意味不明なお土産
大学時代の友人である稲田の家に行ったとき、東京タワーの偽物みたいなデザインの、小さいぬいぐるみのストラップを貰った。
仕事で北海道に行っていたらしく、そのお土産とのことだった。どうやらご当地の電波塔をモチーフにしたマスコットらしい。
めちゃくちゃいらないなと思ったが、せっかくお土産を買ってきてくれたので「ありがとう」とだけ言いその場に置いた。その時である。
「もうすぐ田中も来るから、それ、絶対しまっておいてね」
と言われた。田中というのは共通の友人のことだが、しまっておいてと言われる意味が分からない。
「なんで?」
「いや、田中の分は買ってないからさ、モメたくないじゃん」
モメるわけないだろ。
コイツ、今年28歳になる2人がこれの取り合いで喧嘩になると思っているのか。
そもそも俺は優遇されているのか?
「それ、めっちゃ良くない? 北海道にしか無い電波塔なんだぜ?」
そんなこと言ったらどこの電波塔だってそうだろとか言いかけたところで、稲田は人に何かをあげるセンスが非常に独特だったことを思い出した。
あれは、大学2年生の時だ。
学食にて
大学2年 冬。
12月も半ばを過ぎ、街がクリスマス色に染まる時期。
「原稿用紙120枚の脚本を書く」というその年で最もハードな課題を終えた僕らは、授業の終わりに学食に集まることが多かった。
今月は少しでも課題を進める為にみんながすぐに帰っていたので、こうしてゆっくりと談笑する時間も久しぶりに思えた。
「明日からようやく冬休みだな!」
誰かが嬉しそうに言った。しばらく皆とは会わなくなる学食で、くだらない話をしたり、遊びの計画なんかを立てたりするもう絶対に戻ってこない時間。
学食の脇に置かれた申し訳程度のクリスマスツリーを見て、友人の稲田がハッとこちらを見た。
「彼女にクリスマスプレゼントって何を買えばいい?」
稲田君には人生で初めての彼女がいた。クリスマスを来週に控えた彼は不安でいっぱいのようだった。
「クリスマスプレゼントが無いことで別れるカップルは4割もいるらしくて……」
そんなにいるわけないだろ。その数字はどこから来たんだ。
「なんか、自分じゃ買わないような高めの化粧品とかいいと思うよ~」
近くにいた女の子がとても有益なアドバイスをした。その子はスマホで人気の化粧品のページを開き、稲田に見せてくれた。めちゃくちゃいい人。
その様子を見守っていると、稲田は怒ったように口を開いた。
「いや、口紅とかあげたらさ、俺がキスしたがってるって思われるじゃん!」
絶対そんなことない。
「どうすればいいんだよー!」
唖然とする女の子の有益なアドバイスを無視し、僕らに救いを求める稲田。
僕らに聞かれたってそんな正解を答えられるわけがない。
「買いに行きたいから付き合ってよ!」
その日の夕方、冬休みの前日。
暇だった男4人で、稲田のために巨大なショッピングモールに向かった。
ショッピングモールにて
そこには超有名なブランドから100円ショップまで何でも入っており、「あそこに行けばなんとかなる」という安心感を大学生に与えるには十分な場所だった。
モール内を4人で見て回る。僕らはちゃんと稲田の彼女がよく身に着けているブランドのお店に行き、マフラーなんかを見ながら「これいいんじゃない?」とか「白より黒のが似合いそうだね」とかまともな意見を交わしていた。そして気付いたら張本人の稲田がいなくなった。
「どこに行った?」
「なんなんだあいつは?」
一旦店から出て、3人でモール内を探す。
まだそんなに遠くには行っていないはずだ、近場をしらみつぶしに探すぞと、誘拐犯みたいなセリフで周囲を見回す。
1人の友人がわりとすぐに稲田を視界に捉えたらしく、指をさして言った。
「居た! ……えっ?」
驚いた声と指の先には、でっかい空気清浄機を嬉しそうに抱えた稲田がいた。
どうして?
「これ、結構いいやつだから絶対喜ぶと思う」
意味不明なことを言ってくる稲田を僕らは止めた。全力で止めた。質の問題じゃない。大きさの問題だから。
「お前クリスマスにそれ持っていくつもりなのか」
「その場合彼女はそれを持って帰るんだぞ」
「相手のことを考えて選んだか?」
否定を続ける僕らに稲田は続ける。
「いや、違うよ。彼女の部屋、空気悪いから」
何が違うんだ。なんてことを言うんだ。
「そんなに言うならやめるよ、こっちの湯たんぽにするよ」
別に小さければいいってわけじゃないぞ。
結局僕らが考えたチョイスなんかに意味は無く、稲田が「良い」と判断したものに意見をする形となった。
彼が次から次へと持ってくる灯油式のヒーターや、パンダの着ぐるみみたいなモコモコのパジャマとかを頑張って止めた。ちゃんとずっと冬を意識したチョイスをしているところも腹立たしい。
1時間くらい見て回った頃、ある店の一角か専門の店かは忘れたが、ジブリ作品のグッズを数多く取り扱うところにたどり着いた。
「あ! 彼女『魔女の宅急便』大好きだからいいかもしれない!」
稲田が目を輝かせる。正直無難なものにしてほしい気持ちはあったが、そんなに大好きな作品があるのならそれに関連するグッズもいいのかもしれない。
いちいち否定するのはもうやめよう。僕らだって最高のチョイスが出来るわけじゃない。プレゼントなんて結局は、相手が喜べばそれでいいんだから。魔女の宅急便のアクセサリーや革製品なんかも結構置いてあったし。
彼女のことは稲田が一番よく知っているはずだ。もう任せればいい。もともと、外野が口出しすることじゃなかったのかもしれない。
「これに決めた!」
ポケモンマスターみたいなセリフが聞こえた。決まったらしい。良かった。
でも一応、一応確認だけしようかな、せっかく付いてきたし。一応ね。
さ、どれにしたのかな?
「ラピュタの置時計!」
絶対いらなくね?
それはパズーの家をモチーフにしたような大きな置時計。わからない人のために説明すると、まあ、茶色い民家みたいなやつ。
多分だけど普通にいらないと思う。置時計って使わないと思うし。まさか魔女の宅急便以外からチョイスするとは思わなかったし。
「彼女、ラピュタも好きなの?」
「いや、それは知らないけどこれ良いと思うんだよね」
「絶対いらないと思うけどな……」
「ラピュタの置時計には、一緒に落ち着いた時を刻んでいきたいって意味もあるし」
無いだろそんな意味。
あるの? それラピュタである必要なくない?
僕らがまあまあ反対したこともあり、結局その日は何も買わず解散。
そのまま冬休みに突入してしまった。
クリスマスを終えて
特に帰省を必要としない、実家に住まいし者たちによる飲み会が年末にあった。
少し遅れて到着すると、隅っこの方で誰とも馴染めていない稲田を見つけた。
「プレゼント、結局何にしたんだ?」
「ああ、結局サプライズみたいなのは諦めて、彼女と一緒にあのショッピングモールに行ったんだ」
「それはいい、相手が喜ぶものをあげるのが一番だよ」
「で、ラピュタの置時計のところ行ったよ」
「そこは行かなくていいんだよ」
「『これめっちゃ良くない?』『これが玄関にあったら帰ってくるたびに幸せな気持ちになれると思う!』『本当は俺が欲しいくらいだよ!』とか、俺もプレゼンを頑張ったよ。でも彼女、ラピュタ見たことないって言ってさ」
「なんであれだけの自信が持てたんだ」
「最終的に、『これじゃないほうがいいかな』って言われちゃってさ」
「最終的にじゃないよ、最初からいらなかったと思うよ」
「なんか欲しいものある?って聞いたら、彼女の友達がティファニーのネックレスを誕生日に貰っていたらしくて、それにちょっと憧れたなんて話をしてきたんだよ」
「おお、いいじゃん」
「で、ちゃんと言ったよ」
「ん?」
「ネックレスは、『縛り付ける』って意味があるから。俺は束縛するような男じゃないよって」
全然何言ってるのかわかんなかった。
コイツお賽銭に絶対5円玉しかいれないんだろうな。
「えっと……」
「でね、それでもさ、彼女が何か欲しいとか言ったのってそれが初めてだったんだ」
「ん? うん」
「それは尊重しないといけない気がしたんだ」
「おお……」
少し、笑みがこぼれた。
正直、無理やりにでもラピュタを選ぶような奴だと思っていた。
空気清浄機のくだりから感じたがコイツは相手でなく自分のために選ぶからだ。
でもそんなのは勘違いというか、少しの過ちだった。
落ち着いて考えればちゃんと、相手の意思を尊重して思いやれる人間だったんだ。
「ティファニー、結構、高かったよw」
「絶対そうだよなあw」
「バイト増やさなきゃw」
「そうだなw ちなみにどんな形のにしたの?」
「ああ、」
「ティファニーの、コインケースにした」
どうしてそんなことになるの?
「ティファニーの中で最も女子が使わなそうなものをよくぞ」
「これをキッカケに使ってくれればいいなと思って」
「なんで財布にしておかなかったんだ」
「財布は高くて……でも渡したとき『え……?』みたいな反応されて、トラウマだよ」
「彼女からしたらクリスマスに彼氏から、ティファニーの水色の紙袋渡されて、ネックレスとかより大きめの箱なんだろうな、ワクワクしてそれ開けたら意味不明の革っきれが入ってるわけだから」
「でもコインケースには、コインのようにずっと一緒にいたいって意味があるんだ」
ホントにそうなの? あるの? 自分で作ってない? そもそもコインってずっと一緒にいなくない?
冬に生まれた男
2月。
時は流れ、進級できそうな目途もハッキリと立ってくる季節。長い長い春休みに何をするか、サークルではどういう活動をするか、学食に集まりそんな話をしながら手帳を少しずつ埋めていくもう二度と味わえない時間。
映画製作のサークルに所属していた僕は、特殊な映像編集ソフトを持っている稲田の家に用事があり、授業の後にお邪魔させてもらうことになった。
「使っていいけど、俺先々週誕生日だったからコーヒー買ってよ」
先々週の誕生日ってもうそういう感じの有効期限って切れてる気がするけど、ソフトを使っていいなら特に不満もない。
自販機でコーヒーを2つ買い、稲田の家に入る。
明かりをつけた稲田がすぐに、入り口の棚に目をやった。
「それ、彼女に誕生日プレゼントで貰ったやつ」
玄関では、ラピュタの置時計が時を刻んでいた。
電波塔のストラップ
電波塔のぬいぐるみストラップという意味不明のお土産を貰い、数年前にそんなことがあったなあと懐かしみながら、その日は稲田の家に泊めさせてもらった。
翌日、朝日が差し込むリビングでストラップの穴に指を通し、クルクルと回す。
あいつにとってはこの電波塔マスコットも、ラピュタの置時計も、本当にいいものだと思ってたんだろう。ネックレスや時計みたいに、これにもなんか意味はあるのだろうか。
クルクルと回していたら指から抜けて、電波塔はソファの方に飛んで行った。
「おい! そんな雑に扱うなよ! 俺が欲しいくらいなんだからな!」
そんなに推せる熱量が分からない。貰ってからずっといらない。絶対に持て余してしまう未来が見える。「じゃあお前にやるよ」と思ってしまう。置時計をプレゼンされたあの子も同じ気持ちだったんだろうな。
「そろそろ出発するよー?」
玄関に向かった稲田の声が聞こえる。
ストラップを拾って玄関に行き、気になっていたことを聞いてみた。
「これ、どういう意味でくれたの?」
稲田は当然のように、すぐ回答してくれた。
「一緒に脚本をやってた人たちで今もそれに近い活動してるの、俺の周りだとマキヤだけだから。ライターって大変だと思うけど、これからも色々、発信していってほしい」
まさかそんないい意味が込められてたのかと笑ってしまい、ストラップはノートパソコンのケースに付けた。
カバンから出すとき引っかかって普通に邪魔なんだけど、とりあえずずっと付けてようかな。
fin