ある休日。
押入れの掃除をしていたときに、ふと目にとまったひとつのダンボール箱。
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箱を開けると、中には通信簿、学級日誌、卒業文集など、思い出グッズの数々が入っていて、箱の底には、むかしの写真がアルバムに収められることなく散らかっていた。
何の気なしに写真を箱から取り出す。すると、忘れかけてた思い出たちが次々によみがえってきて、ついつい掃除の手が止まってしまった。
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うわぁ、これ俺か。ブッサイクだなぁ。
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おっ、これはなかなか可愛いじゃないか。
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鳥が嫌いだったのかな。
こんなに鳥を嫌がる人はじめて見たよ。
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こどもの声だ。
今たしかにこどもの声がした。
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写真の山から声がする。
薄気味悪いと思いながらも、山をかきわけて声の発信源を探した。
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こいつか・・・!? |
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そう、ボクだよ。おにいちゃん。
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おまえは、小学校の頃の・・・・・・ |
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おにいちゃんは
未来のボクだよね?
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・・・ああ、31歳のおまえだよ。 |
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なんか、きたないおっさんってかんじだね。 |
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悪かったな、きたないおっさんで。 |
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写真の山からまた声がした。声の主は中学3年のぼくだった。
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ヒゲが汚いね!
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余計なお世話だよ。おまえこそなんなんだ、見当違いの重ね着しやがって。 |
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ねえ、なんでセピアなの? |
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俺の中でセピアがキテてね。セピア調のフィルムで撮ってもらったんだ。カッコいいだろ? |
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うん、カッコいい。車のCMに出てきそうだよ。 |
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そうだろ? 俺、俳優目指してるからな。俳優になったら車のCMに出演するよ。 |
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えっ!?
ボクもおおきくなったら俳優になりたいんだよ!! |
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努力すればなれるよ。 |
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ほんとうに!? |
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俺は努力家だからね。先生からも「努力家のいっちゃん」なんて言われてるんだから。だから絶対、将来俳優になれるよ。 |
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だれだっ!? |
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21歳のおまえらだよ。
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あんたが6年後の俺!? |
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なんだテメエは・・・中学生がグラサンなんかかけやがって。完全に中二病じゃねえか。 |
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これはその・・・「ビーチボーイズ」の反町に憧れて・・・ |
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坊主のくせに反町目指してんじゃねえよクソが。それとおまえら俳優俳優言ってるけどなぁ、オレは俳優になるための努力どころか普段の生活でひとつも努力なんかしてねえんだよ。フツーにバイトして遊ぶだけの毎日だよ。 |
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そんな・・・先生から「努力家のいっちゃん」と呼ばれてた俺が努力しない大人になるなんて・・・ |
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バイトの後輩の家に家賃も払わず居候して、ふたりで「ごっつええ感じ」のビデオ観たり、ジェンガやったり、しりとりしたりするだけの毎日だよ。 |
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頼むからっ! 頼むから努力してくれよぉぉぉぉ!!! |
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アヴリル・ラヴィーンのCD聴いたり、オセロやったり、しりとりしたりするだけの毎日。 |
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いつになったら努力するのぉ? こんなんじゃいっしょう俳優になれないよ~? |
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23歳のおまえらだよ。
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だいぶこざっぱりとしたな。 |
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ああ、そうだろ。 べっ甲のメガネフレームで上品なオトナを演出してるよ。 |
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ねえ、上品なオトナのおにいちゃん。 さっき安心しろって言ったけど・・・ってことは、おにいちゃんは俳優やってるの? |
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ううん、俳優はまだやってない。でも、演劇のワークショップで少し勉強したよ。 |
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じゃあ・・・反町になれそう? |
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俺は俺、反町は反町。反町になる必要なんてないんだよ! |
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・・・で、演劇を学んでどうした? これから先はどうするんだよ。 |
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ああ、ワークショップの先生に「おまえは役者より書き手をやったほうがいい」って言われてね。これからは書くことを学ぼうと思ってる。 |
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それって、遠回しに俳優は向いてないって言われたようなもんじゃねえの。 |
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俺もそう思った。だから「書くのも興味あるけど僕は演じたいんです」って言った。そしたら「自分で書いて、それを自分で演じればいい」って言われて、ああ、そういう道もあるんだなって。 |
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難しそうだな、それ。 |
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そうだね。でも、一度きりの人生だから。やってみるよ。 |
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がんばって!! |
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努力家のいっちゃん、復活だね!! |
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ま、何もしないよりマシかな。 |
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ありがとう・・・! |
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・・・ところで、ワークショップに行ってから8年も経つわけだけど、31歳のあなたはもう俳優になってるんですよね? |
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・・・えっ?
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俳優・・・やってるんですよね?? |
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当たり前だろ! 俳優やってるよ!! |
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・・・・・・。
あの日から、アイツらの笑顔が目に焼き付いて離れない。
ぼくはアイツらに嘘をついた。なんだか胸がちくちくする。咄嗟についたあの嘘は、もしかしたら誤った選択だったのかもしれない。
けれど、けれども、
あの日からぼくは変わった。
ぼくの心の中で、消えかけていた炎がふたたび強く燃え出したんだ。
「まだ間に合う・・・やってやるぞ」
ぼくは決心した。
オーディションを受けて、事務所に入ろう。まずはそれからだ。そのあとのことは、入ってから考えればいいじゃないか。
動き出そう。ぼくは絶対、俳優になるんだ――
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