西暦2000年から2005年にかけてNHKで放送されていた人気番組『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』を覚えているでしょうか。さまざまな業種における歴史の転換点を、労働者の奮闘を通して描いた再現ドラマ番組です。いい感じに大げさな演出が緊迫感を高めてて面白かったんですよ。

 

 

 

そのエピソードが1話ずつKindleでノベライズされていることを知りました。価格は108円と手ごろ。

さっそく、目についた『「パンダが日本にやって来た」~カンカン重病・知られざる11日間』を購入して読んでみました。

 

かなりおもしろかったので紹介させてください。

 

 

「絶対に死なせないでくれよ」

 

 

日本にはじめてパンダがやってきたのは1972年。日中国交回復の証として、田中角栄政権下の日本にパンダのつがい「カンカン」「ランラン」が贈られました。これは有名な話です。

 

では、そのパンダを飼育することになった上野動物園の飼育員はどんな心境だったのか?

 

 

「オス、メス二頭のパンダと聞いたとき、なんかキュッと心臓が絞られるような感じがしました。それは喜びというよりも衝撃そのもので、『とうとう、あれが来る』とだけ思ったんです」

 

 

「とうとう、あれが来る」

当時の上野動物園における飼育係リーダー、中川の心境です。

 

なぜここまでの緊張がみなぎったのか。それはパンダが「未知の生物」だったからにほかなりません。

 

何しろこの当時の日本におけるパンダは伝聞でしか存在を知らないレベルの珍獣であり、職員の中でも中川ひとりしか実物を見たことはないというレベル。そんな生き物をいきなり「飼育する」となれば、喜びよりもプレッシャーが勝るのは当然です。

 

「絶対に死なせないでくれよ」

この言葉を聞いた瞬間、中川は血の気が引くのがわかった。そして背中に水をかけられたような気がした。

「あー、これは大変なものを背負うことになったな。それが実感でした」

そのとき、それまで漠然と感じていた不安みたいなものが、一気に吹き出てきた気がしたのだ。

 

日本中から集まっている珍獣パンダへの視線。もし飼育がうまくいかず死んだりすることがあれば、外交問題になりかねない状況。読んでるだけで胃に穴が空きそうです。

 

 

パンダの情報がなさすぎる!

 

 

さて、飼うとなった以上、パンダがやってくるまでに可能な限りの準備を勧めなければいけません。

 

リーダーの中川は、パンダの飼育担当者を2名選びました。

人になつきにくいトラに心を開かせた「トラの本間」こと本間勝男(52)

そして、糞や壁の傷までを観察して健康状態を測る獣医の田邉興記(32)です。

 

もちろん2人ともパンダを見たことすらありません。頼みの綱は中国から送られてくるパンダの情報。しかし、届いたテレックスはペラ1枚で、内容は名前と餌の種類だけ。

しかも情報によれば、届くパンダは野生のパンダらしいのです。野生のパンダはストレスに敏感なので、環境の変化についていけずに死ぬことも珍しくありません。

 

 

中川の作戦は、こうだった。
まず、パンダを園内の動物病院に隔離して、徐々に慣らしていこう。そのときに病院で検疫の検査もしよう。幸運にも来日するパンダは子どもで、本の写真などを見ると、犬くらいの大きさのようだ。毎日抱きかかえて、人に慣らそう。そう考えていた。

 

しかし、この作戦はパンダが届いてすぐに破綻することになります。パンダは想像よりはるかに大きかったのです。

 

「パンダがクマ並みに大きかった。本当にびっくりしました。これは猫じゃなくて猛獣だと思いました。子どもだから抱ける大きさだと思い込んでいたんですよ」

 

この時点で2歳のカンカンは55キロ、4歳のランランは88キロもあったそうです。

 

 

手探りの奮闘

その後も飼育チームには数々の試練が立ちはだかります。

 

餌を食べてくれない、一般公開スケジュールが延ばせない、中国から来たスタッフがぜんぜん飼育方法を知らない…etc…

本当に何もわからないので「ともかく高級な笹がいいんじゃないか」と最高級寿司に使うクマザサをあげてみたりします(食べなかった)。

 

なんとかパンダが飼育員に心を開き、餌を食べてくれるようになっても、次の試練は大量のマスコミと詰めかける一般客。

懸念したとおり、オスのパンダ、カンカンがストレスから風邪を引いて寝込んでしまいました。

 

やむなく一般公開は一時的に中止して治療に専念することに。しかし、下手に抗生物質を与えたら善玉の腸内細菌を殺して体調を悪化させかねません。かといって、病気のパンダに何を処方すべきかというデータなど誰も持っていない……。

 

獣医の田邉が出した答えはこうでした。

 

「漢方薬はどうだろう」

そのときの様子を田邉はこう言う。

「パンダは中国の動物だし、副作用のない生薬の漢方薬なら、初期の風邪にはいいんじゃないかと思ったんです。パンダの主食の笹も漢方薬の原料の一種。餌と同様、自然に近いもののほうがいいと思いました」

 

え~~~!?

あまりにもあんまりな発想ですが、これで本当に治ってしまうんだからすごい。

 

 

そして7年後。ランランは妊娠中に死亡。カンカンもしばらくしてこの世を去ることになります。

 

 

手に汗握る実話が30分で読める

 

プロジェクトXの緊迫した雰囲気が文章で見事に再現されているので、一気に最後まで読んでしまいました。

一冊108円(2018/12現在)、読了まで30分足らずというコンパクトなサイズ感もいい感じです。ちょっとした長距離の電車移動のお供に購入してみてはいかがでしょう?

 

 

 

 

 

読みながらBGMとして「地上の星」を流すのもよさそう。