隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。

うわああああああああああ

再放送じゃねえか

 

なんだよ、このぎっしり文字。QRコードじゃん

今まで読んだ本も似たようなもんだったと思うけどなあ

こんなの人間が読み取れるもんじゃないだろ。俺にPayPayになれと???

 

ごちゃごちゃ言っててもしょうがねえか……読むしかないもんな

まあまあ。無理なら途中でギブアップしてもいいからね

そういうわけにもいかないだろ! かまどは本が読めなかった経験がないから、俺の気持ちが分かんないんだよ!

そんなことないよ。俺だって読めずに途中で投げ出した本なんて数え切れないくらいあるぞ

 

そうなの?

そうだよ。本を読んでて途中で挫折するなんて、マジでよくある話だから。全然恥ずかしいことじゃないよ

そっか……

 

かまどもああだったってことか……

ああだったことはない

でも、気が楽になってきたわ! 読めるとこまで読んでみるか!

 

隴西(ろうさい)の李徴(りちょう)は博学才穎(さいえい)

え〜っと。たしか注釈を見れば分かるんだよな

そうだね。注釈ナシでこれ読める人はまあいないから

博学才穎は……天才みたいな意味ね……OKOK……

 

天宝の末年、

天宝ってのは……元号のことか。苦労して読んだのに、ただの年代の話かよ

言っちゃえば、「平成の終わりごろ」みたいな意味だからね

これはもう読書じゃなくて、解読だろ

 

若くして名を虎榜(こぼう)に連ね、

「虎榜」っていう天才リストの中にランクインしてる……的なこと? じゃあ、そう書けよ

そうは書かないだろ

 

ついで江南尉(こうなんい)に補せられたが、

これも読めないな〜。「江南尉」は注釈に載ってるのに、「補せられた」はノーヒントなんだけど……

え、マジで? 正直、俺も正確な意味は分かんないよ

どうしよう。「偉い役職に任命された」的なことで大丈夫?

多分、合ってると思う。少なくとも、俺はそう読んでたな

 

性、狷介(けんかい)

何か召喚しようとしてる?

呪文じゃねえよ。そう言いたくなる気持ちも分かるけど

はぁ……とにかく一旦「。」まで読もう。ここで諦めちゃダメだ

強くなったなぁ。前回はこの辺で心折れてたのに

かまどが教えてくれたんだよ。とりあえず「。」まで読んでみたら分かるって

 

(みずか)ら恃(たの)むところ頗(すこぶ)る厚く、

OKOK。焦らない焦らない。「。」までキレちゃダメ、キレちゃダメ

(必死に自分を抑えてる……)

 

賤吏(せんり)に甘んずるを

ッック! ギギィ……ッ!!!

(抑えてられてるか?)

 

(いさぎよ)しとしなかった。

やっと「。」が出てきた…。これでようやく一文か……

一冊読み切ったあとでも、ここまで消耗しないだろ

隅々まで難しいな…。でも、注釈を読めば何となく分かりそうな気はするわ

 

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。

だからこれは……

俺、李徴。天才。なんかすごい仕事してる。やな奴。

ってことだよね

乱暴な翻訳だなあ。けど、だいたいの意味はあってるよ

よかった……

 

自分のペースを乱さないようにしないと。気を抜くと持ってかれそうになる

まあまあ。日本語は難しいけど、内容は高校生でも理解できるはずだからさ

そんでもって、ようやく2つ目の文章か…。今日の読書はヤバいぞ。本当に日をまたぐかも

 

いくばくもなく官を退いた後は、

まだまだ難しいな〜。この官ってのはどういう意味?

役人って意味かな

退いたってのは?

辞めたって意味だね

 

あんなに苦労して読んだのに、もう辞めてんの!??!

そりゃそう言いたくもなるよな

ふざけやがって!!!! 時間返せよ!!!!!

落ち着いてくれ

 

……まあ、物語は前に進んでるわけだからね。落ち着いて読んでいくか

みくのしんの好きに読んだらいいよ。このままだと喉がぶっ壊れるとは思うけど

あんまり大声出すと本もビビっちゃうもんな。これ以上、字がちっちゃくなったらもう読めませんよ

 

故山、虢略に帰臥し、

難しいな〜。言っとくけど、俺は今、「に」と「し」しか理解してないからね

その割に、今回は冷静でいられてるね。以前はそれで怒り狂ってたのに

注釈があるから狂ってもいられないんだよ。こんなに画数多いのに、注釈見ればなんとか読めちゃうんだよな

 

故山(こざん)、虢略(かくりゃく)に帰臥(きが)し、

つまり、これは……

地元に帰った。

こういうことね

 

タケノコか???

どういうこと???

さっきまであんなに分厚かったのに! 皮を剥いたら食べられる部分少なすぎだろ!

なおのこと、どういうことだよ

 

人と交(まじわり)を絶って、ひたすら詩作に耽(ふけ)った。

詩を作る? 結構かわいい趣味あるんだね

多分、みくのしんがイメージしてる詩とはちょっと違うかな

ん? これってポエムのことじゃないの?

漢詩っていう中国の古典教養なんだけど……まあ、日本における和歌とか俳句みたいな感じだと思うと分かりやすいかも

 

仕事やめてライターになったみたいな感じ?

まあ、そんな感じかな

なるほどね! なんか一気に親近感わいてきた!

いいね。その親近感を手放さないように読んでいこうぜ

 

下吏となって

「げり」って何? これ注釈がないんだけど

なんて読むんだろうね。多分「かり」じゃないかな

どういう意味なの?

えっ? 俺も調べないと正確な意味は分かんないな…。せっかくだし、一旦「。」まで読んでみたら?

そっかそっか。え〜っと…?

 

下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺(のこ)そうとしたのである。

なるほど。なんとなく分かった。嫌な上司の下っ端になるくらいなら、ライターとして売れたかった……ってことだよね

そうそう。注釈なしでもニュアンスで読めてるじゃん

でもさ。今も「下吏」の意味は分かってないんだよ? なのに、「。」まで読むとなぜか分かってる。不思議だよな〜

そう言われると、たしかに不思議ではある

※【下吏】……下っ端の役人のこと。

 

しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐(お)うて苦しくなる。

ほら、次の文章もそうだ。「文名」の意味は分からないのに、「。」まで読むと「有名になれなくて、貧乏になってきた」ってなんとなく分かるんだよ

そうそう。一つ一つの単語は分からなくても、全文を読むとニュアンスって伝わるものだよね

ゲームで処理落ちしてる道を走ってるみたいだね。なんとか「。」までたどり着くと、ロードされて途端に景色が描画される感じなんだよな

面白い感覚だなあ

※【文名】……物書きとしての名声のこと。

 

李徴は漸(ようや)く焦躁(しょうそう)に駆られて来た。

分かる。こういうとき焦るよなぁ

俺もみくのしんも見切り発車でWEBライターになって貧乏生活してたから、共感できるところは多いかもね

 

この頃からその容貌(ようぼう)峭刻(しょうこく)となり、

峭刻ってのは…? あぁ、痩せちゃったんだ

注釈のページも使いこなしてるね。いい調子だ

なんか読み始めたときより楽になってきたかも。「どれくらいのカロリーを使って読むものか」が分かってからついて行きやすくなった感じがする

 

肉落ち骨秀(ひい)で、眼光のみ徒(いたず)らに炯々(けいけい)として、

肉落ち骨秀で! かっこいい言い方だな〜! 俺も骨秀でててえよ、最近太ってきたからさ

あまり憧れるような描写ではないんだけどな

わざわざこう書くってことは、昔は太ってたんだろうね

 

(かつ)て進士に登第(とうだい)した頃の豊頬(ほうきょう)の美少年の俤(おもかげ)は、何処(どこ)に求めようもない。

え〜っと。「豊頬」は……「ふっくらとした美しいほほ」か

 

やっぱ太ってたんじゃん

 

数年の後、貧窮に堪(た)えず、妻子の衣食のために遂(つい)に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。

また仕事始めたんだ…。なんか芸人さんの下積み時代の話みたいだね

文章は難しいのに、だいぶスムーズに読めてるね。昔だったらとっくにギブアップしてただろうな

たしかに。相変わらずスピードは遅いけど、今回はどうにか前に進めてるもんね

 

やっぱり「。」まで読んでるからじゃないかな? もし「。」がなかったら窒息すると思う。この先に空気があるって知ってるから今は読めてるけど……

ん? どゆこと???

え? だから……

 

 

 

こういうことだよ

どういうことだよ

俺の肺活量が鍛えられたのもあるんだろうけど、やっぱ「。」があるから息継ぎできるんだと思うんだよね

ちょっと落ち着いて説明してくれる? 分からないけど、多分大事なことを伝えようとしてる気がする

 

数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。

こういう難しい文章を読むときって、洞窟の中の水たまりに潜ってるような感覚なんだよ

(……? 分からないけど、聞いてみるか)

かまどってクレイジージャーニーとか見たことある?

あるけど、それがどうしたの?

 

ああいう番組とかでさ、洞窟の奥に進むために、水に潜って向こう側に行くシーンとかあるじゃん。あれってすげー怖くない?

あるある。見てるこっちも息が詰まりそうになるよね

 


洞窟内の水たまりを横から見た図らしい

この先に空気があるか分からないし、もしかしたら、この先ずっと水たまりで一度潜ったら溺れちゃうかもしれない……

想像するだけで「ひぇっ」となるよな

俺にとって「難しい文章を読む」って、これと似てるんだよな

んん? これが読書と繋がってくるの??

 

数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、

例えばこの文章も、始めは、向こう側に空気があるかも分からないまま、とにかく読み始めるでしょ?

まあ、初めて読む文章は、その先に何が書いてあるか分からないもんね

それどころか、どれだけ長いか、どこまで理解できるかすら分からない。読み始めたはいいけど、それがどれだけ続くのか分からないままだったら、すげー怖いじゃん

なるほど。それが、洞窟の水たまりを潜るイメージに似てるってことか

 

再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。

でも、「。」までいけば、そこに空気があるからさ。文章の意味が分からなかったとしても、ここまでくれば息継ぎはできるんだよ

へえ〜! すごい感覚で読書してるなあ

結局意味は分からなくても、一息ついてから「で? 何が言いたかったんだっけ?」って向き直る時間を作れる感じなんだよな

 

本が読めなかった頃は、「洞窟の先に空気がある」って知らなかったんだと思う。だから、文章が分からなくなった瞬間に、不安になってすぐ読むことをやめちゃってたんだよな

たしかに、昔のみくのしんは「分からない」にぶつかった途端に諦めてた気はするね

でも、何回も本を読んできたから、今は「とにかく『。』までいけば息継ぎができる」って信じられるようになったんだよね。だから、怖くなくなったのかも

なるほど…。かなり感覚的だけど、なんとなく分かったよ

 

まさかこんなイメージで読書してたとはね

ごめんごめん。関係ない話で盛り上がりすぎちゃった

全然いいよ。いい話も聞けたし

 

(文章を読むたびに生の実感を得てる?)

え〜っと、どこまで読んでたっけ? たしか、李徴が脱サラしてライターになったのに、諦めて再就職したんだっけ

やけにライトな翻訳だけど、たしかにその通りだよ

 

一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。

自分の才能のなさに気づいちゃったんだね…。だから、諦めて就職したんだ

人生を賭けて挑戦したのに挫折したってことだね

でも、この正直さは褒められてほしいな。自分で見切りをつけられるのはすごいことだよ

 

曾ての同輩は

ん?

どうした?

 

曾ての同輩は

なんだ、このウルトラマンみたいな漢字は

たしかに顔に見えるけど。これで「かつて」って読むんだよ

ウルトラマンが元ネタになって出来た字?

円谷プロは象形文字を作らないだろ

 

フリガナふっといてよ〜。これは読めないって

さっき出てきた字だけどね。前に一回出た漢字はルビが省略されるんだよ

え〜! 一発で覚えないといけないの? そんなのテストじゃん!

まあまあ。ここまで話題にしたら、次からは覚えてるんじゃない?

 

曾ての同輩は既に遥(はる)か高位に進み、

かつての同輩は……ああ、ライターやってる間に同期に追い抜かれちゃったのか……

 

彼が昔、鈍物として歯牙(しが)にもかけなかったその連中の

鈍物……? 歯牙……?

 

下命を拝さねばならぬことが、

……ック! グゥウ……!

 

往年の儁才(しゅんさい)李徴の自尊心を

ッッキィ……ギギッ……!!!

 

如何(いか)に傷(きずつ)けたかは、想像に難(かた)くない。

息をさせてください!!!!

したらいいだろ

全然「。」出てこねえじゃん!! 溺れるかと思った!!!

人体は、文字を読んで溺死するようにはできてない

 

……と思ってたけど、本当に顔赤くなってんな

さっき言っただろ! 俺にとって洞窟で潜ってるのと同じことなんだって!

だからって本当に息を止める奴があるかよ

 

曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷けたかは、想像に難くない。

でも、落ち着いて全体を見直すとなんとな〜く分かるんだよな。要は、同期と立場が逆転しちゃったってことだよね

そうそう。酸欠になりながら読んだかいがあったね

儁才 しゅんさい ←この言葉だけ意味わかんないけど。こういうのも理解できてたら格好つくのにな〜

こんなの俺も正確な意味は分からないよ。なんとなくで理解できてるなら、そのまま進んで大丈夫だって

 

もし、間違ってたら……と思うと怖いから注釈で確認してもいい?

もちろん。今のみくのしんなら、注釈読めば分かると思うよ

まあ「秀才」みたいな意味なんだろうな〜とは思ってるけどね。読み方も似てるしさ

 

【儁才】
なみはずれて優れた才能を持っていること。秀才。

 

ほら!!! すげー! ドンピシャ当たってる!!!

みくのしんの言う通りだったね

これが俺のチカラ……?

 

曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷けたかは、想像に難くない。

だから、これは……

バカにしてた同僚は出世してるし、そいつらの命令を聞かなきゃいけないから、頭がいい李徴にはキツかったんス

こういうことか!

 

俺、成長してる……! めっちゃ読めるようになってんじゃん

まだまだ序盤なのに、もう一冊読み終えたみたいな顔してるな

やっべぇ…。自分が成長してることに泣きそうになってる……恥ずかしい……

恥ずかしいことないだろ。一番羨ましい涙だぞ

 

落ち着け。まだ油断するな。エンディングまで泣くんじゃない

MOTHERプレイしてるんじゃないんだぞ

俺は知ってるんだ。日本語はどこまででも難しくなれる。こいつはまだこんなもんじゃない

 

彼は怏々(おうおう)として楽しまず、狂悖(きょうはい)の性は愈々(いよいよ)抑え難(がた)くなった。

これも難しいなぁ。シンプルで短いからこそ、ニュアンスで読むためのヒントが少ないぞ

たしかにね。俺も、これは本当に高校生に読ませる文章なのか疑問になってきた

狂悖は……「非常識で不道徳な言動をすること」だって。なるほど……

 

これって、李徴もヤケになってきてるってことだよね

そうだね。詩家にもなれず、仕事をしててもプライドのせいで楽しめなくなってるんだな

そういう時期ってあるよな…。のちのち、まともな自分になれたときに、この時期の自分が足を引っ張ってくるんだよ

 

一年の後、公用で旅に出、汝水(じょすい)のほとりに宿った時、

あ、汝水って場所に旅行したんだ! いいじゃん! 今の李徴はそういうところでゆっくりしたほうがいいよ!

あれ? みくのしんは「汝水」を知ってるの? 俺は全く知らないけど

俺も知らない! でも、なんかいい場所そうじゃない? 多分川沿いなんだろうな。夜も涼しくてさ! 浴衣のまま、近くのコンビニまで行けそうだよね

この一文だけで知らない土地を、よくそこまでイメージできるな

 

泊まってる部屋から川が流れる音も聞こえてさ! 窓開けたいけど、なぜか網戸がないから虫が入りそうで開けられないんだよな〜

お前、汝水に泊まったことあんのか?

いいねえ! これは李徴もいい気分転換になるんじゃない?

 

 

遂に発狂した。

え!?

気分転換にはならなかったみたいだね

え? ちょ……発狂????

 

いいんですか?

いいってことはないだろ

 

うわぁ……汝水って場所がまずかったんだ。渋谷のハンズとかにしとけばよかったのに

渋谷に行く李徴は嫌だな

これは汝水の静かさにやられたんだって。俺もよくあるから分かるんだよ

よくあっちゃダメだろ

 

こう頭の中がザワザワしてるときに、周りが静かだとさ…。逆に自分の頭の中がうるさくなってくるんだよ……

 

俺は「ヴヴ……」ってなってるのに、それをよぉ〜く聞かせるように周りが静かなの

 

それで頭の中のザワザワがデカくなっていって……

 

しまいには……

 

ア゜ッ

ってなるんだよな〜! わかるわかる!

李徴が発狂するシーンを共感しながら読む人っているんだ

 

(ある)夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出(かけだ)した。

枕を使えばよかったのに

俺はこういうとき、枕に顔を埋めて、ちょっとの発狂で済ませるようにしてるんだよ

みくのしんって、発狂の出力コントロールができんの?

 

彼は二度と戻って来なかった。附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。

その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。

これがプロローグか。すごい話になってきたなあ!

読み始めた頃とは、物語の印象が全然違うよね

最初は、主人公が天才だから自分とは関係ない話な気がしたんだけど、夢を諦めたり、仕事で嫌な思いしてたりしてて、一気に分かりやすくなった!

 

で、最後は発狂しちゃうんでしょ? めっちゃ親近感湧いちゃったな〜!

発狂で親近感を覚える人は珍しいと思うけどな

李徴はこれからどうなるんだろ! 逆に才能が爆発してすごいライターになるんじゃない?

 

翌年、監察御史(かんさつぎょし)、陳郡(ちんぐん)の袁傪(えんさん)という者、

え〜っと……? 次は「袁傪」って人がでてきたのか

 

勅命を奉じて嶺南(れいなん)に使(つかい)し、途(みち)に商於(しょうお)の地に宿った。

「勅命」って聞いたことないけど……多分、大事な仕事っぽいね。袁傪はそれを任されるくらいの人なんだ

この文章だけでよく分かったなぁ。本当に本を読むスキルがあがってるんだね

「勅」が(とげ) って言葉に似てるじゃん。だから、「勅命」って取り扱い注意な命令のことなのかな〜と思って

だいぶトリッキーな読み方だけど、妙に合ってるから不思議だ

※【勅命】……天子の命令のこと

 

次の朝未(ま)だ暗い中(うち)に出発しようとしたところ、

これ、袁傪の話に変わってない!? 本って途中で主人公が変わることもあんの!?

そういう小説もあるよ。たしかに、みくのしんが今まで読んだ本にはそういう作品はなかったね

本ってこういうこともやっていいんだ! ドラクエ4の序盤みたいでワクワクするね!

 

駅吏が言うことに、これから先の道に人喰虎(ひとくいどら)が出る故(ゆえ)旅人は白昼でなければ、通れない。

※【駅吏】……宿場の役人。

人食い虎が出るんだって! 本当にゲームみたいになってきたな

 

今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜(よろ)しいでしょうと。

はいはい。スタッフが教えてくれてるんだね

 

袁傪は、しかし、供廻(ともまわり)の多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥(しりぞ)けて、出発した。

これ、絶対トラ出るじゃん

まあ、こういう話で虎が出ずに終わることはないよな

アンビリバボーだったら、絶対にこのシーン使われるだろ。ナレーションに「あのとき、忠告を聞いていれば……」って言われそう

山月記を再現ドラマにするなよ

 

残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、

いい時間帯だね。朝なのに、外はまだ暗くて月が出てる感じ…。夏なのに、まだ夜の冷たさが残ってる感じ……

相変わらず、みくのしんは情景描写への感度が高いなあ

夏休みに田舎の実家に帰ってるときしか起きない時間帯だよね

それは人によるだろ

 

果して一匹の猛虎(もうこ)

猛虎でてんじゃん!!!!

さっそくの登場だね

トラじゃないよ!? 猛虎だよ!? よりによって捕獲レベル高い方が出ちゃった!!

 

(くさむら)の中から躍り出た。

草むらってこんな怖い字でしたっけ!?

難しい漢字だよな。現代では日常使いすることはないかな

こんな漢字、必殺技以外で使っちゃダメだろ!! 猛虎より強そうじゃねえか!!! 

 

虎は、あわや袁傪に躍りかかるかと見えたが、

やばい!! 食われる!!!

 

(たちま)ち身を飜(ひるがえ)して、元の叢に隠れた。

あぶねー! セーフ!!!

よくもまあ、文章だけでここまで楽しめるもんだなあ

 

叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟(つぶや)くのが聞えた。

え? もしかして、このトラ喋るの?

どうだろうね。続きを読んでみたら?

山月記ってファンタジーの話だったのか……?

 

その声に袁傪は聞き憶(おぼ)えがあった。

知ってる人の声なんだ…。今度はミステリーみたいになってきたな

 

驚懼(きょうく)の中にも、彼は咄嗟(とっさ)に思いあたって、叫んだ。

うんうん……

 

「その声は、我が友、李徴子ではないか?

誰?

誰ってことはないだろ

え、本当に誰? 俺、読み方ミスってた?

 

李徴は知ってるけど、李徴子ははじめましてでしょ。誰? 李徴の子ども?

ああ、そういうことか。ここでいう「子」は尊称だから、「〜さん」みたいな意味だよ

そうなんだ。じゃあ「李徴子」って「李徴さん」って意味なのか

そうそう

 

え? 李徴がトラになってんの????

ワンテンポ遅れたのに、しっかりめに驚いてるな

え? どういうこと?? 発狂した李徴が?? トラに?? なんで??? ガオー????

落ち着いて落ち着いて。そんなに気になるなら続きを読んでみよう

 

袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。

おぉ〜! めっちゃ気になるシーンから回想に入ったな〜! 

ここから李徴と袁傪の関係性が語られるんだろうね

マンガだったらコマ枠の外が黒くなってると思う!

 

温和な袁傪の性格が、峻峭(しゅんしょう)な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

いい話だな〜! 李徴にも気が合う友だちがいたんだ! よかった……

これまでの李徴は「他人と交わらない人間」という描写ばかりだったもんね

やっぱりどんな人でもさ、トラになったときに、声だけで「あれ? お前は?」って気づいてくれる人が1人くらいはいるんだよ。こういうことがいるから生きるって楽しいよな

 

叢の中からは、暫(しばら)く返辞が無かった。

しのび泣きかと思われる微(かす)かな声が時々洩(も)れるばかりである。

泣いてる? ……なんか怖い話になってきてない?

そう? まあ、まだ何が起こってるのか分かってないもんね

これ、ホラー映画だったら近づいたところに「ドーン!」ってくるパターンじゃない?

山月記が急にそんな展開になったらすごいな

 

ややあって、低い声が答えた。

「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

ああ、やっぱり李徴だったんだ…。でも、なんで? 発狂するとトラになっちゃうの?

俺は何回も読んだことあるから、そこにひっかかる人は逆に新鮮に見えるなあ

誰かにトラに変えられたのかな? それとも、元々トラで、ずっと人間に化けてた的な?

 

袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐かしげに久闊(きゅうかつ)を叙した。

※【久闊を叙す】……久しぶりの挨拶をすること。

物分かりよすぎだろ!!! もっと疑問に思うところなかったのか???

まあまあ。それだけ旧友との出会いが嬉しかったってことじゃない?

でも、もっと段階踏んだ方がよくない??? だって、さっきまでは……

 

うわああああああ猛虎だあああああああ

だったのにさ

袁傪はそんな間の抜けた声を出してたか?

トラが「いかにも李徴である」って言った途端に……

 

おぉ、李徴じゃ〜ん。おっすおっす!

だよ?

そんな軽薄な再会じゃなかったはずだ

 

そして、何故(なぜ)叢から出て来ないのかと問うた。

袁傪は優しいね。なんか、このやり取りだけで、李徴の友だちになれた理由が分かる気がするな

 

李徴の声が答えて言う。

自分は今や異類の身となっている。

うんうん…。仕事辞めたあとに同期と会うと気まずいもんね……

そういう意味じゃないと思う

 

どうして、おめおめと故人(とも)の前にあさましい姿をさらせようか。

あの李徴が友だちと認めてるんだ。やっぱ袁傪って相当いい奴なんだろうな

 

かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭(いふけんえん)の情を起させるに決っているからだ。

※【畏怖嫌厭】……怖がり嫌がること。

分かる! 絶対臭いもんな!!

なんてこと言うんだ

だって、シャンプーも使ってないし、生肉しか食えてないから口もくっせーよ? その状態で友だちに会いたくないでしょ!

李徴も別に体臭を気にしてるわけじゃないだろ

 

しかし、今、図らずも故人に遇(あ)うことを得て、愧赧(きたん)の念をも忘れる程に懐かしい。

※【愧赧】……恥ずかしくて顔を赤くすること

李徴にそこまで言わせるくらいの男なんだね。俺も、袁傪好き!

へえ〜。俺は袁傪に気を配って読んだことがなかったから新鮮な感想だなあ

そう? でも、絶対いい奴じゃない? 俺が落ち込んでるときとか、あえて何も聞かずに「銭湯行かない?」って誘ってくれそう

 

どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形を厭(いと)わず、

なんだよ、李徴。本当は嬉しいくせに、やけに遠慮がちじゃない? もっとはしゃげばいいのに

李徴はそういう性格なんでしょ。プライドの高い奴って話だったしさ

まあ、夏休みとかで久しぶりにいとこに会うときもこんな感じだよな〜。どうせ仲良く遊ぶのに、最初の数時間は照れて遠慮がちに接しちゃうんだよ

それと一緒にしてやるなよ

あの時間もったいないんだよな〜! そういうのすっ飛ばして「袁傪久しぶり〜! 早く遊びに行こうぜ!」って言えたら──

 

……。

ん? どうした?

 

ウルトラマン……

???

じゃなくて……え〜っと……

 

曾て

ごめん。この文字、なんて読むんだっけ??

「かつて」ね

そうだ。これで「(かつ) て」って読むんだ。フリガナがないからどうしてもつまづいちゃうな

独り言でウルトラマンを呼んでたから何事かと思ったよ

 

曾て君の友李徴であったこの自分と話を交してくれないだろうか。

袁傪相手だとめっちゃしゃべるね! 李徴、かわいいじゃん! なんか俺まで嬉しくなってきた!

李徴も、きっと袁傪以外にはこんなこと言わないだろうしね

それだけ李徴が心を開いてるってことだ! いい友だちだよ、ほんとに

 

後で考えれば不思議だったが、その時、袁傪は、この超自然の怪異を、実に素直に受容(うけい)れて、少しも怪もうとしなかった。

やっぱりトラがしゃべるのは異常なことだったんだ。これを言ってもらえると助かるな

それが当たり前の世界観ではない、って分かるもんね

 

彼は部下に命じて行列の進行を停(と)め、自分は叢の傍(かたわら)に立って、見えざる声と対談した。

袁傪、優しいな〜! 俺、こいつ好き!

だろうね。袁傪が出てきてから、みくのしんもニッコニコだもんな

友だちとはいえ、相手はトラだよ? なのに、ビビらず当たり前のように、接してくれるんだ……!

 

草むらを挟んでるけど、かなりの至近距離だよね? だって……

 

こういう状況でしょ?

なんて簡素な挿絵だ

いいねえ、李徴もいっぱいおしゃべりしてくれそう!

 

都の噂(うわさ)、旧友の消息、袁傪が現在の地位、それに対する李徴の祝辞。

この箇条書きみたいな書き方もいいねえ! 事細かに書かずにダイジェストでお送りする感じ! 粋だな〜!

なんかいろいろ話したんだな〜って雰囲気だけは伝わるもんね

これは草むらに近づいた人だけが交わせる会話だからね。僕らは割って入れませんよ

 

青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それ等(ら)が語られた後、袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至ったかを訊(たず)ねた。

最後にそれを聞くんだ…。満を持したなぁ……

 

草中の声は次のように語った。

すみません。ここからは、僕も草むらに近づきます

 

今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊った夜のこと、

ちょうどここが気になってた! すごいぞ……とうとう謎が明かされるんだ!

解決編みたいに読もうとしてる?

 

一睡してから、ふと眼(め)を覚ますと、

うんうん。これはまだ李徴が発狂する前だよね……

 

戸外で誰かが我が名を呼んでいる。

……誰だ?

 

声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中から頻(しき)りに自分を招く。

……怖い話?

 

覚えず、自分は声を追うて走り出した。

誰か黒幕がいたってこと?

 

無我夢中で駈けて行く中に、何時(いつ)しか途は山林に入り、

うんうん……

 

しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫(つか)んで走っていた。

あ、え? もうトラ入ってない!? まだ発狂してないのに!??

声が聞こえた時点ですでに……ってことなんだろうね

だからって、こんなシームレスにトラになるかね?? ライオンキングじゃん!!!

???

 

ほら、ディズニーの「ライオンキング」でさ! シンバが子どもから大人になるときの!

ごめん、俺はよく知らないや

ティモンとプンバと一緒に、子どものシンバがノリノリで歩いてたのに……気がついたら……

 

大人になってます

のシーンみたいじゃない?!? まじハクナ・マタタなんですけど????

分かんないけど、みくのしんが楽しそうならそれでいいよ

 

何か身体(からだ)中に力が充(み)ち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。

あ〜、これは完全にトラになってるな〜。俺も、四本脚で歩いたことあるんだけど……

あるんだ

そのときに人間には四足歩行は無理って分かったんだよな。だから、これはもう人間じゃなくなってるシーンだと思う

 

気が付くと、手先や肱(ひじ)のあたりに毛を生じているらしい。

少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。

発狂したらトラになるんだ。知らなかった…。俺は発狂エアプだったなぁ……

どうかエアプのままでいてくれ

最初に声が聞こえてから、四足歩行になって、そのあと毛が生えてくるんだ……

山月記は発狂の参考書じゃねえんだぞ

 

自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。

夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。

分かる…。俺も、朝起きたあとに、現実世界がイヤすぎて、そこからもう一回起きたくて大声あげたことあるもん

力技で現実を夢にしようとすんなよ

 

どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然(ぼうぜん)とした。そうして懼(おそ)れた。

全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。

そうだよな…。こんなことが起こるなら、この先何が起きてもおかしくないもん

トラになった先にも、まだ何かあるかもしれないってこと?

そうでしょ。だって、世界の土台がぶっ壊れてるんだよ? 次の瞬間に心臓が止まってもおかしくない。そう考えるとめちゃくちゃ怖ぇーよ

 

しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。

全く何事も我々には判(わか)らぬ。

分からないって一番怖いんだよな…。この先もがくこともできないだもん……

 

理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

たしかにすぎる!

急に感極まったね。この一文がそんなに刺さったの?

だって……この文章すごくない? なんだこれ……もう一回読もっ!

 

理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

本当にそう!! 細かいこと一つ一つが全部そうだよね……! めっちゃわかる!!

こんなに良く噛んで味わえる一文だったのか。俺は流し読みしちゃってたなぁ

学校も仕事もそうだったじゃん。受け取ったもんを文句言わずにやっていくしかないし、それしかできないんだよな……

 

そんなことをよく一行で言えるよな。みんなが思ってるのに、上手く言葉にできていなかったモヤモヤを手早く調理してサッとお出しされたみたいだ

文学ってそういう文章と出会えるから面白いよな。みくのしんにとっては、この一文がそうなのか

俺だったらもっとゴチャゴチャ言葉を足さないと伝えられないと思う。この作者、ただもんじゃねえよ

それはそう

 

自分は直(す)ぐに死を想(おも)うた。

そうなっちゃうんだ……ツラいなあ……

 

しかし、その時、眼の前を一匹の兎(うさぎ)が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。

……!

 

再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分の口は兎の血に塗(まみ)れ、あたりには兎の毛が散らばっていた。

キッツいなぁ……

ここ、ショッキングなシーンだよなぁ

これってウサギをそのまま……ってことだよね? それはツラすぎるだろ

 

焼くこともできないんだよ?

なんで美味しくいただこうとしてんだ

 

これが虎としての最初の経験であった。

それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。

世間で人食いトラって言われてるってことは……だもんね

 

ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還(かえ)って来る。

数時間だけなんだ…。もうそこまでトラに染まってるんだ……

そうして、いつかは全部がトラになってしまうんだろうね

今、袁傪と会えたのは本当にラッキーだったんだね。めっちゃいい話じゃん

 

そういう時には、

そういう時には……あ〜……

 

……え〜っと?

ん? どうした?

……。

 

ジュワ……

ヘア……

なに?

 

 

かつて?

 

曾ての日と同じく、

かつてだ!!!

悩み方を見るだけで読めない文字が分かるのすごいな

もうこれ、全部にフリガナつけといてよ! 余計なことを考えちゃうせいで、まったく覚えられないわ!

ウルトラマンに寄り道してるせいだろ

 

曾ての日と同じく、人語も操(あやつ)れれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書(けいしょ)の章句を誦(そら)んずることも出来る。

※【経書】……儒教で重視されている文献の総称。

「誦んずる」ってのは……丸暗記して喋れるってことか。やっぱり天才なんだ

最初に博学才穎って言ってたもんな

その頭でトラになったときの自分を振り返るのは最悪な気分だろうね……

 

その人間の心で、虎としての己(おのれ)の残虐な行いのあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤(いきどお)ろしい。

でも、トラも自分なんだよな。李徴にもそれは分かってると思う

酷なこと言うなあ。トラでいる間は李徴も意識がないんだよ?

そうじゃなくてさ。これって誰かにトラにさせられたんじゃなくて、自分の中からトラが出てきたんでしょ? だからこそ、誰のせいにもできなくてしんどいんだよ

なるほど。そういうものなのか

 

しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。

だんだんトラに染まってる。でも、そうだよなぁ……トラでいる時間って楽だもんな……

やけに共感してるね。俺はこのシーンをそこまで読み込んだことはなかったな

そう? 少なくとも、俺は他人事として読んでられないかも。俺も昔トラだったからさ

初耳なんだけど???

 

ここでいうトラって本当のトラじゃないんでしょ? 嫌な自分というか、なりたくもない自分……みたいな意味だと思う

みくのしんはトラを何らかの比喩として読んでるんだね

だとしたら、無職だった頃の俺は、まさにトラだったと思う。獣みたいに自分勝手で、自分のクソの後始末もできないような奴だったし……

みくのしんが仕事を辞めて、好きなことして生活しようとしてた時期か。たしかに、李徴と重なるところはあるのかもな

腐っていく自分をダメだと思いながらも、「これが自分自身でもある」って諦めるような気持ちもあって…。まさに李徴みたいな状態だったんだよな

 

いろんな人のおかげで、今はなんとか人間やらせてもらってるけどさ。俺が一人だったら、李徴みたいにどんどんトラになってたと思う

みくのしんは山月記をトラ目線で共感しながら読むんだな。新鮮な感想だ

だからこそ、このシーンは読んでいてすごく苦しいんだよ。トラだった頃のジワジワが蘇ってくるみたいで、すっごく嫌です

 

今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、(おれ)はどうして以前、人間だったのかと考えていた。

そうだよな…。こうなったらトラでいるより、人間でいるときの方がしんどいもんな……

 

これは恐しいことだ。

今少し経(た)てば、己(おれ)の中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋もれて消えて了(しま)うだろう。

そうならないために俺がいるんだろ

みくのしんがいて、どうにかなる問題か?

こういうときって、一人ぼっちだから「トラでもいい」と思えちゃうんだよ。袁傪でも俺でもいいから、誰かがそばにいないとダメなんです

 

ちょうど、古い宮殿の礎(いしずえ)が次第に土砂に埋没するように。

いい表現だ……! やっぱ、こいつはただのトラじゃねーよ

 

そうすれば、しまいに己は自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っても故人(とも)と認めることなく、君を裂き喰(くろ)うて何の悔も感じないだろう。

それでいいのか!!! 頑張れ!!!!

(とうとう大声をあげて李徴を応援し始めたな)

トラになっちゃダメだ!!!! じゃないと……!!! 俺……俺もう……

 

俺、トラになりたくないです!!!!!

多分大丈夫だよ

トラになりたくない!!! なりたくないなりたくないなりたくない!!! 怖い!!!!

 


泣いちゃった

どういう種類の涙なんだよ

恐怖だろ。俺、トラになりたくないです

それは分かってるんだけど

分かってないだろ……トラがどんなに怖いことか……!

 

トラってさ、「マイナスの状態」なんだと思う。一度、そっちに反転してしまったら、そこから先、自分のやることなすこと全部間違ってる方向に進んでいくの。本当に地獄なんです……

……そっか。みくのしんは、トラだったことがあると思ってるから、実感を伴ってこのシーンを読んでるのか

あの時の俺は、みんなに「みくのしん、それはダメだ」とか「いい加減にしろ」とかいっぱい怒られてたんだよ。全然人間になりきれてなかったから

 

その時の自分は、悪いことをしてる自覚もないし、ただ息をして普通に生きてるつもりだったのに。でも、トラだからそれは全部間違ってて、ぜぇーーーーんぶダメってことになるんだよ

 

これじゃダメだと思って、自分を直そうとしてもそれすら間違ってる。本当に何をしても! 何をしても!! 何をしても!!! 間違いにしかならないし、普通にもなれないのがトラなんだよ!!!!

 

そんなの……そんなの……

 

怖すぎる!!!

 

 

 

山月記ってこんなに号泣しながら読める作品だったんだ

だからこそ、李徴には絶対に人間に戻ってほしい。俺でも人間になれたんだもん。「李徴もきっと戻れるよ」って言ってあげたい……

 

なのに何だこれは! 

 

こんなバカみてえなイラスト描いて!! 自分が情けねえよ!!!

 

笑い事じゃねえんだぞ???

お前が描いた挿絵だろ

李徴ごめん! でも、俺! お前の話、誰よりも真剣に聞いてるから! 一緒に人間に戻ろう!

 

一体、獣でも人間でも、もとは何か他のものだったんだろう。

初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか?

なんかすごいこと考えてるな…。やっぱ頭のいい李徴がトラになると、こんなところまで考えが拡がっちゃうんだ

 

いや、そんな事はどうでもいい。

お願い……帰ってきて……ッ! 

山月記を祈るように読む人、初めて見たな

李徴の手を握ってあげたい…。きっと戻れるから大丈夫だよって教えたい……

 

このティッシュが李徴の手だとしてさ……

(それをトラの前脚に見立てるのは無理あると思うけどなぁ)

手をギュッと握ったときに、砂のジャリッて感触がしてさ……

 

「あっ」と思っちゃうけど、それは顔に出さないようにしながら……

 

爪と肉球を感じな……が……ら!?

 

あ?! ちょ、これ……ッ!!

 

本がトラの色じゃん!!! 怖ァーーーーーッ!!!!!

どんだけ無垢な心を持ってたらこんな読書できるんだ

ビックリしたー!!!! これを計算して表紙を黄色にしたの!?!? 作者すげー!!!!

それは中島敦の手柄ではない

 

己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。

言っちゃったね…。李徴の口からこれは聞きたくなかったな……

狂気を振り返る自分さえいなければ、苦しむ自分もいなくなるもんね

これがあるから怖いんだよ。だからトラに寄っていっちゃうんだと思う

 

だのに、

泣いてんじゃん

そうとは限らないだろ

「なのに」じゃなくて「だのに」だよ? もう号泣してズビズビになってるじゃん! ロビンの「生ぎたいっ!!」と一緒だ……

同じ3文字を読んでるはずなのに、なんでここまで読み方が違うんだろう

 

だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。

俺も恐ろしいです

 

ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているだろう!

己が人間だった記憶のなくなることを。

俺も切ないです

 

この気持は誰にも分らない。誰にも分らない。

なんで2回も言うんだよ。1回でいいだろ……

それだけ強い思いを口にしてるってことじゃない?

そうかなあ。たしかに力強いけど、俺たちを突き放してるようにも聞こえるよ……

 

己と同じ身の上に成った者でなければ。

ほらぁ。「お前らにはどうせ分かんない」って思われてんじゃん

いくら友人とはいえ、袁傪も100%理解してあげることはできないもんな

俺は分かるのに! 俺も同じ身の上になったことあるのに!

まさか李徴もトラのOBがいるとは思わないだろう

 

ところで、そうだ。

己がすっかり人間でなくなって了う前に、一つ頼んで置きたいことがある。

プライドの高い李徴からの「頼み」か…。こんなこと言われたら、前のめりで聞いちゃうよな

 

袁傪はじめ一行は、息をのんで、叢中(そうちゅう)の声の語る不思議に聞入っていた。

声は続けて言う。

周りのみんなもちょっとずつ草むらに近づいてると思う

 

他でもない。自分は元来詩人として名を成す積りでいた。

しかも、業未(いま)だ成らざるに、この運命に立至った。

立ち至ったとか言うなよ。まだ、このあと何が起こるか分からないだろ

……まあ、物語もまだ中盤くらいだしね

ここから人間に戻れる可能性だって全然あるよね? 李徴もこれだけ本音でしゃべってんだから、ちょっとずつ毛が抜けてき……

 

……。

ん?

 

……。

どうした?

 

ウルトラマン……

また「かつて」かよ

 

曾て作るところの

そうだ、かつてだ! もうメモしとこうかな! 今日は、この漢字読めないと思う!!

なんか俺も読めなくなってきた。ゲシュタルト崩壊って伝染るんだな

 

よしよし、これでもう忘れないぞ

 

ひらがなだけ書いてどうするんだよ

よぉ〜し! 続き読むか〜!

 

曾て作るところの詩数百篇(ぺん)、固(もと)より、まだ世に行われておらぬ。

遺稿の所在も最早もはや判らなくなっていよう。

100本も作ってたんだ。それだけ人生を賭けてたんだなぁ……

 

ところで、その中、今も尚(なお)記誦(きしょう)せるものが数十ある。

※【記誦】……暗記して唱えること。

数十も脳のストレージに入ってんの? やっぱ李徴って天才だね

 

これを我が為(ため)に伝録して戴(いただ)きたいのだ。

いいじゃ〜ん!

山月記がこんな満面の笑みで読まれるとは、中島敦も思ってなかっただろう

李徴が生きた証を残せるんだ! 袁傪と出会えてよかったね! これは俺にはできないから!

 

何も、これに仍(よ)って一人前の詩人面(づら)をしたいのではない。

作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯(しょうがい)それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ。

だからって、「残せたら死んでいい」ってわけじゃないからな。生きてこそだから……

酷なこと言うなぁ。いつかは李徴も消えてトラに成り果てるんだよ?

そうかもしれないけど……そうじゃないかもしれない。李徴は「どんなことでも起り得る」って言ってたけど、じゃあいいことだって起きていいはずだろ

 

袁傪は部下に命じ、筆を執って叢中の声に随(したが)って書きとらせた。

一人だったらこんなチャンスもなかったわけだからね。袁傪がいてよかったよ

 

李徴の声は叢の中から朗々と響いた。

長短凡(およ)そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。

やっぱり才能あったんじゃん! これはトラにしておくにはもったいないよ

こんなに才能があるのに、この先トラになっちゃうんだから、やりきれないよなぁ

でもさ! この詩が売れて、いろんな会社から「先生! 次はうちで書いてください!」ってくるかもよ? そしたら、毛も抜けてトラじゃなくなると思う!

 

しかし、袁傪は感嘆しながらも漠然(ばくぜん)と次のように感じていた。

「しかし」?

 

成程(なるほど)、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。

うんうん……

 

しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、

……?

 

何処(どこか)(非常に微妙な点に於(お)いて)欠けるところがあるのではないか、と。

言うなよそんなこと

 

急に厳しいなー!!!! こんなネタ見せのときの作家みたいなこと言うかね???

漢詩って当時のエリート層の基礎教養みたいなものだからさ。袁傪にも、そのクオリティが分かっちゃうんだよ

だからって、こんな悲しいことないだろ! 最期に残そうとした作品なのに……かわいそうな李徴……

 

もう、俺と一緒にYouTubeやろうぜ

李徴をインターネットに勧誘するな

その道を極めるのが無理なら、せめて楽しめる道に行こう。YouTubeならそれができるんだよ

UUUMのスカウトマン?

 

旧詩を吐き終った李徴の声は、突然調子を変え、自らを嘲(あざけ)るか如(ごと)くに言った。

ほらぁ、李徴も気付いてるじゃん。「やべ、スベった……?」って思っちゃってんじゃん

 

(はずか)しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己(おれ)は、己の詩集が長安(ちょうあん)風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。

こんなに好きなものがあるのに、トラである自分を受け入れてるのが悲しいよな

受け入れてるわけではないだろ。李徴もこんなに苦しんでるんだからさ

そうかな〜? だって、まだ「人間に戻りたい」って一言も言ってないんだよ?  心のどこかで諦めてそうじゃない?

 

岩窟(がんくつ)の中に横たわって見る夢にだよ。

でも、作品を残したいという気持ちは強くあるんだよなぁ。なのに、友だちにも「どこか欠けるところがある」とか言われて……

どうやっても、詩人として名を残すことはできないってことだもんね

本当は作りたい気持ちはあるのに、「もうトラになった方が幸せかも」とか言ってる。それは悲しいって……

トラになってまで追いかけた夢が叶わないなら、それでもいいって思っちゃうのかもな

 

じゃあもう、オモコロに来い!!!!!!

オモコロには荷が重すぎる

こういう奴を救うのがオモコロじゃねえのかよ!!! 俺が「トラが詩を……!?」ってサムネ作るわ!!!

だから李徴をインターネットに勧誘するなって

 

(わら)ってくれ。

笑わないぞ。俺たちはもう同業者だからな

もう加入させたつもりでいるんだ

 

詩人に成りそこなって虎になった哀れな男を。

(袁傪は昔の青年李徴の自嘲癖(じちょうへき)を思出しながら、哀しく聞いていた。)

ずっと悲しいシーンが続くな…。でも、今の李徴が、一番人間らしい顔をしてる気がするよ

トラになる前はこんなに本音を語るような人間じゃなかったんだろうね

昔のイヤミな李徴とは違うよね。あとになってこのときの写真を見返したら、李徴も「俺こんな顔してたんだ」って思うんじゃない?

 

そうだ。お笑い草ついでに、今の懐(おもい)を即席の詩に述べて見ようか。

アドリブで作ってくれるんだって。李徴もノッてきてるね

みくのしんにはそう見えるんだ。俺は自虐めいたセリフとして読んでたけど

そうなんだけど……なんか、李徴の奥の方にある心が滲んで出てきてる気がするんだよな〜

 

この虎の中に、まだ、曾ての

……ッ!!

 

 

かつて!!!

そうだね。かつてだね

よしよし! 外付けの「かつて」のおかげで読めるようになってきたぞ!

(外付けの「かつて」?)

 

曾ての李徴が生きているしるしに。

う〜ん…。ずっと悲しいトーンで進んでるけど、いいシーンでもあるよなぁ。なんかさっきから俺は悲しい物語として聞いてない気がする

そうなんだ。俺はだいぶ物悲しい独白だったと思ったけど

もちろん、悲しいよ? でも、李徴がこんなに、いっぱい喋ってくれてんだよ? 何かが起こりそうじゃん。李徴の中でも確実に何か変わってると思うんだよ

 

だって、これ最後は人間に戻れるんでしょ? 

え? まあ……どうだろうね

あ、ネタバレはしないでね? でも、これでトラのまま終わったらツラすぎるもんな

……。

 

袁傪は又下吏に命じてこれを書きとらせた。

その詩に言う。

おっ、李徴の新作が見れるんだ! いいねえ、俺も1回読んでみたいと思ってたわ!

ここまで、実際の詩は出てきてないもんね

李徴の直筆じゃないのが惜しいけどな〜! まあ、ここまできてそんな贅沢は言ってられな──

 

……え?

 

 

 

偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵 当時声跡共相高
我為異物蓬茅下 君已乗軺気勢豪
此夕渓山対明月 不成長嘯但成噑

 

 

こいつ、何してんの???

笑ってやるなよ。李徴の渾身の詩だぞ

漢字だけ並べてどうすんだよ!! さっきスベったから、やけくそになってない??? 

漢詩ってこういうものなんだよ

ほんとか!? ちょっともう1回読むわ!!

 

 

卒塔婆?

たしかにお墓の後ろに書いてありそうな文字列だけど

史上初の卒塔婆ライターになろうとしてる???

それは住職しかなれないだろ

 

どうしよう……せっかく李徴が見せてくれたのに、俺には読めないんだけど……

これを読める人はそうそういないよ。注釈があるから、それ読んだら?

ごめんね、李徴。ちょっとカンニングするわ

 

【大まかに翻訳すると……】

たまたま狂気に駆られたために、人ではない身と成り果てた。内から外から災いが重なり、この運命からは逃れられない。

今や、虎となったこの俺に、歯向かう者はいないだろう。思えば、あの頃の俺たちは、ともに名高い秀才だった。

けれども俺は獣となって、草むらの中で生きている。一方、君は出世してその生活を謳歌している。

君と出会ったこの夕べ、山谷を照らす月に向かい、この苦しみを詩に吟じようとしても、人ならぬ獣の口から漏れるのは、ただ無様な吠え声だけだ。

めっちゃいい詩でした

さっきまで卒塔婆ライター呼ばわりしてたのに

これ本当に即興で作ったの? 天才すぎない? オモコロで抱えきれる才能じゃないだろ

それはそうだよ

 

時に、残月、光冷(ひや)やかに、白露は地に滋(しげ)く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。

急に文章力がすごいな。なんてキレイな風景だ……!

この文章から風景がイメージできるんだね。難しい単語ばかりで読みづらいかと思ったけど

う〜ん、なんとなく分かるってくらいかな。でも、清潔な夜って感じがする。湿った空気が涼しくて、霧雨っぽく視界がぼんやりしてて、葉っぱが擦れる音も聞こえてくるよね

それはイメージできすぎでは?

 

でも、ほら。景色を見ると、やっぱり寂しくないんだよな。こんなに空気が美味しいのに、悲しいままで終わるわけないって思わない?

聞いたことない感想だなぁ。五感をまるごと使って読んでたら、そういう印象になるのかな

なんでだろ…。ちょっと、もう1回読んでみていい?

何度でも読んでくれ

 

時に、残月、光冷(ひや)やかに、白露は地に滋(しげ)く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。

ほら、全然寂しくない。「暁の近きを〜」ってことは、もうすぐ夜明けがくるんでしょ? 今に明るくなるはずじゃん

そういう読み方もあるんだね。俺はただ、タイムリミットの表現としか思ってなかったな

鬼滅の刃で猗窩座を取り逃したときと景色が似てない? 今、この瞬間はめっちゃ悲しいけど、この先きっと何かある気がするんだよ。太陽ってそういうものだからさ

 

人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄倖(はっこう)を嘆じた。

あ〜でも、みんなは悲しんでるね。やっぱ俺の読み方間違ってんのかな?

別に間違ってないよ。俺とは違う読み方だけど、みくのしんがそう読んだのなら、それが正解でいい

本当に? みんな沈んでるのに、俺だけ「いい雰囲気だ〜」とか言ってんのバカみたいじゃない?

一人くらいそういう奴がいたっていいだろ

 

李徴の声は再び続ける。

何故(なぜ)こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依(よ)れば、思い当ることが全然ないでもない。

心当たりがあるんだ。やっぱりそうだよな……

 

人間であった時、己は努めて人との交(まじわり)を避けた。

人々は己を倨傲(きょごう)だ、尊大だといった。

倨傲ってのは……驕り高ぶるさま、か。昔は嫌な奴だったんだね

 

実は、それが殆(ほとん)ど羞恥心(しゅうちしん)に近いものであることを、人々は知らなかった。

なるほど! 生意気だったわけじゃないんだ。恥ずかしいからそうしてたんだ

それが他人には「プライドが高い」とか「付き合いが悪い」に見えてたんだろうね

それを今、初めて李徴が口に出したってことか。これはすごいことだぞ……!

 

勿論(もちろん)、曾ての

うん……

 

はいはい

 

勿論(もちろん)曾ての

かつて、ね

読書中に首の可動域をこんなに広く使うことあるんだな

 

勿論、曾ての郷党(きょうとう)の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云(い)わない。

そのプライドも李徴の一部だもんな。そこを隠さないのはカッコいいよ

 

しかし、それは臆病(おくびょう)な自尊心とでもいうべきものであった。

臆病…? ただの嫌な性格じゃなかったのかな?

プライドの高さにも、李徴なりの理由があったってことだろうね

ふ〜ん? まあたしかに、喋りだしたら「別に悪いやつじゃない」って思ってたけど

 

己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨(せっさたくま)に努めたりすることをしなかった。

独学でやってたんだ。孤高の天才みたいで、カッコいいじゃん

 

かといって、又、己は俗物の間に伍(ご)することも潔(いさぎよ)しとしなかった。

え〜っと? つまんない連中とつるむことをしなかった的なことかな

そうそう。上の人とも、下の人とも仲良くせずに過ごしてたってことだよ

李徴らしいな〜。だからこそ、袁傪が大事な友だちだったんだろうね

 

共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為(せい)である。

こじれてるなぁ…。簡単そうな言葉なのに、組み合わせだけですげー難しい悩みに聞こえるよ

たしかに、この文は1回読んだだけだと、ちょっとよく分からないかもね

でも、この一文だけで、ひねくれた李徴が何周も何周も悩んで、吐き出した言葉だって分かるよな……

 

(おのれ)の珠(たま)に非(あら)ざることを惧(おそ)れるが故(ゆえ)に、敢(あえ)て刻苦して磨(みが)こうともせず、

珠…? あらざる…? ごめん、李徴。よく分かんないかも

ここも一読しただけじゃ意味が分かりにくいよな

もうちょっとゆっくりしゃべってくれ

本を相手に難しいことを要求するね

 

又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々(ろくろく)として(かわら)に伍することも出来なかった。

珠とか瓦とか……さっきから工芸品の話してる?

ここはさすがに注釈読まないと分からないんじゃないかな

でも、なんか李徴も大事なことを言おうとしてる気がするね。ここは俺も全力で理解したいな

 

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。

え〜っと……つまり……

才能がないって気付いちゃうかもしれないから、努力をしなかった。

才能があるって期待してもいるから、友だちとつるまなかった。

こういうことか

 

どうしよう……

「どうしよう」ってなに?

これ聞かなかったことにできないかな…。僕には、李徴にかける言葉が分かりません……

みくのしんって、作中の人物にかける言葉を探しながら本を読んでるんだ。そりゃ時間かかるよな

 

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、

又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。

李徴は、これを行き着いた先のどん詰まりの悩みだと思ってるよね。でも、これ通り過ぎるタイプの悩みだと思うんだよ

みくのしんはそう思うんだね

もちろん、この気持ちはめっちゃわかるよ? でも、その上で、続け続けるしかないじゃん。もうそれしか言うことがない

続け続けるってすごい言葉だ

 

どうせこの悩みっていくら考えても小さくならないもん。だからこそ、目の前のことを続け続けて、いつか振り返ったときに「なんだ、小さいじゃん」って思うしかないんだよなぁ……

なるほど。それがみくのしんの言う「通り過ぎる悩み」ってことか

でも、そんな悲しいこと言いたくない。今、トラじゃない俺が何を言ったところで、「お前がそう言えるようになっただけ。俺は違う」って思われるだけだもんな

 

(おれ)は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶(ふんもん)と慙恚(ざんい)とによって益々(ますます)(おのれ)の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。

太らせたのは自尊心の方じゃないだろぉ……

そう? プライドのせいで、自分の才能を磨くことができなかったって話じゃなかった?

そうだけど、プライドなんていくらあってもいいじゃん。その方がカッコいいんだから。李徴にとって問題なのは羞恥心の方なんじゃないのかなぁ

 

さっきも羞恥心と自尊心とで半々みたいな言い方してたけど、実際のところ羞恥心は「1」くらいしかないと思うんだよ。李徴がそれを勝手にでっかいものだと思ってるだけ

李徴の中ででっかいんなら、それは「1」ではないんじゃない?

でも、羞恥心なんて、他人から見るとちっちゃいことでしょ? 人に見せないからデカく感じちゃったんだと思うんだよな

そうかもね。でも、李徴にとってはそれを人に見せるのが難しいんじゃないかな

それもそっか……

 

俺はだいぶ晒してきたけどな

たしかに、これは羞恥心1の顔だ

俺を見てくれたら、李徴も「こいつに比べたら、俺もまだまだイケるだろ」って思ってくれるのになぁ……

自分をそんな悲しい使い方すんな

 

人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。

(おれ)の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。

もう「尊大」とか言うな。こういう自分で使った言葉は、引っ張られちゃうから……

それくらい、李徴にとっての羞恥心は大きいってことじゃない?

でも、羞恥心なんて、一回そとに出してみると「こんなもんか」ってならない?

 

今の李徴も、袁傪相手に全開でしゃべってるじゃん。今まさに「いうて尊大でもねえか…?」って思ってるんじゃない?

吐き出して楽になってるってこと? まあ、たしかに、普通ならここまで自己開示してたら、そういう心の動きがあってもおかしくはないか

自分に素直になった分だけ、トラの毛も抜けていくと思うんだけどなぁ

 

これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。

トラがふさわしいと思ってんのかよ。じゃあ毛はふさふさのままです

 

今思えば、全く、己は、己の有(も)っていた(わず)かばかりの才能を空費して了った訳だ。

※【空費】……無駄に費やすこと。ムダづかい。

ん? 才能って使うと減るの? そういうもんじゃないだろ

妙に答えにくいことを聞くなよ

 

人生は何事をも為(な)さぬには余りに長いが、

うんうん……

 

何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄(ろう)しながら、

う……ん…?

 

事実は、才能の不足を暴露(ばくろ)するかも知れないとの卑怯(ひきょう)な危惧(きぐ)と、

ギィッ……キ……!

 

刻苦を厭(いと)う怠惰とが

ッ……キキィ……イ!!

 

己の凡(すべ)てだったのだ。

息をさせてください!!!!

しろよ

気を抜いてたら急に長い文章がきた! びっくりした〜!

 

でもかっこよさそうなこと言ってたな!

 

もう一回読もっ!

 

人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。

なんだ、さっきと同じことを言ってたのか。なんか情けない話のときほど、李徴の言葉が難しくなってる気がしない?

情けないとか言わないであげてよ

でも、これってそんなに特別な悩みかなぁ? 李徴ほどの天才ならすぐに解決できそうなのに

 

己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。

そういう人たちも、辞めた李徴のことをもったいないと思ってるはずだよ

そう? 昔は誰ともつるんでない嫌な奴だったって話だったけど

それでもだよ。「あいつ辞めちゃったけど、今も続けてたらな……」って誰かが絶対思ってるもんなんだよ。だから続けるんだよ

 

虎と成り果てた今、己は漸(ようや)くそれに気が付いた。

それを思うと、己は今も胸を灼(や)かれるような悔を感じる。

今からでもできるだろ

そうかもしれないけど。李徴もトラになった以上、諦めるしかないんだよ

なんだお前ら。さっきから聞いてりゃ、ずっとトラをいいわけにしてるな

 

人間に戻れないって誰が決めたんですか???

(そう言われたら、人間に戻れると思って読んだことなかったな……)

トラだから。はいおしまい」みたいに切り札みたいに使うなよ。まだ何が起こるか分からないのに、可能性を閉じたらもったいないよ

 

己には最早人間としての生活は出来ない。

できないって言っちゃった!!!

可能性閉じちゃったね

せめて李徴だけは「人間に戻りたい」って思っててよ!! なに? 戻りたくないの???

 

たとえ、今、己が頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。

だから、オモコロがあるだろ!!!

李徴をオモコロに勧誘するなって

DM解放しとくから連絡くれ!! そんで、来月中に一本記事書いてくれ!!

 

まして、己の頭は日毎(ひごと)に虎に近づいて行く。どうすればいいのだ。己の空費された過去は?

己は堪(たま)らなくなる。

まだ愚痴ってんな〜。もういい、一旦、俺が全部聞くわ

 

そういう時、己は、向うの山の頂の巖(いわ)に上り、空谷(くうこく)に向って吼(ほ)える。

この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。

あるある。俺も枕に顔埋めながらいろんなことを叫んでたよ

李徴も、まさか共感しながら読んでくる奴がいるとは思わないだろう

 

己は昨夕も、彼処(あそこ)で月に向って咆(ほ)えた。誰かにこの苦しみが分って貰(もら)えないかと。

しかし、獣どもは己の声を聞いて、唯(ただ)、懼(おそ)れ、ひれ伏すばかり。

獣の世界でも上手くいってないんだな。そうだよ、お前は人間なんだから

 

山も樹(き)も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮(たけ)っているとしか考えない。

天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。

ここに一人いるだろ……

 

ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易(やす)い内心を誰も理解してくれなかったように。

俺が理解してるだろ……

 

己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

もう1回発狂するまで吠え続けてみろよ!!!!

発狂をリクエストするな

発狂してもう一周しろ!!!! ぐるっと回って人間になれ!!!!

そういうメカニズムじゃないと思う

 

何をダラダラ自分を傷つけてんだよ。「無理」の詳細ばっかり話しても、しょうがないだろ……

トラになった気持ちを誰かに理解してほしいんじゃない? 今までずっと孤独だったんだからさ

そんな話、今はどぉーーーーーーーーーッでもいいんだよ!! 結局李徴はどうしたいんですか? 何よりも先にそれを言え!

そう言うなよ。李徴もどうしていいか分からないんじゃない?

 

一言「助けて」って言えばいいだろ!!!!!!

言ったところでどうにもならないのに

どうにもならなくても言え!! 「人間に戻りたいです」って言え!!! そこから何か変わるかもしれんだろ!!!

 

まだお前の口から聞いてない!!! 口に出して「助けて」って言え!!!!!

もうほとんどルフィじゃねえか

 

漸く四辺(あたり)の暗さが薄らいで来た。木の間を伝って、何処(どこ)からか、暁角(ぎょうかく)が哀しげに響き始めた。

ほら見ろ……景色もすげーいい感じじゃん。だんだん明るくなって、真っ黒だった森とか山も、色が分かり出すんだよ? 全然、悲しい時間帯じゃないだろ

初めて聞く感想だなぁ。文中には「哀しげに」って書いてあるけど、みくのしんにはそう見えないんだね

トラを受け入れてるから、みんな気づかないだけじゃないのかなぁ。周りを見ろよ。めっちゃ空気も澄んでるだろ

 

最早、別れを告げねばならぬ。

酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから、と、李徴の声が言った。

トラに「還る」って言ってるなぁ…。帰る方向はそっちじゃないのに……

 

だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。

それは我が妻子のことだ。

そっか、家族もいるんだった……

 

彼等(かれら)は未(まだ)虢略(かくりゃく)にいる。固より、己の運命に就いては知る筈(はず)がない。

まさかトラになってるとは思わないよな

 

君が南から帰ったら、己は既に死んだと彼等に告げて貰えないだろうか。

……わかった。俺から言っとくわ

みくのしんから言うんだ

 

決して今日のことだけは明かさないで欲しい。

言わないよ…。ただ、「オモコロ トラ」で検索してとは言っちゃうかもな

李徴を家族バレさせんなよ

 

厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐(あわ)れんで、今後とも道塗(どうと)に飢凍(きとう)することのないように計らって戴けるならば、自分にとって、恩倖(おんこう)、これに過ぎたるは莫(な)い。

難しい言葉使ってるな〜! こういうところで、「やっぱ李徴は俺とは違うわ」って思い知らされるな

たしかにすごい一文だ。これを本当に高校生のときに読めてたのか不安になってきた

でも、なんとなく掴めてきた。李徴が難しい言葉を使うときは、自分の恥ずかしい気持ちを打ち明けてるときなんだよな

人に見せたくない心境を難しい語彙で覆い隠してるってこと? 面白い読み方だね

 

厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐れんで、今後とも道塗に飢凍することのないように計らって戴けるならば、自分にとって、恩倖、これに過ぎたるは莫い。

これも、恥ずかしいから遠回しに言ってるだけでさ。要するに……

家族の面倒を見てください。

こういうことでしょ?

 

人に頼むときは分かりやすい言葉を使いなさい

李徴に説教しないでよ

なんだかなあ。詩を残すとか、家族のフォローとか……後始末ばかりお願いしてるよな。もう人間に戻る気がないのかな?

しょうがないでしょ。李徴もそれは無理だって思ってるんだから

 

俺がいるのに?

お前に何ができるんだ

そんなアーロンみたいなこと言わないでよ

ごめん、アーロンみたいなこと言っちゃった

 

言終って、叢中から慟哭(どうこく)の声が聞えた。

袁もまた涙を泛(うか)べ、欣(よろこ)んで李徴の意に副(そ)いたい旨(むね)を答えた。

みんな泣いてるな…。こんなにいい景色なのに

みくのしんにはそう見えてるだろうけど、渦中にいる袁傪たちにとっては違うんじゃない?

そうかなぁ…。涙のせいで景色を見ることを忘れてるだけじゃないかなぁ……

 

李徴の声はしかし忽(たちま)ち又先刻の自嘲的な調子に戻って、言った。

本当は、先(ま)ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったなら。

たしかにそうだ。俺も気付けてなかったな……情けねえ……

情けないことはないと思うけど

偉そうなこと言ってごめん。俺もトラ寄りの人間でした。これがあるから怖いんだよな

 

飢え凍えようとする妻子のことよりも、己(おのれ)の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕(おと)すのだ。

俺と一緒に人間に戻ろう。俺が教えるよ、人間の戻り方を

 

そうして、附加(つけくわ)えて言うことに、袁傪が嶺南からの帰途には決してこの途(みち)を通らないで欲しい

またそういうこと言う…。素直に「また会いたいな」って言えばいいのに

そういうわけにもいかないだろ。李徴はトラなんだから

だからなんなんだよ。トラでも会いたい人がいていいだろ

 

その時には自分が酔っていて故人(とも)を認めずに襲いかかるかも知れないから。

だとしてもだろ。「襲いかかるかもしれないから、気を付けて来てね」って言おうよ

李徴はそんな前向きなこと言えない性格なんじゃない?

でも、この出会いは絶対に逃しちゃいけないと思う。トラから人間に戻りたいなら、人とのつながりだけは絶っちゃいけないんだよ

 

又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、此方(こちら)を振りかえって見て貰いたい。

自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。

あ、やっと姿を見せてもらえるんだ。ようやくそこまで心を開いてくれたんだね

 

勇に誇ろうとしてではない。

我が醜悪な姿を示して、以(も)って、再び此処(ここ)を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起させない為であると。

まだこんなこと言ってる。いっそ、もう可愛くなってきたな

李徴は本気なんだって。これが、人として会話できる最期の時間だと覚悟してるんだと思うよ?

ああそうかい、勝手に言ってろよ。俺はまた会いに来るからな

 

袁傪は叢に向って、懇(ねんごろ)に別れの言葉を述べ、馬に上った。

つらいよな…。今の時間が、李徴の中でも一番人間だったんじゃない?

 

叢の中からは、又、(た)え得ざるが如き悲泣(ひきゅう)の声が洩(も)れた。

大丈夫……大丈夫だぞ。俺がついてるから

 

袁傪も幾度か叢を振返りながら、

……?

ん? どうした?

 

涙の中に出発した。

え、これ出発すんの?

そりゃまあ、別れのシーンだからね

李徴、置いてくの???

 

一行が丘の上についた時、彼等は、言われた通りに振返って、先程の林間の草地を眺(なが)めた。

……じゃあ、悲しいまま終わっちゃうじゃん

 

忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。

人間に戻れるんじゃないの?

そんな目で俺を見るな。物語を見ろ

そんな……あんまりじゃない? 約束と違うじゃん

そんな約束をした覚えはない

 

虎は、既に白く光を失った月を仰いで、

もう、文章の終わりが見えかけてる。これがラストの一文っぽいんだけど……

……。

ここからどうにかなるよね? このまま終わるなんてことないよな?

 

二声三声咆哮(ほうこう)したかと思うと、

待って待って!! お願い!! 終わらないで!!

 

どうにかなれ!!! どうにかして、ここからめでたしめでたしにしろ!!!

 

又、元の叢に躍り入って、

終わるな!! 終わるな!! 終わるな!! 終わるな!!

 

 

再びその姿を見なかった。

終わりやがった……

お疲れさま。山月記も無事読み切ることができたね

……。

 

最後に「でも5年後人間になった。よっしゃー!」って書き足していい?

勝手にエンディングを変えるんじゃない

 

 

ということで、3時間ほどかかりましたが、1年半ごしに「山月記」を読み終えることができました。ここまで読んでくれたあなたもお疲れ様でした!

以前は、難しい単語の大群を前にギブアップしていたみくのしん。今回はそれを読み切ることができたということで、少しは達成感のある締めになるかと思ったのですが……

 


まだ読み終わりたくないみくのしん

李徴は人間に戻れないんですか??? 人間に戻るバージョンを読ませてください

そんなバージョンないよ

なんでだよ。未完ってこと???

これで完結してるよ

 

今まで読んだ本と比べて、読後感が全然違うみたいだね。あまりいい作品じゃなかった?

いや、そんなことないよ! すごく……いい本だったと思う。本なのにハッピーエンドにならなくてビックリはしたけど

そっか。みくのしんは哀しい余韻を残す小説に初めて出会ったのか

トラになる怖さを久しぶりに思い出したし、そのとき自分も思ってたはずなのに、言葉にできてなかった気持ちが、用意してあったように書いててビックリした!

 

だからこそ、人間に戻るところまで書いてほしかったんだよ!!! この世界は、人がトラになっても戻れる世界であってほしいです!!!

読み終わっても、李徴がトラになる運命に抗おうとしてるのすごいな

トラになったら諦めるしかないなんて悲しすぎるだろ!!! 俺がまたトラになったらどうするんですか!???

落ち着いてくれ

 


みくのしんがトラになりかけていたので
小休憩してから感想を聞くことに

 

 

すみません、取り乱しました。いい本でした

取り乱すくらいの読書体験ができてて羨ましいよ。1年半前とは全然違ったね

そういや、前は全然読めなかったな〜! あのときどう読んでたかなんてもう忘れちゃったけど

そうだなぁ。前に読んだときは……

 


1年半前のみくのしん

李徴の顔ってさぁ……

 

こんな感じじゃない?

無人島でおとなになったのび太か?

 

雨水を溜めるな

わはは

李徴の似顔絵を書いて遊んでたよ

なにそれ? 本当に俺の話?

俺も同じ人間の読書とは思えない

 

にしても、前に読んだときとは全然違う本だった気がする。これ、本当に表紙しか変わってないの?

みくのしんが変わったんじゃない? 本ってそのときの自分次第で読み方がまるきり変わることあるからさ

なるほど…。ってことは、次に読むときは、また違う山月記になってるかもしれないのか

そうかもしれないね

 

じゃあ一年半経ったらまた読みに来るよ。次は李徴も人間に戻れると思う

山月記はマルチエンディングじゃないよ

 

 

以上、みくのしんの読書でした。

 

人間誰しも、読めずにそのままにしている本の1冊や2冊あるものです。

「難しすぎて何を言ってるか分からなかったから」「自分とは感性が合わなかったから」など、そのとき読めなかった理由はいろいろあるでしょう。

ですが、みくのしんのように時間が経って読み返すと、あの頃とはまったく違う読み方ができるようになっているかもしれません。

そして、みくのしんのように、それが思いも寄らない読書に拡がっていくこともあるでしょう。

 

 

まだまだ熱い日々が続きます。

外に出るのも億劫な日には、涼しい部屋で読書して過ごすのもいいかもしれません。

これを機に、みなさんも積んでいる本に手を伸ばしてみてはいかがでしょうか?

 

 

最後に、みくのしんから届いた感想文を掲載してこの記事の締めとさせていただきます。

 

 

山月記という本を読みました。

前に一度読んで、あまりに今まで読んでいた本に比べて炊く前の生米をガリガリ食べてるような難しさに挫折して以来。

今日はゆっくり読み返させて頂いたのですが、これもまた、すごい作品でした。

マッッッッッジで難しかったけど、正直……読むの楽しかったです。注釈と本文を行き来しながら読んでると、博士がオーパーツを解読しているような気分になれてね。

 

ただ、山月記を読んでいると当たり前に出てくる色々な自分に困惑した。

それは、友だちとガヤガヤ笑顔で話してる時の自分や、初めて仕事先の人と会う時にピシピシと緊張してる自分、僕の事を嫌いな人と話してる時にモキュモキュしてる自分など。ちょっとしか変わらないレベルでさえ、全員の自分が招集された気分になった。

俺の中の全員集合は友情テレカじゃなくて山月記っぽい。ちょっと重いなぁ。

 

それを踏まえ、この本を読んでてすごく感情的に覚えてるのは

「トラになりたくない!」
「でも、トラになってしまう事もあるんだよなぁ…」
「でも、トラになったのなら人間に戻れてほしい」
「俺が人間に戻してあげたい!」

だった。

 

だけど、読み終わって今、家に帰って、もう一つ

「そんなこと、可能なのだろうか」

 

自分でも整理できてない。これからどんな文字を書くか分からないし、さっきまで書いた部分も覚えてない。

そしてあまり読み返すのが得意じゃないので、そこは「ごめん、かまど。後はたのんだ」という感じなのですが、自分の事を理解したい。色んな自分と向き合っていきたい。いこう。

 

「トラになりたくない!」

これはわかる。トラにはなりたくない。

獣である以前にちょっと大きすぎる。想像するトラの1.7~1.8倍はある。口も大きい。あくびをした時も亀のあくびとは違う。可愛さより恐怖が勝つ。

 

「でも、トラになってしまう事もあるんだよなぁ…」

僕でいうトラとはなんなのかと考える。

すると、人には言えないようなトラになれるルートがいくつも見えてくる気がする。アイシールド21のセナも尻もちだ。

この「トラになりたくないのに、トラになってしまうグラつき」がなんとも切なく、悔しく、人間らしい。

ただ、人間らしいという言葉では山月記の頃から現代まで、そしてこの先の未来も許せぬ、許してはならぬ。というのが地球人だ。悲しくてやりきれない。

 

僕も、昔はトラだった。

トラは、厳しい。かなり、厳しい。もう、世間からみたらどうしようもないのだ。トラになっているだけなのに。お腹が減っていなくても、スヤスヤ寝ていても、あくびをするだけで、ダメ。

自分のすること、考えること、口にすること、書くこと、ちょっとした癖。全てがダメなのだ。気に入らないとかそういうのじゃない。ダメ。そもそも。人間たちの中で暮らしている以上、トラがいては。

 

トラとは、抗えない本心なんじゃないかと思う。

極論。これは極論のトラだけど、テレビを見てると嫌なニュースが絶え間なく流れている。それを見ているとき、大多数の人が「こんな事をしてはいけない」と思う。当たり前すぎて思ってることすら気づいてないはずだ。

でも、もし。

そんな人間として信じられないようなことを肯定する方向に頭が傾いてしまったら。そのとき、人はどうすればいいのだろうか。

同じ定食を頼んだのに、友だちの回鍋肉の肉が僕より多いだけで、手を出したいと思ってしまったら。そのとき、僕はどうすればいいのだろうか。

あえて小規模に例えたけど、これが惨たらしく悲しい。もしその方向に心が傾いて、もし行動に起こしてしまったらと思うと自分のことなのに身が震えるのだ。

「ダメだダメだ」ということを考えてしまい、頭の中ではトラになりかけてる自分が心の底から大嫌いなのに、うさぎを見るとつばが出る。リーバイスのロゴを見るたびに、僕も引きちぎれないジーパンでありたいと心から思う。

すごく、とっても、本当に、どうしようもなく、悲しい。

自分が怖くて、誰かに相談もできない。

 

「でも、トラになったのなら人間に戻れてほしい」

僕は、人間からトラになり、そこから人間に戻ったことがあると思います。

トラの頃は4次元。ありとあらゆる方向に平気な顔してご迷惑をかけていた。

トラには自覚がある。

人間になりたいと毎日思い続けていたら、かまどをはじめとする皆さんの支えと、そしてこれはしっかりと自分の力でトラから人間に戻れた。ここはみくのしんの名誉の為に僕が言う。自分の力も絶対にあった。なめるなよ。

 

「俺が人間に戻してあげたい!」

だから、思うんです。一度、トラから人間に戻れた僕がいる。トラの気持ちも僕なりにわかるからこそ、救ってあげなきゃ悲しすぎる。って思うんです。

トラは辛い。人はいつの間にかトラになり、それを当人には伝えず電子メールで「あいつトラになったらしい」とだけ人間同士で会話して、ちょっと笑って終わるのみ。どうしてもきつい。だからこそ、僕が! って気持ちになってしまう。

 

「そんなこと、可能なのだろうか」

そして思う。そんなこと、可能なのだろうか。

自分の読書を振り返ると、番組の後半からみくのしんが李徴に対していささか生意気な態度を取っていたかと思う。でも、僕はそこまで李徴のことを叱責できるような、できた人間なのだろうか?

トラを人間に戻すことの難しさを考えると想像がつかない。トラの他にも思いもよらぬ、サメやコウモリ、オランウータンなど、色々な人らがいることに気づく。そしてその誰もが自覚がない恐怖。

ここまで怖い世界だと思わなかったと同時に、そこまで無責任な事を言ってしまっていいのかと思った。

 

けど。これを書いてて、また、自分が出てきた。

 

「でも、やってみよう」

かなり、無理かもしれない。でも、今の僕がわかった。

僕でさえ、今でも。踏切を待ってるだけで、体のしま模様を思い出しては犬歯が伸びてないかベロで確認してしまう。それが本当に嫌なのに、トラとしてハラが空きそうになる。

自分の感情とは裏腹に、ダメなことを良しとしようとしている自分に、涙が出るほど、げぇ上げそうになるほど、がっかりする。

でも、やっぱり「やる!」「無理かも…」「やる!」「無理かも…」を繰り返しながら、シャーペンの芯出しをするようにカチカチ少しずつでもいいから「やる!」に向けて生きたいんだと、わかりました。

だから李陵。一緒に戻ろう。戻ろうと思い続けてくれ。

そしたら、多分、幸せに。絶対ちょっとでもいい気がするんです。

 

(おしまい)

 

 

 

お知らせ

みくのしんの読書が本になりました。

みなさんのおかげです。本当にありがとうございます。

本のタイトルは「本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む」。全国の書店で販売されているそうなので、もし見かけたら贔屓にしてやってください。

 

 

本の中には、「『走れメロス』の読書」を書籍として読みやすく再編集したものに加え、有島武郎「一房の葡萄」、芥川龍之介「杜子春」、オモコロライター雨穴の友情寄稿「本棚」の計4つの読書が収録されています。

320ページの本の中に、4つの短編作品しか入っていないのですが、きっと見たことのない読書体験がたくさん詰まっているはずです。

読書が好きな方も、まだそうじゃない方も楽しめる本だと思いますので、機会がありましたらぜひご覧ください。