みんなで楽しく鍋を食べているとき。

鍋の締めも近くなり、「そろそろ雑炊にしようかな〜」というタイミングで……

 

自分のお椀から汁を戻す!

この行為について、みなさんはどう思いますか?

 

「汚いだろ!」「絶対無理!」「なんでそんなことすんの!?」という完全なNG派もいれば、

「ダメなの?」「スープがもったいないじゃん」「実家では普通にやってたけどな」という容認派もいるでしょう。

ときおり話題にあがる、この「お椀の汁を鍋に戻す行為」の是非。

今日は、両者ともに納得するまで、徹底的に議論していきましょう!

 

 

題して!

 

 

 

 

 

まず、「汁を戻すなんてありえない!」「考えたこともない!」「なんでそんな発想になるの???」

そんなナシ派のメンバーはこちら!

 

 

オモコロ編集長。好きな鍋はすき焼き。

オモコロライター。好きな鍋はモツ鍋。

オモコロライター。好きな鍋はおでん。

 

 

まず一人目のナシ派は、オモコロ編集長のみくのしん!

普段は、飲食店に行くたび他のテーブルに置かれた食べ残しの皿を物欲しげに眺めるなど、食に対して貪欲な男。

そんな食い意地が満帆に張っているみくのしんですが、「鍋の汁を戻す行為」についてはナシ派として参戦!

さっそく、意気込みを聞いてみましょう!

 

断然ナシです!

僕は、食べ物をムダにするのが苦手なので、他人の食べ残しも許されるなら平気で食べることができます。

でも! そんな僕でも! この「鍋の戻し汁」だけは、どうしても無理!!

衛生面とかいろいろ事情はあるでしょうけど、とにかくあの「音」がダメなんです!

スープを鍋に戻すときの「チョロロ……」という音が聞こえると、気持ちが一気に「洗い場」って感じになります。

食事じゃなく後片付けのモードになるので、鍋も食べ物に見えなくなるんですよね。

 

かつて、友だちと一緒にラーメンを食べてるときに、そいつが残したスープをいただいたことがありました。

でも、それが気持ち悪くて……とても悲しい思いをしたんです。

そのときに気付きました。同じ食べ残しでも、スープ類には「食べていた人の体温」が宿っているんです。

ぬるいとか冷めてるとかじゃなく、「その人の体温になってる」ので、他人が食べても美味しくないし、楽しくないんですよ。

衛生的にどうなのか、とか、難しいことは分かりませんが、まず「食べ物を最後まで美味しくいただく」という僕の理念に反する行為なので、断固拒否します!

 

衛生面ではなく、味、音、温度など、五感に訴えかける主張を展開するみくのしん。

食を大事にする彼ならではの論陣を張っていますね。これはナシ派にとっても心強い味方と言えるでしょう。

 

 

続いてのメンバーは、オモコロライターのかまど!

みくのしんとは対照的に、食に関して非常にルーズな性格。「このあとどうせお腹がすくから」という理由で食事を始め、その食べるものも「明日もどうせ何か食べるから」という理由で適当に選んでいるそうです。

「こいつは反射で食事をしているだけ」「自由意志がない」「食の哲学的ゾンビ」と囁かれているかまども、鍋の戻し汁問題にはNGを表明!

彼はこの問題をどう捉えているのか!?

 

ナシです。

正直、昔は「家族間なら理解できるかな」「イヤだけど、他人にこれをやられても、ギリ我慢できるかな」くらいの消極的なアリ派でした。

しかし、コロナ禍を経て、衛生観念がすっかり変わってしまい、今はもう生理的に受け付けない体になっています。

いま他人にこれをやられたら……指摘はしないものの、途端に「お腹いっぱいでさ〜」とかごまかして箸を置くと思います。

それ以上食べるのは無理すぎる。

 

ただ、アリ派の言い分もいくらか理解できます。

「家族だったらいいでしょ」とか「自分の箸を鍋につける人もいるじゃん」とか。その辺りを主に攻めてくるのではないでしょうか。

そんな相手側のロジックが分かるだけに、真っ向から言い負かす自信があります!

対戦よろしくお願いします!

 

なんと、容認派から寝返ったかまどが参戦!

これはアリ派としても、かなり手強い相手となるのではないでしょうか。

 

 

3人目はオモコロライターのヤスミノ!

ずぼらな性格で、多少の不衛生も許容できる器量の持ち主。

同僚から「普段、歯磨きをしてる?」と、人としての尊厳に差し障りのあるレベルの進捗確認をされるほど、衛生面に関しては信頼のない男です。

そんな彼でも、鍋の戻し汁についてはナシ派として参戦!

 

無理!!!!!

というか、これまでの人生で、これをアリとしている人を見たことがないです。本当にいるんですか? 都市伝説の類ではなく?

冷静に考えてください。他の料理でそんなことできますか?

これがたとえば、パスタだったら。みんなで各自パスタを食べてて、食べ終わったらみんなのミートソースを集めて、また別の料理を作り出すってことですよ? イタリア人じゃなくてもブチキレるでしょ。

なぜ鍋だけは、これがアリになる可能性を孕んでいるのか、甚だ理解できません。

 

トイレのスリッパでリビングに踏み込んだら、なんかイヤじゃないですか。もし、「いやいや! リビングとトイレとでは、細菌の数は変わらなくて〜」などと理屈を並べられても、このイヤな感覚は拭えないでしょう。

鍋に汁を戻す行為も、それと似ています。

これはもう、汚いとかそういう話ではなく「穢れ」の思想からくる感覚。理屈ではなく、魂が不浄なものとみなしてしまっているんです。

たとえ、アリ派の人たちが、「衛生上、何の問題もない」という科学的なエビデンスを示そうとも、僕の意見が変わることはないでしょう。

 

ナシ派のなかでも、ひときわ強い意思でNGを示していたヤスミノ。

しまいには、「そんなに他人の汁がほしいのなら、他人の取り皿から直接飲め」など、極端なことを言い始めていました。それは話が違う。

 

 

ということで、オモコロを代表してナシ派の3名が揃いました!

それぞれが別角度で明確なNG理由をもって、この場にのぞんでいるようですね。これを打ち崩すのは難しいのではないでしょうか!?

 

 

これに対して!

「気にしすぎだって」「お鍋に汁を戻すことの何が悪い」「汁が減ったら雑炊ができないじゃないか」

そんなアリ派のメンバーはこちら!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おわり)