こんにちは。ヨッピーです。

世界158の国と地域、7つの国際機関、13の民間企業が参加した国際博覧会、「大阪・関西万博」が、2025年4月13日からはじまり、184日の開催期間を経て先日10月13日に最終日を迎えました。

割と初期の頃に初めて万博会場に行ったのですが、「あ、これはなるべく通うべきのやつや」と思い即座に通期パスを購入、そこからせっせと万博に通う日々を送っていたのですが、いよいよ最終日が近づくにつれ、こんな想いが頭をよぎりました。

 

万博の、最後の客になりたい。

 

そうなんです。楽しかった万博の楽しかった日々、そんな締めくくりの日の「最後の客」となることで、何かしらの爪あとみたいなものを残せるのではないかと思ったからです。

そしてせっかくの最終日だからこそ、あますところなく万博のすべてをしゃぶりつくそう。
その上で「最後の客」となって万博会場をあとにしよう。

そんなことを考えているうち、気づいたら万博最終日の前日、最終電車に乗って万博の会場である夢洲(ゆめしま)に向かっておりました。

ちなみにこの衣装の製作時間は45分です。


一応、駅の鏡で撮っておいた自撮り。

最終電車とあって、閑散としている夢洲の駅構内。
いよいよ万博も終わりか~。

 

〇最終日の徹夜組


「最終日だし何かあるかな?」と期待して行ったけどマジでなんにも無ぇ。

わざわざ最終電車に乗って夢洲に来たのですが、お祭り騒ぎどころかほとんどの人が地面にゴザを敷いて無言で寝ており、「ワイ、わざわざ何をしに来たんだっけ?」と、初手から不安感がハンパない出だしになりました。

騒いでる人などひとりもいない。

 

ちなみに、この様子が何故かミヤネ屋で放送され、「熱狂的なミャクミャクファン」みたいな文脈で紹介されました。本当にありがとうございます。

さて、この日は西ゲート9時の予約枠※を持っていたのですが、この待機列は東ゲートの待機列で「並んだからといって特に早く入れるわけではない」という状態です。

「とりあえず駅に戻るか」と思ったのに、駅に至るトンネルが普通に閉鎖されてたので意味もなく待機列に並ぶことにしました。

※万博の入場口は西ゲート(バス、タクシー、船などで来た人向け)、東ゲート(地下鉄で来た人向け)という具合に入口がわかれており、それぞれ別個に予約を取る必要がある

閉ざされてしまった扉。この光景を見た時に「バイオハザードかよ」と思った。

仕方ないのでリモートワークをしながらお茶を濁します。

そして、ちょうど僕の前に並んでいたおじさんが大阪府警に多大な恨みを持っているおじさんで、僕に話しかけてきた時の第一声が「大阪府警は、腐ってますよ!」だったので「最悪だ」と思ったことは書かせてください。

※ちなみにおじさんの主張はこんな感じです。

・大阪府警は一部の客に買収されており、そのせいで横入りを見て見ぬふりしている。
・大阪府警は根本から腐った組織で、まともな警察官はひとりもいない
・この事は大手のマスコミにも通報済なのに、警察を恐れて誰も報道しない

なるほどね

まあ主義主張の是非は置いておいても、深夜にこれを力説される僕の身にもなって欲しい。

このあとはひたすらおじさんの熱弁が続くのですが、これを読んでいる読者の方々には一切関係がありませんし、そもそも僕も嫌そうな顔をして聞き流しているだけで特にすることもないので、おじさんのおしゃべりを完全に無視して万博の開幕までの歩みを振り返ってみたいと思います。

〇万博開幕までの歩み

【2018年11月 2025年の万博会場が大阪に決定】

2025年 大阪万博が決定、55年ぶり(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38139440U8A121C1AM1000/

手を挙げるにあたって事前準備とかも色々あったんでしょうけど、全てはここからはじまった、と言って良い気がします。

決選投票で大阪と競ってたのはエカテリンブルク(ロシア)とバクー(アゼルバイジャン)でした。もし決まったのが大阪じゃなかったらウクライナとの戦争もあるし色々とややこしそうなので、結果論とは言え「開催地が大阪で良かった……」と、万博関係者みんなが思ったかもしれません。

【2020年8月 万博のロゴマークが決定】

EXPO2025公式
https://www.expo2025.or.jp/news/news-20200803/

最終候補5作品のうち、シマダタモツさん作のE案に決定。万博のテーマが「いのち輝く未来社会のデザイン」だったことからSNS上では「いのちの輝きくん」「コロシテくん」など様々な異名がつけられました。

この決定に「気持ち悪い!」「正気か!?」「協会が狂った!?」といったネガティブな声もたくさんあがりましたが、専門家によると、

・拡張性(バラしたり形を変えても伝わる)
・視認性(白黒で印刷したり解像度を下げても伝わる)
・類似性の無さ(インパクトの強さ&権利関係をクリアするのが楽)

らへんの観点からすれば「E案しかない」というほど優れた作品だった、とのことです。

このデザインを下敷きにして生まれたミャクミャクの展開を踏まえて振り返ってみると、「E案が唯一の正解ルートだった」と思える作品ですね。

【2022年3月 公式キャラクター決定】

EXPO2025公式
https://www.expo2025.or.jp/report/report-20220622-01/

2025万博の公式キャラクターが山下浩平さんによる「青い水と赤い細胞」に決定。

この時はまだ命名されておらず。この辺から「えっ、可愛い!」など、SNS上の反応に好意的なものが増えていきます。とはいえまだまだ「気持ち悪い!」という声も多かったけど。

この「青い水と赤い細胞」というコンセプトも、前述の拡張性を考えるととんでもなく秀逸なものだったな、と思いますね。

【2022年7月 公式キャラクターの名前が「ミャクミャク」に決定】


EXPO2025公式
https://www.expo2025.or.jp/news/news-20220718-02/

「ミャクミャク」という言葉には

・静脈(青色)と動脈(赤色)から連想される生命
・脈々と続く命、歴史、文化
・文明の繋がりや世界との繋がり

といった意味が込められているそうです。
この「ミャクミャク」という名前も「これしか正解がなかった」と思えるネーミングですね。

【2022年7月 木造の大屋根の新パース図を公開】

EXPO2025公式
https://www.expo2025.or.jp/news/news-20220713-01/

いわゆる大屋根リングの全体像が公開されました。
総工費350億円ということで「無駄だ」「万博に必要無い」など批判も噴出。
そしてこの辺から万博に対してネガティブな報道が増えます。

【2022年12月~開幕まで 万博に関連するネガティブ報道のオンパレード】

・大屋根リング構想などによる予算の増加
・入札不調や建築申請の遅れから「絶対間に合わない」といった意見も
・工事の遅れが徐々に表面化してくる
・建築費の高騰により予算が当初の1.9倍に
・メキシコなど複数の国から撤退の意向が表明される
・能登半島地震を受けて「延期するべき」「予算を復興にまわすべき」といった声があがる
・2億円のトイレに批判が集中
・1杯3850円のそばに「高い」と批判が集中
・前売り券の伸び悩み
・会場で爆発事故
・メタンガス問題
・ダウンタウンのアンバサダー退任

などなど。
「万博やるべき?」といったアンケートに賛成派と反対派が拮抗するなど、万博に対する世間の風当たりが相当きつくなりました。

「2億円のトイレ」とか「1杯3850円のそば」については難癖に近いような内容でしたね。
万博に行けばわかりますけど、万博内の食べ物全部が高いわけではなく、普通に1,000円くらいで食べられるものもあるしコンビニや自販機の金額も外と変わらない値段だし。

2億円のトイレも「ひとつ2億円」ではなく「エリア全体で1.5億円」だったので「まあそんなもんか」って感じだし。

そして2025年4月13日、いよいよ開幕!

という感じです。
振り返って考えてみると、ロゴマークの選定やミャクミャクの誕生など、それぞれの分岐点で「正しいルート」をきっちり選べていたことはけっこうすごいことなんじゃないかと思いました。

これは万博デザイン展で展示されていた、「ロゴマークがどのようにデザインされたか」を時系列に並べたものなのですが、「空白部分が大阪府の形」とか「1970年の万博ロゴも踏襲されてる」みたいな部分は僕も知らなかったし面白いのでぜひ見てください。

はーー。たいしたもんやわ~~~。

……と、過去を振り返っている内にAM4:00。列が動きはじめたので僕もゾロゾロついていきます。
この列に並んだところで僕は西ゲート組なのですが……。

トンネルの封鎖が解かれ、会場近くに移動する途中で係員の人に「西ゲートに行くにはどうしたら?」と聞いていた所、僕と一緒に並んでいた周囲の人たちが口々に教えてくれました。さすがガチ勢!

おじさん
「西ゲートに行くなら、ここのゲートが8時30分に開くから、それまで待ってから歩いて行くといいよ」


「ありがとうございます」

おじさん
「でも西ゲート入場なのに、なんで東ゲートで徹夜してるの?」


僕にもよくわかりません

……というわけで東ゲートから西ゲートに抜ける道が開く8時30分までここでひたすら待機。
始発組もどんどん増えてきて通りすがりの人達がゲラゲラ笑いながら僕の写真を撮ったり、やたらと写真撮影を頼まれたりしました。
頼むから少し寝かせてくれ!

一緒に撮影したお姉さん
「何時から来てるんですか?」


「昨日の終電で来ました」

お姉さん
「えっ、終電で来たのになんでそこに並んでるんですか?」


僕にもよくわかりません

結局このまま、8時半まで待機という超絶にやる事の無い時間を過ごすハメになったので、また万博の思い出語りをしたいと思います。

〇万博がスタートした頃

万博初期の頃。子ども達に「勝手にどっかに行ったらあかんで」などと指導中。
僕が最初に行ったのは仕事絡みでして、その用事が終わってからあちこちのパビリオンを巡ったりしているうち、「あ、これを1回で周り切るのは絶対に不可能や」と気づき、即座に通期パスを買いました。

この頃はまだ行ってない友達に「万博、最低でも5回は行かんと全部周り切れへんのちゃうかな。通期パス買ったほうがええよ」などと偉そうに語っていましたが、この「最低でも5回」の言葉も間違いであったことにそのうち気付きます。開催期間中ぶっ通しで毎日通っても周り切るのは無理。いやマジで。

万博にはパビリオン含め膨大な量のコンテンツがあるのに、「この日だけ」みたいなイベントも大量かつ同時刻に発生するので、全てを網羅するのはマジで不可能です。そしてこれが半年間という期間限定なので「開催中に死ぬほど通っておかないと損だぞ」みたいな気持ちになりました。

〇万博スタート後のできごと

・4月13日 大阪・関西万博スタート!
・4月23日 来場者数100万人突破
・ユスリカが大量発生
・「ス」の椅子、「ス椅子」が話題になる
・5月26日 来場者数500万人突破
・レジオネラ菌が検出され水上ショーが中止に。「静けさの森」の池も立ち入り禁止になる
・バルト館でミャクミャクが盗まれ、不憫に思った人達からの寄付が相次いでむしろ増える
・6月29日 来場者数1,000万人突破
・松平健がマツケンサンバを熱唱
・盆踊りの「一度に踊る人数と国籍数」でギネス達成
・「ヨヤクナシ」のインドネシア館の歌と踊りがバズる
・大阪メトロ中央線の運転見合わせで突如オールナイト万博が開催
・9月19日 来場者数2,000万人突破

万博の印象がネガティブなものからポジティブなものに変わった転換点は7月11日のマツケンサンバくらいの頃かなぁと思いました。それまでももちろんポジティブな声もたくさんありましたが、「どうやら、万博おもしろいらしいぞ」みたいな空気感になったのはこの辺だったような記憶があります。

ちなみに来場者が一番少なかった日は4月15日の4.7万人で、一番多かったのは9月22日の22.5万人でした。
4月15日に行けた人は完全に勝ち組ですね。

ネガティブな話では未払い問題が話題になったりもしましたね。
なんとか解決に向かえば良いなと思うのですが……。

 

そんなわけで万博を振り返ってる間に8時30分!
西ゲートへの道が開いたので急いで向かいます!

そしてゲート前でこれまたけっこう待たされて……

9時20分!入場完了!!!
塗った絵の具がほぼ取れとるやないか!

ちなみにこの日は10時スタートの超時空シアターの抽選があたっていたのでそのまま体験に向かったのですが、超時空シアターはゴーグルをつけて体験するタイプらしいんですよね。

なので「こんな風に顔真っ青に塗ったやつが行ったらお断りされる可能性があるな」と思っていたのですが、
事前に超時空シアターを体験した人に聞いたら「ゴーグルをつける時に使い捨てのマスクみたいなやつをつけるから大丈夫じゃない?」と言われたので安心して向かったところ、

案の定、入り口で係の人にとめられました。そりゃそうだ。

ただし、ウェットティッシュで目の周りの絵の具を取ればOKということで合意。
無事に体験できてよかった……!

体験後にお直しも完了。

電力館の寄せ書き。

この日は最終日なので、「最終日ならではのイベント」を片っ端から見て周ろうと思っていたのですが、
すぐに気づきました。「あ、全部周るの不可能や」って。そういえば万博ってそうやったわ……。

さっきも言った通り万博ってとにかくコンテンツ量がハンパ無いんですよ。
会場のそこかしこで何かしらやってるので、ひとりで全部追っかけるのはマジで不可能!
なので万博がSNSで盛り上がったことにあやかって、今回の記事もSNSに頼ることにします。

万博最終日の会場で起こった様々なできごと!

【万博ライブカメラがちょっとザワつく】



【イタリア館の前に突如スケートリンクが爆誕】

【ミャクミャクが石破総理から表彰される】

【フラッグパレードでミャクミャクがキレキレのダンスを披露】

【同じくフラッグパレードで疲れすぎてヨレヨレの落合先生が発見される】

ちなみに僕もフラッグパレードを見に行ってたんですが、

「ミャクミャクらしきもの」がチラッと見えただけでした。
とんでもない混雑ぶり。

【名物おじさんが泣いて周囲ももらい泣き】

【ドイツ館がサーキュラーちゃんをバラ撒く】

【同じくドイツ館がソーセージを大盤振る舞い】

【インドネシア館は最終日も「ヨヤクナシデス」で盛り上がる】

【「人の輪」で大屋根リングを一周】

【ヨッピーが会場で「有名人のおっさん」を確保】

ちなみに冒頭で紹介したこの写真の、右から2番目のおっさんです。

【土産物屋さんで号泣するおじさんが爆誕】

友達がこの日、お土産を買ったらレジのおじさんが「お客さんが、私の最後のお客さんです。今までありがとうございました」って号泣しはじめたそうです。ええ話や。

本当はもっと会場内をあちこち巡ろうと思ってたんですが、恐ろしいことにこの日の雑なミャクミャクのコスプレですら、ひっきりなしに「写真撮らせてください!」って声かけられてたので移動にめちゃめちゃ時間がかかったんですよね!

 

なんなら「待機列」みたいなのも出来てたからな。
ミャクミャク人気、すさまじすぎる。

そんなわけで声をかけてきたお姉さんに「本物とはなかなか写真撮れないから(笑)」って言われて「誰がニセモノや!」と思ったりしました(まあニセモノなんだけど)。

あと、小さい子どもが「ミャクミャクー!」って言いながら近寄ってきたのに、近づくにつれて「ミャク……ミャク……?」って疑問形になるのもやめて欲しい。

記念撮影を済ませるなど。

ちなみに本物との撮影は6時間待ちだったので諦めました。
ミャクミャクがすっかり遠い存在に……!

フラッグパレードを見たりそうこうしているうち、コブクロによる万博テーマソングの合唱があるとのことで、「時間帯がドローンショーとかぶってるんだよな~」と悩みつつもライブ会場に移動。

コブクロだ!!
遠目で見てもあの人がデカい!

そしてみんなで大合唱。

【同時刻、ドローンショーにミャクミャクがサプライズ登場→そして消える】

さらには万博最後の花火!

 

そんな感じでいよいよ閉幕の時間という流れになってきたのですが……なんということでしょう。

終わる気配がまったく見えません。こちらは観客を煽りまくるイタリア館のDJブース。

カナダ館ではセリーヌディオンの「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」を全員で大合唱。
外国の人達に「時間」という概念は無いのかもしれない。

〇ラスト万博に起こった出来事

【「万博最後の日は地球最後の日っぽい」というポストがバズる】

そこにヨッピーがちょっと映り込む

【ミャクミャクがおうちに帰る】

【イタリア館、閉幕を無視してDJイベントを続行】

いちおう、「スタッフのみが対象」っていう建前だったらしいのですが一般客も死ぬほどいました。

【ベルギー館でモチ撒きならぬ「ワッフル撒き」という新しい風習が爆誕】

【トルコ館、警備員に怒られながらもトルコアイスを売りきる】

【万博ライブカメラに「アリガトウ」の文字】

【万博出遅れ組のネパール館、最後の最後までメシを売りまくる】

これ、僕も食べたのですが「ネパール館、まだご飯売ってるwww」みたいな感じで広がってお腹を空かせた人が続々と食べに来てました。ネパール館、オープンがかなり遅れたから取り戻すのに必死だったのかもしれない。

 

【ヨッピーの腰、終わる】

そして僕の腰が終わりました。

前日から徹夜して地べたに寝たり、立ちっぱなしで行列に並んだりひたすら歩いたりしたせいで腰の痛みがハンパ無いことに。

そして当初の目的であった「万博最後の客になりたい」という目論見は「どう考えても無理やろこれ」という雰囲気が漂っております。

だって、終電近いのにみんな全然帰る気配無いもん。
一応、「打ち上げはスタッフのみ」みたいな建前で警官がスタッフパス持ってない人を追い返したりしていたようですが、一般客も確実に紛れてる。

「こうなると絶対朝までコースだし、そもそもスタッフも客もごっちゃになってて誰が最後の客かなんて誰にもわからへんやろ」と思ったので諦めて離脱する事にしました。

流石にこの腰を抱えて2徹は死ぬ。

アメリカ館からの最後のメッセージ。こちらこそありがとう。

【万博の、良かったこと】

そして最後に、「万博の、ここが良かったな~」というのを自分なりにまとめておきます。

1.ミャクミャクと、こみゃく

ミャクミャクは発表当初それほど人気がなかったのに、徐々に人気が出て最終的に大爆発、グッズが売れまくるなど万博を成功に導いた立役者の代表格と言ってもまったく過言は無いでしょう。

記事中にも書いた通り、ロゴの選定、キャラクターの選定、名前の選定、着ぐるみのずんぐりむっくり具合、全ての過程において「正解のルート」を選んできた奇跡的なバランスの上で成り立ったキャラクターですし、考案者山下さんはもとより、ミャクミャクの躍進については選考委員の人達も褒められるべきだと思います。

「人気が無かった人が徐々に売れて行く」という現象はアイドルなんかでもちょくちょくあるような話ではあるのですが、そういうケースの「売れてない時代」ってそもそも知名度がなくてみんな知らないのに対し、ミャクミャクの場合は「みんな知ってるけど人気は無い」という期間も長かったので、「多くの人が注目している中で、どんどん人気が出ていくのをまのあたりにする」という稀有な体験も出来たなぁと思っております。

そしてミャクミャク及びこみゃくが会場の至るところに配置されていることによって全体の統一感も出ていて、「バラバラなのに、ひとつ」という万博らしい世界観を構築する上で大事な要素になりました。

会場の至るところで見かけたこみゃく。

こういう、「デフォルメして擬人化して可愛くする」みたいなパターンは日本のお家芸みたいなところもありますし、そういう意味でも日本らしくて良かった。

2.大屋根リング

次に大屋根リングです。正直に言うと最初のうち僕は「これ、要らないのでは?」と思っていたのですが、現地に行って実物を見た時に度肝を抜かれました。

大屋根リングの素晴らしいところはあらゆる機能を内包しているところで、
大屋根リングひとつで

・雨よけ
・日よけ
・遊歩道
・展望台
・案内板
・休憩所
・待機所
・イベント会場

といった機能を果たしているので、夏の暑い時期に行った時なんかは大屋根リングの下に行くとちゃんと涼しいので「これが無かったら熱中症で倒れる人もっともっと出ただろうな」と思いました。そして上に登れば2次元的に捉えていた万博会場のパビリオンが3次元的に浮かび上がってくるんですよね。

そして単純に「デカいのはすごい」ということで、とにかく迫力がすごい。昔の人が奈良の大仏を作った気持ちがわかるような気がする。

先ほど上に挙げた、機能としての側面はもちろん、概念として言うのであれば大屋根リングは偶像でもあり異世界へのゲートでもありっていう感じで、「1つの石でナンボほど鳥を落とすんや?」っていうくらいに多機能でよく考えられた構造物だな、と思いました。今後デカいテーマパークを作る時はこういったリングを装備するのが正解、みたいな風潮になるような気がします。

この大屋根リングもまた、「バラバラなのに、ひとつ」という万博の世界観を構築する大事な要素になりました。

3.大阪

生まれ故郷というひいき目もあるかもしれませんが、大阪の街も良かったです。万博期間中はどこもかしこも万博一色という感じで盛り上がってましたし、道行く人がミャクミャクグッズを見に着けていたり、フラッと入った飲食店にもミャクミャクがいたり。

そこの写真は万博最終日の翌日、僕の地元の商店街で見つけた看板ですが、こんな感じで大阪の街と大阪の人が万博を自分ごととして捉えて盛り上げていたのは大変良かったな、と思いました。雰囲気も楽しかったし。

万博がきっかけで大阪に初めて行き、「大阪、楽しいじゃん!」って感じた人も多いんじゃないかなぁ。世界各国から集まったスタッフも「大阪、大好き!」みたいになった人が多いんじゃないでしょうか。

ちなみに、万博に一番足を運んだのは言うまでもなく大阪の人で、大阪人ひとりあたり1.2回行ってる計算になるそうです(ひとりで何回も行った人がいるから)。

4.みんな

ヨルダン館のお兄さんとハイタッチする息子

そして「みんな」です。
これは飲食店スタッフ、パビリオンのスタッフにお客さん、運営の方々に建築に携わった方々など、万博に関わる全ての人です。

記事中に書いた「あなたが最後のお客さんです」といって泣いたおじさんもそうですし、大屋根リングの設計者藤本さん、最終日までヘロヘロになりながら頑張った落合先生もそう。万博マップを作ったつじさんもそうだし、ミャクミャクくじに2時間並んだ貴方だってそう。

恐らくこれは運営も意図していたことだと思うのですが(ミャクミャクの二次創作のガイドラインとか)、大阪・関西万博は「みんなの万博」みたいな感覚が常にあって、そしてそれは実際に「みんなの万博」だったんじゃないかな、と。

万博の会場はなんというか常に「愛に溢れてるな~」という雰囲気が漂っていて、子どもを連れてる時なんかは色んな国の人が「ハーイぼうや。何歳だい?」みたいなノリで話しかけてきてくれるし、インドネシア館の人達はノリノリで踊ってるし、並んでる時におばちゃんが「あらー、ミャクミャクのお洋服、可愛いわね~」って話しかけてきたりとか、こういう「みんな」の雰囲気こそ「楽しさ」を構成する上で一番大事な要素なのかもしれないな、と思いました。

最終日は泣いているスタッフの人達もたくさんいましたが、泣いてるお客さんたちもたくさんいました。みんながそれぞれの立場で、それぞれの役割を全うしたからこそ感動出来たんだと思います。どなたかも言ってましたが、万博を通じて「人間って、捨てたもんじゃないな」と思えたことは大変良かったです。

5.そして、これから

そして最後。「万博の良かったところ」って、実はこれから出て来るんじゃないかと思っています。
大屋根リングを見て建築家を目指す子どもがいるかもしれないし、ミャクミャクを見てデザイナーを目指す子どもがいるかもしれないし、IPS細胞を見て医者を目指す子どもがいるかもしれない。色んな国に興味を持って、世界に羽ばたく子どもがいるかもしれない。

それに、今回の万博はめちゃめちゃな逆風の中で開催されたのにも関わらず、その逆風に負けずに色んな人達が自分の役割を全うし、そして成功へ導くという稀有な成功体験をしたわけで、この苦境を一緒に乗り越えた人達にはかけがえのない絆のようなものが生まれてるのではないかと思います。

万博に関わった人達にこの連帯感が生まれたことで、今後色んな分野においてそのシナジー効果みたいなものが生まれて来るのではないでしょうか。

そして、経済が低迷していて政情も不安定、あまり明るい話題のない日本社会において、万博が見せてくれた光景は「まだまだ、出来るじゃん」という希望の光にもなっているような気がします。

今回の万博がコケていたら、もう二度と日本で世界的な大規模イベントは開かれなかったかもしれませんし、大きな事にチャレンジする風潮も無くなっていたかもしれません。「あの万博で、なんか社会の雰囲気が変わったよね」と、後世に言われるようになってるといいなぁ。55年前の万博が、高度経済成長を象徴するイベントであったように。

以上、やたらと長くはなってしまいましたがこの半年間、暇を見つけてはせっせと大阪に帰っては万博会場をウロウロした客のひとりとして、僕も万博ロスに悩み、終わってからずっとYoutubeで万博の動画を流すなど立派な万博ゾンビになってしまいました。

ほんと、何が楽しかったんだろうなぁ。あの、ゲートをくぐった時に聞こえてくるピーヒャララってBGMで「よーし、来たぞ~!」っていう高揚感も良かったし、色んなレストランを巡るのも良かったし、子どもを放牧してキャッキャ遊ばせてるのも良かったし。グッズを見て周るのも良かったり唐突にはじまるイベントを立ち止まって見るのも良かったし。

万博会場は何が出て来るかわからないオモチャ箱のようで、みんながキラキラした目でそのオモチャ箱に向かって走って行くような、そんな光景が楽しかったのかなぁ。

もちろん全部が全部「良かった!」というわけではなく、アプリの使いづらさ、予約システムのわかりづらさ、予算が当初の想定より急激に増えたこと、未払いの問題、特に終盤は「それにしたって混みすぎでは?」っていうぐらいの混雑ぶりなどなど、あれこれ課題は間違いなくあるんですけれども、イチ個人としてはとにかくこの半年間、あれこれと楽しい経験をしたことは事実であります。

万博に関わった全ての人に対するお礼の気持ちを込めて、この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

そして最後に、全ての人と、この言葉を共有することで締めくくりとさせて頂きます。

万博、楽しかったね!

 

おまけ

 

明日からどういう顔をして子どもを送り迎えをすれば良いかわかりません。

ヨッピー