どうせ二度と会わないとわかっている相手だからこそ会話のハードルが下がる。

 

マスク

 十何年も前にインフルエンザの大流行が問題になっていた最中に修学旅行で海外に行きました。

 フェリーでの移動中に仲良しグループでキャッキャとはしゃいでいると、後ろから4色のメッシュをいれたパンクロッカーみたいな服装の怖いお兄さんに話しかけられました。

「なんでみんなマスクしてるの?(意訳)」と聞いてきたのですが、こちとら真面目に授業を聞いていない学生グループ。英語は今の小学生レベルかそれ以下でした。

 少し待ってもらい和英電子辞書で『インフルエンザ』『予防』を調べ、文法を打ち合わせして発表すると、お兄さんはニコッと笑い「言い方が分からなくても身振り手振りで良いんだよ!(意訳)」と海外旅行チュートリアルを教えてくれ、フェリーから降りる際には「病気に気をつけて!良い旅を!(ウインク)」と送り出してくれました。

 その日は優しくて笑顔が可愛かったチュートリアルお兄さんの事で話題が持ち切りで、観光どころではなくなってしまったのが良い思い出です。

 インフルエンザには帰りの飛行機で全員感染し、登校しないまま学級閉鎖になりました。

英語力無課金ユーザー

 マスクを奇妙に思っても理由を聞いたら「病気に気をつけて」って添えてくれるのが粋だ。オチも良い。

 

ロゴ

 大学時代に、東北を一人旅していた時のことです。

 十和田湖の近くに、奥入瀬渓流という綺麗な川があり、その川沿いには、人がギリギリすれ違えるくらいの狭いの道が作られていて、人気のハイキングコースとなっています。

 ちょうど紅葉の季節の平日だったため、年配の方が多く、僕は若者が一人でいるのは少し場違いな気がしつつ、片道2時間ほどのコースを歩いていました。

 1時間ほど歩いていると、次第に小雨が降り始めました。すると空から、雨で濡れた赤いもみじの葉っぱが降ってきて、私が着ていたウィンドブレーカーの左胸の部分に、ぴとっ、とくっつきました。

 なんだか少し嬉しくなってそのままにしていると、向かいからやってきたツアー客の一団の先頭を歩くおじさんが、僕に向かってすれ違いざまに、「ジャンパーのロゴみたいやなあ!」と話しかけてきました。びっくりして、「あ、え?は、はい!」と曖昧な返事をすると、おじさんの後ろ20人ほど(全員同じツアー客)から、「あ、ほんまや!」「ロゴやロゴや」「お兄ちゃんええなあ!」と、すれ違う一団全員に褒められました。

 僕はペコペコ会釈しながら「そうなんですよ〜」と言い続けて、照れ笑いするしかありませんでした。

ロッテ戦

 いいな〜。嬉し恥ずかしってこういう時のための言葉かも。

 

Hey

 旅行の帰りに空港でタバコを吸おうと思って喫煙室に入ったらライターが無くて、ため息をつきながら出ていこうとしました。
 そしたら「Hey!」と後ろから声がしたので、まさかと思って振り向いたら、案の定おじさんが僕のことを見てました。

 ぬっと近づいてきて僕に見たこともない超かっこいいライター(海外製のやつ?マジでかっこいいです)を手渡して、「それ使いな(多分こういう意味)」的なことを言って去っていきました。

 慌てて「サンキュー」と言ったものの、まさか貸して貰えるのではなくマジ貰えるだと思わず、しばらくどうしようと慌ててましたが、空港内ならあの人目立つし会えるかと思い、一服しました。

 保安検査場に並ぼうとしたら、さっきの人が検査を受けてるのが見えたので、良かったーと思って手荷物検査を受けたらターボライターだったので没収され、廃棄されました。

 どうしていいか分からず、とにかくおじさんに見つからないように小さくなることで難を逃れました。

無記名

 どうせ没収されちゃうからあげた可能性ある。そういうことにしよう。

 

大阪1

 5年ほど前、友人達と大阪観光をしていた時に私がなんとなく
「やっぱり大阪の人はみんな阪神のファンなのかな?」 と友人に話したら、通りすがりのおばちゃんが
「そんなん当たり前やないの!大阪で阪神ファン以外のやつなんかおらんで!」
 と、笑顔で教えてくれました。

 私は 「やっぱりそうなんですね!さすが大阪だなぁ、ありがとうございます!」と言ってそのまますれ違いました。

 私は「これが大阪かぁ〜!ほんとにフレンドリーなんだなぁ」と感動しました。嬉しかったです。

 私の声がデカかったのか、阪神というワードについて地獄耳のおばちゃんだったのか……大阪の人の瞬発力は凄いな、と思いました。
 ちなみに私は野球のこと全然わかりません。

双子

 大阪の人がみんなこれくらいパワフルなわけではないのだろうけど、疑問を口にしたらそこら辺から答えが返ってくる雰囲気はあるな……。

 

大阪2

 はじめて大阪へ旅行した時。

 駅のトイレで用を足して手を洗おうと蛇口の正面に手を出したところ、センサーがおかしかったようで、すぐ左側にある泡石鹸が出てきた。
 手洗い場は2つしかなく隣は見知らぬお姉さんが使っていたので、何度か目の前のセンサーに手をかざしてみたが水は出てこず、ヴィン、ブシュ、ヴィン、ブシュ、ヴィン、ブシュという音と共に、手洗い場が泡で山盛りになってしまった。

 そのうち、隣のお姉さんが堪えきれないという風にわははと笑って「もうこっち使い!」とよけてくれた。
 お姉さんは、私が水で手を流せたのを見届けて「そっちは壊れてたなぁ!」と笑顔で去っていった。

 自分だったら見て見ぬふりをしてしまうと思うので、「これが大阪かぁ」と旅のはじまりを感じた出会いだった。

おつばめ

 おそらく二度と会わないような相手にも友達みたいな距離感の人がゴロゴロいてビビるよね。

 

露天風呂

 北海道の層雲峡に旅行で泊まったちょうどその日に運悪く台風が直撃しました。
 逆にテンションが上がった私は明け方の露天風呂に向かいました。

 露天風呂に繋がるドアを開いた途端に巻き起こる風!風! 絶対に私しかいないと思ったら湯船に先客のおばさんがいて、その人も大興奮で「すごいわね〜〜〜!!!」と話しかけてくれました。

 お互いテンションマックスで「こんなの初めて!」「逆に貴重!」とひとしきり盛り上がりました。

 大した会話ではないですが、あのとんでもない強風の中、逆に興奮する同士と出会えて嬉しかったです。

でぶねこのかよ

「台風来てるしせっかくだし露天風呂行くか」みたいな冒険魂は忘れずにいたい。でも普通に危ないから気をつけてね。

 

恐山

 KING OF POPが亡くなった翌年、大ファンだった私はイタコに口寄せをしてもらいに恐山に行った。

「イタコの館」と看板のある小屋に行くも留守だったので玄関脇でしばらく座っていたら、小屋の脇に停まった軽トラから小柄なおじいちゃんが出てきた。おじいちゃんはビニール袋に入ったピーナツを食べていた。

「おめーらイタコに会いに来たの?俺だよ。俺、イタコ」と言ってピーナツを袋から分けてくれた。そのまま小屋の外で座りながら喋った。

 おじいちゃんは学生の頃、スキージャンプの選手だったとかで、ジャンプのフォームを手取り足取り「ちげーよ、もっと腰をこう!」って教えてくれた。
 イタコの歴史とか、息子の話とか、2時間くらいアレコレ話を聞いて、最後に名刺をくれた。名刺には「イタコ大先生」と書いてあった。
 今もその名刺、大事にとってあります。

マイケルには会えなかった

 めちゃめちゃ行ってみたい。ピーナツを食べながら軽トラから降りてくるイタコ、キャラが立っている。

 

 マダムとは違う独特な距離感の生き物、おじさん。

 

全部

 野菜柄のアロハシャツを着て、キャンプ用の椅子を荒川沿いに持ちだして、1人で夕方に本を読んでいたら、通りすがりのおじさんに、「いやあ、いいですねえ」と声をかけられた。

「え? ああ、これですか?」 とキャンプ椅子をポンポンしながら答えたら、「全部だよ、全部」 とニコニコ言われた。

 このシャツ、知らない人に褒められたことが他に2回ある。

キャッペンキャップ

 たしかにアロハシャツ着て川辺に椅子出して本を読むのは全部が良いな。

 

投げ銭

 10代最後の冬、友達とセールかなんかで安くなったかなんかで焼肉の食べ放題に行った時のことです。

 カウンターに通された私たちは、肉を裏返しながらあれやこれやとお互いの話をしていました。
 当時私は年上の彼女ができたばかりで、その彼女との話がかなり盛り上がりました。

「夜、なかなか手を出すのが怖くてさぁ」とか、「どこどこにドライブ連れて行ってもらってさぁ」とか今思うとかなり初心な恋愛エピソードを大声で恥ずかしげもなく。

 すると突然、2つ隣に座った、私たちより後に入店したおじさんが、背後から「いい話聞かせてもらったよ」そう言いながら私たちの間に5,000円札を置いていきました。
 びっくりして友達を見ながら目をぱちぱちさせていると、おじさんは自分の会計を済ませ颯爽と退店。
 顔も見れず、お礼もろくに言えませんでした。

 ちなみに会計すると2人で4,500円くらいでした。焼肉も食べて、500円ももらって、ラッキーと思いました。

カルビ専用ごはん専用カルビ

 俺はこのおじさんの気持ちがめちゃめちゃわかる。

 

バトル

 おぼろげな記憶なんですが、自分が通っていた保育園はスパルタ教育で、体幹には自信がありました。

 町内の校区民体育祭の時、昼ごはん休憩で弁当を食べた後暇だったので体育館を走り回っていたら、知らないおそらく初老のおじさんから「お前体動かせるか?」と聞かれました。

 即答でうん!と答えると「じゃあダンスバトルだ」と言われエンカウント。

「俺の動きを真似してみろ」と言った途端多分ヒップホップダンスを踊り始めるおじさん、保育園児が真似出来る訳も無く泣きながら喰らいついていた。

 知らぬ間にバトルが終わり自分を笑っておじさんは去っていった、解せぬと昔も今も思う、腹が立つやつだった。

デオキシスリボ核酸

 ダンスバトルの文化ってよく知らないんですけどこんなゲームみたいな感じで始まるんですか?

 

酔っ払い

 高校生の時、当時の彼氏と帰りの電車が来るまで駅の前で話していたら、真っ赤な顔のスーツを着た背の小さいおじいさんがフラフラと寄ってきて話しかけてきた。
 手に持ってるのは紙パックの日本酒(ストロー差して飲んでた)だし、余りにも呂律が回ってなくて何言ってるのかはほとんどわからなかった。歯も少なかったし。

「〇〇高校かい〜?」とだけ聞き取れ、本当はちょっと怖かったので誤魔化したかったけど制服着てるし嘘ついてもな…と思い「△△高校です」と答えると「おぁ〜!頭いいんだぁな」と急にポケットにゴソゴソ手を入れて「これやるからがんばんな~!」と握りこぶしを出してきた。

 正直何を貰っても困るし必死に断ったが宇宙語でなにか言いながらも拳はしまわないので仕方なく受け取ったら小銭で39円だった。

 期待してたわけじゃないけどこういうときって100円以上のワンコインだと思ってた。
 もってるのもなんか嫌だったのでおじいさんと別れた後すぐに駅の売店でブラックサンダーを買って残りは募金箱に入れた。

 余談ですがおじいさんのスーツに付いていた名札は地元のタクシー会社だった。18時だったし退勤後だと信じたい。

よみち

 ブラックサンダー買ってるのがいい。買えるもんは買おうという意識がとてもいい。

 

日食

 女子高生だった昔、金環日食をみるために早朝に当時住んでたマンションの階段の踊り場で待機して、学校でもらったペラペラのサングラスみたいなので太陽を見ていたら、たまたま居合わせた喋ったことも見たこともない別の部屋の住人(多分)のおじさんが溶接の時に使うようなガチの手持ちのマスクを貸してくれた。

 凄さが違うだろ!と言われたので期待通りの反応をしなければと思い大袈裟に感動しておいた。

押しボタン式信号機

 知らんおじさんのために大袈裟に感動するの、めちゃめちゃ優しい。

 

二千円

 高校生の時、部活帰りに友達含め3人で近所の王将で食事していたときの話です。

 食べ終わってお金をまとめて払うために伝票見ながらめちゃくちゃ小銭をばら撒いてあれやこれや言っていたら、急に隣にいた小汚いおっちゃんが私たちをみて、「これで払えよ!だから揉めんな!!」みたいなことを急に言ってきて2千円をくれた。

 だけど、普通に会計は足りなかったし不足分を誰が払うかでもっと揉めた。

へいがに

 二千円くれた人を小汚いとか言っちゃダメだぜ。

 

完璧

 小学3年生くらいの時、地域のこども会の掃除が終わり仲の良い男の子と区民館のベンチに座って雑談をしていた際、私がなにかの話で「一石二鳥じゃん!」と言ったら急に区民館から出てきたおじさんが「お前、意味わかってるか!?」と怒鳴るように言ってきた。

 急だし怒鳴ってるしで怖かったけど答えなくちゃと思い「一個の石で二羽鶏をとれたことから一個なにかしたらたくさん幸せが返ってくることです、」と言ったら「完璧だなぁ!」と怒鳴るようにいってお菓子をくれて隣に座ってきた。

 普通に怖かったので二人で向かいの公園に逃げた。

もう大学生

 最高。

 

 25くらいの時。

 古本屋の店先で知らないおじさんにおススメの本を聞かれて、その辺にあった適当な、でも面白かったなって本を薦めて、素直に買うおじさん。

 店を出がてら「いや~最近ホントいい事なくってさ!この本面白くなかったら死んじゃおっかな!って思ってんだよね!」とピカピカの笑顔で言われました。

 永遠に答え聞けないし安否もわからないけど、面白ければよかったな…とたまに思い出します。

何を薦めたのか覚えてない

 選ぶ前に言って欲しい気もするけど、先に聞いていたら重すぎて何も選べないかもしれない。

 

ジャックポット

 よく家族で映画に行く家だったんですけど、田舎なんでだいたいジャスコに併設されてる、隣にゲーセンもあるタイプの映画館に1、2時間前に来てチケット買って、ゲーセンで時間潰すかご飯食べるかって時間の潰し方してたんですよ。

 ゲーセンだと、母上がメダル買って弟と自分に分配して放流。(父上が一緒だとご飯パターンが多かった)
 子どもたちがメダルを使い尽くす→その間に母上はメダルのパチスロで稼ぎ、戻ってきた子どもたちに稼いだメダルをあげる→再び放流→緩やかにメダルが減ってちょうどいい具合に映画の時間にはメダルが尽きる。って感じでした。

 今回はその放流サイクルの間の出来事です。

 その日はなんとなく、仮面ライダー1号2号のスロットの前に座りました。
 スロットをやってみたかったのと、その中で仮面ライダーだけぼんやり見覚えがあったからです。
 絵を合わせる、しか知らないのでまあてきと〜〜〜にぽちぽちしてました。小学生ですし。

 どれくらい経った頃か、スロットの画面がめっちゃピカピカしだして、表示をみてるとなんかビッグチャンスが来てました。
 でも初めての筐体だし何したらいいかわからんし、特になにも思うことなく普通にスロットを続けようとしたところ、 「かしてみ」 と。

 おっさんです。見知らぬおっさんがぬるっと現れました。

 めちゃめちゃびっくりしました。急に他人が今まで自分がプレイしてたスロットに向かい、すごい真剣にぐるぐるしてるスロットを見つめてました。びびって普通に場所は明け渡しました。

 何が起こるんだ……と見知らぬおっさんを眺めてたら、不意におっさんはタァーンっ!……タァーンっ!……タァーンっ!とリズミカルにボタンを叩き、スロットをとめました。

 瞬間、なんかもう筐体全体がめちゃめちゃ輝きだして、メダルが無限に吐き出されはじめました。

 おっさんは見事に私に到来してたチャンスを掴んだのです。
 私がとまらないメダルに慌ててる間におっさんは一つ頷いてゲーセンの奥に消えていき、その後私はとまらないメダルをカップに移す作業に明け暮れました。

 まじで一生メダルが湧き出てちょっと怖かったです。
 もちろん映画までに使いきれなかったのでゲーセンにメダルは預けたんですが、その後どうしたか覚えてないのがちょっと寂しいです。よく行くゲーセンだったし使い切ったかなぁ……。

 ジャックポットおっさんは今もまだあのゲーセンで他人のチャンスを掴んでいるでしょうか。

水華

 自分の特技が人のために輝く瞬間に立ち会えたおっさんもまた嬉しかっただろうな。

 

わたがし

 道端に、観光客ぽい出立ちのおじさんが佇んでいたので、迷ったのかな、と思い声をかけたのですが、空を指差して

「あの入道雲きれいですね。わたがしみたい」

と言われて、唐突すぎたので 「ああ、そうですね」 みたいな返ししかできませんでした。

 いまだに、そのおじさんは、道行く人々の優しさを試すために現れた、妖精の類だと信じてます。

あんこぱん

 おじさんも「なんでもないです」とか言わずに素直に「雲が綺麗で」って教えてくれるのが良いな。

 

 昔、母と出掛けた帰り、母が家の近くのスーパーに寄った。

 先に帰っても良かったが何となく出入口の喫煙所で待つ事にし、一服していると初老男性に「すみませんが火を貸して貰えませんか?」と言われた。

 ライターを貸し「有難う、助かりました」「いえいえ」「買い物は終わりましたか?」「いや人を待ってるだけで」「俺は今からです、魚食べたいな」とよく分からん会話。

 でも何というか、あんまり鬱陶しくないな(自分コミュ障の癖に)と思っていると、相手が「あれ!?火持ってたわ俺!」とポケットからライターを出した。

 驚きと申し訳なさとおどけた感じを混ぜて「若い女性に余計な声掛けしてして、余計な事させて申し訳ない」なんて謝られたが、自分は「先に帰っても良かった」「火の貸し借りする必要はなかった」のに発生した「何となく鬱陶しくない会話」が面白くて、笑いながら大丈夫だと言い続けた。

 そのスーパーはもう閉店したが、今だにあの店が好きなのは「何となく」この思い出も有る気がする

ちひろ

 まさにこういう、別に必要ないけど発生したなんとなく鬱陶しくない会話みたいなのが読みたくてこの企画やってるところがある。

 

花冠

 荒川アンダーザブリッジを読んでいた大学生の頃、荒川の土手まで行ってみよう!と思い立ち休みの日に1人で行きました。

 当時住んでいたところからはやや遠かったので電車を乗り継いだりしてやっと着いたのですが、特にすることもなく、土手に生えていたクローバーで小さな花冠を作り、お土産に持ち帰ることにしました。

 帰りの電車で立っていると、知らないおじさんから「それ作ったの?」と声をかけられました。
 ビビりつつ「あ、はい…」と答えると、おじさんは笑顔で「いいね」と言いながらしげしげと花冠を眺めていました。

 それきり話をするでもなく家路につきましたが、10年ほど経った今でもたま~におじさんの「いいね」を思い出します。

ニノよん

 色々な意味が含まれた「いいね」だろうな。単純に物が可愛くて「いいね」だし、花冠を作る行為が「いいね」だし、「自分も作ろうと思えば作りにいけるな」という「いいね」かもしれないしな。

 

お茶

 大学受験のために一人で上京した後、帰りの新幹線でのことです。

 なぜそうだったのかは覚えていませんが、私はとても苛々していました。
 緊張を強いられる試験を受けて疲れていたのかもしれません。また、福岡に着くまで長時間座っていなければならないことにストレスを感じていたのかもしれません。
 そしておそらく、空腹だったり喉が渇いていたりしていたのでしょう。

 でも、高校生の私は我慢していたんだろうと思います。車内販売は割高だし、窓側の席から呼び止めるのも内気な自分には難しいことでした。

 隣の席には、くたびれたスーツ姿の冴えない感じのおじさんがいました。
 私の苛々はきっとおじさんにも伝わっていたのでしょう。
 おじさんは車内販売の人を呼び止めると、缶ビール1本とお茶1本を買い、お茶を私によこしてくれたのです。
 私は咄嗟のことに驚いて、声にもならないような小声で「ありがとうございます」と言って、お茶を受け取りました。
 その後、特に会話をしたわけではなく、お互いずっと無言でした。

 思わず受けた心遣いに、私は苛々していた自分が恥ずかしくなりました。
 そして、おじさんについて冴えない人だと勝手な印象を持っていたことも申し訳なくなりました。
 降車するまでとにかく反省しきりでした。

 今にして思えば、そのおじさんも普段は知らない人に話しかけたりしない、内気な人だったのかもしれません。

 でも、隣で不機嫌さを露わにする若造に、落ち着いた態度で優しく接することのできる立派な大人でした。

 そのおじさんは、私が降りるより先にどこかの駅で降りていきました。
 その年、私は合格して春から東京で一人暮らしを始めました。

 おじさんの年齢にかなり近づいてきた私は、どれほど大人になれたかなと時折思い出します。

玄鵬

 買う時にいちいち一声かけたりしないところがすごいな。声かけられてたら絶対遠慮しちゃうしな。

 

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