あれは昨年の夏の出来事です。その日僕は、昼飯を外で食べようと地元の町を歩いていました。牛丼屋、ラーメン屋、回転寿司……いろいろな選択肢が思い浮かびますが、たまには普段行かない店に行こうと思い、ある喫茶店に向かうことにしました。

 

その喫茶店は地元ではそこそこ有名な老舗で、僕も過去に一度だけ行ったことがありました。料理はおいしく店の雰囲気も良かった記憶があるのですが、元々喫茶店に行く習慣がないのであまり足を運ぶ機会がなかったのです。久しぶりに訪れたその喫茶店で僕は、カツカレー、そしてオレンジスカッシュを注文しました。

 

注文してまもなく、まずはオレンジスカッシュが運ばれてきました。グラスに注がれオレンジスライスが添えられた、何の変哲もない見た目のオレンジスカッシュです。しかしそれを一口飲んだ瞬間、衝撃が走りました。

 

間違いなく、僕が今までに口にした飲み物の中で一番甘かったのはこのオレンジスカッシュです。ファンタオレンジにさらに砂糖をスプーン何杯かブチ込んだような、原液のシロップに炭酸ガスを無理やり封じ込めたような……。水をチェイサーにしなければ飲み進めるのが困難なほどです。ほとんど暴力的と言っていいほどの甘さに、僕は目を白黒させることしかできませんでした。

その上こってりしたカツカレーまで頼んだものですから、それら全てを平らげて店を後にする頃にはほとんどほうほうの体になっていたことを覚えています。これが原因というわけではないですが、その喫茶店にはそれ以来行っていません。

 

あれからおよそ1年。そろそろ「甘すぎるオレンジスカッシュ」の衝撃も薄れてきた頃合いですが、今になって思うのは「本当にあの喫茶店のオレンジスカッシュはそんなに甘かったのか?」ということです。

あれほど甘いオレンジスカッシュを常時提供しているのだとしたら、それは狂気の沙汰であると言わざるを得ません。あの日あの時に限って店員さんが作り方を間違えてしまったか、あるいは僕の味覚が一時的に変調をきたしていたと考える方がまだ納得がいきます。いずれにせよ、真相を確かめるには再びあの店に行ってオレンジスカッシュを注文するほかありません。

 

というわけで、約1年ぶりに例の喫茶店へやって来ました。プライバシー保護のためモザイクをかけていますが、店構えはよくある町の喫茶店といった雰囲気です。実際、他に注文したメニューは普通においしかったので、なぜオレンジスカッシュだけがあんなに甘かったのか謎が深まります。

 

入店してメニューを確認すると、やはりありました……「オレンジスカッシュ」の文字が。少なくとも、「甘すぎる」とクレームが入ってメニュー自体が廃止になったりはしていないようです。1年前の状況を再現すべく、オレンジスカッシュに加えカツカレーも注文します。

 

数分後、ついにオレンジスカッシュが運ばれてきました。因縁の相手と対峙したような緊張が走ります。あの恐るべき甘さがフラッシュバックしそうになりますが、もはや引き返せません。グラスにストローを挿し、一口飲んでみると……

 

驚きました。別に甘すぎないのです。いや、確かに甘味は強めではあるのですが、大騒ぎするほどのことではありません。むしろ、スパイシーなカレーと合わせるならちょうどいいくらい。この1年間、僕はいったい何を恐れていたのでしょう。

 

狐につままれたような気分のまま、オレンジスカッシュとカツカレーを完食しました。以前とは異なり、今は心地よい満腹感が全身を包んでいます。あの「甘すぎるオレンジスカッシュ」は、夏の暑さが見せた幻だったのでしょうか。

というか今思えば、あの時のオレンジスカッシュもこれくらいの甘さだったような気もします。時間とともに記憶が誇張され、オレンジスカッシュの化け物を頭の中で作り上げてしまっていたのかもしれません。申し訳ございませんでした。

 

なお、念のためレモンスカッシュも注文してみたところ、こちらはより甘さ控えめで爽やかな味わいだったことを補足しておきます。

 

店を出ると、夕暮れ時の涼しい風が頬を撫でました。心の小さなささくれが取れたような、清々しい初夏の一日です。こうやって誤解を一つ一つ解いていき、世界や他人を過剰に恐れたり憎んだりせず生きていけたらどんなにいいでしょうね。ほら、空はこんなにもきれいですよ。今すぐUFOが飛んできて何もかも焼き尽くせばいい。

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なっちゃん
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