ある日、俺はすき家に向かっていた。

 

日本が誇る牛丼チェーン店の一角を担い、「早い・安い・美味い」の三拍子が揃った究極の飲食店だ。その活躍は国内にとどまらず、海外にも出店されており、国籍を問わず熱心なファンが多い。俺もその内の一人だ。

 

物価高の影響を受け以前のような破格の値段ではなくなったが、それでも俺のような決して裕福とはいえない人間にも手を差し伸べてくれるかのような心強い値段設定で、足繫く通っているのだ。

 

牛丼チェーン店は他にもあるが、俺が住んでいる地域にはすき家しかなかった。さかのぼれば、昔ここにはドムドムバーガーがあったんだけど、俺が子どもの頃に閉店した。その直後にすき家ができて以来、この地域の人たちは牛丼といえばすき家になった。だから俺はすき家以外の味を知らないし、これからもすき家だけで良いと思っている。

 

だが、俺は……

 

俺は、すき家のまぐろたたき丼が好きだ。

 

すき家といえば牛丼であり、牛丼といえばすき家。

世間に浸透しているこの不文律は非常に強固であり、すき家で牛丼を頼まないということは、例えるなら天下一品へ行って春雨スープ(柚子塩味)を食べるくらい、ズレていることなのだ。

牛丼でないならばせめてカレーを食べろ、そう聴こえてくる気さえしてくる。それほどまでにすき家といえば牛丼あるいはカレーなのだ。

 

だが俺は、すき家のまぐろたたき丼が好きなんだ。

単にまぐろのたたきが好きなのはもちろんだが、すき家のメニューの中で彼の姿は静かでありそれでいて力強い闘志をたぎらせている。そんな風に見えた。それは集団の中であえて嫌われ役を演じ、チームの結束を強めるのに一役買っているかのようで、俺は彼の仕事を全うするまっすぐな姿勢に強い憧れを抱いたのだ。

俺がもし彼の立場なら、ここまでまっすぐに仕事を全うできるだろうか。せっかく憧れの飲食店メニューに仲間入りできたのに、頼まれるのはいつも牛丼やカレーばかり。たまに頼まれれば「フリスビー丼(笑)」とか言われる始末。もしも俺だったらすぐに不貞腐れ、やがて表舞台から姿を消してしまうかもしれない。そう思うと、頑張る彼を応援せずにはいられなかった。

 

以来、俺はすき家へ行くと必ずと言っていいほどにまぐろたたき丼を注文するようになった。それはこの日もそうで……

 

けれど、少し魔が差してしまったというか、

 

ほんの出来心だったのに、あんなことになってしまうなんて思いもせず、

 

 

気付けば俺は、まぐろたたき丼に「かつぶしオクラ」をトッピングしていた。

 

 

 

 

 

 

 

ほんの出来心で注文してみたけど、どうかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

う……う……

 

美味あああああああああい!!!

 

美味い美味い美味い美味い美味い美味い!!!!!!!!!

 

ガクッ

 

美味……美味ぁ……

 

……クッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美ー味ー過ーぎーるールルルルルルルルル!!!!!!!!!!

 

 

ハャーーーーー!!!!!!!!!!!!

 

バシュン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッ!

 

 

 

夢……?

 

 

 

 

さて、今日もすき家へ行くぞ。

 

あれ?

 

こんなところになか卯なんてあったっけ……?

 

ま、いいや! 俺はすき家へ行くんだ!

 

今日もまぐろたたき丼にかつぶしオクラをトッピングして食べるぞー!

 

 

 

 

おかしいな。そろそろ着くはずなんだけど……

 

違うんだよ、俺はすき家に行きたいのに……

 

一度来た道を戻ろう。自宅からすき家への道を間違えるはずはないんだ。

 

 

 

 

俺には長年すき家へ通っている経験があるんだ。自宅からなら間違えるはずはない……!

 

 

 

おかしい! 今度は間違えずに歩いているはずだ! ここにすき家があるはずなんだ!

 

すみません!

 

な、なんだいあんた!

 

ここにすき家がありましたよね!?

ら、乱暴しないでくれ!

 

 

も、申し訳ありません。少し取り乱してしまって……

で、何? すき家だって?

はい、ここにはすき家がありますよね?

すき家って牛丼のすき家のことかい? どこと勘違いしてるのかわからないけど、ここは昔ドムドムバーガーが閉店して以来ずっと空地だよ。

……え!?

 

バカなことを言わないでください! たしかに俺が子どもの頃にドムドムバーガーが閉店したけど、その直後にすき家ができたはずだ!

だから乱暴しないでくれよ!!

 

あ……うぁ……

 

うわあああああああああああ!!!!!!

 

うわあああああああああああ!!!!!!

 

(すき家ができていない? そんなバカな……! 何かの間違いだ!)

 

 

 

すみません、この辺りにすき家があるはずなんですが……

すき家? この町にそんなもんはないよ。

 

すき家へ行きたいんですが……

すき家? あんなマイナーな店この辺には無いよ! なか卯ならあるけどね!

 

(おかしい…… すき家がマイナー? そんなわけがない!これじゃまるで歴史が違うみたいじゃないか!

 

すき家はどこにありますか?

 

すき……?

そうですよね、知らないですよね……

 

あー! すき家ね! ここからまっすぐ歩いたとこにある大きなサテンを右に曲がってしばらく行くとあったはずだよ!

!?

 

それは本当ですか!?

嘘なんかつかないさ。これでも正直なのが取り柄だからね!

 

大きな喫茶店を右ですね! ありがとうございます!

あ! ちょっと!

 

やった、これですき家へ行くことができる! 元々あったすき家が無くなっているこの状況はなんだかわからないけど、ともかくまずはまぐろたたき丼を食べなくては……!

 

おっさんが言ってた大きな喫茶店ってのは、このコメダ珈琲のことかな? 近くに他にそれらしいものはないし、喫茶店ってのはだいたい小さいものだからな。あえて”大きな”と言うってことはこういうチェーン店に違いない。

 

それより、こんなところにコメダ珈琲があっただろうか。

 

考えてみれば、さっき見たなか卯だって元々なかったはずだ。あったはずの店が無く、あった覚えのない店がある。これじゃまるで……

 

……ま、とにかくすき家だ!

 

 

もうかなり歩いたはずだけど、すき家は無いじゃないか…… 道を間違えたのかな?

 

だいぶ暗くなっちゃったな。今日は諦めて家に帰ろう……

 

 

 

なんだか疲れたな……

 

不可解なことだらけだ。すき家がマイナーであるかのような町の人の反応。それに……

 

今日すれ違った学生たち……

 

マクドナルド行かない?

えー? マクドナルド微妙じゃん。それよりテリア行こうぜ! 同じハンバーガーならテリアの方が絶対良いって!

 

あの会話。俺の予想が正しければロッテリアのことだ。テリアなんていう略称、これまで聞いたこともない。一体何が起きているっていうんだ……

 

明日こそは、すき家を見つけなくては……

 

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