続いてのニュースです。
国内で新サービス「眼科」が、本日より開始します!
眼科とは、目の機能を測定し、結果に応じた治療・薬の処方を行うサービスで、国が盛大に支援した一大事業となっています。
国の大臣も眼科の開始に大いに期待している模様です!
これまでは視力検査屋というお店で視力を測ることしかできませんでしたが、今後は眼科で視力検査を行った後、検査結果から適切な治療を施すことができるようになります。
眼科の開始によって、国民の目が良くなることが期待されます。
本日よりオープンするこちらの眼科ですが、開店前からすでに行列ができています! ちょっとインタビューしてみましょう!
近所だったので記念に来てみました! 友だちと!
私が若い頃は目の治療だなんて考えられなかったねえ。
目が良くなるって聞いて
透視とかできるようになるのかなって。
このように国民のみなさまからは好意的に受け入れられている中で、専門家からはある懸念が指摘されました。
現在、視力検査市場は専門の視力検査屋によって支えられていますが、眼科の設立によって今後は視力検査屋の需要が減少することが想定されます。
そうなると、視力検査屋の失業率が上がってしまうかもしれません。
現在よりも収入が減る可能性もありますが、失業の危機にある視力検査屋を眼科で雇い入れるなどの対策が今後の課題となるでしょう。
さまざまな意見が飛び交う眼科は主要都市で本日よりスタートし、今後は順次、全国へと展開していく見通しです。
ブチッ
…………
私は視力検査屋だ。大学を卒業してすぐに視力検査の道へ進み15年の修行期間を経て、愛娘の誕生を機に念願の独立を果たした。それから6年、今朝のニュースである。
そう遠くないうちに、この町にも眼科はできる。
クシャ
開業のための借金、家のローンも残っている。現在はそれらを返済しながら家族に不自由のない生活をさせてやることができているが、今後はそうもいかないだろう。
せめて、この子が成人するまでは……
カランコロン
やってるかい?
ああ、いらっしゃい。
なんだか元気がないじゃないか。まあ今朝のニュースを見たんじゃ仕方ないか。
私のところにも眼科への誘いが来たよ。
条件はどうなんだい?
……収入は、今より4割ほど減るそうだ。眼科医という資格を取れば目の治療もできるということで収入は増えるそうなんだが、この歳では資格勉強は厳しいとも言われたよ。
そいつは気の毒だな……
まあ、働き口がもらえるだけでもありがたいって思わなくちゃならないね!
しかし、娘さんもまだ幼いだろうに……
……
そ、そうだ! 今日も視力検査を頼むよ!
あ、ああ。まいど!
家族を守るために私に与えられた選択肢は3つ。
1つめは眼科に雇ってもらうこと。これは一番安定した収入を得られる選択だ。減りこそするが安定した収入というのは生活にかかる予算を計算しやすい。しかし急な収入の減少は家族に不自由な生活を強いることとなるだろう。妻は心配するなと言っていたが、今と同じ生活を続けることが難しいことは目に見えて明らかだ。
2つめはこのまま視力検査屋を続けること。眼科が登場した今、視力検査屋の需要は減少するだろう。しかし、視力検査そのものが必要無いわけではない。実際、眼科も視力検査に基づく治療を行うので、視力検査屋で視力検査証を発行すれば眼科での検査を介さずに治療を受けることができる。走り出したばかりの眼科では視力検査の提供が十分ではないことも考えられる。当面は仕事を失うこともないだろう。しかし、眼科の供給不足ももって数年だろう。それ以降はどれだけ値上げをしようとも家族を養えるだけの収入を得るのは難しくなるだろうし、眼科の人員不足も解消されているだろうから、雇い入れてもらうことも難しくなるだろう……
3つめは違う仕事をすること。これは最も現実的ではない選択肢だ。収入が減るのはもちろん、新しい仕事を覚えるには私は歳を取りすぎた。それでも視力検査屋として生きていくことができなくなった時には家族を守るためにも考えなくてはならない選択肢だが、できるだけ考えたくないこともまた事実。
神はなぜこうも試練を与えるのか……
カランコロン
いらっしゃい!
……
ボク、どうしたんだい?
視力検査屋のおじさん、学校の宿題で、お店の見学、してもいいかな?
ああ、見学ね! つまらないところかもしれないけど、構わないよ。
ありがとう、おじさん!
(とは言っても、今日はあまりお客も来ないし、もうじき無くなってしまうかもしれない仕事なんて見せてもな……)
ところでボク、あまり元気が無いようだけど。
実は、お友だちとケンカしちゃったんだ……
そうかい……
(私は、子どもたちの笑顔を守りたくてこの仕事を始めたんじゃないか……)
(目の前に落ち込んだ少年がいるのに、私が落ち込んでいるわけにはいかないな……)
ボク、良かったら視力検査を受けてみないか?
え、良いの!? でも、僕お金持ってないし……
お金はいらないよ。それに見学だと言うなら、実際に視力検査を受けてみた方がよくわかるだろう?
ホント!? おじさんありがとう!
それから、私は少年に精一杯の心を込めて視力検査を行なった。
落ち込んでいた少年の表情も、少しずつ笑顔を取り戻してくれたように思う。
楽しかった! おじさん、今日は本当にありがとう!
きっと、お友だちとも仲直りできるよ。
僕、大きくなったらおじさんみたいな視力検査屋になるよ!
!?(そうだ、私は誰かの笑顔を守ることができるこの仕事に誇りを持っていたんだ……)
ありがとう……
え!? どうしたのおじさん?
(時代が変わろうと視力検査の精神は受け継がれる。私もその礎−いしずえ−となろう……)
(この誇りとともに、私は最後までこの仕事を全うするんだ……)
数十年後、すっかり眼科に吸収されてしまったはずの視力検査界に激震が起こる。
新たな視力検査の視標が発表されたのだ。それは考案者である眼科医 エドマンド・ランドルト氏の名を取って、ランドルト環と名付けられた。
さらに数十年後、ランドルト環は視力検査の国際視標となり、現代まで、そしてこれからも長く愛されることとなった。
エドマンド・ランドルト氏は、ランドルト環発表の際にこのように述べた。
私が幼い頃、クラスメイトとケンカをして落ち込んでいた時に、ある視力検査屋の店主が私に視力検査を施してくれました。それは幼い私にとって非日常的で刺激的で、しかしとても暖かい体験でした。この感動を私も誰かに伝えたい。その想いでこれまで頑張ってこれました。時代とともに視力検査屋という仕事は失われてしまったけれど、その精神までもが失われてしまったわけではありません。私は眼科医ではありますが、視力検査の魂を受け継いだ一人として、これからも尽力する所存です。そして、その精神はまた、新たな誰かへと受け継がれていくのです。
数多の仕事で溢れ返る現代、どんな仕事も「誰かを笑顔にしたい」「誰かの役に立ちたい」という愛のもとに発展してきたのだ。
多くの仕事は時代とともに失われていくのかもしれない。だがその愛は、その精神は、形を変えながら受け継がれていくのである。
ねえ、キミ
視力検査をしてみない?