「お腹がすいたし、おやつでも買って帰ろうかな」
「でもなにを買おうかな、クリームパンもいいし、カステラもすてがたいな」
「う~ん、悩む」
「そうだ!左手と右手を戦わせて決めよう」
「左手が買ったらクリームパン、右手が買ったらカステラだ」
「レディー」
「ファイッ」
「すいません、ちょっといいですか?」
「なんですか!?いま真剣勝負の最中ですよ!!」
「邪魔してすいません」
「突然ですがあなた、“ラプラスの悪魔”というものをご存じですか?」
「らぷらすのあくま・・・?」
「ってたしか、人や物、目には見えない大気の動きなど、ある瞬間における森羅万象全ての物質の状態を把握することができればそこから未来になにが起こるか予測できるという学説のことですよね」
「意外とちゃんと知ってるんですね。左手と右手戦わせたりしてるのに」
「でも、自分で意外とか言っておいてなんですけど、私はあなたがそれについて知っているということを知っていました」
「? どういう意味ですか?」
「実は私、そのラプラスの悪魔なんです」
「え~、というとつまり」
「あなたはラプラスの悪魔同様に未来を予測することができて、さっき僕に話しかけたときの僕の返答も前もって予見していたということですか?」
「その通り。めちゃくちゃ話が早くて助かります」
「とてもじゃないが信じられませんね。そもそもラプラスの悪魔はただの学者のいち主張に過ぎず、実体をもった存在ではありません。ひとりの人間がそれと同じ能力をもって未来を予測することなんて不可能です」
「もちろん簡単に信じてもらえるとは思っていません。では、あそこで野球をしてる子ども達を見てください」
「いま打席に立った少年、彼はこれからホームランを打ちます」
「なに言ってるんですか。そんなことわかるわけが・・・」
カキーン!
「そんな、本当にホームランだ」
「ホームランを打った瞬間の相手ピッチャーの苦痛に歪む表情がたまらなく好きなんだよな~!」
「なんだあいつ嫌なガキだな」
「今度はあそこのベンチに座っている会社員風の男性を見てください。彼はこれからくしゃみをします」
「そんなまさか」
「はっ・・・、はっっ・・・」
「ハムナプトラ4っっ!」
「1しかないだろ」
「3までありますよ」
「最後にあなた、そこから2歩右に歩いてください」
「今度は僕ですか?」
「2歩・・・こうですか?」
「はい、そこから真上を向いて大きく口を開けてください」
「いったいこれになんの意味が」
スポッ
「!?」
「慌てなくて大丈夫ですよ。それはただのクリームパンです」
「隣町のボディビルダーが大事な大会が近いのについ甘味の誘惑に負けて購入してしまい、口に入れる直前で正気に返って思わずぶん投げたんです」
「たしかに、咀嚼してわかったがこのクリームパン、強い力で圧縮されている。常識的に考えてボディビルダーが握りでもしなければ、ふつうクリームパンはこういう状態にはならない!」
「あなた、クリームパンが飛んでくることをわかっていて僕をあの位置へ誘導したんですか」
「少年がホームランを打つことも。男性がくしゃみをすることも。全て予知していたということですか」
「その通りです。これで私の言うことが信じてもらえましたか?」
「・・・」
「さすがにここまで根拠を見せられるとあなたの言うことを信じざるを得ませんね」
「それで、ラプラスの悪魔がいったい僕になんの用があるんですか?」
「私はあなたに危機を伝えに来ました」
「危機?」
「10年後、あなたは熊と間違えられて猟銃で撃たれて死にます」
「ええっ!」
「撃たれた瞬間あなたはまんがタイムきららの最新号を抱いてたのですが、銃弾は雑誌ごとあなたの心臓を貫いていました」
「まんがタイムきららを抱いて死ねるならまだ幸運な気もするな・・・」
「ちなみに、10年後のまんがタイムきららはどんな漫画が連載してるんですか」
「巻頭カラーは鈴木グランギニョル先生の『じゃっじめんと☆でぃざすたー』です」
「うお、知らねえ作者の知らねえ漫画だ。10年後だから当然といえば当然だけど」
「でも、いきなり死ぬだなんてあんまりじゃないですか。それに10年ってすぐじゃないですか」
「そんなに気を落とさないでください。私が伝えたのはあくまで未来の予測であって、確定事項ではありません。現に、さっき私の言った通りに動かなかったらあなたは飛んできたクリームパンを食べていません。いまこうしている間にも未来は変わり続けているんです」
「そうか。つまりこれからの行動によっては銃で撃たれる未来を変えられるってことですね」
「でも具体的になにをどうすれば・・・」
「下ネタをやってください」
「し、下ネタ!?」
「あなたが猟銃で撃たれたのは熊と間違えられたせいです。であるならば、熊と間違えられないように未来を改変すればいいのです」
「そ、そうか。下ネタというものは言い換えれば、文明社会が生み出したある種の禁忌を扱ったユーモア。熊には禁忌の概念が存在しないから、下ネタは最も熊から遠い存在ということですね」
「はい。それに、ここでいますぐ下ネタを披露しろというわけではありません。要はあなたという存在を構成する要素の中に、熊と間違えられない程度の下ネタのエッセンスが含まれればいいのです」
「誰かに見せる必要はないので、自宅に帰ってなにか下ネタを考えてください。そうすればきっとあなたの運命は変わるはずです」
「でも、はたして僕に下ネタが思いつくでしょうか・・・?」
「焦らずとも大丈夫です。回避したいのは明日やあさってじゃない、10年後の未来なのですから、落ち着いてまずは自分にできる下ネタからやっていきましょう」
「あなたの行動によって未来が変わったかどうかは毎朝午前4時にわかるので、また明日ここへ来てください。そのときに最新の未来予測をお伝えします」
「アプリゲームの日付更新みたいですね」
* * *
「おはようございます。すいません、お待たせして」
「いえ、待ってはいませんよ。
あなたがここへ来る時間はわかってましたからね」
「そういえばそうでしたね」
「それで昨日あの後、家に帰って僕なりに下ネタを考えてみたんですが10年後の僕はどうなりましたか・・・?」
「ホッチキスち○こ」
「熊と間違えられて猟銃で撃たれて死にました」
「くっ!なぜっっ!!」
「撃たれた瞬間あなたはまんがタイムきららMAXの最新号を抱いてたのですが、銃弾は雑誌ごとあなたの心臓を貫いていました」
「微妙に雑誌の好みが変わってるじゃないですか」
「その通りです。あなたは死にはしたものの、わずかですが未来は変わっているんです。このまま下ネタを続けていけばきっと望んだ未来が待っていますよ」
「まさか下ネタに自らの命運を託すことになるとは・・・」
「ちなみに10年後のまんがタイムきららMAXはどんな漫画が連載してるんですか?」
「新連載は鈴木グランギニョル先生の『なぎなた駆使してオーバーキル』です」
「それ鈴木グランギニョルの方が未来が大きく変わってませんか?前は無印のきららで連載してたでしょ」
「いえ、まんがタイムきららの方も変わらず連載しているので、二つの雑誌をかけもち連載ですね」
「すごいな鈴木グランギニョル」
「因果とはそういうものです。
バタフライエフェクトという言葉があるように、何の関係もなさそうな事柄が意外とつながってるんです」
「まさか僕の下ネタが一人の作家の人生に影響するとは。僕も負けてられない、がんばって未来を変えるぞ!」
「その意気です」
* * *
「おはようございます」
「おはようございます。どうなりましたか、10年後の僕は」
「ハンガーち○こ」
「猟銃で撃たれて死にました」
「くそぉっ!」
「なぜだぁっっ!!」
「撃たれた瞬間あなたはまんがタイムきららキャラットときららフォワードの最新号を抱いてたのですが、銃弾は雑誌ごとあなたの心臓を貫いていました」
「連載陣はぁ!!」
「キャラットでは鈴木グランギニョル先生の『野菜を引き算に使うな』が二話同時掲載、フォワードでは同先生の『3本←双頭のワニの視力検査に必要な黒い棒の数』が増ページです」
「ちなみに『じゃっじめんと☆でぃざすたー』はアニメ3期、『なぎキル』はアニメ1期の製作がそれぞれ決定しました」
「勢いが止まらないなぁ鈴木グランギニョル!」
「・・・」
「どうしました?」
「いや、なんか、下ネタを考えるのにも限界を感じてきて・・・」
「やっぱり向き不向きってあると思うし、僕には下ネタなんて向いてないですよ。それにどれだけがんばっても自分と関係のない漫画家の方が成功していってますし」
「そもそも熊と間違えられないようにするなら下ネタ以外にもできることはたくさんあると思いますし、自分が苦手なことを続けるよりもできることを探した方が・・・」
「馬鹿野郎!」
バキッ
バキッ
「あなたには下ネタの才能があります!自分で自分を信じなくてどうするんですか!」
「なんで2回殴ったんですか?」
「でも、おかげで目が覚めました」
「僕、やります。下ネタを。そして未来を変えてみせます!」
「そうです。あなたの未来はあなた自身の手で切り開くんです!」
「やってみせる!最強で最高の、パーフェクトな下ネタを!!!」
* * *
「────その顔、」
「あなたが下ネタにどれだけの思いを込めたのか伝わってきます」
「・・・10年後の僕はどうなりましたか」
「昨日は僕にできる全てを下ネタに注ぎ込んだつもりです。これでダメならもう未来を変えることはできないでしょう」
「もはや自らの死を受け入れているんですね。そこまでの覚悟とは・・・」
「予測は出ています。10年後のあなたは────」
「ハンガーホッチキスち○こ」
「ぐっ・・・!」
「いやダメだ!」
「こんな同じようなことの繰り返しじゃあ未来は変えられない!」
「進化するんだ、未来をつかみとるために」
無意識のうちに彼は目を閉じた。
そして呼吸を整え、心を鎮めた。
猟銃で撃たれて死ぬという受け入れがたい未来を前にして、それを回避するためにあがき続け、そのたびに挫折してきた彼だが、己の限界を感じもはやそれも眼前に迫ったこのとき、至ったのは明鏡止水の境地であった。
澄んだ心には一点の曇りも陰りもなく、月を写す水面のように静謐で満たされていた。
そのとき、一瞬にも満たないわずかな瞬間ではあったが彼の魂は肉体を離れ三千世界を俯瞰した。
神仏と同じ視点をもち、悟りにふれた彼にはつい先程まで見えなかったものが見えるようになっていた。
そして彼はただ静かに、その穢れなき眼で下ネタを見つめた。
「────────」
「そうか、ハンガーはもうひとつある。これをこうすれば────」
「ハンガーホッチキスち○こハンガー」
「撃たれました」
「くそおおおっっっ!!!」
「なんでだあああああっっ!!!!!」
「どうして未来を変えられないんだ・・・!」
「完全にピコ太郎のパクリだからか・・・?」
「落ち着いてください。予測には続きがあります」
「たしかにあなたは熊と間違えられて猟銃で撃たれますが、命までは落としません」
「えっ!?いったいどうして!?」
「抱いていた雑誌の厚みで銃弾を止めたのです」
「その雑誌ってまさか!」
「まんがタイムきららグランギニョルです」
「どういうヒットの仕方をしたらそうなるんだ!?」
「あなたは命を拾い、その一件がニュースにも取り上げられ、物理的にも命を救えるということでまんがタイムきららは各誌売り切れ続出。芳文社の株価はappleを超えます」
「さらにきららミラクが復刊して幸腹グラフィティの続編が連載します」
「オール万々歳じゃないか・・・!」
「おめでとうございます、未来は変えられました。全てあなたのがんばりがあったからこそですよ」
「いえ、僕が諦めそうになったときにあなたが檄を飛ばしてくれたからここまでやってこれたんだと思います。それにそもそも僕が10年後に死ぬという未来を教えてくれたのもあなたですし、全てあなたのおかげですよ」
「なに、私はなにもしていません。たしかに私は未来を予測できますが、その中から望んだ分岐に進むのには私一人の力では限界があります。結局のところ、未来を決めるのは個々人の行動なのです」
「だからこの未来もあなたが自分の力でつかみとったものですよ」
「・・・、ありがとうございます!」
「では、私はそろそろ失礼します」
「えっ、もうですか。なにかお礼がしたいので連絡先を、それかせめてお名前だけでも教えてもらえませんか」
「お礼なんていりませんよ。
それに、生きていればいずれまた会う日が来るでしょう」
「!」
「そうですね!生きていずれまた会いましょう」
「それでは」
「チャリで来てたんだ」
数か月後──────
「いやー、書店で見かけてつい買っちゃったよ。鈴木グランギニョルの『じゃっじめんと☆でぃざすたー』1巻」
「将来、爆裂にヒットすることがわかってるから古参面してマウントとれるし、これから鈴木グランギニョルのことは追っていこう」
「・・・ああっ!!?」
「そうか・・・」
「だから僕に下ネタを・・・」