デリヘルを呼んだ。

健全なオモコロにふさわしい発言ではなかったか。だがもう一度言おう。
デリヘルを呼んだ。
いや呼ざる得なかった。
それはなぜか。

俺の生活が、まるで水道水そのものだから。
当たり前に流れ去る、無色透明な日々。
ぬるくてまずい。

そんな退屈な毎日に刺激を求め、
いや、このぬるま湯から解放される為に、

俺はデリヘルを呼んだ。
実際のところ、デリヘルを利用した経験はない、知識もない。
いわゆる大人の取引であることは知っている。
読者諸君からは顰蹙を買ってしまうかもしれない。
だが、世間の良識という名のヴェールの裏で、この手のサービスは常に熱い需要を保っている。
ぬるい日常を生きる人間たちが、金と引き換えに手に入れる「非日常の劇薬」
そんな取引に、手を伸ばしたくなるのは俺だけではないはずだ。

ピンポーン
インターホンが鳴る。時間ぴったりだ。
俺は期待と、胸の奥で燻る少しの興奮を抱えてドアを開けた。


?
?
「あの、宗教勧誘ですか?」
「いいえ」

「宗教勧誘の教祖ですか?」
「いいえ」

「宗教勧誘の人たちが信仰している神ですか?」
「たぶんそう/部分的にそう」

「……え?」
「神、というより悪魔なんですが」

「………………」

「まぁ正確に申し上げますと、私どもは、お客様方(人間)が作り上げたキリスト教的世界観の悪魔とは同一ではなく、あくまで悪魔という概念に極めて近しい存在でございま──」
バタン

なんだ。なんなんだアイツは。風貌も異様だが、自認悪魔なんてどう考えてもヤバい奴だ。

ドアスコープ越しに外を伺う。

いない。
やれやれ、これからの楽しみに水を差されてしまった。
ドアから目を離し、振り返る。

うわああああ!!!
いつの間にか、一切の足音もなく、背後にスーツの男が立っていた。
「な、なんなんだお前は!!!!!」
「お忘れですか。
お客様がお求めになった、デリヘルのサービスです」

おいおい、こいつは一体何の冗談だ。デリヘル呼んだら気味悪いのが来た。
いや、もしかすると……俺はデリヘル初見だから確かなことが言えないが、
所謂これが巷で聞く“当たりハズレ”というやつなのか?
キャストが乱数的に派遣される都合上、悪魔が来てしまう事もあるのかもしれない。
そう考えるのが、この状況で最も妥当な筋道だ。
ならば──
「チェンジ!チェンジで!」

どうだ。
知識はなくともこれは知っている。もう一度賽を振れる魔法の言葉だ。
「チェンジバリアでございます」

「畜生!チェンジバリアかよ!」
そんなのもあるのか。知らなかった。デリヘル業界の奥深さを思い知る。
「あの、キャンセルって可能ですか?」
「当日キャンセルの場合は、キャンセル料100%になっております」
それは痛い。
なんせ2記事分の原稿料をこれに費やしているのだ。
「大丈夫ですか、お客様?」

絶望して顔面蒼白となった俺を心配でもしたのか、ガチ恋距離で顔を覗き込んでくる。やめてほしい。
「ご心配するお気持ちはわかります」
悪魔は、俺の怯えを完全に無視して囁く。
「しかしながら、皆様、当初は驚かれますが、最終的には必ずご満足いただいております。
私どものサービスの『満足度』は、常に業界最高水準で維持されておりますので」
声のトーンは、まるで新車の購入をためらう客を説得するセールスマンのようだ。
「それに、大半のお客様がリピートされるんです」

その言葉は、俺の抱える不安を打ち消すどころか、逆に増幅させた。
満足? リピート? 一体どんな地獄を見せられたら、人間はそんな状態に陥るんだ。
だが──
逆に萎えていた興味心を勃ちあげる。
悪魔のデリヘル
確かにこれほど、俺が望む非日常の劇薬があるだろうか?
「分かった。そのサービス受けるだけ受けてやる」
腹をくくる。
それにどう転んでも記事のネタになる事は間違いない。
満足いかなければボロクソに書いてやればいい。
俺の言葉に、悪魔は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
そのうやうやしい所作は、まるで最高の賓客を迎えるようだ。
「では、早速……」

サービス開始の合図かの様に俺に手を伸ばす。
「やっ!ちょっ…バカ///////どこ触って…!」

え?

気が付くと一瞬の間に、俺は服をひん剥かれ、椅子に縛り付けられていた。
そして、頭にはジグソウの拷問器具の様なヘッドセットを被らされている。
「この度は、弊社の誇るサービスをご決断いただき、心より感謝申し上げます」

(なんだ、一体これからどんな羞恥的行為が始まってしまうんだ。)



「これから、お客さまの脳にこちらの機器を通じて特殊な電磁波を直接流し込みます。ご安心ください、健康リスクは最低限になっております」



(べ、別に!そういうシュミがあるわけじゃないし!)
「それによりお客様には──」
(ただ記事のネタになるか心配なだけだし!)
「”極上の地獄”を味わっていただきます」

え?地獄?
「こちらは、現世で悪事で働いた人間が死後隔離される特殊次元、
所謂”地獄”を疑似的に体感頂ける革新的なサービスでございます」

馬鹿な、俺は極楽を求めていたのだ。そもそも善人である俺が地獄に落とされる謂れはない。
「お戯れを、分かっていてご用命いただいたのでしょう?」
「違う! 俺が呼んだのはデリバリー・ヘルスだ!」

絶叫した。
そう、俺はデリバリー・ヘルス、
すなわち健康回復を目的とした出張マッサージを頼んだつもりだったのだ。
世の大人たちは退屈な生活への刺激と肉体の癒しを求め、
少々特殊な高級マッサージサービスを受けているのではないのか?
悪魔は、憐憫にも呆れにも似た感情を微かに滲ませた。
「お客様……。サービス名称を今一度ご確認ください。
『デリヘル』とは『デリバリー・ヘルズ』
地獄(Hell’s)の宅配です。
ヘルス(Health)ではございません」
そうだったのか。知らなかった。
デリヘルが地獄の出前館だったなんて。

「なにはともあれ、ここまでくればモノは試し、受けていただきます」
あ、ちょまっ

「Lasciate ogne speranza, voi ch’intrate」

掛け声とともに機械のスイッチが押され、俺の意識はすみやかに地獄へと転送された。

──ワンチャン、『Helltaker』とかそういう愉快な世界観の地獄を期待していたが、ちゃんと地獄だった。
肉体と精神が、巨大なネジで同時に捻りつぶされるような、言葉に表せない苦痛。
それは、単なる痛みではなかった。
指先ひとつ動かせない、体ピッタリの真っ暗な洞穴にハマってしまったかのような、極限の閉塞感。
にもかかわらず、同時に何一つない無限の深淵に、永遠に落下しつづけるような感覚が全身を支配する。
肉体は存在しないようでいるのに、無限の飢えと渇きに苛まれ、灼熱の砂にまかれて皮膚が焼かれるような感覚だけは、鮮明すぎるほどあった。
これが、デリバリー・ヘルズ。
一体いつ終わるのか。
永遠にも等しい体感時間の中で、時間の概念はすでに崩壊している。この拷問が始まって、一時間なのか、一分なのか、判断がつかない。
あの世界に帰れるなら、どれだけの大金でも対価でも支払おう。
あの平穏な世界に──

プツン

「お疲れさまでした」
その事務的な呼びかけに、ようやく俺の意識が覚醒する。
「ハァっ、ハァっ!!」
俺は、自分の呼吸音と、心臓の激しい鼓動を、確かに聞いた。
全身は汗に濡れていたが、現実に帰って来た。
悪魔はグラスを差し出す。

「どうぞ、こちらは無料サービスになっております」
注がれているのは、どう見てもただの水道水だ。
理性では、俺を苦しめたこの悪魔を忌々しく呪いつつも、
無限の渇きの残滓が喉を激しく焼いていた。俺は問答無用で、それを、一気に煽るように飲み干す。
──瞬間。
まるで黄金の美酒を流し込んだかのような圧倒的な幸福感が、全身を駆け巡った。

途端に、見慣れた部屋が輝いていることに気が付く。
鼻から肺を通る空気は甘く、部屋のLED照明はシャンデリアのようで、床のシミも、壁の汚れも、
世界全てが、あまりにも美しかった。
先ほどの地獄の体験と現実世界のギャップにより、全てが鮮烈な極彩色の祝福のように感じられた。
悪魔は、そんな俺の感動を見透かしたように言う。
「人とは常に自分が立っている環境に慣れ、忘れてしまうもの。
サウナの後の水風呂、ジェットコースターを降りた後の地面、ホラー映画の後の日常。
人間は、苦痛からの解放によって、幸福を感じられるのです」
俺は深く身につまされた。
水道水のように退屈だと罵った、あの平凡な日々。
それが、どれほどの贅沢だったのかを。
人々は、退屈と錯覚する現実の価値を再確認する為に、
「デリバリー・ヘルズ」を必要とするのだ。
「ありがとうございます」
俺は絞り出すような声で、心の底からの感謝を伝えた。
「いえ、こちらこそありがとうございます。お客様に喜んでいただけることが、私どもにとって何よりの喜びです」

「では、またのご利用をお待ちしております」
そう言うと一瞬のうちに悪魔は消えた。

俺は、全身の力を抜いて椅子にもたれかかった。
(流石にもうデリヘルを利用する必要はない)
窓の外では、何の変哲もない朝が始まろうとしている。
この世界を生きる当たり前の喜びを、この先、忘れる事はないだろうから。

──数か月後
「ウイイイイイイイイイィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!」

その後、俺はしっかりとデリヘルのリピ客と化していた。

「苦痛からの解放」の快楽を刻み込まれた魂は、低刺激な日常生活に満足できるわけもなく、
体験時間は倍々と延長を繰り返し、より長く強い苦痛をのぞんでいた。
その方が、水道水を飲み干した瞬間の快感が、より強烈になるからだ。

そんな生活を繰り返す中、悪魔が耳打ちをしてきた。
「これはあくまで技術的に再現された疑似的な地獄。
本物の地獄はこんなものではありません」

耳元で囁く。
噂では、悪事を働き地獄に落ちたものは、そこで罪を償うと天国へ押し上げられるそうです。
その地獄から天国へ……極限の苦痛から極限の快楽のギャップは、このサービスの比ではない、とか……
(本物の地獄……)
俺の精神が、一瞬で灼熱の渇望に支配された。
もはや疑似体験では飽き足らない。

「そうそう、こちら常連様にお渡しする無料サービスの品です」
あの話を聞いて以来、俺は、
本物の地獄から本物の天国へ昇った時の快楽は如何ほどなのか……

”どうすれば本物の地獄に行けるか”

その考えで頭が一杯だ。

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「こうして地獄へ自らお越しいただくお客様を増やす。これも私どもの地道な営業努力なのです」
「なぜ、あなたがたにこのサービスの真意をお伝えしたのか?」
それは、今回のお話で皆様に地獄へのご興味を広められたでしょうから」

では、この退屈な現世に飽いた皆様、
デリバリー・ヘルズをご利用頂ける日をお持ちしております。










おわり

鳥角

ナ月
どろり



梨
オモコロ編集部
かとみ
私野台詞
たかや






