人工知能が書いたハリーポッター?
AI(人工知能)にハリーポッター全7巻を学習させてハリポタの新作を書かせてみた。タイトル「ハリー・ポッターと山盛りの灰のようにみえるものの肖像」 : カラパイア
http://karapaia.com/archives/52251711.html
「人工知能にハリー・ポッター全巻を読み込ませて生成したら新作『ハリー・ポッターと山盛りの灰のようにみえるものの肖像』を作った」というニュースがちょっと前に話題になりました。
Botnik Studios
http://www.botnik.org/content/harry-potter.html
こちらのページで原文が読めます。
AI ハリー・ポッターの衝撃 – 山形浩生の「経済のトリセツ」
http://cruel.hatenablog.com/entry/2018/01/09/180230
おもしろいので和訳してくれた人もいます。
この『ハリー・ポッターと山盛りの灰のようにみえるものの肖像』、とにかく内容が荒唐無稽です。例を挙げると
・ロンがタップダンスをしてからハーマイオニーの家族を食べる
・ハリーが自分の両目を引き抜く
・ハリーが夏の間ずっと螺旋階段を落ち続ける
など、まさにカオスそのもの。
ハリーポッターを書いたAIは「新しい」のか?
さて、このハチャメチャさを
「AIにしか出せない独創性!」
と評価する人がいる一方で
「こういうのなら昔からあったじゃん」
と言う人たちも、ちょいちょい見受けられました。
実際のところ「支離滅裂な文章を生成できるAI」はすでにたくさんあります。
たとえばツイッターに昔からいるbotアカウント「しゅうまいくん」がそれです。
おふろ入らん?ああいや、時間制っぽいしないならいいんだよ
— しゅうまい君 (@shuumai) January 14, 2018
私も詳しくはよくわかってないんですが、このbotは主に「マルコフ連鎖」という概念をつかって文章を生成し、吐き出しています。
ツイッター上にある膨大なつぶやきを単語レベルでバラバラにし、言葉どうしのつながりの度合いを数値化することで(比較的)自然な文章を作れる、というコンセプトです。
たとえば、「お風呂」のあとに続く言葉を辞書から選ぶとして、その候補リストが
・カレー
・イギリス
・入る
・病気
・タイム
だったとき、参考になる大量の文章データがあれば「お風呂→入る」「お風呂→タイム」という組み合わせが文章として「ありうる」ことがわかるでしょう。これを全ての言葉に対して行えば、知性のないプログラムでも見かけ上は自然な繋がりのある文章を生み出せるというわけです。
しかしながら内容の意味をわかっているわけではないので、
今日こそはクリスマスパーティーで開く係のお姉さんが来るかどうかの議論の的に当たった。
みたいな、その場しのぎでしか意味がつながってない病人のうわごとのような文章になってしまうことが多く、逆にそれがシュールなおかしみを生んだりもします。
表題の『ハリーと山盛りの灰』を一読すると「文法的な破綻はない」「内容が支離滅裂」といった点で、おなじみのマルコフ連鎖を利用して文章を生成してるっぽく見えます。
だとすると、そんなに騒ぐほど新しい技術ではないのかなぁ、面白いけど。と思っていたのですが、ここで改めて開発者のツイートをよく見ると……。
We used predictive keyboards trained on all seven books to ghostwrite this spellbinding new Harry Potter chapter https://t.co/UaC6rMlqTy pic.twitter.com/VyxZwMYVVy
— Botnik Studios (@botnikstudios) December 12, 2017
(和訳)わたしたちは全7巻の『ハリーポッター』を学習した予測入力キーボードを使って、この不思議な魅力に満ちたハリーポッターの新章をゴーストライティングしました。
「予測入力キーボード」?
どうやら『ハリーと山盛りの灰』は人工知能がすべて自動で書いたわけではないようです。このへん、ほとんどの人が勘違いしてます。
じゃあどんな形で出力したんだろう? と思って調べたところ、この「予測入力キーボード」は誰でも使えるらしい……!
さっそく使ってみたら、全部の謎が解けました。
予測入力キーボードでハリー・ポッターを書いてみた
http://botnik.org/apps/writer/?source=4210c86ded39e6380ad0e17cecd767f6
こちらがその予測入力画面です。シンプル。
普通ならキーボードが表示されている部分に「the」「harry」「at」などの単語が表示されています。
適当に「harry」を押してみると……。
上の欄に「Harry」と入力され、下の予測変換候補が切り替わりました!
変換候補をポチポチ押すたびに変換候補が切り替わります。
Harry could not help himself. He said quietly and ron went to sleep on the floor.
(ハリーは自分自身を助けることができませんでした。彼は静かに言い、ロンは床の上で眠りにつきました。)
何やらシュールな文章が完成しました。どうやらこれが『ハリー・ポッターと山盛りの灰のようにみえるものの肖像』を作った仕組みのようです。
執筆の流れはこう。
元ネタとなるテキストデータをプログラムが読み込む
↓
プログラムがデータから言葉どうしのつながりを数値化し、親和性の高いワードを変換候補として表示する
↓
人間が候補の中から適当な単語を選ぶ
「それの何がすごいの?」と思うかもしれません。結局、ヒトが選んで作った文章だったんじゃないか、と。
しかし、AIと人間による文章生成の長所と短所を考えてみると、これはかなり面白い試みといえる気がします。
『ハリーと山盛りの灰』は、AIと人間の役割分担が新しい
現状、AIが書く文章の長所と短所はこんな感じです。
長所
●一瞬で大量のデータを出力できる
●先入観なしに思いもよらない言葉の組み合わせを作れる
短所
●破綻なく面白い文章を作るためには、膨大なデータの蓄積とプログラムの改善が必要
今のところ、AIは文章の意味を本当にはわかっていません。「いまこのシーンにキャラクターは何人いるか?」といった、人間にとって当たり前のことを教えるのも一苦労です。これができるようになるためには、膨大な常識データの蓄積と、言葉から抽象的な概念を把握する論理能力が必要ですし、途方もない手間がかかる。
『ハリーと山盛りの灰』には、他のよくあるAIが生成した文章とは明らかに違うところがあります。それは、ストーリーがある、というところです。
「ロン魔術はどう?」とロンが提案しました。ハリーから見れば、ロンは声高でグズで臆病な鳥でした。ハリーは鳥のことを考えるのは嫌いでした。
引用元:http://cruel.hatenablog.com/entry/2018/01/09/180230
ハリーにとってロンが鳥だったり、ハリーが突如として自分の目を引きちぎったりと、いかにもAIらしい唐突さに満ちてはいるのですが、全体を俯瞰して見ると「ハリー、ロン、ハーマイオニーが、城にいるデスイーターたちと対峙する」という大まかなストーリーは破綻していません。これは今のところ、AIだけで物語を作ろうとするとかなり難航するであろう部分です。
つまり『山盛りの灰~』は「人間には思いつかないような発想と展開」と「AIには把握できないような文脈の維持」の両方を(おそらくかなり単純なプログラムで)こなしているんですね。そしてそれは、「AIが並べた入力候補から人間が単語を選ぶ」というある種の共同作業によって可能になったわけです。最終的には人間が言葉をチョイスできるので、やろうと思えばもっと自然なストーリーも作れるはず。
これは、物書きにとってけっこう夢のある仕組みじゃないでしょうか?
物語の執筆が滞る理由に「何を書けばいいかわからない」「考えすぎて視野が狭くなってくる」というのがあります。
そんなとき「ともかく文章を次に続ける言葉」を自動的に示してくれる機能があれば、心強い味方になる気がします。作者が「ハリーは」と書いてから「このあとの展開どうしようかな……」と悩んでいるとき、変換候補として「微笑み」「急いで」「拳を振り上げて」「つい」などの言葉が出てくれば、それが次の発想を促すきっかけになるかもしれません。
ケータイの予測変換がこれによく似ていますが、あれはあくまで「日常的によく使う言葉を先読みしてくれる機能」なので、発想を助けるような機能ではありません。でも、そっちに応用しようと思えばできるはず。
実は、入力に使える辞書は『ハリー・ポッター』だけではありません。有名ミュージシャンの歌詞や料理のレシピ、ロマンス小説など、いろんな元ネタの辞書を複合的に使えます。日本語に応用すれば「芥川龍之介とドラゴンボールとよしもとばななの語彙がある変換辞書」を参考に、誰も読んだことのないようなストーリーを作れるはずです。もちろん、どの言葉を選ぶか考えるのは自分ですが……。
というわけで、おそらくこの『ハリー・ポッターと山盛りの灰のようにみえるものの肖像』は現代のAI技術としてはむしろローテクではあるものの、クリエイティブな作業で人間とAIがどういう役割分担をしていくか? という問題提起に対し、かなり単純で現実的な解決法を提案していると思います。日本でもどっかが商品化してくれたらめちゃくちゃ使うのに!
人工知能が言葉を理解することの難しさはこちらの本がすごく参考になりました。童話の体裁で楽しく読めるのでオススメです。