先日、仕事中に必要なものが出てきたので近くのスーパーへ買い物に行くことにした。

 

出かける前、社内の一角に目をやると、凸ノ高秀がいた。少年誌での読切掲載経験が何度もありながら、オモコロでも定期的に特集を描いてくれる漫画家で、水曜日のオモコロラジオ枠を担当している。今日もその収録で弊社にやってきたのだ。私は凸ノと軽く挨拶をして、社内共有の自転車に乗り、外へ。

 

買い出しはすぐに終わり、寄り道などもせずに会社へ戻る。季節は本格的な冬。自転車で受ける風の冷たさにじっと耐えながら漕いでいると、前から凸ノが歩いてきた。おそらくラジオ収録を終わらせて帰路につこうとしているところだろう。

 

目が合っておお~と改めて挨拶をした瞬間、彼は「あ、忘れ物に気づいた」と言った。私は先に自転車で行くのも申し訳ないので「じゃあ一緒に行こうか」と、自転車を降りて手で押しながら、他愛もない話をしつつ会社まで戻った。道すがらの話は本当に特筆すべきことのないほどのものだったが、会話は途切れずに続いた。

 

凸ノは2012年に行われた第一回「オモコロ杯」で優秀賞を受賞した。それをきっかけにして凸ノが当時住んでいた大阪へ出向いて直接会ってさびれたお好み焼き屋で酒を飲みながらオモコロに誘ったのが私という縁で、それ以来オモコロ全体とも大変お世話になっている。お互い関西人ということもあり、気が合うのかもしれない。

 

やがて会社について忘れ物を探していたのだが、「あれ…忘れ物自体なかったみたいです」と言い、そのまま引き返していった。

 

 

私は最初に「忘れ物に気付いた」と言った瞬間に、「嘘だ」と思った。

 

 

道でバッタリ会った人の顔を見た瞬間に、忘れ物を思い出すことなどあるだろうか?私の顔に「忘れ物ないか?」という文字列の入れ墨が彫られていたらそうなるだろうが、生憎脂ぎった顔にはメガネしか乗っていなかった。

 

凸ノは私と話がしたかったから、わざわざ駅まで向かう途中の道を引き返してくれたのだ。

 

その時に「嘘だ!帰れ帰れ!」と指摘するのも野暮だし、意味が無い。しかし私はその嘘に対して奇妙な嬉しさを感じていた。忘れ物があろうがなかろうが最早関係ない…いつまでもこの嘘に浸っていたい…そう感じながら歩いていた。1月の寒空が、どこか爽やかに感じた瞬間だった。

 

数日後、新年会で会った時にそのことを指摘すると「いや、本当に忘れ物した気がしたんですよ〜」と、照れくさそうに笑っていた。

 

 

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これ実話なんですが、多分ウケると思うんで誰かtwitterで1ページの漫画にしてくれませんか?

 

 

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