これから

時間をかけてゆっくり丁寧に洗っていくなかで、このスヌーピーにかなり『情』が芽生えてしまいました。

あれだけ過酷な環境にさらされていた泥まみれのスヌーピー。なにかつらいことに遭ったのなら、なにかそのぶん楽しい想いもさせてあげたい、そう思うのが人情じゃないでしょうか。

 

ということで近所を連れ歩いて人生初の『ぬい撮り』をやってみたいと思います。やるぞ!

 

漆黒。

黒スヌーピー、あまりにも被写体として不向き。表情が見えない。輪郭が見えない。黒は背景にしっとり溶け込む。日陰に入ったらもうなにも見えない。『ぬい撮り』のイロハも全然わかっておらず、ただただむやみにシャッターを押すのみ。

 

かなり黒い。黒すぎる。

武田信玄公も「だいじょぶそ?」と不安げな表情。どうすんのこれ。

あと、べつにみんな気にしていないとは思いつつ、それでもぬいぐるみを持って歩くのはかなり恥ずかしいです。衆目のなかぬいぐるみの写真をパシャパシャ撮るのはさらに恥ずかしい。私、33歳ですからね。板前だったらそろそろ自分の店ほしい頃ですよ。

 

うーんうーんと試行錯誤しながら適当にいじれる数値をいじってみる。すると、ISO値を上げるとなんか写真の明るさが良い感じになることを発見。それまではずっとオートに設定していたんですが、マニュアルにしてISO値を上げまくってみる。

 

 

 

 

 

うお~~~!!!

ISO値を上げるとスヌーピーの輪郭がかなりはっきりするようになりました!! よっしゃ~!!

 

え~~~ カメラたのし~~~

 

まずぬい撮りはたのしいです。漫然と風景や物体の写真を撮るよりもかなりたのしい。被写体がいると写真がおもしろくなる。

あと、ぬいぐるみがいてくれるだけで写真が『自分のもの』になる。

たとえば武田信玄公像の写真を撮るとき、ただ像の写真を撮るだけでは誰が撮っても同じものになってしまいますよね。私、学生時代あんまり友達が多くなかったので、修学旅行のとき撮った写真にぜんぜん同級生が映ってなくて、インスタントカメラの写真を現像してくれた母に「あんたの撮ったやつって全部パンフレットの写真みたいね」って言われたんです。そのときの血が冷たくなるような感覚、いまでも覚えている。

その点『ぬい撮り』はぬいぐるみが映ってくれるだけでパンフレットの写真じゃなくなるのでうれしい!!

 

たのしい!!

 

ぬい撮りってたのしいなあ!!

 

あ!

 

ねこちゃん!

 

ほら、ねこちゃんだよ~

 

ねこってぜんぜんうまく画角に入らんわ。

 

どうですか? たのしい?

たのしくはないか。おまえはただのぬいぐるみ。でも、おまえといっしょだと俺はたのしいよ。おまえの映る写真が好きだよ。

 

ぬい撮りを通して「もっといい写真を撮りたい!」という気持ちが芽生え、それを追い求めるうちにだんだんカメラの機能が使いこなせるようになってきました。これはシャッタースピードを遅くして背景にスピード感をもたせています。カメラってこうやって使うんですね。知らなかったな。

 

日本っぽい風景といっしょに映した写真がかわいくて好きですね。

 

満喫しました。おまえが満喫すんのかい。スヌーピーにいい思いをさせたいって言ってたろ。

 

そして警察署へ。ヤダ急展開。

そうはいってもこのスヌーピーは拾得物なので、届け出ることに。

 

お勤め、がんばるんだぞ。

 

 

お別れ

日曜日の警察署はひどく静かだ。

平日だったらもっと人当たりのよさそうな方が座っているのかなと思わせる受付の小さい椅子に、強面でがっしりとした坊主の方が身体をあまらせながら座っていた。

私が警察署の入り口をくぐるとその方はすぐ立ち上がってこちらに全身を向け、かなりの距離を残した状態で「どうされましたか」と私に声をかけた。警戒を隠さない、相手に先手をとらせないための声かけだった。言葉こそ違うが「止まりなさい」と聞こえた。

そのプレッシャーをつぶさに感じた私はすぐスヌーピーを両手で前に出して「落とし物です!」と伝える。

そうすると場の空気が一気に弛緩した。その方の堅い表情はほころび、日曜日の顔に戻った。

 

事務手続きはなごやかに進む。聞かれるまま『見つけた場所』『見つけた日時』などを答えると、警察の方が画板に挟んだフォームに書き込んでいく。

『物品』の欄にさしかかり、警察の方は「ぬいぐるみ… スヌーピーですねェ」と言って持ち上げた。

私がはじめてこのぬいぐるみを見つけたときにはスヌーピーとわからないぐらいグショグショだったのに、この方にすぐスヌーピーとわかってもらえて誇らしかった。

 

 

最後に遺失物の権利についていくつか説明を受ける。3ヶ月経っても落とし主が見つからなければ私に権利が移ること。権利は放棄することもできること。

 

私は権利を放棄しない旨を伝えて、A4の『拾得物件預り書』を受け取り警察署を後にした。

 

 

 

もしこちらのぬいぐるみに心当たりがあるかたがいらっしゃれば落とした地域をご連絡ください。見つけた河川の流域かどうか確認したのち、預けた警察署をお伝えいたします。