「はあ・・・」
「くそっ、なんだよあのバカ上司。俺にばかりキツくあたってきやがって。部下も俺の言うことなんて聞く耳持ちやしないし」
「少しはこっちの身にもなれってんだよな」
「ずいぶんとお疲れですね」
「えっ、うわあ!びっくりした」
「なにやらお仕事で苦労されてるようですね」
「え?ああ、聞かれちゃってましたか。これはお恥ずかしいところを・・・」
「いえいえ、人間、時には愚痴りたくなるものですよ。ところでいきなりで申し訳ないのですが」
「私、とある倶楽部の代表を務めておりまして。今度その倶楽部の集会があるんですがよければあなたも参加してみませんか?」
「倶楽部・・・、ですか?」
「“人間椅子俱楽部”・・・?」
「日時はその裏にメモしてあります」
「突然見知らぬ男にこんな話をされて怪しく思うのは当然ですからもちろん無理にとは言いません。ですが私はあなたの話を聞いて我が倶楽部の会員になる素質があると判断しました」
「きっといい気分転換になりますよ」
「それでは私はこれで」
「行ってしまった・・・。人間椅子俱楽部、初めて聞く団体だしちょっと怪しいよな。でも・・・」
「我が倶楽部の会員になる素質があると判断しました」
「きっといい気分転換になりますよ」
「行ってみようかな・・・」
「ようこそ、お待ちしてました」
「屋外かい」
「どうかしましたか?」
「いえ、人間椅子俱楽部なのに外で集まるんだって思って」
「ええ。スポーツは外でやったほうが気持ちいいでしょ」
「しかもスポーツクラブだったとは・・・」
「え?人間椅子っていうスポーツがあるんですか?」
「当たり前じゃないですか。あなた人間椅子をなんだと思ってるんですか」
「先に言われてしまった」
「えっ?じゃあ本当にスポーツの人間椅子を知らないんですか?」
「すいません聞いたことないです」
「なるほどわかりました。ではいちから説明しましょう」
「それではまず、そもそも人間椅子がなにかはご存じですよね」
「文学作品のほうですか?」
「スポーツのほうです」
「スポーツのほうは知らないってさっき言っただろ」
「わかりました!じゃあまずは私が人間椅子がどういうものか実際にやってみせますんで、そこで見ててください」
「よい」
「しょっと」
「どう?」
「『どう』とは・・・」
「道具を一切使わず人体のみを駆使して椅子になりきる。それが人間椅子というスポーツです。まあアイススケートやダンスみたいな表現系の競技ですね」
「あなたは職場で悩みを抱えているようでしたがその原因の一つとして、自分をうまく表現できてないんじゃないでしょうか」
「言われてみればたしかに。人と話しててあまり自己主張はしてないかもしれません」
「そんなあなたにこの人間椅子というスポーツはぴったりです。きっと表現力が磨かれて気持ちを相手にうまく伝えられるようになるでしょう」
「ひざまずいてるだけのクソスポーツかと思ったらそんな効果があったんですか」
「正直半信半疑ですけど、そこまで言うならやってみます」
「よし!それじゃあさっき私がやったのを真似してみてください」
「はい!」
「よい」
「しょっと」
「い、椅子すぎる!!」
「すごいですよ。どこからどう見ても椅子そのものだ。NHKの『みいつけた!』でレギュラーとれますよ」
「ほんとですか。なんか照れるな、コッシー、サボさんと並び立つなんて」
「なんで女の子のポジションに立とうとしてるんだ」
「よおし、有望なプレイヤーが獲得できたしこれでうちの倶楽部も安泰だ!」
「なんかもう入会する方向で話が進んでませんか。それに安泰ってちょっとおおげさじゃないですか」
「おおげさなんかじゃありません。人間椅子界隈は食うか食われるかの弱肉強食の世界なんです。うちの倶楽部だっていつ道場破りに狙われるか・・」
「たのもーっ!!」
「!?」
「あそこに誰かいますよ!」
「あ、あの男は、まさか・・・!!」
「座塚デストロイ!!」
「誰だ」
「人間椅子界隈の天下統一を目指し、いくつもの団体を潰しては傘下に収めてまわっている最強の人間椅子プレイヤーです」
「オラオラ誰が座塚さんの相手をしてくれるんだぁ!?」
「とっとと降参したほうが身のためだぜ!」
「座塚さん、ぱぱっと片付けちゃってくださいよ!」
「さすが座塚、取り巻きまでいるのか」
「座塚さん、はやく帰って桃鉄99年プレイの続きしましょうよ」
「昨日やっとこさ50年が経ったんだから」
「なんならもう座塚さんがいきなり降参してもいいんだから」
「取り巻きの競技への関心が低すぎる」
「シンプルに人望があるのか。あなどれないやつ」
「うちの倶楽部でいまやつと渡り合えるのはあなたしかいない!この倶楽部の命運をあなたに預けました!」
「えっ道場破りが来てるんだしここは代表が戦うんじゃないんですか」
「私はさっきお手本をみせたときに土踏まずをいわしたので」
「どうしてそんな希少部位を」
「キキキ、世界中の団体を潰してまわったがここがついに最後のクラブよ」
「くっ、こうなったらもうやるしかないのか」
「いくぜ!」
「よい」
「しょっと」
「よい」
「しょっと」
「グゲーッ!負けた!」
「決着はやっ」
「それが人間椅子の特徴です。以前、オリンピックの種目を決める会議に提案書を送ったら『はやすぎる』という回答が返ってきたほどですから」
「その『はやすぎる』は多分意味が違います」
「ともあれなんか勝てたみたいだ」
「ありがたい、これで桃鉄ができる」
「桃鉄の次はエアライドでクリアチェッカーゼロからコンプしようぜ」
「仲良いなこいつら」
「世界最強の人間椅子プレイヤーであるこの俺を倒すとは見事だ。俺はもう引退することにするぜ」
「引退ってなにもそこまでしなくても。ふつうに続けたらいいんじゃないですか」
「さっき土踏まずをいわしたから無理だ」
「この競技ってそんなに土踏まずに負荷かかるんですか?」
「いやー、ありがとうございます。おかげで倶楽部は守られましたよ。それに座塚を倒したことであなたが世界最強ですよ」
「そのことなんですけど、やっぱり倶楽部に入るのはやめておこうと思います」
「ええっどうして!競技者はいずれ確実に土踏まずが使いものにならなくなるからですか?」
「土踏まずが心配なのもそうですが、今回初めて人間椅子という競技をやってみて、まだ自分自身で気づいてない才能があるかもしれないって思ったんです。だからいまはいろいろ挑戦してみようかなって」
「そうですか・・」
「わかりました!じゃあ私もそのお手伝いをしましょう。土踏まずも限界だしどうせこのさき引退して暇になるんでね」
「代表!」
それから数年後、2人は椅子に特化した家具メーカー、”H・C・C”を起業。人体工学をガン無視してデザインされた椅子はこれまでの椅子の常識をくつがえすほどの座り心地を誇り、あのトム・クルーズを筆頭に世界中の利用者から絶大な支持を得ることになる。
そしてその企業の本当の名前が
“Human・Chair・Club(人間椅子倶楽部)”であることを知るのはあのトム・クルーズを除けばこの文章を読んでいるあなただけである。