まず、こちらのブログを読んでください。
筆者の同業者である古田さん(仮名)はそう言って、
恐らくブログのページを印刷したものと思われる、数枚のA4用紙を見せました。
ご友人の皆々様、こんばんわ!。
今日も今日とてブログ更新の時間です。(^_-)-☆
昨日は某アプリで知り合っていた女学生と、つい気が合ってしまい、(ワタクシは平時より異性と話しているほうが気が楽になる、という特徴?が有りますが、こういうところにもその特徴は出るのでしょうか。苦笑。)つい時を忘れて何時間も話し込んでしまうという一日で御座いました。
この御時世で最近は新規さんの開拓(この云い方は少し酷いかも、と以前に馴染みの方から云われてしまいました。あはは・・・・)自体が御無沙汰だったので、久々にワタクシも、年甲斐もなく張り切ってしまったのでした。笑い。
それにしても、最近頻繁に会話をして居る女学生は少しばかり不思議な方で御座いました。勿論、ワタクシもどちらかとちょっぴりおかしな方だと自覚して居りますから(笑う)、少しばかり浮世離れした方もどんと来い!、な性格ではあるのですがね。
その方は名前をオオユミさんと云うのですが、彼女は他の御仁と異なり、ワタクシの話に非常に興味を持っている様子で、だからワタクシも興が乗り、つい毎回のように長話をしてしまいます。こちらの話を心待ちにしている様子が端々から伝わる純な話し振りは、百戦錬磨の(勿論冗談ですよ)ワタクシも心を揺さぶられてしまうものです。
特に近頃はワタクシの周りでも、形だけ(少なくとも、ワタクシはそのように受け取って居ります。)の相槌をするのみで、こちらの話に対する心からの礼儀といったものを感じられない方が増えてきています。
もちろん、ワタクシの会話やお誘いは何か、明確な見返りなどを期待してのものでは御座いません。ワタクシの思考には多少世間離れした部分もあると自覚して居りますので、相手方のお気持ちに気付かないこともあるのでしょう。
ただ、そうだとしても、です。ワタクシは、お会いしている際はその方に対して真摯に向き合っている積りです。だから、少なくともその場だけでも、相手の話をしっかりと聞いて、こちらの説諭に対する心からの誠意を見せる。それが社会に生きる者としての、ひとつの礼儀ではないでしょうか。こちらも十数年と先を生きていた「先輩」と云う立場として、若者を教導する責務を果たして居るのですから……。
話が逸れてしまいました。
兎に角、そのオオユミさんという女学生と話しているときは、オオユミさんは勿論ワタクシ自身も、とても愉しいひとときを過ごすことが出来ていたのです。携帯の文章ですらこれほど会話が弾むのですから、是非お会いして会話することが出来たら、オオユミさんにとっても無二の時間となるだろう・・・・と思い、最近は会話の折に直接お会いする日取りなどを訪ねて居るのですが、そういった話になると彼女は、どうにも遠慮がちになってしまうのです。
オオユミさんとの予定が中々合わず、歯痒い日々を送って居ります。
こちらもけして多くない余暇の合間を縫って、出来る限り譲歩しているのだから・・・・と内心溜息をつきながら会話を続けているのですが、なかなかあちら側が譲歩する素振りを見せることがなく、直近のやり取りではやむなく年長者としての指導をさせて頂く場面も有りました。
これも責務だからと心を鬼にしようとはしているのですが、矢張り気の合う方にこういった口振りで話をするのは、いつの時代でも気が進まないものです・・・ハア。
最初に軽い自己紹介のメッセージを送りあってから、今に至るまで、その方とは片手では到底数えられないくらいの回数の会話をして居りました。だからこちらも或る程度の信頼は寄せて居た部分も有ったのですが、昨日から彼女の既読もつかず、今に至ります。わざわざこちらが連絡するのを待って居るのかな? と思い、仕方なくこちらからもメッセージを送ってもみるのですが、それでも音沙汰が無し、と。何だかなあ。今日は朝から、ついこの世を憂いてしまいました。泣き。
ま、いろいろ言って居ても今となっては詮方ないことですな。今日も御仕事を頑張らねば。
漸く、お会いする日程と場所が定まりました。こちらが素直な気持で辛抱強く語り掛けて居れば、必ず其れが報われる日が来るのだナアと、未だ若輩者ではありますが、改めて「世直し」の気持を新たにした一日で御座いました。しかし、最初からお家の住所を指定して下さるとは、オオユミさんもこちらから歩み寄ってみれば、中々に積極的な御方で御座いますな。
それを粗方──何を読まされているんだろうという些かの戸惑いとともに──読み終わった私に対し、古田さんは「次はこちらなんですが」と言って、古田さんがインタビューでよく使っているレコーダーの録音データを手渡しました。
「ちょっと前に、『不思議な体験がある』っていう人に僕が取材したときの、録音データです。結局この内容を紙面には載せないことになったから、文字起こしとか清書はしてないんですけど。ちょっと確認してもらえませんか」
[以下、古田さんの音声データを梨が改めて記事用に清書したもの]
専門学校に通ってた頃の話です。
僕ってあんまり接客とかのバイトをやる気持ちになれなかったから、
内職みたいな感じで出来る仕事を探してたんですね。
ただ家がそんな広くないから部屋の中で百均のモノ詰めるとかもできなくて、
じゃあスマホで出来る作業を探そうってことで。
この求人サイトにいっぱい並んでる「データ入力」ってどうなんだろう、
と思って、そういうバイトをいくつか見繕っていたんですよ。
求人見る限りではパソコンやスマホがあればできるやつも多いらしいし、
少なくともバイトでやる事務作業って単純な文字打ちとかだろうから、
何となく楽そうだなって思いがあって。
で、特に制約が少なかったやつ──オフィスとかにも行く必要がないタイプの
データ入力バイトで、一番ってわけではないけどそこそこ単価の高いものを見つけて、
それに申し込んでみたことがあったんですね、二年生くらいの時に。
暫くしたら電話口で、その求人出してた会社の窓口応対的な女性から、
面接──面接でもないですね、対面ですらない電話越しでの会話だったので。
入力して頂いた住所はここで間違いありませんか、
稼働時間はどれくらい取れそうですか、
みたいな幾つかの簡単な質問をされたんですね。
そしたら、恐らくその形だけの電話面接に受かった、ということだったんでしょう。
暫くして僕の家に、スマホと何枚かの説明書みたいなのが届いたんですよ。
後で知ったんですけど、
昔だとデータ入力っていう名前で求人してる団体の一部には、
「こういう仕事」を隠してるところも割とあったらしいですね。
今は流石に少ないみたいですが。
物凄く雑に言うと、それは「マッチングアプリのサクラ」のお仕事募集で。
女の子あるいは男の子に成りすまして、
有料チャットでユーザさんと会話するっていうバイトでした。
恐らくは今でいうところのマッチングアプリが
「出会い系サイト」とか「出会いメール」だった頃の名残だと思うんですよね。
昔だと貸オフィスにパソコンがいっぱい並んでるところで、
バイトの人たちが日夜画面に向かってたらしくて、
その様子をさも健全なバイトみたいに表現するときに適していた形容が
「データ入力」だった、っていう話なんでしょう。
確か他にも「激安ごみ回収・清掃」を謳って山の中に冷蔵庫捨てに行くとか、
そういうアレな仕事を水面下で請け負ってるとこだったんですよね業者自体が。
僕が参加することになった業者──まあ例に漏れずペーパーカンパニーだったんですけど、
そこがとあるチャットアプリのサクラの一部を管理していたんです。
で、大体のマッチングアプリと同じように、
そのアプリでも男性ユーザにやや重めの使用料金が発生するんですよね。
例えば男性がそこで異性とチャットをする場合、
一時間ごとに料金をいくら払わなければいけません、みたいな。
で僕は業者として、さっき段ボールで配達された端末を使って、
女の子に成りすましてユーザさんたちと応対しなければならないんです。
同封されていた何枚かの紙には、そのスマホやアプリの説明書に加えて、
簡単な応対マニュアルみたいなものもありました。
まず最初はこういう話題から話を広げなさい、
身元を探ろうとする話題はこういう風に逸らしなさい、
こういう文体や言葉選びを意識しなさい、
そういった内容の──いわばサクラの指南書が。
だからバイト面接は必要なかったんですね。
最低限文章のやりとりさえなんとかなっていれば、
後は人手をいっぱい受け入れてとにかく会話の数を稼ぐのが重要になるから。
給与は基本的に歩合制で、どれだけ使用料を使わせることが出来たかによって
「データ入力の謝礼」が支払われるんです。
勿論少なくないマージンが業者にも入りますし、
時給換算したらだいぶ悲しい謝礼にはなると思うんですけど、
それでも家の中で適当に返信打ってるだけでお金になるので、
結局それなりに長い時間そのバイトをやっていた気がします。
いや、勿論「データ入力」のバイトを探して色んな求人サイトを見てたから、
かなり想定外な仕事ではあったんですよ?
でも結局、それはそれで良いかと思って、受けることにして。
専門学校生とか大学生の時って結構、
そういうちょっとアウトローなバイトに憧れる時期ってあるじゃないですか。
やれ死体洗いだの闇の治験だの、そういう噂って昔から結構ありますし。
いやまあそういうのって基本、単価が高いからこそ憧れるわけで、
蓋を開けてみるとこんな低賃金で地味な作業なんだっていう思いはありましたけど。
それに、そうやって誰かに成りすましてメール打つ作業には覚えがあったので。
僕はじめに「接客とかのバイトをやる気になれない」って話をしたと思うんですけど、
付き合ってる彼女がこう──まあなんて言うんでしょう、
その、接客業的なことをやってたんですよ。
彼女と思わせてライン交換するみたいな、
別の業種の方の言葉を使うなら「本営」としてチャットで会話して、
お客と接することでお金を稼ぐってお仕事。
まあ、そういうのと関わりがあるか、少なくとも興味のある人間じゃなければ
そもそも断りますよね、こんなバイト。
その中で彼女の愚痴とかを聞いたり、
実際の画面を見たりしてたこともあって、
どういう会話をすればいいのかは何となく分かっていて。
半月に一度、僕のバイト先のいわば上司にあたる、
たぶん怒らせたら怖いんだろうなってお兄さんと
現状の仕事状況について話す電話面談的な機会があったんですけど。
新人にしては割といい感じに仕事を取れてたらしくて、
あの時の苦労も報われたのかなって密かに思ったりしてました。
まあかなり限定的な報われ方ですけど、あはは。
いや、意外とバレることは少なかったですよ。
そもそも基本的に、「その女性あるいは男性らしくない文章の粗」に気付けなさそうな人を重点的に対象として見繕ってきますし、基本はこちらが話しかけるっていうより、相槌を打つ感じになるので。
いや何時間で何円っていう料金体系なので、
出来る限り長く会話を続けたいわけなんですよね、こちらとしては。
なので、返答が来そうな話──つまりはこっちからの質問で場を繋げることが多くて。
こちらの相槌とちょっとしたコメントさえ油断しなければ、
後はユーザさん側が気持ちよく話してくれるんですよ。
だから、いま挙げて頂いた懸念点──
身分を偽ったサクラであることがバレるかどうかとか、
バイト内容が法的にどうなのかとかそういうことって、
少なくとも当時の僕にとってはそんなに問題なくて。
バレるかどうかの不安はそんなになかったし、
法的にグレーなバイトは若さゆえの憧れで相殺されてたから。
勿論今だったら絶対にやりませんし、勧めもしませんけどね。
ただ、懸念点はそれとは別の所にあって。
同封されていたマニュアルの中には、
データ入力中のトラブル対応や応対のテンプレートに加えて、
よく分からない決まり事が記載されてたんですよ。
ごめんなさいね前置きが長くて。
ここからが僕の経験した、不思議な話になるんですけど。
主に二つあって、まず一つ目。
あまりにも住所を聞きたがる人がいたら「ある家の場所」を伝えること。
例えば、チャット上だけでやりとりをしたいです、
っていう方のふりを僕がしていたとして。
もしそれでも住所とか身の上をしつこく聞いてきたり、
どれだけはぐらかしても或いは断っても会う約束を
取り付けてこようとする奴がいたとしたら、
そいつには会社で指定した「特別な住所」を送るように、
って伝えられていたんですよ。
その場所さえ伝えてくれたら、後はこちらで対応するからって。
まあ十中八九その業者が借りてる家で、
僕がなりすましてる人の親とかを装った怖いお兄さんが
然るべき対応をするんだろうなって思ったんです。
確か規約的にもユーザの住所尋ねるのは禁止だから、
基本的に警察に泣きつくことはできなくて、それを見越してるんだろうと。
だからそっちは当時特に気にしてなかったんですけど、
もうひとつの方が僕としては意味が分かんなくて。
そのふたつめの決まりっていうのが、
なりすましをしてるうちに自分が「オオユミモリコさん」に似てきたら、
すぐにそのアカウントの運用をやめること。
オオユミモリコさんって誰? って聞いても、
どうにも要領を得ない答えしか返ってこなくて。
それに似てるって言ったって、
そのオオユミモリコさんがどんな人なのかをわかっていなければ、
似てるかどうかの判断なんてつかないわけですよね。
でも、それが具体的にどういう人なのかは、
なんでも「教えたら真似する奴が出てくるから」って、
彼らも頑として教えてくれなくて。
さっき言った上司との面談では、
具体的にどういう女性のふりをしているかも詳細に聞かれました。
その時に、偽の趣味嗜好や話し方などに「彼女に似てきてる」という兆候が出た場合には、その分のサクラはすぐに止めさせて別のアカウントを運用してもらう、と。
どんなに売り上げのいいサクラだったとしても、やめさせる分の責任はこちらが持つから、そこは正直に伝えてくれって。
なんというか、二重でおかしなことが起こってたんですよね、当時の僕には。
例えば、普通に暮らしてる家の中で幽霊を見るとか、
肝試しに行ったときに心霊写真を撮るとか、
そういうシチュエーションだったら不気味さが際立つんでしょうけど。
元々が「出会い系のサクラのバイト」っていう変な状況で、
その変な世界の中で更に変なことが起きてるもんだから、
逆に「そういうものなのかな」って受容しちゃったところがあって。
それに、あまり彼らのよくわからない決まり事に踏み込んでも、
お互いにいいことがないっていうのはわかりきってましたから、
僕はただ機械的に、チャットの返信と半月ごとの電話面談を進めていて。
確か、五か月くらいたったころだったかな。
そのころには僕もかなりその仕事が板についていて。
最初はひとつのアカウントを運用するので手一杯だったのが
複数のユーザの相手を同時に進められるくらいに手慣れてきて、
在宅にしてはそこそこ割のいいお小遣いが貰えるくらいになっていたんです。
そんなあるときの電話面談で、
いつもの上司のお兄さんじゃなくて、
その日初めて話す別の社員さんが応対したんですね。
その方は恐らくお兄さんの直属の部下くらいの、
つまりはお兄さんより年下で大学二年の僕よりは上──
二十代前半くらいのひとだったんですけど。
彼は「すいません、○○さんは別の対応に追われてて、
ちょっとまとまった時間をとるのが難しいらしいから、
代わりに俺が対応します」って言って。
彼も割と不思議そうというか腑に落ちない感じの話し方だったから、
この人もあんまり何が起こったかは知らなさそうな雰囲気を感じました。
「なんか、オオユミになりかけてる奴がいるから対応する、らしいっすよ」
彼がそんな風に言ったので、
僕もここしかないって思って質問したんですよ、
オオユミモリコって何なんですかって。
そしたら彼も、少なからず変だとは思ってたんでしょうね。
仕事の愚痴みたいな感じで話してくれて。
「ここでバイトしてどんくらい経つ?」
「えーっと、大体半年ぐらいですかね」
「あ、じゃあ知ってるっすかね、ほらうちってゴミ捨てとかも請け負ってるでしょ?」
そこで僕は、その業者が「おうちのごみ撤去と清掃承ります」などと謳いながら
山の中に冷蔵庫などを捨てに行ってるのを思い出しました。
「ああはい、そうですね」
「それで、普通の料金も払えない人が駆け込みで来るところだから、
結構ゴミ屋敷とかさ、半分廃墟みたいな家のでっかい家具を持ち出したりするんすよ」
「なるほど、そうかもしれないですね」
「そこで『へんな仏壇』を引き取っちゃって、
多分あれが駄目だったんだろうなっていうんですけど」
「…………はい」
「今はなんとか大丈夫になったらしいけど、当時は何人かやばいことになりかけたらしくて。『わたしはオオユミモリコだ』って、変なことを言い出す奴がめちゃくちゃ出たらしいんですよ、ごみ捨てしてた俺らの業者の中に。そいつ別に多重人格の気とかなかったのに、乗り移ったみたいに女とか、じいさんとかのふりをしだす奴が」
「え。その廃墟の仏壇を、捨てようとした業者さんが、ってことですか」
「そうそう、そういうこと。仏壇は捨てられずに何とか引き上げたらしいんだけど、そんなことがあってからうちの業者で『オオユミモリコ』を名乗り始めるやつが時々出てくるようになって。それが無いように、たまにサクラやってる人らに確認の電話をするようにしてるんですって」
そこで、僕が守らされてた決まりに関して、
一応の理解は何となくできたんですね。
勿論およそ納得できる理屈ではないんですよ? ないんですけど、
一応この集団の中では筋の通った論理があるんだなっていう、
そういう意味での理解はできたんです。
ただ、それを聞いたことで出てくるもう一つの疑問があって。
「じゃあ、なんで住所をしつこく聞かれたら、あの住所を教えなきゃいけないんですか?」
僕がそう聞いたら彼は、
「だから、ごみの撤去と清掃も請け負ってるんですよ、うちの会社。
だから当時もそれに則って、ほとんど廃墟になってる家から大体のごみを出した後、そこを清掃してフツーの家みたいにして。どうしても捨てられなかった仏壇だけはもっかいそこに戻して、空き家として管理してるらしいですよ」
そんな風に答えて。
「え、空き家ならそこの住所教えたら駄目じゃないですか? セキュリティとか」
「いや、『空き家として』管理してるってだけで、厳密には空き家ではないんですよ。仏壇以外空っぽで、誰も住んでないほったらかしの家。鍵は別の会社が持ってますよ、そこもペーパーカンパニーですけどね」
「……まあ、その家がどうなってるかは分かりました。でも、住所をしつこく聞いてくるおじさんたちにそこの住所を教えて、何になるんですか」
すると彼は、いやそれは僕も○○さんに聞いたんですけどね、と前置きして、不思議そうな声音で話したんです。
「こっちは住所を聞かれたから答えただけだ、あとは会いたい人のところへ勝手に行くだけだから俺たちは関係ないって言ってました。なんかこう、言い慣れたマニュアルを暗唱してるみたいな口調で」
古田さんは、そこで録音機材の再生を停止し、筆者に向き直りました。
「──以上が、僕が取材したときに聞いた話です。
この体験談を聞かせてくれたのが、当時だいたい二十代前後くらいの男性で、
さきほど見せたブログは彼がやりとりしていたお客さんのひとりが
運営していたものだったそうです。
取材した男性が女の子としてお客さんの話の相槌を打っていた時に、
このブログのことも聞いていたらしくて」
そのブログは案の定、更新を停止していた。
先述の、住所を教えてもらったことを仄めかす記事を公開してから、
それ以降の更新がぱったりと止まってしまったそうだ。
その一連の流れと不気味な就業規則を、
古田さんは以前「不気味な体験談」として取材していた。
「でもね。その取材をした後の雑談で、その人の彼女さんの話になって。
彼女さんがそういう営業をしてたからおじさんとのチャットが身近だった、
みたいな話って中々聞かないから、どういう感じなんだろうと思って。
もしよければって、彼女さんとのやりとりを見せて頂いたんですけど。そしたら」
そこで古田さんは目を伏せて。
「そのマッチングアプリのトーク画面を見せてきたんですよ。
本営されてるのを『彼女』だと勘違いしてるみたいに。
『彼女も大変そうですよね。僕以外の人の愚痴を聞いたりするのって、
絶対大変だし気が休まらないじゃないですか。
でもその分、僕もチャットのやり方には理解があったんですよ』
嬉しそうに、そんなことを言いながら」
そのあとに古田さんが話した内容を聞いて、
筆者は、古田さんがインタビュー内容を記事として採用しなかった理由を、
何となく理解しました。
「チャット相手のユーザネームは『おおゆみもりこ』となっていて。
そのアプリの規則で、自分の顔を載せないといけないことになってる筈のアイコンには、
人の顔なのかもわからない黄色のもやもやした何かが『おおゆみもりこの顔』として写っていました」
「僕、もう何が何だか分からなくなったんです。オオユミモリコが誰なのかとか、彼女が住んでいた家で何があったのかとか、その家にあった仏壇をなぜ捨てられなかったのかとか、そういう怪異の詳しい出自もですけど。でもそれ以上にわからないことがあって──」
そこで彼は、一枚のスクリーンショットを筆者に見せました。
オオユミモリコの名前で検索したらヒットしたという、ひとつの情報。
「オオユミモリコ」
病家などへ招かれて八百万の神や先祖以来の仏を呼び集め、
また自分に仏を乗り移らせて、祖父であるなどと名乗りつつ種々の告げをする。
(国際日本文化研究所センター「怪異・妖怪伝承データベース」より「オオユミモリコ」の項を引用)
それを見たときに筆者は、先ほどの録音で聞いた話を思い出しました。
「今はなんとか大丈夫になったらしいけど、当時は何人かやばいことになりかけたらしくて。『わたしはオオユミモリコだ』って、変なことを言い出す奴がめちゃくちゃ出たらしいんですよ、ごみ捨てしてた俺らの業者の中に。そいつ別に多重人格の気とかなかったのに、乗り移ったみたいに女とか、じいさんとかのふりをしだす奴が」
「彼らが見たものは、どこからどこまでが『オオユミモリコ』だったんでしょうか」
最後に彼は、筆者にこう質問して。
筆者は「わかりません」と答えることしかできませんでした。