

 

「いいかい、日本は安全かもしれないが、世の中には悪いやつがいっぱいいる。ネットで相手の顔が見えない以上、こういうのは慎重にやった方がいいよ」

 

エドがあごひげを撫でながら言う。

 

後に僕は、この忠告をもっと真剣に聞いておくべきだったと、後悔することになる。

 

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