2.  八人の真相

電話を切ったあと、私は事件の経緯について詳しく調べることにした。

 

すべての発端となったのは2019年6月8日

 

当時、アイドルとして活動ていた春木名美来さん(17)が突如失踪した。

 

8日の午前8時頃、美来さんは「友達と遊びに渋谷に行ってくる」と母親に伝え、外出。
それ以来、連絡が取れなくなった。

マンションが繁華街にあったこともあり、目撃証言は曖昧なものが大半で、捜査は難航した。
「友達」が誰を意味するのかも不明だったという。

しかし唯一、SNSに痕跡が残されていた。

 

当時、美来さんはX(当時の名称:Twitter)に、裏アカウントを持っていた。
アイドルの『春木名美来』であることは伏せていたが、投稿写真や内容から、美来さんのものであることはファンの間では公然となっており、美来さん自身も『バレてもいい』というスタンスだったという。

8日の午前11時頃、このアカウントに奇妙な言葉が投稿された。

 

これを最後に投稿は途絶え、三か月後の9月8日未明、美来さんは遺体となって発見された。

犯人とされているのが倉辺誠二だ。

 

三重県出身で、地元の有力企業群『張柄(はりがら)グループ』現会長の次男。
大学卒業後も定職に就かず、勝手気ままな生活を送っていたという。

 


(22歳の頃の写真)

若いころから女性への乱暴行為を繰り返していたが、いずれも両親が多額の示談金を払い、不起訴処分になっていた。

 

ところが27歳のとき4度目の逮捕で、相手側が被害届を取り下げず、拘置所で約一か月を過ごす。
結果、証拠不十分で不起訴となったが、一か月の拘留生活がよほど堪えたのか、それ以降の逮捕歴はない。

翌年、親元を離れて上京し一般企業に就職。
32歳で結婚。

 

このとき婿養子に入り『張柄』から、妻の苗字である『倉辺』に改姓している。逮捕歴のある旧姓を捨てたかったのかもしれない。

二人の子供にも恵まれ、更生したかのように見えたが2019年、45歳のときに再び事件を起こす。

 

倉辺と春木名美来さんは、どちらも東京都世田谷区に住んでおり、そこで何らかの接触があったと考えられる。
結婚して家庭を築いても、もともとの人格は変えられなかったということか。

 

重大な事件にも関わらず「遺体の身元特定」以降の報道は、なぜかほとんど見当たらない。
容疑者の倉辺が死亡しているため、途中で捜査が打ち切りになったのかもしれない。

それもあってか、事件自体がすでに風化してしまった印象を受けた。
SNSでも匿名掲示板でも、今、この事件を話題にしている人たちはいない。

 

事件だけではない。
美来さんが所属していた事務所、およびレコード会社のホームページやSNSなどからも彼女の名前は消されていた。
華やかな芸能界において、暗い事件の犠牲になった彼女は、タブーのように扱われているのだろう。

春木名美来という人が存在したことを誰もが忘れてしまった……そんな気さえした。
しかしそんな中、美来さん個人の公式ホームページがぽつんと残されていた。

 

ホームページといっても、美来さんの写真が一面に貼られているだけの、簡素……というべきか、何のコンテンツもないサイトだ。
おそらく、制作途中で美来さんが亡くなってしまったため、中途半端なまま放置されているのだろう。

ただ一点、気になることがあった。

 

ページを開いて数分たってもロード中のマークが消えないのだ。
ネット回線に異常はない。ためしに他のウェブサイトにアクセスしたが、問題なく開くことができた。

美来さんのホームページだけが、なぜか異様に繋がりが悪いということになる。
特段、気にすることではないかもしれないが……

 

擬態

栗原:繋がりの悪いホームページですか。

雨穴:はい。まあ、だからといって何があるってわけでもないんですけどね。

栗原:……雨穴さんもご存じだとは思いますが、容量が多いサイト……たとえば画像がたくさん掲載されているサイトはロードに時間がかかります。

 

栗原:いつまでたってもロードが終わらないということは、そのサイトは現在、何らかの大規模なデータを読み込んでいると考えられます。

雨穴:うーん……でも、そういう容量の多いサイトって……

 

雨穴:ページを開いてから少しずつ画像が表示されていったり……何かしらの変化が見られますよね。

 

雨穴:美来さんのサイト、ずっと画面に変化はないし、もうこれで全部というか……これ以上何かのデータが表示される気配がないんですけど…

栗原:……もしかしたら「目に見えないデータ」が読み込まれているのかもしれません。

雨穴:目に見えないデータ……?

栗原:あらゆるサイトやアプリには『背景』が設定されています。

 


栗原:LINEトーク画面の『青空』が代表例ですが、ほかにも、たとえば山梨県のとある観光サイトは『富士山』が背景になっています。

 

栗原:背景を設定すれば、その上から文字を打ち込んだり、画像を貼ることができる。
するとたとえば……

 

栗原:富士山の山肌に『青い画像』を貼り付けた場合、その画像は背景に溶け込んで見えなくなります。
言うなれば擬態……緑色の昆虫が、葉に身を隠すようなものです。
こういう方法で、ウェブサイトに隠しメッセージを忍ばせる遊びが、昔流行りました。

雨穴:じゃあ、美来さんのサイトは隠しメッセージを読み込んでいるということですか……?

栗原:そういう可能性もある、という話です。
まあ、どんなに容量の多いサイトでも、時間をかければロードは終わります。
待ちましょう。

 

――ページを開いてから約10分。ようやく「ロード中」のマークが消えた。

 

すべてのデータの読み込みが完了したということだ。

栗原さんの推測が正しければこのサイト、美来さんの写真を背景に設定し、その上に何らかの画像を貼り付けていることになる。
私はスマホの画面を長押しした。

すると……

 

雨穴:本当だ……栗原さんの言う通りです。
なんか……文字の書かれた画像が貼りつけてありました。

栗原:なんて書いてあります?

 

――画像を保存し、表示する。

 

栗原:「美来を一緒に探してください」……ですか。

雨穴:はい。

 

雨穴:美来さんの写真を透明にくり抜いて、背景に溶け込むように擬態させた隠しメッセージです。
この画像、サイズがすごく大きくて20万キロバイトもありました。ネットの画像は200キロバイトくらいが一般的なので、1000倍ですよ。
読み込むのに10分もかかるはずですよね。

栗原:つまり、美来さんの画像を、ただ10分間も見つめられるような崇拝者でなければ、このメッセージを見つけることはできないというわけですね。

 

――その言葉に、少し寒気がした。

 

ただの『熱心なファン』では足りない。
狂気のような愛情を持つ人間だけが招かれる場所。
いったいそれは……。

画像に記載されたURLを開く。すると……

 

栗原:パスワードですか。美来さんの出身地、わかります?

雨穴:ウィキペディアに「東京都出身」って書いてありました。

 

――私は「tokyo」と入力した。しかし……

 

雨穴:ダメだ。区まで入れないといけないのかな。

 

――その後、色々なパターンで試したが、いずれも間違っていた。

 

雨穴:まいったな……。

栗原:もしかして、公式プロフィールを偽ってたんじゃないですか?都会的なイメージを付けるために「東京生まれ」ってことにする、なんてのは芸能界ではよくあることです。
でも、コアなファンは本当の出身地を知っている……これもまたよくあることです。

雨穴:じゃあ、手当たりしだいに入力するしかないってことか……。

栗原:いえ、絞ることはできます。
今調べたんですが、美来さんの所属していた事務所、結構手広く展開していたようで、全国に4か所も拠点があるそうです。

 

栗原:東京・名古屋・大阪・福島……創業者が福島出身だから本社が福島にあるそうで、その後、関東・関西に進出したということですね。

 

栗原:もし仮に美来さんが名古屋より西側の出身だったとしたら、大阪か名古屋の支社に所属するのが自然だと思うんです。
同じ理由で、福島より北の出身だったら、福島の事務所に所属していた可能性が高い。

もちろん「東京に行って一旗揚げたる」と考えて上京した可能性もありますが、20年前ならともかく今はネットの時代。
まだ売れていないアイドルが、地価の高い東京にわざわざ住むメリットはあまりない。

 

栗原:すると、美来さんの出身地はある程度しぼられるはずです。この地域の市町村は500もありません。一時間もかからないはずです。
仮にこの中になかったとしたら、日本中の市町村を試せばいい。一日もかからないはずです。

雨穴:……結局「手当たりしだい」ってことじゃないですか。

 

――私は、東京の隣に位置する埼玉県から順番に、市町村名を次第に入力していった。
意外にも、正解は早く見つかった。

 

雨穴:栗原さん、今「kawagoe」って入力したんですけど……

栗原:埼玉県川越市ですね。

 

雨穴:掲示板……のようなサイトが開きました。

栗原:何か投稿はありますか?

 

栗原:春木名沙緒理って誰ですか?

雨穴:美来さんの母親です。

 

雨穴:美来さんと二人暮らしで、マネージャーもやっていたみたいですね。

栗原:なるほど。

 

栗原:6月8日以降、なかなか捜査が進展しないことに業を煮やした母親が、美来さんを探すために有志を募ったわけですね。
それにしても、身分証を求めるなんて銀行みたいですね。

雨穴:それくらい、本気度の高い人たちを求めていたんでしょうね。

栗原:『強火のオタク』ってやつですか。

 

――掲示板開設から9日後、一人目の有志が現れる。

 

――投稿者の名前を見たとき、既視感を覚えた。

 

雨穴:伊志野和也……あ!

 

雨穴: この人、あの夜ひちやぎホテルに泊まってた団体客の一人です…!

栗原:……どうやら彼だけではありませんよ。
『遠隔殺人』に関わった人間、ほぼ全員がこの掲示板の常連だったようです。

雨穴:え…?

 

――たしかに、その通りだった。

 

安岐健太郎

 

伊志野和也

 

枝野誠

 

刈茅郁人

 

田中江美

 

奈崎尋歌

 

村井孝太

 

 

――『猿張直希』を除く7名が、身分証を投稿し掲示板に参加している。

 

雨穴:この掲示板の常連メンバーが、美来さんの敵討ちのために倉辺を殺す計画を立てたということでしょうか……。

栗原:ひとまず最後まで読んでみましょう。何かヒントが見つかるかもしれません。

 

――いったい、どんな陰惨な言葉が交わされているのか、と恐れながら読みはじめる。

しかし……

 

思いのほか、投稿はどれもポジティブなものばかりだった。彼らはSNSやビラ配りなどで美来さんの行方を懸命に探し、その成果を互いに報告しあっていた。

倉辺容疑者や、ひちやぎホテルへの言及は一切見当たらない。

だが、途中で異変に気づく。

 

雨穴:9月2日以降、投稿が消されてる……。

栗原:『遠隔殺人』が9月8日ですから、およそ一週間前ですね。
このあたりから皆で、悪い相談をはじめたのかもしれません。

 

――その後、削除された投稿がいくつも続いた。
そして掲示板の最後、たった一つの投稿が残されていた。

 

雨穴:『春木名美来さんを殺した犯人は我々の手で闇に葬りました』……やっぱりそうだったんだ。
この掲示板のメンバーが結託して、倉辺に復讐を……。

 

――だが、よく考えるとおかしい。

 

雨穴:栗原さん……この掲示板のメンバーは、美来さんのファンとして一流かもしれないけど、一般人ですよね。
そんな彼らがどうして倉辺が犯人だと特定できたんでしょう?しかも、彼が9月8日にひちやぎホテルに泊まって遺体を掘り返すことをあらかじめ知っていた……警察さえ掴めなかった情報をどうして……?

栗原:内通者がいたのかもしれません。

雨穴:内通者?

栗原:団体客の中に『猿張直希』という人物がいますよね。

 

栗原:この名前、実は別の場所でも登場しているんです。

雨穴:……?

栗原:心霊動画の2分44秒あたりを注意深く見てください。

 

 

――動画を再生する。
そして、重大な情報を見落としていたことに気づいた。

 

雨穴:あ!6月8日~9日……猿張直希

 

――6月8日といえば

 

栗原:この人物、美来さんが失踪した日に、ひちやぎホテルに泊まっているんです。
偶然とは思えません。『美来さんの遺体を埋めるために』……あるいは『美来さんの遺体をどこに埋めるか、下見をするため』付近にあるひちやぎホテルに泊まった……と考えるのが自然です。

雨穴:じゃあ、この人は倉辺容疑者の共犯者?

栗原:共犯者……まあ、そうなのかもしれません。
ただ、一つだけ気になるのは……

雨穴:え?

栗原:いえ、気にしないでください。
しかし残念ですね。猿張の投稿が読めれば色々なことがわかりそうなんですが、一つも見当たらないんですよ。
おそらく、9月2日以降に参加したんでしょう。

雨穴:消されちゃったのか……

栗原:しかし、どんな内容が書き込まれたかを調べる方法はあります。

雨穴:え!?

栗原:掲示板のメンバーに直接聞けばいいんですよ。
幸い、身分証の画像は削除されていません。
これだけ人数がいれば、一人ぐらいコンタクトがとれるかもしれませんよ。

雨穴:また手当たりしだいか……。

 

接触

電話を切ったあと、私はメンバー全員の氏名を調べた。
すると、一人の人物のSNSにたどりついた。

『奈崎尋歌』

 

苗字・名前とも珍しく、同姓同名の別人とは考えづらい。

そしてなにより……

 

この投稿……間違いない。
私は奈崎さんにダイレクトメッセージを送ることにした。

 

やりとりを繰り返す中で、奈崎さんは『春木名美来さんのファンだったこと』『例の掲示板に書き込んでいたこと』を自ら教えてくれた。

私は不思議な感じがした。

もしも奈崎さんが『遠隔殺人』に加担していたのなら、多少の罪悪感を持つのが普通だ。
しかし、彼女の文面からはそういった後ろ暗さが感じられなかった。

 

何度目かのメッセージで『削除された投稿』について質問した。

返信は、少し意外なものだった。

 

 

 

 

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