僕の家は転勤族なので、もうあの地元には誰も住んでいません。
そのため、僕があの地元、ましてや図書館に行くことなんて全くなくなりました。
最後に図書館の前を通ったのは、もう10年以上前じゃないかな?
とにかく、記憶は完全に甦りました。
あとは、もう1回あの場所に行って、もう1回こんぶのおにぎりを食べてみるしかない。
おにぎりって、具を載せたら包めなくなるんですね。
じゃあ、具の上にもごはんを載せて…
わかりづらいんですが、おにぎりがあの頃の記憶よりだいぶデカくなってしまいました。
デカすぎて形も整えられず、冷凍ごはんみたいになってる。
2個目は標準サイズにできました。
具の上に載せるごはんのことも計算しないとダメだったんですね。
左が2個目(標準)、右が1個目(デカい)です。
おにぎり1つ握るのでも、こんなに難しいのか…。
3個目(右)は、こんぶがはみ出てしまいました。
結局、当時と同じおにぎりを再現できたのは2個目(左)だけ。
握ったおにぎりを見て、急に思い出しました。
おにぎり、ディズニーの保冷バッグに入れてもらってたなぁ!
そう!こんな感じ!!!
特に夏場は保冷という機能が重要なので、さすがに拒否はできなかったけど、でもイヤだったなあ。
ディズニーキャラの保冷バッグ。
準備はできました。
では、行きましょう。
こんぶのおにぎりを克服しに行こう
着きました。地元の駅に。
このコメダ珈琲、まだあったんだ。
そういえばここの裏手のバーでバーテンダーのバイト募集してて、面接受かったのに最後の最後で日和って辞退したんだよなあ。
ここのブックオフでよく立ち読みしたんだよなあ。あしたのジョーとか。
歩くたびに、何も面白くない薄~~いエピソードトークが掘り返されます。
ここの坂、自転車だと地味にキツいんだよなあ。
この先に、昔ダイエーからヤオコーに変わった場所があるんですけど、今は何になってるのかなあ。
全然まだヤオコーでした。
そろそろ図書館です。
これだ!この道!
何も変わってない。
いや、小さくなってない?
図書館、縮んだ?
そうそう、この狭い謎の休憩室。
80円でカップのコーラが飲める自販機があって、重宝してました。
雨の日はここでおにぎり食べてたなあ。
狭いし細長いしあまりにも殺風景すぎて、なんのための休憩室か当時は全然わかってませんでした。
しかし今ならわかります。これはベンチを使えない日の僕のための休憩室だったんですね。
そして図書館の入口に立った瞬間、感じる違和感。
なんだ、この感覚は…?
何かを思い出しそうだ。
何か、大切な……
……
そうだ。検索端末だ。
図書館1階のロビーに、あったんです。蔵書を調べるための検索端末が。
僕の初めてのインターネット体験が、このタッチパネル式の検索端末だったんです。
今のiPhoneみたいに静電気でサラッと押せるタイプではなく、指の力でグッと押す物理型のパネル。
そう。あれはおにぎりを食べ始める前、まだ僕が小学生だったころ。
検索端末といっても専用の機械ではなく、ただネットに繋いで図書館の蔵書検索ページを全画面表示しているだけなので、少し頭の回る小学生であれば造作もなく飛べます。
Yahoo!Japanのトップページに。
そうまでして小学生が調べたいことといえば、たった一つ。
スケベな単語です。
僕は考えました。
ここは老若男女が往来する図書館のロビー。
図書館の係員だけでなく、親もいる。友達も通るかもしれない。
万が一誰かに見つかってもシラを切りとおせる検索ワードでなければ、死ぬ。
時間がない。
考えろ。考えろ。スケベでマイルドなワード。スケベでマイルドなワード。
半角英字で「h」。
これが僕の最適解でした。
こんな検索ワードでも、どれほど勇気が要ったことか。
一体、どれほどまでにとんでもない検索結果が飛び出てくるだろう。
ドキドキ
ドキドキ
ドキドキ
僕は、ボタンをグッと押すと同時に
走りました。検索端末から逃げた。
万が一、とんでもない検索結果が出てきても、これなら逃げおおせる。
作戦は完璧。十重二十重に対策を講じた。
さあ、見せてみろ!
図書館の柱の影に隠れて、僕は検索結果を凝視しました。
その一番上に表示された検索結果は……
浜崎あゆみの公式ページでした。
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あれから何年経っただろう。
今の僕は、「h」を遥かに凌駕するとんでもない検索結果を簡単に叩き出せる。
でも、あれ以上のドキドキはもう生涯味わえないかもしれない。
食えた。
食えた。
食えたんかい。
でも、やっぱ苦手だな。
(おしまい)