しばらくの月日が経ちました。相変わらず私は『秘密のケンミンSHOW』を欠かさず観続けております。今日の特集は、というか、今日の特集も「知られざる大阪府民の日常」でした。大阪府民は、「バン!」と大きな声で拳銃を撃つジェスチャーをすると、絶対にその場で胸を押さえながら倒れるというものです。VTRに登場する一般の大阪府民たちは、ロケのスタッフとの日常会話の最中、いきなりスタッフが「バン!」と指で拳銃を撃つやいなや、すかさず「うう……。」と、衣服が汚れるのもいとわず地面にうずくまったのでした。しかも、登場する大阪府民が、次から次へと面白いように同様のレスポンスを見せるのです。

 

 また、ある日の大阪特集では、「大阪府民は、話に必ずオチを求める」と紹介されていました。『秘密のケンミンSHOW』よりも古くから、大阪の人はことに笑いにうるさく、他人のノリに厳しい印象を付けられてきたのではないでしょうか。私が仮に大阪へと転勤になり、いきなり街頭インタビューを受け、「バン!」と指鉄砲を向けられ、きょとんと立ち尽くそうものなら、正真正銘の拳銃で撃ち殺されるのではないかと気が気でなりません。しかし、東京に次ぐ規模の都市・大阪に暮らす人間全員が「お笑いにうるさい」のでしょうか。阪神タイガースを応援しているのでしょうか。息苦しくてしょうがありません。

 

 気がつくと話題は変わっており、「京都府民の言葉には、裏表がある」とのことで、たとえば京都府民が「おたくの家の息子さんのピアノはお上手ですね」と褒めたのであれば、額面ではなく「ピアノの音がうるさくてしょうがないから、やめてほしい」と受け取らなくてはならない、と。京都に暮らしたのであれば、大阪とはまた別の意味で、肩身を狭くして生きていかなねばならないと受け止められかねない表現です。バラエティ番組である以上、誇張はある程度仕方がないのでしょうが、印象なんて伝播していくに従い歪められていきますから、発信側も気をつけるべきではないでしょうか。なんて、真剣に毎週、テレビにかじりついている私はよほどやることがないのに違いありません。

 

 大阪にも、京都にも、当然いろいろな性格の人間が暮らしています。私は、存在しない「バンと叫ぶと倒れる大阪人」「ストレートに物事を伝えない京都人」そして「ステレオタイプな県民像を鵜呑みにする視聴者」への憤りをたぎらせ、無意味なカロリーを消費していました。やれネタ切れだ、やれ誇張表現だと文句やクレームをつけながら視聴するバラエティ番組、嫌なら見るな、なんて意見もあるでしょうが、臆病で、生活を変えることへの違和感を人一倍強く感じる私はそれでも毎週、『秘密のケンミンSHOW』を視聴し続けたのです。

 

 ある木曜日のことです。仕事をいつものように終え、スーパーで見切り品の竹の子ご飯弁当と第3のビールを購入しました。木曜日は竹の子ご飯弁当と決めているのですが、よくもまあ、飽きもせずに同じご飯を食べ続けられるものです。家に戻り、部屋着に着替えてテレビを点け、チャンネルを「4」に合わせます。木曜21時のお決まりの習慣。『秘密のケンミンSHOW』の時間です。冒頭のVTRが始まりました。今回のテーマは「香川県民は、うどんに目がない」というものでした。

 

 ふと、竹の子ご飯に伸びる箸が止まりました。

 

 あれ?かなり前ではあるけれど、同じ特集が組まれているのを観た記憶がありました。たしか当時も、「ずいぶんと使い古されたテーマを扱うのだなあ」とぼんやり思った覚えがあります。画面には、早朝、開店前のうどん屋さんに並び、ただ醤油を回してかけただけの釜揚げうどんを美味しそうにすする香川県民の姿が。

 

 その光景を初めて見るかのように、驚きの面持ちの芸能人たちが代わる代わる映し出されるワイプ。今まで明かされたことのない「香川県民の秘密」でした。やがてカメラがスタジオに切り替わると、引退したはずの先代の司会者が、前置きもなしに挨拶をし、あとは一言も喋らず、うっすらと微笑みを浮かべながら、女性司会者に進行を任せたきりたたずんでいるではありませんか。己の目を疑いましたが、ひな壇のタレントたちも、誰一人として不可思議な現象に言及しません。

 

「香川県民代表の○○さん、香川県民はうどんが大好きということですけども?」

「厳密にいうと、違いますね」

「と、言いますと?」

「好き、とか嫌い、とかの次元ではなく、生活の一部なんです。生活に組み込まれてるので」

「笑」

 

 一言一句までかははっきりしませんが、既視感のあるやり取りです。台本の使い回しでしょうか。まさか、ケンミンSHOWの台本を自動で組むAIが存在しているのでしょうか。10年以上の膨大なデータが残されていますから、作家が介在しなくとも、「ケンミンSHOWのスタジオで交わされそうな会話」を再現できるシステムが導入されていてもおかしくはありません。いまはどこの業界も、人件費の削減に躍起になっていますから。

 

 ケンミンSHOWのロケに登場する一般人たちは、カメラの前で、素人とは思えないほどの気の利いたコメントを残したり、まさに求められている通りの行動を取ったりと、作為的とまでは言いませんが、妙に不自然さを感じることがありました。まさか、彼ら・彼女らも、ケンミンSHOWの科学班が創り出した「製品」なのでしょうか。くだらない妄想かもしれませんが、編集されているとしても、当を得たかのような受け答えが多いのです。

 

 特に、道頓堀・新世界でインタビューを受ける大阪府民たちは「こう来たら、こう返す」というような、将棋の定石とでも申しますか、ある意味でロジカルな振る舞いが目立ちます。「ケンミンSHOWに登場する一般人は、すべて言動をプログラミングされたヒューマノイドである」仮定に基づくと、「拳銃の形状を視界に捉えた状態で、破裂音を認識すると、その場に倒れる」まであらかじめチップに組み込んでおけば、登場人物がおしなべて同一行動を取ることの理由に説明がつきます。ヒューマノイドでないとするならば、ひょっとすると、ケンミンSHOWに登場するエキストラ募集のアルバイトがあり、採用と判断されたのちに「脳にチップを埋め込む」誓約書を取り交わして施術を行っている可能性もあります。

 

 しばらくすると、茹でたてのうどんの入った大きな桶を抱えたお母さんが、お腹を空かせて待っている家族・親戚のもとへ現れました。ケンミンSHOWでは、ご当地グルメを大量に作り、家族に届けるお母さん、それを待つ家族、という光景を頻繁に観ます。お決まりのようなものです。しかしながら、果たして実在するシーンなのでしょうか?

 

 私は、東京から新幹線と在来線を乗り継いで、半日近くかかるような辺鄙な田舎の出身です。山奥で、食べ物のなかった時代に編み出された「漬物ステーキ」なる郷土料理があり、これもケンミンSHOWで取り上げられたことが以前、ありました。酸っぱい白菜の漬物を炒めて卵でとじる単純な料理です。「出来上がりを今か今かと待ちわびる」たぐいのごちそうではなく、美味しいのはもちろんなのですが、余って傷みかけた漬物を調理する手段として捉えていました。ですから、山盛りの漬物ステーキを炒め、食卓に提供する母親の姿にどことなく違和感を覚えたのです。

 

 釜揚げうどんを、漬物ステーキを、郷土料理を、喜ぶため”だけ”に用意された虚構の家庭だとすれば腑に落ちます。笑顔で瓶ビールを手酌する父親も、料理を取り分ける母親も、白いご飯をかきこむ兄弟も、和やかに見守る祖父母も、すべてが嘘・偽りなのです。核家族化から少子化が進み、ついに人口減少時代に突入した現代の日本において、日常的に郷土料理を囲む食卓など存在するのでしょうか?

 

 前触れなく蘇った老司会者も、ひょっとすると、この『ケンミンSHOW』がすべて虚構である事実を視聴者に悟らせないようにするための策ではないでしょうか。新司会者の出現により、一旦、世界はリセットされました。そしてまたゼロから物語がスタートし、終焉を迎えるとともに復活した。おそらく世界は再び一周する。老司会者の出番が終わると、新司会者にまたバトンタッチをする。そしてまた老司会者へ。ひたすら繰り返しが続く。出演者、視聴者の記憶も消し飛び、物語は永遠に周回するのです。私は『秘密のケンミンSHOW』と真剣に対峙するこの世で唯一の人間ですから、この恐ろしい仮説に辿りついてしまいました。

 

 疑えば疑うほどに、『ケンミンSHOW』という「プログラム」に、それまで以上にぐいぐいと引き込まれていきました。番組の最終版、次回予告の前にコマーシャルが流れます。もう私は、予告されずとも次週の放送内容を知っています。「兵庫県には、”明石焼”というソースを塗らないたこ焼きがある」。

 

 

 

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 翌週の放送。前回に引き続き、老いた司会者の挨拶。女性司会者とタレントの、当意即妙のやり取り。「兵庫県には、”明石焼”というソースを塗らないたこ焼きがある」とナレーション。驚く出演者。スタッフは兵庫県明石市へ。店の前で列をなす明石市民。料理の提供。の前に、挟まれるコマーシャル。コマーシャルが明ける。テーブルに運ばれるたこ焼きと熱いだし汁。だし汁にたこ焼きを浸して食べる明石市民。驚く出演者。さも当然という受け答えの明石市民。スタッフ「こんなにたくさん食べられるんですか?」ヒューマノイド「食べられます」。虚構の食卓。スタジオで実食。埼玉出身タレントの完食。驚く出演者。続いては大阪府民の特集。撃つスタッフ。倒れるヒューマノイド。驚く出演者。笑いに包まれるスタジオ。引きのカメラ。テレビ局。47都道府県。196の国。8つの惑星。幾千の銀河。第3のビール。竹の子ご飯弁当。

 

 番組終了後、22時半に就寝し、私は翌朝も、会社へ出勤をするのでした。