俺とレンは、荒れ果てた世界を旅していた。
幼い頃に絵本で読んだ、緑溢れる世界は取り戻そうとしたのだ。
きっと、歴史のどこかに砂漠化の原因があるはず。
それを突き止めるため、各地で情報を集めていた。
鍵は、太古で起きた、世界の神秘に関することだと言う。
だが、当時の記録は何も残っていない。
唯一全てを知り、語ることの出来る存在は、樹齢3000年を越える一本の老木だけだった。
荒涼とした土地に、大木が一本だけそびえ立っている。
間違いない。これが件の老木だ。
俺達は、目配せをして頷き、恐る恐る話しかけた。
すみません。こちらに数千年前からの全てを知る老木がいると聞いて来たのですが。
いかにも。私が、その老木じゃ。
おぬしらの聞きたいことは、世界の神秘についてじゃろう。
(おい、すげえぞ。こっちが何を聞きたいか言い当ててきた)
(ああ。3000年も生きると、そんなことも分かるようになるのかな)
よかろう。話してしんぜよう。
ただし、なにぶん大昔のことじゃからな。
いかに記憶力のあるワシでも、完璧には再現できんかもしれんの。
ああ、覚えている範囲で構わない。少しでも情報が知りたいんだ。
そうかい。では、久しぶりに開くとしよう。
この世界の、太古のページを。
(ごくり)
あれはもう、数千年前のことじゃった。
今とは違って、自然が溢れ、多様な生き物たちがのびのびと暮らしておった。
体の大きな生き物、小さな生き物。
走るのが速い生き物、遅い生き物。
草を食べる生き物、肉を食べる生き物。
日中に活動する生き物、夜中に活動する生き物。
群れで暮らす生き物、単独で暮らす生き物。
陸に住む生き物、海に住む生き物。
目の大きい生き物、小さい生き物。
耳の形がなんかなってる生き物、なんかなってない生き物。
ちょっと!
なんじゃね。
多様な生き物たちの具体例、多くないか?
その、何と言うか、物語の核心の部分でディテールに凝ってるのはいいんだけどよ。
導入部分じゃんか。
俺せっかちだからさ、早く世界の秘密について教えて欲しいって、焦れちまうんだよ。
ほっほっほ。そう結論を急ぐでない。
ちゃんと世界の神秘にも触れるから安心せい。
いやあ、すみません。こいついつもこうなんです。
急かして悪かったな。続けてくれ。
と、まあ地上は楽園のように平和だったんじゃ。
じゃが、ある日、何の前触れもなく、恐ろしい自然災害が世界を襲ったのじゃ。
雨は140日も連続で振り、雷鳴は200日連続で轟き続けた。 いや、雨が200日で雷鳴が140日か?
そうじゃよな、雨も降ってないのに雷鳴だけって変じゃもんな。
雨が200日で、雷鳴が140日。 あっ、違う。
雨が180日、雷鳴が130日。
雨が301日、雷鳴が6日。
雨が200日、雷鳴が150日。
雨が580日、雷鳴が310日。
雨が198日、雷鳴が122日。
雨が133日、雷鳴が40日。
おい!!!
なんじゃね。
雨と雷鳴が何日続いたかなんて、どうでもいいんだよ!
長いってことが分かればさあ!
ほっほっほ。若いもんはすぐに結論を求めるからいかんの。
そうだぞ。やっとここまで来たんじゃないか。少しぐらい我慢しろよ。
………ぐっ、話の続きを。
でな、当然世界の環境は、ガラッと変わるわけじゃ。
川幅は広くなった。
生き物は流された。
大地はぬかるんだ。
岩は変になった。
枝葉は変になった。
草花は変になった。
雲は変になった。
そして大空は…………
変になったのじゃ。
こら!!!情報量!!!!
もう堪忍ならんぞ。いい加減にしろよお前。
ほっほっほ。我慢の足らんやつじゃ。短気の星の王子様かの?
そういうのいいから!
…………。
なあ、多分だけどあんた、無理やり話を引き伸ばしてないか?
レンもそう思うだろ?
滅多なことを言うもんじゃないよ。
きっと俺たちとは、体感時間が違うんだよ。
こっちもゆったりと聞いてやろうぜ。
そうですよね、御老木?
いや、引き伸ばしてた。
!?
ほらな!!絶対おかしいもん!!!
耳の形がなんかなってる生き物、なんかなってない生き物って何だよ!!!
いやいやいや。え?…なんで?
どういうことか教えていただけますか、御老木?
こちらで意図を汲み取れない部分があったら、申し訳ないです。
でも、引き伸ばすことに、何かメリットがあるのでしょうか?
……なるべく長く暇を潰したかった。
久しぶりに人が来たから、なるべく長く暇を潰したかったんじゃああああ!!!
あっ…
この樹木…
クズだあああ!!
なぜ、ワシが一本だけこの不毛の地に立っておるのか、不思議に思わんかったか?
確かにワシは、この砂漠化から身を守る方法を知っておったよ。
もちろん周りの草木にも教えてやった。
じゃがそれとは別に!ワシの長話のストレスで、この一帯の草木は枯れたんじゃ!
半分はこいつのせいじゃねえか。
おい、こいつって言うな。樹齢3000年じゃぞ。
うっさ。
そんなこんなで久しぶりの訪問者じゃ。たっぷり味あわせておくれよ。
昆虫の童話に出てくる女郎蜘蛛みたいなこと言ってる。
獲物たちよ。
獲物って言った!
(おい、どうするよこいつ。思ってたイメージと大分違うぞ)
(年月を重ねると精神的にも成熟するのかと思いきや、恐ろしく自分本位だったな。でも、世界の神秘の話は聞かないといけないからなあ)
すみません御老木、お気持ちは分かりますが、俺たち急いでるんです。
大事なところだけ掻い摘んで話していただけないでしょうか。
えー。
俺からも頼むよ。
(つーん)
おい、じいさん!
(つーん)
…………
…御老木?
なんじゃね。
御老木!
(つーん)
御老木!
なんじゃね。
御老木!
(つーん)
あっ…
こいつ…
二人の態度に差をつけることで、分断を狙ってやがる!!!
あーあー。そっちのゴーグルの子だけじゃったら、世界の神秘、すぐ話したんじゃがなあ。
もう一人の、無礼者がのうー。
全然立場を弁えんからのうー。
どうしようかのうー。
どうせ長い話じゃしのうー。
まあ別に、話さなくてもワシは全く構わないからのう。
…おい
?
セイスケは、短気ではあるけどな…。
決して無礼者ではねえぞごるああああああ!!!!
わー!レンが切れた!!!
神秘なんか、知らないくらいでちょうどいいんじゃあああああ!!!!
ボオオオオオオ
オオオオオ
こうして、俺たちは世界の神秘を教わらないまま旅を続けることにした。
意外や意外、神秘なんて知らなくても、全然何とかなってしまった。
緑化活動により、自然はあっさりと復活した。
全てが終わった後、再び老木のところへ赴いた。
せめて、あのときの非礼を詫び、燃え殻があれば供養しようと思ったのだ。
そしたら残留思念が漂っていて…
けっこう嫌なこと言われた。
(おしまい)