ある日、近所の『まいばすけっと』に行った。

週に3回程度は通っている。別に好きなわけではない。本当は『ライフ』とかに行きたいが、近所だから仕方なく通っている。『まいばすけっと』からは買い物のエンタメ的要素が排除されている。あるのは実直で必要最低限の「生活」そのもののだけだ。

ものの30秒で牛乳やらキムチやらをカゴに放り込み、誰とも喋らずに済むセルフレジで会計を済ませている時にはたと気がついた。

 

音がなってる。

 

耳を澄ますと天井から微かに音が聞こえた。レジの電子音でかき消されてしまうような、小さな音。

なんでもないジャズピアノのような曲。

2年ほど通い続けているが、音楽の存在を意識したのははじめてだった。どうしていままで気がつかなかったのだろうか。

 

それからしばらくの間、耳をそばだてた。

この曲が好きかどうかも判断がつかない。スーパーの天井から発信されていると、それがどんな名曲であっても震えるような感動はないような気がする。スーパーの天井は音楽の表情を剥奪する。

 

そうなると俄然、いままで見過ごしてきた他の店のBGMにも耳を傾けたくなってきた。

 

東急ストア(スーパー)

最初はスーパーマーケットのBGMを聞いてみよう。『東急ストア』に来た。

入店してみると、ささやかにだが、たしかに音楽が聴こえる。しかしスーパーの空間と混じり合って音楽としての自我を完全に失っている。

『まいばすけっと』もそうだったが、音はかなり小さい。雑踏に紛れてスピーカーの真下にこないと分からないぐらいだ。

 

Gene Harris Trio「Love Me Or Leave Me」

これが流れていた。まいばすけっとと同じく軽妙だがささやかな主張のジャズピアノだ。

 

天井のスピーカーだけではなく、このようにラジカセで音楽を流している区画もあった。

なぜスーパー内で異なる音楽を使い分けるかは分からないが、きっと行動心理学的なものから導き出した適切なマーケティングがあるんだろう。

 

山本寛「UNIVERSALITY 」

このラジカセからはフュージョンが流れていた(天気予想とかで流れるやつ)。かなりBGMっぽくて良い曲だ。

フュージョンやジャズなど、複雑な音楽のほうがBGMとして多く用いられているのは不思議といえば不思議だ。理屈だけでいったら3コードのパンクロックのほうが耳への情報が少ないのではないかと思う。ラモーンズが流れている天気予報があってもいいのに。

 

松本音楽出版 | コンセールパイン
http://www.concertpine.co.jp/index.html

松本音楽出版は「放送番組・イベントのテーマ・背景音楽の作曲及び音源制作」「ミュージックライブラリーの企画・制作・提供」(中略)業務を主とする会社です。

そして検索してみるとこの音源は松本音楽出版という企業からリリースされているようで、いわゆる「ライブラリー・ミュージック」と呼ばれるものだ。

音楽単体でのリスニング目的というわけでなく、CMなどのために制作された音楽の総称だ。BGM専用の音楽。インターネットで用いられる「フリー音源」もこれに含まれるだろう。

 

イギリスのライブラリー・ミュージック・レーベル「kpm」。人気も高くリイシューもされている。

既にこの手のジャンルの再評価が進んでおり、多くのマニアもいる。もしかしたらスーパーのフュージョンも後年になって再発見されるかもしれない。

 

【CM】

「マンスーン・ヤスミノの音声放送」では、そんな見逃されたフリー音源にスポットを当てる企画「フリー音源ディグ」やってますのでよろしくお願いします。

 

サイゼリヤ

次はイタリアンファミレスサイゼリヤ』に来た。何度も訪れた店だが、目的が違うと新鮮な気持ちだ。

もちろんどんな音楽がかかっているのか、あるいはかかっていないのか、まったく記憶にない。

 

中目黒のサイゼリアは高級マンション「アトラスタワー」の下層にある。高層には富裕層が、下層には庶民向けレストラン、そういう世界観のSFみたいな構造になっている。

 

なんか妙に緊張する。何食べようかな~とか全然考えられない。

 

緊張からか、コーンスープと辛味チキンという一切のシナジーを拒否するような意味不明のコンビネーションを注文。

 

さて本題のBGMはというと、なんか、こう、イタリアっぽい音楽が流れてる。

流れている音楽を認識し、楽曲やアーティストなどを表示してくれるアプリ「Shazam」を使ってみると……

 

Fabrizio Cesare Feat. Vanda Rapisardi 「Amami [Female Voice Sweet Version]」

これが流れてた。イタリアっぽい。「ファブリツィオ チェザーレ」。なんてイタリアっぽい名前なんだ。

馬鹿みたいだがこれしか言えない。

 

でも、過剰なまでイタリアっぽいぐらいでちょうどいい気もする、サイゼリヤって。ポストカードのように分かりやすく「イタリアっぺ〜」と思えるぐらいじゃないと。

砂漠の向こう側にあるのに妙にはっきりしてるイタリア。それがサイゼリヤ。

 

ちなみに曲名の「amami」は「私を愛して」という意味らしい。

サイゼリヤで「私を愛して」と流れていたのに、いままで気がつかないで申し訳ない。

 

セブンイレブン

『セブンイレブン』。かなりセブン感の薄い店舗を撮影してしまったが、セブンイレブン。

 

セブンイレブンといえば、CMなどでお馴染み忌野清志郎の『デイドリームビリーバー』正確には「The Monkees」の楽曲を忌野清志郎の所属していた「THE TIMERS」がカバーしたもののイメージが強い。

 

しかし、流石に常にあれが流れてるわけじゃないだろう。

 

いや?

もしかして常に忌野清志郎が流れているのか?BGMは音楽から表情をはぎ取ってしまうような作用がある。認識してなかっただけで、その可能性もある。ずっと「ら~ら~ら~」を無視してたのか?そうだったら怖い。

 

 

聴いてみるとBGMは、何か…バイオリンでポップスをカバーしたような曲が流れている。セブンイレブンってこんな流麗な音楽だっけ?

カバーバージョンだからか、shazamしても分からなかった。

 

しかし確実に耳馴染みのある曲だったので鼻歌を録音して社内で聞いてみた。

 

ある社員から返信があり、

「月ノ美兎の『moon』じゃないか?」

という回答があった。

 

月ノ美兎「moon」をバイオリンでカバーしたものがセブンイレブンで流れる時代になっているのか?

良い時代になってきたな。

 

Olivia Newton-John「Have You Never Been Mellow (邦題:そよ風の誘惑)」

結局全然違って、オリビア・ニュートン=ジョンでした。

セブンイレブンは親切にも、公式ページで店内BGMを教えてくれている(ここから見れます)。

 

松屋 

牛丼チェーン『松屋』。

席に着くやいなや「松屋、エンタメセレクション!」という声が聞こえた。松屋オリジナルの店内放送で、普段行く人からすると結構な認知度があるらしい。不勉強にも全然知らなかった。

ただ松屋のBGMはなんとなくソフトロックっぽい曲がかかってるイメージがある。牛丼屋にしては似つかわしくない洒落た音楽だな~と思った記憶がある。

 

今回はどうだろうか。

 

友貴一彰「金沢の夜」

演歌だった。

演歌に耳を澄ます機会もあまりないので、こういった偶然の衝突もBGMの醍醐味なのかもしれない。

関係ないですが「COUNT DOWN TV」のランキングに演歌が一瞬紹介されるやつ、いまもあるんですかね?

 

松屋の店内アナウンスを長年務めているのは声優の園崎未恵さん。親切にも流れた曲をTwitterで教えてくれる。

 

ドン・キホーテ

次は『驚安の殿堂 ドン・キホーテ』に来た。

ちなみに「驚安(きょうやす)」という言葉はオリジナルとのこと。オリジナルの熟語を店名に冠する、その意味不明なヤマっ気もドンキらしくて素晴らしい。

そしてもちろんドンキといえばあの曲だ。

 

ドンドンドン ド~ンキ~ ♪

 

正式なタイトルは「Miracle Shopping ~ドンキホーテのテーマ~」。ドンキのケレン味にマッチした、陽気すぎるがゆえにどこか空々しさすら感じるアイコニックな曲だ。

まあ、いまさらな感じは否めないが、念のため聞いてみよう。

 

店内では普通に宇多田ヒカルの「君に夢中」が流れていた。

ドンドンドン ド~ンキ~ じゃないのかよ。

 

しかもドンキは小さな販促用のモニターが多数存在しており、売り場ごとに別のBGMも流れているため、何種類もの音が濁流のように耳に流れ込む。

これを意識せずに買い物をしていたのは驚きだった。人間は聞きたいものだけを選択して生きていけるんだなと実感。

 

 

Steve Aoki & Armin van Buuren「Music Means Love Forever」

なんの躊躇もないパーティーチューンだ。あまりに直感に反さない選曲が流れていて嬉しい。ドンキは常にこうあってほしいものですね。

 

ファッション売り場ではThe Roots の「Episodes」

 

ブランド品ではCREAMの「No Negative Vibes」。

こう見ていくと、かなり意識的にリーチする層にむけて音楽を選んでいるようだ。

 

しかし、なぜか寝具売り場には……

 

ORIGINAL LOVEの「プライマル」が流れていた。

オリジナル・ラブがまさか寝具と結びついているとは。かつては渋谷系という洒脱で都会的な音楽様式でくくられたオリジナルラブも、まさかドンキのしかも寝具売り場で流れると思わなかっただろう。

BGMというものの凄みを垣間見た。

 

結局「Miracle Shopping ~ドンキホーテのテーマ~」は食品売り場の片隅から申し訳程度に流れていた。

 

関係ない話。中目黒のドンキはでかいアクアリウムあるので嬉しい。

 

かわいいね。

 

吉そば

『吉そば』。都内13店舗展開しているそば・うどんのチェーン店だ。

職場の最寄り駅にあるし安いのでちょくちょく行く。

大衆蕎麦屋といえば「食事」というよりは「腹を満たす」といった趣のある店であり、普通は有線なんかが流れているイメージだが…

 

Lee Konitz「Skylark」

カフェ。完全にカフェの音楽だ。全然蕎麦屋の音楽じゃない。音量もかなり大きい。支配的といって差し支えがないほどの音量だ。

偶然そんな曲が流れていたというわけでなく、どの曲もなにか強い意図を感じるようなジャズが店内を包んでいる。

 

大盛のやまかけそば+春菊天の満腹セットにはおよそ似つかわしくない雰囲気だ。

妙な居心地を味わえて面白いので、吉そばオススメです。

 

マクドナルド

みんな大好き『マクドナルド』

店内を見渡すとLサイズのポテトを食べている人が多い。品切れになっていたポテトがちょうど復活になったタイミングだったようだ。

そしてBGMはというと…

 

Tokimeki Records Feat. mindfreakkk「SLEEP PARTY」

ジャンクフードとして代表的なマクドナルドだが、意外にもというか、だからこそというか、音楽はかなり洒落たトーンで統一されている。

 

The Weeknd「Out of Time」

亜蘭知子が83年リリースした「Midnight Pretenders」をかなりまんまサンプリングしてることで話題になったThe Weekndの曲も流れていた。

そして先述のTokimeki Recordsは元々80年代の曲をカバーするプロジェクトで、両曲ともにシティポップ・リバイバルの流れを汲むものだ。

なんとなく聞き流しているマクドナルドにもこういった選曲の意図があって面白いですね。

 

IKEA

スウェーデン発祥の家具店『IKEA』

 

たしかに安いけどそんなでかい必要あるか?というアイスクリームの看板を横切り入店する。

スウェーデンと発祥ということで、もしかしたらスウェディッシュポップが流れているかもしれない。

 

Gordon Chambers「Slippin’ Away」

全然アメリカの音楽でした。

まあよくよく考えてみれば、日本発祥の店だからといって坂本九の「スキヤキ」が流れているわけでもないだろうし当然である。

 

病院

通院してる『病院』。

待合室に流れるBGMをshazamで検索する。

 

Dan Gibson「Sojourn」

鳥のさえずりがまじったアンビエント調の曲だ。

Dan Gibsonという方は存じ上げなかったのだが、なんと亡くなるまでに約234枚のアルバムを出して2000万枚以上のセールスがあるらしい。

2000万枚となるとGREEN DAYのメジャーデビューアルバム「Dookie」の売り上げに匹敵する。

自分の無知を棚に上げるような物言いだが、まったく知らないアーティストでしかも病院で流れるような、良くも悪くも当たり障りのない音楽がここまで売り上げているとは…。

 

ルイ・ヴィトン

最後は『ルイ・ヴィトン』。あのルイ・ヴィトン。
 
間違いなくハイブランドの代名詞である。正直詳しいことは分からないがとにかくめちゃくちゃ高級やつ。
 
もちろん入店するのは初めて。完全に冷やかしで入るのは気が引けたが、店内でBGMを鑑賞するくらいなら、まあまあまあ……。

 

意を決して入店する。

 

広い。

 

広いし、明るく清潔で天井が高く、店内の隅々まで意匠が行き届いている。スーパーで無料の牛脂をひとつ余計に持ち帰るような生活をしている僕には分不相応すぎるのが一瞬で分かった。

 

あと市松模様の床から白樺が生えて、でっかい緑色の人形やでっかいチェスのコマが置いてある。

意味が分からないと思うが、言葉通りの意味でしかない。部屋の中にめちゃくちゃ木が…??

 

入店と同時にスマホを取り出してゴチャゴチャやっていると不審に思われそうなので、なんとなくふら~っと眺める。なるべく何気なく……私は幽霊……

そんな想いとは裏腹に店員さんが話しかけてきた。

 

「どんなものをお探しですか?」

「あっ、そうっすね、あの、特にあれっていう目的はないんですけど、こう、なんとなく見ようかな~って」

 

しどろもどろになりながら返答する。最初は「助けてくれ!!!!」と思っていたのだが、見るからに場違いな人間に対して丁寧に解説しはじめてくれた。

そう、「解説」という感じだった。直接的な販促という印象は受けない。その商品のストーリーやバックボーンを懇切丁寧に分かりやすく教えてくれる。

先ほどの市松模様から白樺が生えているゾーンも説明してくれた。昨年惜しくも逝去したルイ・ヴィトンのクリエイティブディレクター、ヴァージル・アブローのコンセプトや世界観が反映されているらしい。

 

しかも会話しているうちに2階へと案内してくれた。2階は流動的なイベントスペースらしく、ほかのお客さんは誰もいない。

見るからに高級そうなルイ・ヴィトンの家具などを順番に解説をしてくれる。なんとオーダーのデスクまで説明してくれた。僕にルイ・ヴィトンのオーダー家具を???

 

「うわ~、ヒカキンさんしか買えないですね」

 

とっさこう言ってしまった。イメージが貧困すぎる。

 

とてつもなくお金のかかったアートの展示を見せてもらっているようでかなり面白かった。

 

話はそれてしまったが、流れていたBGMはというと

Comateens「Get Off My Case

 

Synthia「Dissolve」

確認できたのはこの2曲。

ハイブランドなんてよお…ケッ、というイメージを一瞬で払拭されたすごい接客だった。なんかものすごい好きになってしまった。流れていた曲も店への好印象と結びついたのか、繰り返し聞いている。

冷やかしでなく、ちゃんと買い物できるようになりたい。

 

おわりに

意識するとBGMからは何かしらの意図が、あるいは意図のなさが見いだせる。

教育番組みたいな感想だが、ノイズキャンセリングして街を歩くのにも慣れてしまった近頃、たまにはBGMに耳を傾けるのも悪くないかもしれない。

 

「アコム」の中ではどんなBGMが流れているのか気になったが、流石に入店しなかった。

いつかの日か知りたいものだ。

(おわり)