矢車は会社の階段をいつもより機嫌よく降りていた。贔屓にしている野球チームが、相手の本拠地で3タテを決めたのである。単純にリズムを文字で表すと、「タン・タタン・タン、タン・タタン・タン」と言ったところか。右足の膝を軽く折って、左足の膝をまた軽く折り、リズミカルに階段を降りた。誰がどう見ても浮かれていた。普段、洞窟の中で仕事をしているのかというほどに暗い顔をしてパソコンを叩いている姿からは想像もつかないほどに、まるで「雨に唄えば」を踊るジーン・ケリーかのように、本人の中では優雅に、軽やかに、宙を舞うように階段を降りていた。その日、やや天候はぐずついてはいたものの、雨は降っていなかった。表情はややこわばっているようにも見えたが、彼なりに最大限、表情筋を弛緩させているつもりであった。
矢車はとある一部上場企業の経理課勤務であった。妻、娘との折り合いは悪かったが、世帯を持っている一般の中高年と比べても大して差はない、と第三者から見ても評価できるほどに、そして本人の自己評価もそうであるほどの家庭仲であった。取り立てて蔑まれているわけでもなく、かといって毎日朗らかに、笑いの絶えない家庭かと言われれば憚られる。そんな具合だった。
会社での評価も、可もなく不可もなく。やることはきっちりやるタイプだが、決して求められている以上のことはしない。同期は管理職に昇進している者も少なくなかったし、はじめの頃は焦りめいたものもないではなかったが、出世をしようとすれば、少なからず「無理」をしなければならぬ。「無理」は一時的には続くが、決して持続しない。無理し続けられる者だけが出世する。あるいは、無理をせずとも、元来が有能で、気配りができて、周囲から好かれるか。生まれつき後者のタイプではないことは自覚しているし、「無理」も持続できないとなれば、彼は、流れに身を任せ、水の如く、川の如く生きることしかできなかった。ブルース・リーの格言に「Be Water, My Friends」というものがある。直訳すれば「水となれ、友よ」。しかしこの言葉には前段がある。「water can flow or it can crash」だ。「水は流れることもできれば、ものを砕くこともできる」と。矢車は「流れることもできる」の部分だけが忠実に水であった。
そんな忠実な水、こと矢車が、謝罪会見を開くこととなった。
普段とは違う、ご機嫌なリズムで階段を降りたことが事の発端であった。
あの日、彼がご機嫌なリズムで階段を降りていると、その様子を目撃した部下の佐々木が、普段不機嫌な面構えで過ごしているくせに、いやにご機嫌なお調子で階段を下りていることに、まず不安および不快感を覚えた。不安に感じた主な要因としては、いま、我々は中間決算のタイミングであり、絶対に遅れてはならぬ決算関連の細かい資料を作成している途中であった。もしこれが遅れたら最後、会社の窓という窓から中国の旧正月のごとく爆竹が放たれ、オフィス街は白煙に包まれ、その間に我々社員一同は、必要最低限の書類、帳簿や賃金台帳や各種契約書や個人の年金手帳をひっつかんで表に飛び出して行方をくらまさねばならず、ならびに「机の中にしまいっぱなしの誰かが伊豆に旅行に行った際に土産品として購入してきた大判の海老せんべい」「社員旅行のグアムで開かれたビーチフラッグ大会で、当時新入課員、その後公認会計士の資格を獲得し、会社を即座に辞め、会計事務所勤務としてステップアップした山田君が優勝して獲得したトロフィーおよび記念写真」「会社のゆるキャラ"ピャーポちゃん"のプリントされたノベルティ用の、1本18円という信じられないほどの廉価で発注されたボールペンの在庫の山」など不用品の一切合切をどさくさに紛れて処分してしまえるのが不幸中の幸いともいえた。
そして不快感の原因、それはごくごくシンプルで単純な理由、50代のおっさんがご機嫌そうであったからだった。この生理的嫌悪感と呼べるもの、誰かが何かや別の誰かを嫌う時の常套句であるところの「生理的に受け付けない」といったフレーズ、今の世の中多様性であったり、見た目で人を判断することはあってはならないという価値観であったりが叫ばれているけれども、生理に訴えかけられ、そのことが原因で生じる「不快」という感情が湧かないようにするためには、極論、感情を司る脳の部位、扁桃体や前頭前野にまんべんなく熱湯をかけなければならない。「理由」を聞かれた際に、あれこれと後付けをすることは容易いが、好きなもんは好き、嫌なもんは嫌、という動物的本能の前に理屈や理性はどうしても後から追いかける形でしか対応することができない。ダメなものはダメだから、よろしく!と国連で決まったとしても人間であることが最前提である、という事実は覆りようがないのだ。もし「ゴキブリだって尊い生命なんだから、殺してはなりませんよ」という「努力義務」を課せられたらどうする?「努力義務」というところが変にいやらしいではないか。守っていれば損しかないし、守っていない連中に逃げ道を与える。かと言って家の中を走り、飛び回るゴキブリは気持ちが悪い。このアンビバレントな状況に縛られているストレスが塵のように積もっていく。
会社には、ハラスメントの専用窓口というのがある。この窓口は人事部の責任者に繋がっており、何かしらの苦情を投げかければ、とりあえずは一時対応に向かいますよ、解決するかどうかはさておき。といった目的で設置されたものだ。おそらくこの窓口に対して何かしらの相談事項が投げられ、実際に解決へと向かった事案は存在しない。とはいえど、権限というものは行使しなければ意味がないと佐々木は一丁前に考えたので、この相談窓口のメールフォームに「矢車課長からハラスメント行為を受けました」と報告をした。具体的な中身を書かずに。
その報告を受けた人事部長の柿本は、【ハラスメント相談窓口からのお知らせ】というタイトルのメールを2週間放置していた。【】(スミ付きカッコ)で囲われているメールを見ると、頭が勝手に【健保セミナーのご案内】とか【ちょっと得するパソコン豆知識@情シス】のように「読んでも読まなくてもいいもの」フォルダにそれらを仕分けてしまい、開封すらせず、その他大量に押し寄せるメールの山の下敷きにしていた。
そのまた2週間後、再びメールボックスに【ハラスメント相談窓口からのお知らせ】が届き、月中の金曜日の昼下がり、もっとも時間が空いていて、土日は軽めの登山を控えていたけれどどうも天候が怪しいから、「家のこと」でもしようか。と考えていた。「家のこと」っていうのは、主にエアコンのフィルターや換気扇の掃除のことである。もっと正確に言えば、朝起きて、妻の作ったご飯を食べ、妻や娘と他愛もない話をして、エアコンのフィルターや換気扇の掃除をし、スーパーに行って、プロ野球を見ながら缶ビールを飲み、眠ることである。こういった1日が年2日ほどあって、死ぬまでにあと60日ほどある。
話を戻すと、人事部長の柿本は、そういった余計なことだけしか考えていないくらいに暇で、心に余裕のあるタイミングだった。そういった心に余裕のあるタイミングだったからこそ、たまたまスミ付きカッコ付きの【ハラスメント相談窓口からのお知らせ】が目に留まったのだった。メールを開封すると、経理課課員の佐々木が「先日も相談した者です。放置するつもりですか。社員をないがしろにする会社は消えるべきです。これ以上放置するならば、労働基準監督署に訴えますよ。残業時間の計算をシステムでごまかしている件まで含めて報告します」とのっぴきならない内容であった。人事部長の柿本は青ざめて、これは放置しておくわけにはいかん、まずい、即座に報告せねばと人事総務部門執行役員の岩井に連絡した。この時点で、エアコンのフィルターと換気扇掃除のことはすっかり頭から消え、柿本家のエアコンのフィルターと換気扇の汚れはそのままになり、今年高校受験を控えた柿本家の長女、柿本綾はハウスダストとともにウイルスを吸い込み、免疫力が下がって、発熱を伴う風邪をひき、塾の夏期講習を受けられず、第一志望の高校に落ちた。
人事総務部門執行役員の岩井は、国公立大学の理系学部を出ており考え方はロジカルそのもの、製造部門や品質管理部門で手腕を振るったが、単純に身体が大きかったので、上に置いておいたらみんながびびって組織が閉まるんじゃないかという理由で人事総務部門の責任者となった。人事総務部門の責任者であるから、この会社で行われるすべてのハラスメント、パワー、セクシュアル、マタニティ、モラル、スメル、アルコール、リモート、ホワイト、鬼滅の刃、などなどは全てのべつ幕なしに徹底的に撲滅・殲滅・撃滅せねばならなかった。ハラスメントの撲滅を強要するためのハラスメント、いわばハラハラとも言うべきその態度は、周囲の人々に圧迫感や威圧感を与え、皮肉なことに、彼の存在そのものが「歩くハラスメント」「ビッグ・ハラスメント・ユニット」と化していた。かつてメジャーリーグを代表する左腕、サイヤング賞を5度も受賞しているランディ・ジョンソンでさえ「ビッグ・ユニット」としか呼ばれなかったのである。しかし人事総務部門執行役員の岩井は、それを上回る「ビッグ・ハラスメント・ユニット」であった。
直訳すれば「大きな迷惑物体」である。人事総務部門執行役員、もといビッグ・ハラスメント・ユニット岩井は、190センチの肉体をのっしのっしと揺らしながら、件のハラスメント被害を訴えた佐々木から「ヒアリング」をするために予約しておいた会議室に向かった。ちなみにこの会議室の予約は社内予約ツールを通じて利用する本人がしなければならない決まりになっていたが、入社後30年を経過してもう新しい知識の入る余地が頭に全く残されていなかったビッグ・ハラスメント・ユニット岩井は自分で会議室の予約をすることができず、部下の人事部長柿本に「おい」と一任した。言うまでもなくこの行為自体もハラスメントであったわけだが、ビッグ・ハラスメント・ユニット岩井にとって、40代以上の男性に為される言動に関してはハラスメントとは認められないという認識であった。
そして人事部長柿本にとってみても日常茶飯事であるからハラスメントとも思っていない。こういった「別次元の穴」に吸い込まれていったハラスメント行為というものが我々の住む世界と違う時空、いわば「マルチバース」に流れ込んでいって、別次元の人事部長柿本が猛烈な不快感やストレスを抱えているのである。ある朝、急に頭が痛い。体が重い。それらの原因の明確ではない不調を、人々は「低気圧」とか「季節の変わり目」とかのせいにしていたけれど、それらの説はすべて間違いであり、真実は「並行世界から流れ込んできた行き場のないハラスメント行為によるマイナスエネルギー」が原因だったのだ。だから我々は薬を飲んでもヨガに通っても根本解決にはならない。マルチバースに暮らす自分自身の平穏無事をただ祈ることしかできないのである。
ビッグ・ハラスメント・ユニット岩井は、佐々木から件のハラスメント行為についてヒアリングを行った。経理課課長の矢車が、ご機嫌なリズムで階段を下りていたというのである。最初はビッグ・ハラスメント・ユニット岩井も「いや、そんな些細なことでハラスメント窓口に連絡してくるだろうか。そんなはずはない。佐々木の世代は私が最終面接にまで関与して採用しているのだ。私の人を見る目に曇りがあるはずはなく、よしんばそうであったとしたら私自身の評価に絡んでくる。まずい」と他の原因を佐々木から探った。しかし佐々木は「矢車課長が階段をご機嫌に下りていた」の一点張りを貫き通した。
さすがにビッグ・ハラスメント・ユニット岩井も「こいつさては、やばいんじゃないか」と疑念を抱いた。それしきの理由で、設置以来初のハラスメント窓口に投稿が入るなんて。ビッグ・ハラスメント・ユニット岩井はさすがにこのことだけで上司である矢車課長を叱責するつもりにはならなかったが、とはいえ反対側の意見も確認しておかねばフェアではなかろうと、佐々木と入れ替わりで矢車課長を呼び寄せた。矢車はうろたえたし、自分がご機嫌に階段を下りていただけでビッグ・ハラスメント・ユニット岩井と広い会議室でタイマンになるなんて思ってもみなかったから災難であった。話し合いの末、とにかく普段からコミュニケーションを取っておらず、日常会話が不足していたのが原因だろうから、矢車君も佐々木君の様子には注意してくれたまえ、とのお達しを出すに留めた。
しかしながらこの出来事は少なからず経理課内の空気に影響を及ぼした。びびった矢車課長が、必要以上に課員にコミュニケーションを図るようになってしまったのである。いつ、誰が、どこで不機嫌になるか、私を通報するか、わかったものではない。一たびこういった出来事があると全員に対して疑心暗鬼になる。疑心暗鬼な暗い心とは裏腹に、ごくごく自然な無味無臭な振る舞いが持ち味であった彼が、若手女性のネイルのカラーがグリーンからイエローに変わったことを褒めてみたり、金曜日に午後休を取ったあとの行き先を尋ねてみたりした。いや、褒めてみたり、尋ねてみたり「してしまった」。長年染みついた性格や気質が今さら意識的に、器用に変えられるはずもない。「価値観がアップデートできておらず」といった原因でやらかす芸能人がたまにいるが、何十年と生きてきて「よし、明日から価値観をアップデートしよう」でアップデートできるんだったら、それは人間ではなくてロックマンとかの仲間に分類される。ロックマンと言っても最近新作がまったく発売されなくなってしまったので、ロックマンをものの例えに持ち出すこと自体が価値観のアップデートができていないとも言える。
ほどなくして、ビッグ・ハラスメント・ユニット岩井のメールボックスに【ハラスメント相談窓口からのお知らせ】が届かない日はなくなった。中身は匿名の、矢車課長に対するセクハラ告発。あだ名で呼ばれた。いやらしい目で下から上まで舐め回すように見られた。福利厚生の結婚相談所を紹介された。全て矢車課長にとっては意識的に良かれと思ってやっているだけにすぎないが、今の時代どれをとってもライン越えである。先日の呼び出し後に彼に何があったのか定かではないが、ここまでの声が上がっているとなると人事総務部門執行役員として見過ごすわけにはいかない。矢車課長は頻繁に、会議室で叱責を受けるようになった。内容が内容ではあるが、巨体の上司からの差し向かいでの叱責、これも十分な圧力とも言える。矢車課長は会議室に閉じ込められて、来る日も来る日も圧力をかけられ続けた。人間は、というよりも物体は、強力な圧力が加わると動かなくなる。柔道で横四方固めをかけられているかのように、矢車課長は微動だにできない。しかも実際に覆い被さられているわけではなくて、視線と存在感のみで制圧されているのだ。
そして、圧力が加わり続けた物体は、今度はどうなるか。潰れるかあるいは爆発するかするわけだが、矢車課長は後者だった。といってもいきなり頭が吹き飛んだわけではなくて、目の前の会議室用机を渾身の力を込めてひっくり返した。それは無意識下の行動だった。視線と存在感による圧力をかけられ続けた結果、矢車課長の両肘の関節に力が加わって、前触れなく重たい机を、いとも容易くひっくり返してしまった。生存本能に危険信号が灯ると生き物は無意識下に潜在能力を、「火事場のクソ力」を発揮するというが、矢車課長は「死」が明確に脳裏にチラついた結果、目の前の机をひっくり返し、この場からなんとか脱出せねばならないという、「人間」よりも先に「霊長目ヒト科ヒト属」としての生存本能が働いたのである。会議室から轟音が鳴り、何人かの社員が駆けつけた。咄嗟に飛び退いたビッグ・ハラスメント・ユニット岩井が唖然とした表情で立ち尽くし、矢車課長も何事が起こったのか、自分でもはっきりと認識できていない様子で呆然としていた。
矢車課長も管理職の端くれ。管理職がストレスの限界で会議室の机を持ち上げてひっくり返したというショッキングなニュースは社内中に知れ渡った。管理職は「気がおかしくならない」という暗黙の了解でそのポジションに据えられているのである。そうでなく、役職についていない社員の気がおかしくなって、机をひっくり返そうが、昼休みに外出したかと思えばそのまま沖縄に飛んでいようが「そういったこともあるよね」で済んでしまう話だが、管理職となるとそうもいかないのである。矢車課長はしばらく会社を休むように命じられた。
矢車課長は「行けます」と言ったが、会社からの指示となれば休まないわけにはいかない。年に5日の有給休暇取得が義務付けられてから、「休む」といった行為をこれまで一切してこなかった管理職たちが、業務命令の下に無理やり休むことになり、家にパソコンを持ち帰ってこっそり仕事をするようになった。「休む」をしてしまったが最後、その間に溜まっている業務を誰かがリカバリーしてくれるわけでもない。ひたすら業務は溜まっていく一方で、尻を拭く、ケツを持つのは自分なのである。止まった歯車をもう一度回すのにはかなりのエネルギーが要る。それならば、ずっと歯車として回り続けるほうがよっぽど楽なのだ。サラリーマンとは止まったら死んでしまう悲しきクロマグロである。
中間決算の忙しい時期に経理課管理職の矢車課長が抜け、その皺寄せで大量の業務が回ってきた佐々木も「もうええわ」と飛び、爆発四散した業務の硫酸を浴びたほかの職員たちも逃げていき、経理課は立ち行かなくなってしまった。ありとあらゆる経理にまつわる業務が滞り、急遽アウトソーシングできるだけの小回りも効かず、にっちもさっちも行かなくなって、全ての業務に差し障り、契約不履行や製品の納品遅れ、などにも繋がっていった。代表取締役社長の北大路は、「謝ろうか。みんなに」と判断した。めちゃくちゃ謝るということ、めちゃくちゃ謝って済むようなレベルや範疇を大いに超えてはいたが、今更誰かの手によって収拾がつくような状態ではなくなっていた。
某月某日、某ホテル某の間
北大路物産 謝罪会見
北大路物産 代表取締役社長 北大路
「本日は、お忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。このたび、私ども北大路物産において、ありとあらゆるご迷惑。ありとあらゆるご迷惑が発生しましたこと、深くお詫び申し上げます。もう、あの、本当に、ちょっと、通常では考えられないレベルの迷惑。お願いされていたことも全然できなくなってしまいましたし、電話とかも、結構かけていただいていたんですけれども、それどころではなくて、でもあれなんですよ。みんなどこかに行ってしまったんですよ。私たちも、なるべくかかってきた電話には出られるようにね、普段からもちろんしているんですよ。会社だから。かなり会社なので、当然その体制は敷いていたんですが、みんな辞めてしまったんですよね。こんなことになるちょっと前に。だからこう、単純に人が居なくなってしまいまして。あと、それぞれの仕事の担当者もどこかに行ってしまいましたので、「あれ、どうなってるんですか?」とか言われても、わからないんですよね。”すみません。わかりません”と答えるしかないのです。わからないもんはわからないから。だから今日は、この場を借りてお伝えしたい。”すみません。全部わかりません”と。何故なら、私、社長なんですけど、社長って意外と誰が何してるかとかわからないんですよ。ここ2、3年に入ってきた子たちの顔とかもぼんやりしか覚えてないですし。年もあると思いますけど、誰が誰とかね。特に若い人のことなんてわかりません。あと、すみません。ほとんどメールも返せてないと思います。多分みんなのパソコンにね、大量のメールが溜まっていってるんでしょうけれども、パソコンって、パスワードがかかっているじゃないですか。パスワードを解除できる担当者も辞めてしまいましたので、すると、これらのパソコンが、ただのつるつるの箱になってしまうんですね。ノートタイプであれば、つるつるの板。記者の皆さん、ちょっと考えてもみてくださいよ。こんなつるつるの箱とか板の中に、大事なものがしまわれすぎなんですよ。もう今や、スマホ。もっと小さい。表札ぐらいしかないじゃないですか。でも、この中に取引先のお客様の大事な情報がたくさん、しまってあります。いや、しまってありました。それもたくさん漏れました。でもね、漏洩、漏洩って言いますけれども、情報っていうのは水ですからね。それこそ。みんなで共有すべき。独り占めにしてはいけないんだ。そして、小さな穴からいとも容易く漏れていくわけで。情報っていうのは水。うまいこと言ったと思いませんか?
週刊ウェンズデイ 記者
「今回の責任は、どなたにあるとお考えですか?」
北大路物産 代表取締役社長 北大路
「強いていうなら、会社、と、社会。広く申し上げて、その辺もね、色々なところに散らばっておるわけで。明確に誰っちゅうのはないですかね。あとはなんだ。セクハラ、パワハラ。なんとかハラ、たくさんありますね。私なんて昭和30年代の生まれですからね。全部のハラスメントを喰らってきたわけですよ。学生時代はボート部でしたけれども、裸で芸をやらされたりとか、強い酒を無理やり飲まされたりとか、そんなものはしょっちゅうでしたよ。だから、いい年になったらね、下の世代にやり返したくなるものなんですよね。人間なんて。それをやってしまえば終わりなわけですからね。無論ね。自分がされて嫌なことは、人にやってはいけない。自明の理。ただ、我々が損しかしていないのもおかしいと思う。なんとか私は、親が会社やってたもんで、会社をね、継げましたけれどもね。あ、すみません、そういったわけで、ハラスメントを他人にするのはね。控えないといけないんですけども、同族企業の長男ですからね。そりゃあハラスメント。しちゃいますよね。というかね。私の存在自体がもうハラスメントみたいなもんですよ。しょうがない。生まれただけ。生まれたらみんなに気を遣わせる。会社のお金で、いい車に乗る。いいマンションに住む。いい酒を飲む。もう、十分やり切りました。得をしました。この度、ご迷惑をおかけした皆様。誠に申し訳ございませんでした。そして、今回皆さんにありとあらゆるご迷惑をおかけすることになった、その事の発端になったのはこの男。この男でございます。どうぞ」
北大路物産 経理部 経理課 課長 矢車
「えー、この度は、皆さんにご迷惑をおかけしましたことを、心よりお詫び申し上げます。えー、経緯と致しましては、すごくあの日、機嫌が良くてですね。阪神が、東京ドームでジャイアンツ相手に3タテ。3連勝を決めたわけですね。ちょっと、だいぶ機嫌が良くなってしまいまして。会社でそのことを思い出してしまいました。本来であれば、仕事のことだけを考えるべき場所であるところを、阪神タイガースのことを考えてしまい、申し訳ございません。阪神タイガースのことを考えていまして、そうしたら、つい足取りが軽くなりました。階段をこう、いつもだったら、なんてことなく、一段一段、一歩一歩踏みしめるようにして降りるんですけれども、その日に限っては”タン、タタン、タン、タタン”みたいなリズムで降りてしまったんですよ。それを見ていた私の部下が、不快感を覚えた。それが全ての始まりでございます。ただ、確かにこう、阪神タイガースのことを考えていたのは事実です。会社ではないところでも、会社のこと以外は興味を持ってはならず、会社でも会社のことを考える。会社のこと以外を考えていいのは、一部の仕事のできる、有能な方々だけでした。私みたいな一般人は、ずっとずっと、ずっと会社のことを考えていなければならなかった。そうでもしないと会社に貢献できない。パワハラ、セクハラだって、私自身が”会社の一部”となっておれば、自分の快不快を、誰かに押し付けようなんて感情すら湧かないのです。女性社員がおしゃれをしてきたとしても、私自身が人間である前に会社そのものであれば、”おっ、今日はいつもよりも可愛いな”と感じなくても済むわけですからね。この会社はおそらく今日で終わるでしょう。社長の北大路の話を、お集まりの記者の皆様も聞いておられたかと思いますが、彼はもうボンボンのぼんくらですし、蓄えもありますし、この会社だって道楽でやっていたようなもんですから、今日でトンズラこいたって痛くも痒くもないんですよ。しかしながら私は妻子あるサラリーマンですから。会社がなくなってしまえば、単なる”マン”にすぎない。サラリーが発生しないんだから。”マン”ですよ。”Man”。昔読んでいたウルトラマンの図鑑に、帰ってきたウルトラマンと区別をつけるために、初代のほうのウルトラマンが”マン”と呼ばれていましたけれども、私もいい年になって、ウルトラマンと同じ肩書きになるなんて思いませんでした。そう考えると幸せです。やっと会社を離れて、人間になれた。妻子をどうして養っていくかはまだ何も考えていませんが。”マン”である以上、この国ではなかなか死ねませんからね。なんとかなるでしょう。
この度は、申し訳ございませんでした」
矢車は猛烈なフラッシュに包まれながら、拳をゆっくりと、高らかに掲げた。

JET
オモコロ編集部
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