書店をうろついていたら、ある図鑑を見つけた。

 


スチュアート・ファリモンド『料理の科学大図鑑』(熊谷玲美、渥美興子訳/河出書房新社/2018)

タイトルを見る限り、料理にまつわるあれこれを科学的に紹介する大図鑑なんだと思う。著者はスチュアート・ファリモンド博士という人で、アメリカで出版されたものが日本語訳されたっぽい。

わざわざ日本語版まで作るということは相応の価値があるに違いないと思い、料理好きライターのみくのしんさんと読むことにした。

 


左・筆者の鬼谷  右・みくのしんさん

「料理は科学」とか言うけど、さすがに図鑑で学ぶイメージは無いよなあ
みくのしんさんはこれまではどうやって料理の技術を身につけてきましたか?
親が料理する姿とか、実際に食べた料理の味とか思い出しながらなんとなくやってきたね
実際そんな感じですよね。今日はそのなんとなく知識で裏付けるための勉強をします

みくのしんさんの料理は、今日から科学になるでしょう

俺の料理が、科学に!?

 

まずは帯を読む


気になる問いが帯に並んでますね。「肉に塩をふる最高のタイミングはいつ?」とか
これは焼く直前だと思う
「野菜の栄養を最も吸収できる料理法は?」
野菜は生より火を通した方が良くて、茹でると栄養が水に流れ出ちゃうから蒸しが正解だね
「トウガラシの種はホントに辛い?」
種は辛いよ
全部答えるじゃないですか
好きなんだよ。そういうの

 


申し訳ないけどこれは全部当てちゃってるわ! 肉の塩は直前、野菜は蒸し、唐辛子の種は辛いです! これは絶対にそう! もう読まなくても分かる!
その思い込み、スチュアート・ファリモンド博士が全てぶっ壊します
絶対に負けない

 

美味しさは脳から


いきなり頭の断面図とともに体のどの器官がどう機能しておいしさを感じるのかが説明されてますね
「舌に届くより前に、香りが鼻から流れ込む」か。たしかに鼻も大事なんだよな〜

 


鬼谷は飯食った後に鼻をかむともう一回味がするということを知ってる?
知りません。なぜ?
口の奥の方に溜まったおいしい空気を味わえるんだよ。だからこの図は本当なら、鼻の外から流れこむ香りだけじゃなくて内から出ていく香りの説明もあるべき
なるほど! 品性には欠けるから博士は絶対にそんなこと推奨しないでしょうね
この本はマナーがしっかりしすぎている。俺も監修してあげればよかった


(後でよく読んだらこの仕組みも書いてありました。「食後に鼻をかめ」とは言っていませんが)

 

聞いたことはあるメイラード反応


意味は知らないけど名前だけは知っているメイラード反応の説明ですね。こんな序盤に出てくるってことは重要なのかな
……ダメだ文字が多すぎる! 鬼谷、一瞬で読んで一瞬で伝えてくれ!
了解です!

 


理解しました。ざっくり言うと、アミノ酸(タンパク質を構成する物質)は加熱すると周りの糖とくっついておいしくなるということっぽいです
甘さはうまさってこと?
甘さを足せばうまく感じるというより、A(アミノ酸)とB(糖)に熱が与えられると、新しくうまい物質Cが生まれるという感じですかね。肉にはもともと微量の糖が含まれているからそのまま焼くだけでもうまくなるし、さらに砂糖とかを加えれば反応が活発になるとのこと
へえ……この世界ではそんなことが決まってるんだ
違う宇宙から来た存在?

 

肉を学ぶ


肉でけーー!!!
図鑑ならではの迫力ですね

 


肉について、「たいていの部位はほとんどが筋繊維でできていて、その7085%は水分だ。ジューシーさを保つには、この水分を逃がさないようにしたい」
そうそう! だから塩のタイミングも重要なんだよね
人の体も60%は水とか言いますけど、改めて「肉の80%が水分」って言われるとビビりますね。肉の調理なんてほぼ水を扱ってるようなもんだ

 


「肉に塩をふるタイミングはいつか」
出た! 表紙にあった問題だ!
自分が先に読みますね
オッケー、俺は頭の中で科学しておくわ

 


水分が大事ってことは、早めに塩を振っちゃうと水が出ちゃうからできるだけ遅くしたいわけだよな……。えっ、じゃあもう焼く前じゃないんじゃない!? 焼いた後!? そんなことあるか!? これまでずっと焼く前に下味つけてきたのに!? 下味どうすんの!? 博士!? 下味どうすんの!?
「加熱前の肉に塩をふる目的が味付けだけなら、タイミングはいつでもかまわない」
……ん?
「直前にふると表面に塩水の層ができる。これをふき取れば、肉の水分が減って、焼き色がはやくつく。前もって塩をふるメリットは、長時間おくことで塩が表面のタンパク質を『変性』させるため、肉がやわらかくなる。約40分ではっきりと効果が出る」
つまりどういうこと?
表面に早く焼き色をつけたいだけなら直前に振って、それ以上に肉を柔らかくしたければ40分前から振っておけということですかね。ただし味付け目的ならいつでもいい
ほお……
塩という調味料はあらゆる目的に沿った使い方ができる、ということでしょうか。なんか正解がひとつポーンと出るわけじゃないのも真実という感じがある
ああ、マジの勉強ってことか

 


「完璧なステーキを焼く方法」
これ気になる! でもさっきの感じだと「完璧」の意味も場合によるんじゃないか?
「完璧の意味は人それぞれだが、基本的なルールはいくつかある」
全く同じこと言ってるじゃん! 俺は博士と会話してるのか!?
「ジューシーで風味豊かなステーキにするには、霜降りがたっぷりとある厚い肉を選ぶ」
……ん?
「風味をさらによくするには最後にバターを加え、」
……博士?
「溶けたバターをスプーンで肉にかける」
どうした博士? そんなのうまくなるに決まってるだろ?
テクニックだけで乗り越えられるのかと思ったら普通に「うまい食材はうまい」と言われましたね。でもちゃんと実用的な疑問への回答も提示してくれてますよ。焼く前に肉を室温に戻すのは加熱時間短縮のメリットよりも細菌増殖のリスクが高いとしたうえで「肉を強火で焼けば表面の細菌は死滅するが、肉に広がった毒素は完全には消えない」とのこと
ああ、そういえばギャラクシーさんも言ってたな

 


「毒は、死なない。」って
オモコロ運営会社バーグハンバーグバーグ社員のギャラクシーさんがそんなこと言ってたんですか
だからこれは本当だ
ギャラクシーさんが言ってなくても信じてほしいですけどね

 


いい肉を選ぶときのポイント「不快ではない、ほどよいにおいがするもの
え? あ、たしかに……。ちょっと不快になる匂いもあるし、普通に嗅げる肉の匂いもあるよね
あの嗅げる匂いがあることはちゃんと良いことだったんだ。短い文章だけど、ずっと誰かに言ってほしかったことを的確に言ってくれている……
このページの中でもここだけ明朝体だしフォントサイズも大きいよ
「不快ではない、ほどよいにおいがするもの」。この一文、読めば読むほどすごいぞ……。こう言い切るための研究の陰をはっきり感じます
聞いてるか博士、俺と鬼谷には伝わってるよ。博士の努力が。

 


ごく一部だけ読んでこの情報量、やばいですね。全部知りたいと思えることしか書いてないからきりがない
図鑑でここまで読めたの初めてだよ

 

卵を食べていい数


卵は1日1個で育ってきたけど!? どうなの!?
「現在、国際的な栄養摂取量ガイドラインのほぼすべてが、1週間に食べていい卵の個数の上限を撤廃している」
マジ!? 食い放題!? コレステロールとかやばいと思ってたけど大丈夫なの!?
遺伝的にコレステロールに注意すべき人以外は、基本的には脂肪の多い食事によって体内で生成されるコレステロールの方が危険で、食品にもともと含まれているコレステロールはあまり大きな問題じゃないらしいです
いくつ食べてもいいなら、卵って安くてうまくて栄養も摂れてマジでむて……
「卵は多くの栄養素と抗酸化物質を含んでおり、無敵だといっていい」
ぅおい!!俺もまさに「無敵」って言おうとしてたよ!!!
言われそうだなと思ったので博士の言葉で被せました

 


 

以上、「わかるわ……」「実際そうなんだ……」などとぶつぶつ言いながら読んでいたら1時間経ってました。今日は肉と卵の部分しかご紹介できませんでしたが、魚・野菜・果物・穀物・乳製品・調味料・調理道具などについてもまんべんなく解説されています。超まんべんないです。

最後に、冒頭で触れた「野菜の栄養を最も吸収できる料理法は?」という問いの答えを確認したら、「野菜によって違うし、そもそも加熱すべきかどうかもバラバラ」という感じでした。

ただ、それぞれの野菜について適した調理法や加熱すべきかそうでないかの理由が具体的に記載されているので、一回読んで覚えるというよりは家庭に1冊置いて人生規模で参照していくぐらいの使い方がいいのかもしれません。料理に慣れている人が読むのはもちろん、ここから料理を始めるのもアリだと思います! 一人暮らしを始める人へのプレゼントとかにもいいかも。

余談ですが、アメリカで出版された本ならではの特徴として

・米を調理するページに炊飯器やしゃもじが出てこず、鍋で炊いた米をフォークで混ぜている
・ゆで卵の10倍ほどの情報量でポーチドエッグの作り方が紹介されている
・ポップコーンの弾け具合が6段階で図解されている

などといった異国の食文化が垣間見えるのも面白かったです。

 

なお、「唐辛子の種は辛いのか?」という問いについては、「当然辛い」と主張していたみくのしんさんの見解とは異なる「種にほとんど辛さはない」という事実が記載されており、対するみくのしんさんは異論を唱え続け、最終的に「俺が食べる唐辛子は種が辛い」と言っていました。これもみくのしんさんの料理が科学になっていくために必要な過程だと思うことにします。

本では「種が辛くないならどこが辛いのか」「そもそも辛さとはどういう感覚なのか」といったことについても紹介されているので、気になる方はぜひ読んで確かめてみてはいかがでしょうか。

知らないことを知る楽しさもあるし、すでに知っていることの正しさを確認することもできる『料理の科学大図鑑』おすすめです! 食材が腐りにくくなるこれからの季節、料理を楽しもう!

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