「この前、旅行したときに行った地元うどん屋が最悪だったんですよ!」
ある日、知人Aが言った。
「マズかったんですか?」
「味の問題じゃなくて、店主の態度が最悪なんです。店内を店主がウロウロしてて、なれなれしく話しかけてくるんですよ」
「何て?」
「『うどんって何色か知ってっか?』」
「え?」
「……何色だと思います?」
「白……?」
「ハマってしまいましたね、店主の罠に」
「どういうこと???」
「店主はそれを引き出そうとしてるんです。私も同じことを言ったら、すごい小馬鹿にした顔で『違うんだよな~、白いうどんはニセモノ。本物のうどんはクリーム色なんだなぁ』って言ってきて!」
「うわぁ」
「しかもそのあとに出てきたうどん……フツーに白いんですよ!」
「面白い」
「他にも近くのうどん屋の悪口とかすごい上から目線で聞かせてきて、うどんを味わうどころじゃなくて……最悪だったんです!」
「それは大変でしたね」
「恐山さん」
「はい」
「そのうどん屋、行きませんか」
「なぜ?」
最悪なうどん屋の攻略
知人Aは「前回はやられっぱなしで負けたので、次こそ攻撃に備えてリベンジして勝ちたい。あの最悪なうどん屋に」と語った。うどんに勝ち負けが絡んでくる時点で何かがおかしいが、気持ちはわかる。それに、そんなに「最悪」を連呼されるような店は単純に気になる。この目で見てみたい。
興味を持ちそうなライター仲間数名に「最悪うどん」の概要を伝えると、3人が興味を示してくれた。いずれもわざわざ最悪を目の当たりにしたがる選り抜きの悪趣味な人間といえる。
知人A、恐山(筆者)、そしてライター仲間のB、C、D。計5人でリベンジに挑むことになった。
とりあえず、レビューサイトで最悪うどんの情報収集をしてみる。
■店主が口うるさい
■味は美味しいが…
■店主の上から目線がひどい
■他店の悪口を言う店主
山のように出てくる「店主がうっとうしい」というレビュー。知人Aの言っていたことは誇張ではないようだ。
●店内で何をするでもなく店主がウロウロしていて、店員の導線の邪魔になっている。
●「なんでウチに来たの?」と喧嘩腰で話しかけてくる。
●「うどんは何色だ」とクイズを出してくる。白と答えると得意げに「本物のうどんはクリーム色、小麦の色なんだよ」と言ってくる。そのあと出てくるうどんは黄色みがかっているといえばいるが、普通に白い。
●「うちは手打ちなんだ。隣の○○屋、よく見てみて。手打ちって書いてないでしょ。機械で打ってるんだ。ニセモノだよ。このあたりで手打ちなのはウチを含めて3店舗だけ」と言ってくる。
●「では残りの2店舗はどこなんですか」と聞くと大声で怒鳴られた。
●出身地を言ったとき、そこが別のうどんの産地だと全否定してくる。
●話をよく聞く客には小鉢を増やすなどのヒイキを公然と行う。
●いきなり「隣のうどん屋の秘密を教えてあげようか?」と言ってきて、頼んでもないのに創業当時の白黒写真を見せて「ウチの隣、見て。竹やぶでしょ! 創業○○年なんて嘘~♪ 真っ赤な嘘~♪ 竹やぶで~す」と言ってくる。
このような口コミが無数に出てきた。
「すごい……憎たらしさがすごい…」
「いったい何人に同じことを言ってるんだ」
「NPCの敵キャラみたい」
「あっ、口コミ見てたら思い出してきた! 前に行ったときは店主に『お客さん出身どっち? ○○県? ならウチに○○県の有名俳優Oが来たことも知ってるよね? え、知らないの? じゃあ~ニセもんだ(笑)』って言われたんだった! 今になって血が煮えてきました!」
「すごすぎる」
これからこの店に行くのかと思うと不安になってきたが、初見で殺されてしまった前回と比較すると今回は攻略情報がたっぷりある。口コミを見る限り、店主は本当にマシーンのように同じことを繰り返しているらしい。ならば、ある程度対策を立てられそうだ。
「どうせなら、店主関連のイベント全部見たいですね」
「一周でイベント全部見る方法ってないのかな」
「せっかくなら新規ルートも開拓したい」
「『うどんの色は?』って訊かれたら、『何色でも良い、どうせ糞になったら茶色』って返すのはどうですか」
「でも、それ言ったが最後、ほかのフラグが全部折れる気がする……」
「それは勿体ないなあ。やはり最初は店主の喜ぶPERFECT選択肢を選んで好感度を上げるのがいいのかな」
「最後にどうにか店主を懲らしめられないですかね」
「懲らしめるって何だろう。殺す?」
「さすがに殺されるようなことではない」
「やっぱりバシッと言い返してやったほうがいいですよ。これまでも無数の客相手に同じことを繰り返しているみたいだから、我々がこの負のサイクルに終止符を打たないと!」
「『あなたがゴチャゴチャ言うせいでうどんが台無しだ!』とか」
「それだ」
「『あなたがゴチャゴチャ言うせいでうどんが台無しだ!』」
「『あなたがゴチャゴチャ言うせいでうどんが台無しだ!』」
「いいぞ!」
こうして入念なイメトレを済ませた私たちは、都心から2時間以上かけて最悪うどんの本拠地へ向かった。「スカッとジャパンみたいなことをやってみたい」という欲だけで人はここまで行動できるのだ。
「まだ開店前ですね、並んで待ちましょう」
「あっ、壁に店主や店員の似顔絵ポスターが貼ってありますよ!」
「憎たらしい…」
「それはいいでしょ」
「小さい子どもの似顔絵に『20代目』って書いてある。店主の孫ですかね」
「継がせる気満々だ」
「うどんを打つ以外の未来も与えてやれ!」
「ガラス戸の中から店内の様子が少し見えますけど、あの歩いてるの店主じゃないですか?」
「そうですそうです! あいつ~!」
「あっ、店主の後ろを子どもがついて歩いてる!」
「20代目!?」
「すでに鬱陶しい接客を学ぼうとしている!?」
「やめろ! その道の先は闇だ!」
「見えなくなった……」
「もうすぐ開店だし、そろそろ戦いが近づいてきているのを感じる」
「ここ初めて?」
「「「「「!?」」」」」」
なんと、店主が見えなくなったと思いきや、いつのまにか麺打ち作業ディスプレイ用の窓から顔を出してこちらに話しかけてきた。店外で完全に油断していたところでいきなりバトルが始まって驚く一同。
「ここ初めて? 何で知ったの?」
(え!? どうする? どうします!?)
(じゃあ俺が……!)
ライターBが対話に応じることに。移動中のバスで放った「絶対に倒す」という宣言が頼もしい男だ。
「はい。初めてです。えーと、知人の勧めで来ました……」
「あ、そうなの」
「ここらはね、手打ちの店は3軒しかないんだよ」
もう来た。
噂に聞く「手打ち自慢」を初手でかまされて硬直するライターB。
「あ、へぇー。そうなんですね」
「看板見てみて。ね。手打ちって書いてあるでしょ。隣の店の看板見てみて。書いてないでしょ。みーんなニセモンだよ」
そして流れるように隣店dis。想像を超えるスピードで連撃が来た。まだ入店してないのに。
「はぁー。すごいスね……」
「どこから来たの?」
「えーと、東京のほうから」
「東京の○○区わかる?」
「ああ、はい。わかります」
「○○区××駅」
「……あー、一回くらい通ったことなら」
「△△通り」
「いやー、ちょっとわかんないですね」
「じゃあ東京人じゃねえな(笑)」
バタン
「え!?」
「こんなコミュニケーションの終わりある???」
「ビビった~……」
「まさかこのタイミングで遭遇するとは…」
「っていうか全然反撃できてなかったじゃないですか」
「胸ぐら掴んでKISSしてやればよかったのに」
「いや無理ですって!! まさかあんな勢いで来るとは思わなくて、なんかシュンとしちゃいました……」
「『ぶっ倒す』って言ってたのに……」
「でもたしかに、あれに反撃するのは難しい」
「スマブラ上手い人にハメられてるみたいだった」
そして、いよいよ開店。店の前にはすでに10人ほど並んでいた。店主はあんな感じだが人気店らしい。
「けっこう混んできましたね」
「まずいですね……あまり人が多いと、店主のエネルギーが分散してしまう」
「しかし注文のタイミングでチャンスはあるはずです」
「○○温泉に来たの?」
さっそく来た!!
「はい。そうなんです~」
「温泉まんじゅう食べた?」
!?
なんだこの質問は。攻略本には書いてなかったぞ。
しかし知人A、なぜかこの質問にうろたえない。
「はい、さっき食べました!」
「どこの店?」
「○○屋です」
「○○屋か……………」
「正解っ☆」
正解出た!
「○○屋は本物の温泉まんじゅうだよ。あと△△屋って店も美味しいからね。食べてみるといいですよ!」
「そうなんですか! わかりました~」
「え!? Aさんなんで正解できたんですか?」
「実は、前に来たときも同じ質問をされて、別の店を答えたら全否定されたんです。次こそはと思って備えてきました」
「だから朝、不自然に温泉まんじゅうを買っていたのか…」
「ループものと展開が同じじゃん」
「でもさっきの店主、そんなにイヤな感じじゃなかったですね」
「確かに。ちゃんと良いものは褒めるんだ……」
「不正解なら客を全否定する時点でおかしいんだけど」
フロアに目をやると、外国人団体客を相手に英語で接客する店主が見えた。
「たぶん鬱陶しい接客も店主なりにもてなしているつもりなんでしょうね」
「たしかに、ずっと動き回って人と喋ってますね」
「……」
そして、注文したうどんが到着。おそるおそる、麺をすする一同。
「これは……」
「美味い……」
「美味いですね……」
ちょっと食べたことがないくらい美味しかった(でも色は普通に白い)。
「え、なに。こんな美味いんですかあの店主が作るうどん」
「なんか……悔しいな……」
壁には創業当時の白黒写真が飾ってある。店の隣が竹やぶだった。
なんだか、急激に自分の中の何かが萎えていくのを感じる。
「最初の勢いが削がれちゃいましたね」
「……そろそろ会計しますか」
レジに店主が立っていた。
「美味しかったですか?」
「はい、とても。美味しかったです」
「そうか! じゃあよかったらこれ持っていきなよ! うどんの切れ端だけど、今日中に茹でれば食べられるから!」
「えっ。もらっちゃっていいんですか」
「いいよいいよ! 旅行楽しんでくださいね!」
帰りのバスの中で私たちは話し合った。
「美味しかったですね」
「美味しかった…」
「おまけまでもらえちゃって」
「しかも、袋に茹でかたをレクチャーする紙まで入れてくれてますよ」
「あの店主、いい人なんじゃ……」
ライターBが遮る。
「いや、俺は認めないですよ。こんなうどん、客をヒイキしてるだけじゃないですか。くれたのも、都合よく話を聞いてくれて気持ちよかったからですよ。騙されちゃいけない……こんな……」
「でも……」
「なんでしょうね、この気持ち」
「……」
「なんか……『スリー・ビルボード』って映画を思い出しました」
「どんな映画なんですか?」
「娘を殺された母親が、真犯人捜査の進まない警察に怒りを燃やすのですが、結局どこにも振り上げた拳をぶつけるべき悪は見つからないというストーリーです」
旅行前に沸き立っていた義憤はすでに冷え切っていた。噛み切れない麺のように歯切れの悪い結末を抱え、バスは帰路を走る。
本当の悪なんて、どこにもいないのかもしれない。
※使われている写真はすべて事実とは無関係のものです