暗い部屋。
画面に映されたウェブサイトを眺める。
うだつのあがらない毎日を過ごしている。
夜、一人でインターネットを徘徊する。
面白いものを求めて。
読者は常に刺激を求めている。
俺はウェブメディアの編集をしている。
面白そうな記事やライターを集め、アクセスを稼ぐのが仕事。
「この記事なんていいんじゃないか?」「そうだな」「まるでギャグ漫画日和みたいなツッコミじゃないか」「これもいいぞ、やっぱり今は『興味』の時代だよ」「ああ」
「どうだ?」
「…少し上品すぎませんか?」
「なにか…」
「強烈なのが欲しい。激しいのが」
担当ライターとの打ち合わせ。
実力はあるのだが、イップスに陷っているようだ。
「どうでしたか?僕の記事、通りそうですか?」
「ああ、会議の評判は良かった。掲載に関しては、まだ確定じゃないから何ともいえないが」
本当は多分、通らない。会議での評判は芳しくなかった。
その場しのぎの嘘でしかない。気の毒だと思ったが、申し訳ないとは思わなかった。
こういう役目も俺の仕事だ。
「…安心しました」
「最近、よく分からなくて」
「面白い記事ってなんなんですかね」
「……」
「そうだな」
ライターの顔には宿命的に染みついた影があった。
友人から面白いサイトがあるという話を聞いた。
そのサイトは53秒しか閲覧ができないらしい。それ以上はアクセスが遮断される。
面白い、らしい。
「アクセスできた」
「最近、このサイトのフリークが急増してるんだって」
「ただし53秒だけだから」
「見る時はすぐ保存したほうがいいよ」
画質が悪い。
仮面を被った真っ黒い男が座っている。
うしろの壁には奇妙な粘土のようなものが貼り付けられている。
肉と人形が映る。
「これは?」
「俺もよくわかんないんだけど、この人形がマイクで生肉の音を拾っている。らしいよ」
「人形がマイク…?」
「そもそも肉から音なんて聞こえるわけがない」
「うん」
「でもそうしてる。面白いでしょ」
「…」
アクセスが遮断された。
「これで終わり。このサイト、最近流行ってるらしいよ」
「ヤスミノさん、こういうの興味あるでしょ?」
読者は常に刺激を求めている。
同僚に声をかけられた。
「見たか?この記事、これ面白いぞ」
俺は笑えなかった。
ライターの言葉が頭をよぎる。
「面白い記事ってなんなんですかね」
俺もそう思う。
夜。
ネットをうろつきまわる。
「俺が欲しいのはもっと…」
「現代的なやつ」
「今の記事じゃ甘すぎる」
?
ブラウザに覚えのないタブが開いてる。
オモコローム?
開く。
あのサイトだ。
勝手にサイトが開いているなんて奇妙だったが、不思議と俺は冷静だった。
前見た時と同じ部屋に、同じ黒い男が座っている。
見てる途中でアクセスが遮断された。
翌日。
再び担当しているライターと打ち合わせ。
知っていたことだが、こいつの記事は通らなかった。それを伝え、次回のネタを話し合う。
俺だって本意じゃない。担当の記事は掲載したい。
もう慣れたが、それでもたまにどうしようもない虚脱感に襲われる。
いつまでこんなことをしなくちゃいけないんだ?
「悪い。今回は通らなかったが…次回はいけると思う」
「いいんです。それよりヤスミノさん、見てください」
「たすけてくださいたすけてくださいたすけてください」
「知ってます?」
「たすけてくださいたすけてくださいたすけてください」
「これ、最近流行ってるサイトでみた人形…」
「僕、オモコロームが好きなんです」
「たすけてくださいたすけてくださいたすけてください」
「…その人形はどうやって手に入れた?いや、それより…オモコロームってなんなんだ?」
「ピアシングしてくれませんか?」
「たすけてくださいたすけてくださいたすけてください」
「ピアシング?」
「ピアスの穴を開けたいんです」
「たすけてくださいたすけてくださいたすけてください」
「何を言ってるんだ、急に」
「僕、オモコロームに行こうと思うんです」
「たすけてくださいたすけてくださいたすけてください」
ピアスとあのサイトに何の因果関係があるんだ?と口に出しそうになる。
彼の目を見た。
ぬめったような眼球の表面は、青白く鈍い光を反射させた。一方で不思議な恍惚さをたたえていた。
直感的に、彼が変わってしまったことを悟った。
彼はにっこり微笑んで、オフィスから立ち去った。
その薄笑いは網膜にへばりついて引き剥がすことができなかった。
「編集長、オモコロームってサイト、知ってますか」
しかめ面が浮かびあがった。深く刻まれる眉間の皺。
まるで見ず知らずの死体を見下ろすような、妙な冷ややかさがあった。
「最近流行ってるサイトらしいです。ウチのライターも移籍するって言って…」
「知らないほうがいい」
「彼らには、お前にないものがある」
「哲学だ」
「それが危険なんだ」
「どういうことですか」
編集長は何も言わず立ち上がった。
何かに怯えているようにも見えたし、 確固たる意思を持っているようにも見えた。
俺からはそれ以上、何も聞けなかった。
「すまない」
聞き取れないほどのか細い声でそう言い残し、会議室から出ていく。
ふと通りかかった公園に視線を向けた。
オモコロームの黒い男がいた。
おもわず声をあげそうになる。
心臓が早鐘を打つ。
もうそこに姿はなかった。
見間違えだったのか、それとも幻覚か。
俺は強迫観念にとらわれている。
神経症になりかけている。
「多かれ少なかれ、みんな神経症みたいなもんですよ。僕に言わせれば」
ライターの声が聞こえた。
俺もそう思う。
深夜。
再び、ブラウザに覚えのないタブが開いていた。
開く。
オモコローム。
そこには担当していたライターがいた。
同じ部屋。粘土の前でこちらを見据えている。
なにかが映った。
イラストだ。
見覚えがあった。
「おいなりさん」だ。
うちの編集長が書いた記事、「おいなりさん」だ。
どういうことだ?
なぜ編集長のおいなりさんがオモコロームに?
「哲学だ」
「それが危険なんだ」
どういうことだ?
(シーズン2に続く)
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