みなさんこんにちは。JETです。
今春より、大阪から実家のある新潟県上越市に出戻りして参りました。
高校卒業までを上越市で過ごしたのですが、久々に町を歩いていると、青春の記憶の数々が蘇ってきます。
というわけで今回は、私と一緒に記憶を追体験していただきまして、共に頭を抱えてくださいましたら幸いです。ついでに上越市の色々な情報も共に紹介していく所存ですので、どうかお付き合いください。
◾️新潟県上越市について

南北に広い新潟県の南西部に位置します。HIKAKINさんの育った妙高市、横澤夏子さんの育った糸魚川市と隣接しています。戦国時代ファンには、戦国最強のひとり、上杉謙信のお膝元として知られます。
新潟県内の人口でいいますと、新潟市・長岡市に次ぐ県内3位の規模を誇ります。
豪雪地帯で知られる日本海ですが、とりわけ上越市は積雪量が多く、2021年1月は24時間に103センチの積雪を記録しました。この冬、家族は車を出すことすらできず、どうにか近隣のホテルに避難したようです。さすがにここまでの積雪は稀ですが、基本的に毎冬とんでもない量の雪に見舞われるため、雪下ろし・雪かきは必須です。

(2021年末撮影。スターバックスコーヒー高田城址公園店)
天候的に言えば今年の夏は、例年の1割以下の降雨量とあって、上越市民の生活用水供給の大部分を担う「正善寺ダム」の貯水率が10%を前後し、市全体をあげて節水に取り組んでいる状況です。7月には31年ぶりに雨乞い神事まで行われ、水不足は深刻です。雨を確実かつ効果的に降らせる方法をご存知の方は連絡ください。
かなり試される土地であるかのような説明をしてしまっておりますが、本来はとても魅力的な町ですので、ここからは写真を交えつつ、上越市の現在の様子をお伝えしていこうと思います。

まず、市街地の中心部にある「高田駅」です。1886年の開業から2015年まではJR東日本信越本線の管轄駅でしたが、北陸新幹線・上越妙高駅の開通に伴い、第三セクターの「えちごトキめき鉄道」に経営移換されました。

こちらが、その昔、私が初めてウィルキンソンの辛口ジンジャーエールを購入した自販機です。それまでカナダドライの甘口ジンジャーエールしか飲んだことがなかった私は、初めて口にする強烈な生姜の味にびっくりして、半分ほど中身を捨ててしまいました。アサヒ飲料の皆様、高田駅舎管理業者の皆様、その節は大変申し訳ございませんでした。

駅からほど近くにある「ガンプラ」こと「雁木通りプラザ」です。「ガンプラ」といえばガンダムのプラモデル、ではなく、「雁木通り(がんぎどおり)プラザ」です。上越市管理のこちらの施設では、市民が会議やスタジオに利用できる多目的ホールを貸し出ししています。
2021年まで「エフエム上越」というコミュニティFMラジオ局が入居していて、中学2年のころ、社会科の職場体験学習として、私を含めて4名で、スタジオ見学や生放送へのゲスト出演体験をさせていただいたのはいい思い出です。その際「職場体験に来ていた中学生の態度が悪すぎる。今後、出入り禁止とさせてほしい」との連絡が私の中学校に入りました。態度が悪かったのはG君とAさんで、私とH君は行儀良く過ごしていました。本当です。信じてください。後日、担当教師と謝罪にうかがった際、教師から陰で「おそらく、JET君とFは悪くないとは思うが」とフォローが入ったのは今でも忘れません。S先生、その節はありがとうございました。

こちらの歩行者用押しボタンは、小学4年生の時に、友人のT君の家に遊びに行く際に道路を渡ろうとしたところ、周辺で交通整理をしていた男性に「押すな!」と思い切り怒られた押しボタンです。時すでに遅しでボタンを押してしまっており、男性は「押すなって言ったのに……。」と不平を漏らしていました。押してほしくなかったら、貼り紙をするなどして物理的に押せないようにしてください。まだ私は納得いってません。

小学校1年の頃、クラスで羊を飼育していて、年の終わりに牧場まで帰る羊を乗せたトラックを見送った道です。クラスメイトはみんな別れを惜しみ、ゆっくりと走るトラックの後ろを追って行ったのですが、飼育当番の日に早く下校できないことが嫌で嫌で仕方なかった私は、「やっと羊が帰ってくれる」とせいせいして、一歩たりともトラックを追いかけなかったのでした。そんな道です。

高校受験の模試を受けた塾です。国語の模試で「旧暦では10月をなんと呼ぶか」と問題が出て、漢字がパッと思い出せず「神奈月」と記入したところ、講師から「神が無い月だから”神無月”が正しいんだ。そんなこともわからないのか」とダメ出しを受けました。私はモノマネ芸人の「神奈月」さんがひどく憎くなりました。

モノマネといえば、2021年にデビューして、2021年から松山千春で食べて行こうとしている上越市出身のモノマネ芸人「輝春」さんです。今のところ、この方について特に思い出はありません。

大正4年(1915年)から営業されている老舗書店「春陽館」さんです。主に近隣の学校の教科書を取り扱っています。小学生の頃「ボスジャン」という缶コーヒー「BOSS」の懸賞品のジャンパーがあって、缶に貼ってあるシールを集めて送るともらえるのですが、友人のK君が商店街中の自販機のゴミ箱を漁ってボスジャンを獲得していました。その自販機の1台が写真に写っているものです。ちなみにK君はノートに魚編の漢字を書きまくるという奇癖があって、それに私は虫編の漢字で対抗した記憶があります。

平成18年(2006年)に閉鎖した映画館『高田中劇会館』の、跡地です。この映画館で劇場版ポケットモンスター第1作『ミュウツーの逆襲』を観て、ピカチュウ同士がシバきあいを繰り広げる様に戦慄したり、第2作『ルギア爆誕』を観て、サトシたちとロケット団がチームを組むのに興奮したりしました。ちなみに第3作『結晶塔の帝王』では伝説ポケモン:エンテイのゲスト声優が俳優の竹中直人氏だったのですが、なんとなく「竹中直人?あのふざけたおっさん?」と萎え、観に行きませんでした。2012年には遺された建物が放火される事件もありました。それからだいぶ長いこと更地のようなので、早く何か建ててください。お願いしますよ。ほんと。

上越市最大の繁華街「仲町」です。夜はスナックや居酒屋のお客さんで賑わいます。高校生の頃夜遊びする度胸もなかった私は、このあたりに特に思い入れはありません。中学校の頃の同級生がバーをやっているとの話も聞きました。たぶん行かないと思います。

上越名物「雁木通りの風景」です。先ほど紹介した「ガンプラ」の名前の由来にもなっている「雁木」とは、雪が積もらないよう、道路側に延長した庇(ひさし)のことです。冬はこの雁木から雪が滑り落ちて、通りはトンネルのようになります。そして、毎月2と7の付く日には「二・七の市(にしちのいち)」という朝市が催されます。小学校のころ、社会科教育の一環で、学年で育てたコンニャクイモを売る、という授業がありました。私もこの朝市でコンニャクイモを売ったのですが、おじいさんに「結構です」ときっぱり断られました。当時はショックでしたが、コンニャクイモからこんにゃくを生成するのなんか死ぬほど面倒なので、いま、私が逆の立場なら同じく「結構です」と言うでしょう。

明治44年(1911年)開館の日本最古の映画館「高田世界館」です。高校までは名画座に行くなんて高尚な趣味はなかったので残念ながら特に思い入れはないのですが、9月26日(金)に私の愛する映画『狂い咲きサンダーロード』のリバイバル上映ツアーで、石井岳龍(聰亙)監督が来館されるそうです。皆さんも絶対に来てください。

最後は、上越市のシンボル「高田城」です。徳川家康の六男「松平忠輝」が築城しました。忠輝は、大坂夏の陣に大遅刻をかましたり、兄である秀忠の家臣を斬殺したり、キリスト教を熱心に布教したりしたのち、徳川家から「いなかったこと」扱いをされて長野県諏訪市に移され、その後92歳まで生きた、という結構めちゃくちゃな人です。上越市といえば、冒頭の通り上杉謙信のお膝元として知られますが、忠輝のことも覚えて帰ってください。この人のおかげで、毎年4月には絢爛豪華な桜が咲き乱れます。
いかがでしたでしょうか。ここで紹介した上越市の魅力は一部に過ぎません。もちろん、米も魚も美味しいです。ひさびさに帰って食べましたが、震えるほど美味いです。皆さんも一度ぜひお越しください。

Grokにて生成、ラーメンと餃子のセット。なんで餃子を丼に入れるのか
私が大学受験に合格し、親類一同で合格記念会を開いた中華料理屋さんに取材許可を依頼したのですが「いや、ちょっと」という理由でお断りされてしまいました。上越市の人は断るのが上手です。ラーメンと、餃子を食べて帰りました。相変わらず餃子が大きくて美味しかったです。もっと売れてからまた来ます。
過去に訪れた場所

JET





神田

犬岡う蔵
金輪財 雑魚






