3. 9月8日の真相

教えてもらった番号に電話をかけた。
以下、奈崎さんとの会話を記す。

 

雨穴:もしもし、このたびはお手数をかけして申し訳ありません。

奈崎:いえ、全然。むしろ大歓迎です。
ミララちゃんのこと話せる相手がいないんで嬉しかったです。

雨穴:ミララちゃん……?

奈崎:ファンはみんなそう呼んでたんです。
他にも「ミラたん」とか「ミーラちゃん」みたいなあだ名もあったけど、一番しっくりくるのは「ミララちゃん」ですね。

 

――そのとき、事件の謎とは無関係と思いつつ、ある質問をしたくなった。

 

雨穴:あの……奈崎さんはどうして美来さんのことを、そこまで好きになられたんでしょうか?

 

――あの投稿を見てから、ずっと気になっていたことだった。

 

『死後、人々から忘れられてしまったアイドル』……美来さんに対し、私はそんな勝手な印象を持っていた。
しかし、そうではなかった。

今でも彼女の歌を聴き、話をしたいと思っているファンがいる。当然といえば当然かもしれないが、私にとっては新鮮だった。

いまだに奈崎さんを惹きつける、美来さんの魅力とは何なのだろう。

 

奈崎:うーん……一言では表せないけど……しいて言うなら使命感かな?

雨穴:使命感?

奈崎:ミララちゃんのことを知った当時、私、仕事がうまくいかなくて落ち込んでたんです。
見かねた先輩がアイドルのライブに誘ってくれて、そのときはじめてミララちゃんのステージを見ました。

当時まだ15歳の新人で、歌もダンスも正直うまくはなかったけど、なんか妙な切迫感があって、思わず引き込まれちゃったんですよね。
彼女、ステージの終わりに観客席に向かってこう言ったんですよ。

「私、どうしてもアイドルにならないといけないんです」「私をアイドルにしてください」って。

すごいでしょ?10代半ばの女の子が、そこまでの使命感を持って夢を追ってることに衝撃を受けて。
若い子がこんなに死に物狂いで頑張ってるんだから、私も落ち込んでられない!って思えたんです。
今の私があるのはミララちゃんのおかげです。

雨穴:なるほど……

奈崎:だから、ミララちゃんが失踪したって聞いたときは本当につらくて。
数分おきにネットニュースをチェックして、夜も眠れない日が続きました。

そんなとき、あの掲示板を見つけたんです。

 

奈崎:パスワードはすぐにわかりました。ミララちゃんの本当の出身地は、ファンクラブのライブでときどき本人がネタにしてましたから。

掲示板には私と同じように『ミララちゃんが心配で仕方ない』って人が何人もいて、救われた気持ちになりました。
情報交換したり、一緒にビラを配ったり、本当に、最初はみんな最高の仲間だったんです。

だけど……

 

――ふいに、声のトーンが落ちた。

 

奈崎:9月2日、お母さんが…とても悲しい投稿をしたんです。

雨穴:お母さん……春木名沙緒理さんのことですか?

奈崎:はい……スクショを保存してあるので送りますね。

 

――それは、あまりにショッキングな内容だった

 

『犯人を名乗る人物』……倉辺が、美来さんの遺体の写真とともに犯行声明を送ったということか……?

しかし、なぜそんなことをこのタイミングで?

 

奈崎:その日、初めて会社を休みました。パニックになって、泣きじゃくっちゃって……。
大げさに聞こえるかもしれませんが、生きる希望を失ってしまったんです。

雨穴:……心の支えにしていた方がこんな最期を迎えたら、悲しいですよね。

奈崎:掲示板のみんなも同じだったようで、画面越しにも絶望が伝わってくるような、悲痛な投稿が飛び交っていました。
『嘘だ。ミララちゃんは死んでない』って言う人もいたし『犯人を特定してやる』って息巻いている人もいました。
みんな、どこかに感情をぶつけないと正気を保てなかったんです。

でも、それだけじゃなくて、お母さん……沙緒理さんを気遣うコメントもたくさんあって「ああ、やっぱりこの人たちはあたたかいな」って感動しました。

報告のメッセージ以来、しばらく沙緒理さんの投稿が途絶えていたので心配だったんですけど、お昼ごろに一件の新着がありました。

 

奈崎:ほっとする半面『ああ、やっぱり本当にミララちゃんは死んじゃったんだな…』って現実味が出てきて、また泣いちゃいました。
でも……それから、なんだか様子がおかしくなっていったんです。

雨穴:……どういうことですか?

奈崎:このメッセージから少し経って、また沙緒理さんの投稿があったんですけど……それが……なんか変なんです。

 

雨穴:『遺体を掘り起こしていただけないでしょうか』……?

奈崎:沙緒理さんの気持ちが、理解できないわけじゃないんです。でも、一般人の私たちにそれを頼むのは……ちょっとおかしいと思いました。
メンバーのみんなも『それでもやっぱり警察に行ったほうがいいと思う』みたいなことを、やんわりと伝えていたと思います。

雨穴:それは……そうですよね。

奈崎:でも、沙緒理さんは絶対に折れなかったんです。
生前のミララちゃんがどれだけファンのみんなを愛していたか、素晴らしいステージを見せるために努力していたか、そういったことを長文でいくつも投稿して……。
正直、ぐっときましたよ。でも、だからといって『じゃあ、私たちの手で遺体を掘り起こそう』という気にはなりませんでした。それは、みんなも同じだと思ってたんです。

でも……もともとあの掲示板、少数精鋭のファンが集められた、相当『濃い』空間だったこともあって、いつの間にか異様な連帯意識が生まれていたんだと思います。
なんでしたっけ……日本史に出てくる北条政子の演説みたいに、沙緒理さんの言葉でみんな熱くなっちゃって。
みんなの気持ちが一つになった……「一つになってしまった」っていうのかな……
参加を表明する人が次第に現れて……。

雨穴:それは……異様ですね。
でも、どうして沙緒理さんに、そこまでみんなを扇動する力があったんでしょう?

奈崎:ミララちゃんのファンは、沙緒理さんへの思い入れも強かったですから。
彼女は単に母親というだけでなく、二人三脚で芸能界を駆け抜けてきたパートナーだって、みんな知ってたんです。
たとえば、ミララちゃんのファーストアルバムのタイトル『Song for RIMI』っていうんですけど……

 

奈崎:『RIMI』っていうのは女性の名前ではなくて、ミララちゃんと沙緒理さんの絆を表す言葉なんです。

雨穴:『RIMI』が絆……?

奈崎:『サオリ ミライ』……つまり、二人を繋ぐ言葉が「リミ」ってことです。
二人はずっとその言葉を大切にしていて「初めてのアルバムのタイトルには『リミ』ってつけようね」ってデビュー前から約束していたと、ミララちゃんがライブでよく言ってました。

雨穴:そういうことか……

奈崎:だから、沙緒理さんの言葉は特別なパワーを持っていました。あの掲示板で、彼女の言うことは絶対だったんです。

 

――たとえそれが違法行為の要請だったとしても……

 

奈崎:それで、気がつけばいつのまにか、参加しないのは私一人になっていました。すると怖いもので『お前は裏切るのか?』みたいな空気になっちゃって。
仲間外れにされるのが怖くて、私も参加を表明してしまいました。

雨穴:……集団心理ってやつですね。

奈崎:そう思います……あ、そういえば、そのとき不思議なことがあったんです。

雨穴:不思議なこと?

奈崎:今まで一度も投稿をしたことのない、知らない人が突然『自分も参加したい』と書き込んだんです。

雨穴:……! 

 

――猿張直希だ。

 

倉辺の共犯者は、掲示板で何を語ったのか。

 

奈崎:沙緒理さんに促されて、その人は免許証の画像をアップしました。
今でも、どうしてこの人が遺体の掘り起こしに参加したのか謎です。

――送られてきた画像を見て、息を呑んだ。
それは、あまりにも意外な人物だった。

 

雨穴:倉辺誠二……!?

 

――頭が混乱する。犯人の倉辺が……。
沙緒理さんに犯行声明を送り、遺体の場所を教えた倉辺が、ファンに混ざって掘り起こしに参加……?

まったく状況が理解できない。

 

奈崎:突然現れた倉辺さんを、メンバーのみんなは怪しんでました。
でも、沙緒理さんが『倉辺さんも仲間に入ってもらいましょう』と好意的に受け入れたものだから、みんなもしぶしぶって感じで。

雨穴:…………

 

――その後の連絡は、沙緒理さんから直接メールで送られてきたという。

彼女はたった一人で日程調整、ホテルの予約をテキパキとすませ、9月4日には部屋番号を知らせるメールが届いたらしい。

 

奈崎:夜中にみんなで掘り起こしに行くから、9月7日の夜10時までに付近のホテルにチェックインしてほしい……と。
各自、部屋が割り当てられていて、私は『601号室』を指定されました。
あまりの手際のよさに、私は言われるがまま……という感じで。

 

――予想外の形で、パズルのピースがはまっていく。

 

掲示板メンバーをホテルに集めたのは……倉辺の遠隔殺人を計画をしたのは、沙緒理さんということになる。

 

奈崎:内心不気味さを感じながらも、私は指示通りに9月7日の午後、ホテルに入りました。
夕方、全員がホテルに入ったことを知らせるメールが一通。翌日8日の午前1時前、遺体の場所と集合時刻を知らせるメールが一通届いて……

奈崎:そこには「午前2時に出発するからそれまでにロビーに集まってほしい」と書いありました。

 

――メールが送られてくるにつれ、奈崎さんの中で、ある『疑惑』が膨れ上がっていったという。

 

奈崎:そもそも、犯人はどうして沙緒理さんに遺体の場所を教えたのか……って。
遺体が見つかれば、逮捕される危険が格段にあがりますよね。愉快犯だとしても、そこまでのリスクを冒すかなっていうのは、ずっと疑問でした。

それに……沙緒理さんがあまりにも犯人に対して無頓着なのも気になっていました。犯人から直接連絡があったら、普通は『相手は誰なんだろう』とか『自分も狙われるんじゃないか』とか色々考えますよね。

でも、沙緒理さんの投稿は遺体の掘り起こしに関することばかりで、犯人には全然興味がないって感じでした。
犯人の存在感が透明すぎるっていうのかな。

雨穴:透明……

奈崎:そうなると……もしかして「犯人」なんて存在しないんじゃないか。
沙緒理さんのでっち上げなんじゃないか……って思えてきて。

 

――『犯人は倉辺誠二』という先入観にとらわれて、そんなことはこれまで考えもしなかった。
しかし、たしかに沙緒理さんの行動には不可解な点が多い。

奈崎:そのときはじめて、あえて考えないようにしていた『もう一つの可能性』に向き合おうと思ったんです。
雨穴さん、ミララちゃんが失踪前にXに残した投稿、知ってますか?

雨穴:はい。

 

奈崎:当時ネットでは、ミララちゃんが外出中に暴漢に襲われて、公衆トイレに逃げ込んだっていう見解が主流でした。
でも、私はちょっと違和感があったんです。

 

奈崎:襲われてトイレに逃げ込むのはわかります。でも、わざわざ「鍵もかけた」って書くのはおかしくないですか?

雨穴:……どうしてですか?

奈崎:だって、公衆トイレで鍵をかけるのは当たり前じゃないですか。公衆トイレの個室に入ることと、鍵をかけることはセットです。

雨穴:ああ……たしかに……。

奈崎:もしミララちゃんが逃げ込んだのが公衆トイレなら「トイレに逃げた」とだけ書くのが自然だと思うんです。
「鍵もかけた」ってわざわざ明記したってことは「普段は鍵をかけないけど、そのときだけは特別にかけた」ってニュアンスが含まれてる気がするんです。

雨穴:なるほど……

奈崎:だから、ミララちゃんがこの投稿をしたのは、別の場所だと思いました。

雨穴:……恋人とか友達の家のトイレ……とか?

奈崎:年頃の女の子が恋人の家で、鍵をかけずにトイレをするのは不自然です。友達の家でも……少なくとも私は絶対にかけます。
若い女の子が、普段から鍵をかけずにトイレをする場所があるとしたら……
……自宅くらいしかないと思います。

雨穴:え……じゃあ……

奈崎:ミララちゃんは自宅で誰かに襲われて、家のトイレに逃げ込んだんです。
最初は、空き巣か強盗かと思いました。でも、そう考えるとおかしいんです。

文面を見れば、ミララちゃんがトイレの中から投稿をしたことは明らか。つまり、スマホを持っていたってことです。
相手が本当に恐ろしい暴漢なら、警察に通報するのが普通じゃないですか。SNSなんてやってる場合じゃない。
ミララちゃんはそのとき、怯えながらも心のどこかで「そこまで大したことじゃない」と思っていた。
それは、襲われた相手がとても親しい人物……たとえば家族だったからじゃないかと。
ミララちゃんの家族は……一人しかいません。

 

――疑惑が確信に変わったとき、新しいメールが届いたという。
時刻は午前1時30分。集合時間の30分前だった。

そこには奈崎さんにとって、あまりにも理解しがたい言葉が書かれていた。

 

――これは、明らかに『遠隔殺人』の指示だ。
すると、やはり倉辺事故死の首謀者は沙緒理さんということになる。

彼女はいったい何をしようと……?

 

奈崎:もう、意味が分かりませんでした。
どうしていきなり掘り起こしが中止になったのか、何のために窓から手を出して紙を持たされるのか、そもそもそれは何の紙なのか。

理由はわかりませんけど、その時点で沙緒理さんへの信用は0に近くなってました。
このまま言う通りにしていたら、何か恐ろしいことに加担させられる気がして、怖くなって、一人こっそりチェックアウトをしてホテルを抜け出しました。

それ以来、掲示板は見ていません。倉辺さんが犯人ってことにされてますけど……私は、そうとは思えないんです。

 

――今、点と点がつながった。

 

あの夜、強風で紙がめくれてしまったのは……

 

601号室に人がいなかったから。
奈崎さんが離脱したことで、陣形が崩れたのだろう。

だが、それでも計画は成功した。
あと一人、奈崎さんと同じように離脱者がいれば結果は変わっていたかもしれないが……。

 

雨穴:でも、奈崎さんの考えによると、春木名美来さんを殺害した犯人は……沙緒理さんということになりますよね。
母親が実の娘を殺した……どうしてそんなことを……?

奈崎:それはわかりません。わからないけど……

雨穴:……?

奈崎:9月8日以降のニュースで『ミララちゃんの遺体のDNAと、自宅にあった髪の毛のDNAが一致したから本人だと分かった』って報道されてたんです。

雨穴:ああ、それは私も新聞記事で見ました。

 

奈崎:少し変じゃないですか?

雨穴:何がですか?

奈崎:たしかに、毛髪からDNAを検出することはできます。でも、もっと確実な方法があるんです。
『親のDNAと比較する』って方法です。

雨穴:え?

奈崎:人は、両親から半分ずつDNAを受け継ぎます。

 

奈崎:だから、片方の親とその子供のDNAは50%一致する。DNAが50パーセント一致するのは、親子と兄弟姉妹だけ。
だから、遺体の身元を特定するなら、母親である沙緒理さんのDNAと比較するのが一番確実なんですよ。

雨穴:たしかに……

奈崎:なのに、どうして警察はそうしなかったんだろうって。
……もしかしたら、沙緒理さんはミララちゃんの本当の母親じゃなかったのかなって思うんです。

 

――最後、奈崎さんは『辛い思い出は残ったけど、私は一生ミララちゃんを推しつづけます』と言って電話を切った。

『遠隔殺人』の話は、彼女には伝えないことにした。

 

内通者

沙緒理さんが事件に深く関わっていたことは、まず間違いない。
しかし、だとしたら彼女は倉辺誠二とどのような関係にあったのか。

そして、内通者・猿張直紀とは?

猿張直紀……さるはりなおき

そのとき、頭の片隅で何かがはじけた。
「さるはりなおき」を並べ替えると……

 

アナグラム……『猿張直希』は沙緒理さんの偽名ということか。

すると……

 

美来さんが失踪した6月8日にひちやぎホテルに宿泊したのも……遺体を埋めたのも沙緒理さんということになる。

美来さんの夢を応援していた彼女が。
強い絆で結ばれていたはずの彼女が、なぜ突然こんな凶行に走ったのか。

母娘の間に、いったい何があったのか。

 

習性

――翌日、取材の結果を栗原さんに伝えた。

 

栗原:では、倉辺誠二と春木名沙緒理は共犯者だった、と?

雨穴:そう考えるしかないと思います。

 

雨穴:動機はわからないけど、二人は何らかの目的で美来さんを殺害し、埋め、ファンを集め、架空の犯人をでっちあげて、遺体の掘り起こしを計画し、みんなをひちやぎホテルに集めた。
でも、最後の最後で沙緒理さんは倉辺を裏切った。

栗原: 本当にそうでしょうか。

雨穴:え?

栗原:本当に二人は共犯だったのでしょうか?

雨穴:でも……

栗原:…まず、美来さんが殺害された事件に関して。

 

栗原:たしかに、SNSの投稿内容を見れば、犯人は沙緒理さんだと推理できる。
「トイレに鍵をかけないのは自宅くらい」というのは女性ならではの発想ですね。私が女性なら分かっていたでしょうが、そうではないので考えが及びませんでした。

雨穴:負け惜しみですか?

栗原:そして次に、美来さんの遺体遺棄に関して。

 

栗原:宿泊名簿から、この日、ひちやぎホテルに泊まったのは猿張直紀……つまり沙緒理さんのみ。倉辺は泊まっていない。
ゆえに、沙緒理さんが一人で遺体を埋めたということになる。

要するに、この事件における最初の犯罪……美来さんを殺し、埋めるという行為は沙緒理さんが単独で行ったと考えられる。
もしも倉辺が共犯なら、二人で行うか、何かしら手伝うはずじゃないですか?

雨穴:まあ、たしかに……

栗原:それだけではありません。
9月8日のタイムスケジュールを見直しましょう。

 

栗原:沙緒理さんが遺体の場所をメールで送信したのは、午前0時58分。
そして、倉辺がホテルから外出したのは午前1時過ぎ。
この流れ『倉辺は沙緒理さんのメールを見て遺体の場所を知り、急いで掘りに出かけた』と考えるのが自然じゃないですか?
すると倉辺は、このメールを見るまで美来さんの遺体がどこに埋まっているのか知らなかったということになる。
遺体の場所すら知らない男を、果たして共犯者と呼べるでしょうか。

雨穴:でも、共犯者じゃないとしたら……つまり、倉辺がこの事件とはまったく無関係だったとしたら、彼の行動の意味がわからないんですよ。
倉辺はなぜ掲示板を訪れて、遺体の掘り起こしに参加しようとしたんでしょう?

栗原:ファンだったんじゃないですか?

雨穴:ああ……倉辺は単純に美来さんのファンで、善意で沙緒理さんに協力しようとした……ん?待ってください。
それならどうして倉辺は、集合時間前にこっそり抜け駆けして遺体を掘り返したんでしょう?

栗原:美来さんの骨がほしかった……とかね。

雨穴:……骨?犬じゃないんだから。

栗原:しかし、倉辺の行動を見ていると「美来さんの遺骨が欲しくて仕方ない人間」に見えます。

雨穴:まあ……抜け駆けして掘り起こすくらいですからね。

栗原:そして沙緒理さんは、倉辺の……それこそ犬のような習性を利用して彼をおびき出し、殺した。
つまり沙緒理さんははじめから、倉辺を罠にかけるために、娘の美来さん『餌』として利用したわけです。

雨穴:いや、より意味がわからないんですけど。

栗原:しかし、ものは試しです。
一度、この仮説に従って推理しなおしてみましょう。意外と、すべての辻褄が合うかもしれませんよ。

 

三人

美来さんの骨を欲しがる倉辺

そんな倉辺の習性を利用して、彼をおびきよせて殺した沙緒理さん

沙緒理さんに利用された美来さん

この不可解なトライアングルが、事件を紐解く鍵になるというのだろうか。
私はとりあえず、栗原さんの推理を黙って聞くことにした。

 

栗原:では、時系列に沿って解説していきます。

 

栗原:6月8日、沙緒理さんは娘の美来さんを殺害し、遺体を三重県の森林に埋め、警察に『娘が失踪した』と嘘の届け出をした。
美来さんは芸能人ですから、大なり小なりニュースになる。それを見た倉辺は思った。

『このまま美来さんが見つからなければ、一生彼女の”骨”が手に入らないかもしれない』……焦った彼は個人的に美来さんの行方を探し始める。

 

栗原:6月30日、沙緒理さんは掲示板を開設し、ファンに美来さん捜索を依頼。
……というのは建前で、これは倉辺をおびき寄せるための罠
美来さんの情報を血眼で探していた倉辺は、飛んで火にいる夏の虫で掲示板を発見。重要な情報が書き込まれないかチェックをはじめる。

 

栗原:9月2日、沙緒理さんが動き始める。
メンバーに『犯人から連絡が来た。遺体の場所を教えられたから一緒に掘り返してほしい』と懇願。
むろん、これは倉辺を釣るための餌、自作自演の嘘です。『犯人』などいないし、遺体を埋めたのは沙緒理さん本人です。

しかし、何も事情を知らない倉辺はこの餌に飛びついた。彼はこう思った。

『掘り起こしに参加し、隙をついて遺体を奪えば、美来さんの骨を独占できる』

 

栗原:ひちやぎホテルに全員集合。
8日の午前1時前、沙緒理さんはメンバー全員に遺体の場所と集合時間を知らせる。このメッセージが『集合時刻の1時間前』に送られたのがミソですね。

倉辺はメッセージを見て、チャンスだと考えた。
『集合時間まで1時間もある。その間に一人でこっそり遺体を掘り起こして、車のトランクに隠してしまえばいい』

 

栗原:……彼はしめしめとホテルを抜け出す。

 

栗原:午前1時半、今度は沙緒理さんが動き出す。倉辺以外のメンバーに『遠隔事故』の協力を依頼。
奈崎さんを除き、メンバーは頭に「?マーク」を浮かべながらも、言われた通りにする。

 

栗原:美来さんの遺体を手に入れた倉辺、帰り道で沙緒理さんの策略にハマり事故死。
翌朝、倉辺の事故車が発見され、同時に美来さんの遺骨も見つかる。警察は『倉辺が犯人』と誤認。
すべては、沙緒理さんの手のひらの上だったわけです。

 

――まとめると、こういうことだ。

 

――たしかに理屈は通っている。いや、そうとでも考えなければ、この不可解な事件を説明することはできそうにない。
しかし、動機がわからない。

倉辺が美来さんの遺骨を欲しがった理由。

沙緒理さんが倉辺を殺したかった理由。

そして……美来さんが犠牲になった理由。

 

雨穴:沙緒理さん、美来さんの夢を応援する良いお母さんだと思ってたのに……

栗原:そのことについてですが、雨穴さんは美来さんの発言についてどう思いますか?

雨穴:美来さんの発言?

栗原:「私、どうしてもアイドルにならないといけないんです」「私をアイドルにしてください」
……奈崎さんは、これを『使命感』と受け取ったそうですが、私から言わせれば『強迫観念』です。
美来さんは、なぜそこまで病的にアイドルになることを目指していたのでしょうか。

雨穴:病的って……

栗原:沙緒理さんの計画には『熱狂的なファン』が必要です。強い信仰心を持つ彼らがいなければ『遠隔殺人』は成功しなかった。
それに、そもそも美来さんが芸能人でなかったら、失踪のニュースが倉辺に届いたかすらもわからない。

……もしかしたら、美来さんは沙緒理さんから『アイドルになりなさい』と命令されていたのかもしれません。

雨穴:じゃあ……沙緒理さんは最初から、倉辺を殺す道具にするために、美来さんを育てていたということですか……?

栗原:そこまでは極端ではないと思いますけどね。
ただ『沙緒理さんは本当に美来さんの母親なのか』という奈崎さんの疑念。

私は半分だけ同意します。

 

――意味深な言葉を残し、栗原さんは電話を切った。

 

接点

わからない。

 

『倉辺誠二』『春木名沙緒理』『春木名美来』

この三人の間に、いったい何があったのか。

三人が交差する場所は、今のところあの掲示板しかない。
私は投稿を見返すため、再度ログインをすることにした。

 

パスワードを入力する。
そのとき、心にひっかかるものがあった。
何か、重要なことを見落としてはいないだろうか。

関東在住の人間にとって「川越」といえば埼玉県川越市だ。
しかし、たとえば『湯沢』という地名が秋田県と新潟県の両方にあるように、日本各地には『地名かぶり』がいくつも存在する。

『川越』は、埼玉県にしかないのか。

私は、ネットで「川越 地名」と検索した。
その結果を見て、はっとした。

 

頭の中に、一筋の道が開けた。
その道をたどるように調べていくと、あらゆる情報が一点に収束していった。

 

今、すべて分かった。

 

倉辺が美来さんの遺骨を欲した理由も。

沙緒理さんが倉辺を殺そうとした理由も。

そして『春木名美来』が誰であるかも。

 

 

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