序章
「グアムでもお前らは俺の道具だからな、ハハハハ」
菅原課長の下卑た笑いがフロアに響く。僕たちは肩を震わせ、うつむいていた。
僕が新卒で入社した最初の会社は、パワハラ、セクハラ、残業、早出、休日出勤、時には暴力まで行われる、非常にエキサイティングな職場だった。
菅原課長はその会社の悪い部分を抽出して人の形にしたモノみたいな存在だ。
とても太っており、常に怒鳴り散らし、部下の事を「道具」と呼び、クレームやミスを部下に押し付ける。いきなり飲み屋に部下を連れて行き、レモンサワーを30杯注文し、「全部飲むまで帰るなよ」とだけ言い残し、金も払わず帰る。フロアの全員から「死なねえかな」と思われていた。
僕たちはわかっていた。この会社は狂っていると。ひたすらに大声を出すという謎の新卒研修の段階で皆気づいていた。新卒カードを無駄にしたとか、大学を出た意味とか、そういうのを認めたくなくて、気づいていないフリをしていた。気づいてしまった同期が1人、2人と辞めて行き、1年で半分以下になった。
もがくように働き続けてボロボロになっている精神と身体に追い打ちをかけるようなイベントが、総務部より告知された。
虹色の創英角ポップ体が踊るクソみたいな掲示が、僕たちを心を大きく抉った。マジか……と思いながら掲示を読んでいくと、更に心を削られた
・通常休暇を3日分、旅行に充てます
・行動班はフロア単位で分けます
休みを3日消費して行われる。つまり3回土曜日に出社しなくてはならない。相当キツイ。行動はフロア単位で行われるということは、3日間、菅原課長とグアムを巡らないといけない。こんな福利厚生を誰が求めたのか。何が最強だ。しかし行かないという選択肢が許される環境でもない。行きたくない。行きたくない。行きたくない……
負の感情が渦を巻き、
それらも一緒に気流に乗せて、
僕たちは夏のグアムに到着した。
税関の手続きを待っていると、同僚の岸部が真っ青な顔でフラフラした足取りでやってきた。目に生気が無い。すごく小さい声で、岸部は語りかけてきた。
「地獄だ。この島は、地獄だ」
まだ着いたばかりだというのにホラー映画みたいなセリフを吐いてくる。戸惑いながらも、事情を聞く。
「どうしたんだよ」
「俺、菅原と2人部屋なんだよ」
「マジかよ」
「飛行機の席も部屋割りと合わせて隣だ。さっき飛行機の中で、ワインボトルを1本飲まされた」
「えっ」
「こんなのが3日続くんだぞ、発狂するかもしれない」
「……なるべく俺らと居ような」
「グアムで人を殺したら、グアムの刑法が適用されるのかな……」
岸辺がやばいゾーンに入っていた。彼は気が弱く従順な性格と、シンプルにミスが多い事が災いし、入社時からずっと菅原の奴隷みたいになっていた。彼はいつもスロットで負けているのだが、今回のくじ引きでは菅原と2人部屋を引き当てるという剛運を発揮したようだった。
空港を出てバスに乗る。
カラッとした青い空と海。心に立ち込める暗雲。
この時は、まさかこの社員旅行があんな事になるだなんて、思いもしていなかった。
1日目 昼
ホテルの部屋に着き、荷物を置いて少し休息。旅行は一応、総務部の偏差値30くらいの女が作った簡単なプログラムが組まれており、全員でホテルのプールサイド的な場所でBBQをやる感じとなっていた。ホテル到着からBBQ開始まで3時間あってマジかよって思った。仕方ないので同僚たちと軽く食事、買い物、散歩などで3時間を消費し、集合時間の15分前にプールサイドに行く。既に大量の肉や海鮮が用意されていて、大量の肉の塊にアメリカを感じた。
パツパツのアロハシャツを身にまとった菅原が、「遅えぞ!」と僕らを怒鳴る。15分前に着いているとかは関係ない。この人より後に来たら遅刻なのだ。会社と一緒だ。何でワンサイズ小さいアロハを着てるんだ。ボタンが取れそうだ。アロハはパツパツなのに短パンはめちゃくちゃワイドでスフィンクスみたいになっていた。
上層部の人たちは既に飲んでいるようで、僕らの卓にも、1人1つずつ缶ビールを配られる。見慣れない、海外のビールだった。菅原が「コイツめちゃくちゃ飲むんで10個くらい下さい」とか言って、岸部の前に10缶ほど置かれた。
「よかったなあ岸部、せっかく貰ったんだから全部飲めよ」
ニタニタしながら、岸部と肩を組む菅原。岸部の目は焦点が合っておらず、顔はまだ青白かった。
BBQが始まる前に、スタッフの方が注意事項を伝える。主に、プールには絶対入るなという話だった。もう飲んでいるのでマジで誰も聞いていなかったが、菅原の地獄耳はそれを聞き逃さない。
「岸部、今、プールに飛び込め。ハハハ」
悪魔の命令が発せられる。
「いや、それはちょっと……」
岸部も断るが、菅原がイライラした口調になる。
「早くしろ。飲んでからだと死ぬかもしれんぞ?」
岸部は諦めたような、悲しげな表情をして立ち上がり、着衣のままプールに飛び込んだ。
ドボンッ……!
飛沫が跳ねる。スタッフの方が拡声器でめちゃくちゃキレる。他の卓の上司たちも怒っている。菅原も立ち上がり「何をやっているんだ!」と言っている。終わってる。
僕と同僚たちは、死んだ瞳でそれを見ていた。止めれる人間などいない。岸部が可哀想だ、助けなきゃ!とか、こんな暴挙は許せない!と義憤に駆られるとか、そういう牙は入社二カ月で全部抜けた。「私はロボットです」とか「自我は持ちません」とか延々と言わされる新卒研修で全部抜けた。
フロアの長である菅原は気に入らない人間の給料を下げる事が出来る。そもそも大した給料じゃないのだが、これより減るとすごく困る。僕らに出来るのは岸部のフォローと、菅原の機嫌を取る事だけだ。
苦手なビールを全員で手伝い、女性社員を卓に招き菅原と会話をさせ、肉が切れないように焼く。社長たちの卓に挨拶も行き、そこでも理由なく酒を飲まされる。
体育会系の会社ではメジャーらしいのだが、コップを空にする→注がれる→飲み干す→次の上司に注がれる→飲み干す→次の上司に注がれる→社長まで延々と続く……という最悪のマラソンをしないといけない。
一応海外という事で少しだけ浮かれていた僕らもようやく気付く。
岸部の言う通り、この島は地獄なのだと。
BBQ後は自由時間で、街に遊びに行っても良いことになっていたが、僕らはグッタリしていて、そんな気分になれなかった。
部屋に戻ろうとすると、大好きなお肉を食べて元気いっぱいの菅原がナイトクラブに行くぞと誘ってきた。ナンパをするぞとか言ってた。さっきよりもアロハがパツパツで、誰がグアムで日本の太ったデブに付いて行くんだと思ったが、話を聞くとどうも僕らがナンパをして菅原の所に連れてくるみたいな話だった。僕らも疲れるし、仮に女の子が話を聞いてくれてもいきなりパツパツアロハデブのところに連れて行かれたら絶対帰ると思うし、菅原もそうなったら機嫌悪くなるだろうし、誰も得しないシステムだった。
誰よりもビールを飲まされた岸部は完全にグロッキーで、人の肩を借りないと歩けない状態だった。相部屋の同僚と僕が岸部の介抱の為ホテルに残り、残りの生贄達はタクシーでナイトクラブに向かう事となった。菅原は「使えないやつだ」と吐き捨てて去って行った。
菅原がいる以上、ナイトクラブに収穫なんてあるはずがないので、2時間くらいで機嫌が悪い菅原が帰ってくるだろう。その部屋に岸部を寝かせておくのは得策じゃないので、岸部を僕らの部屋のベッドに寝かせた。
同僚とベランダで煙草を吸う。「ようやく落ち着けたな」なんて話をして、感情無く笑った。
部屋に戻ると、岸部が身体を起こした。
「ありがとう、ごめん」
何で謝るんだ。お前は何も悪くない。部屋はWi-fiが入るからむしろ嬉しい。
「横になっててくれ、明日はなるべく菅原と2人にならないように俺らも気をつける。……ごめん」
それだけ伝えて、部屋の電気を落とした。
月の明かりだけが差し込む部屋。
横になっている岸部が、「確かグアムって、銃が撃てる場所あるよね」と呟いた。
2日目 朝
06:30開始という狂った時間設定の朝食バイキングに、眠さと戦いながら訪れた。グラノーラ的なやつの食感があり得ないくらい終わっていて、取ったことを完全に後悔しながらモッサモッサと摂取していた。
しばらくすると、菅原も同じテーブルにやってきた。目がちゃんと開いていなかったが、不機嫌そうだった。ナイトクラブの話題は地雷だと察し、会話も無くノロノロと朝ごはんを摂取する僕ら。
そんな僕らに、やけに元気な集団が近づいてきた。隣のフロアの連中だ。開口一番、彼らは僕にこう言った。
「お前ら、ストリップ行ったか?」
ストリップ……日本ではあまり、馴染みの無い単語だ。女性が服を脱ぐ店、くらいの認識だったのだが、どうもグアムはストリップのレベルが高いらしく、グアムで風俗と言えばストリップだと言われているくらいだった。
「30ドルで入場なんだけど、まじで映画の女優みたいな金髪美女が脱いでいくんだよ! しかも1ドル払えば触らせてくれたりとかサービスがあるんだ! すげえ楽しかった!」
朝6時半とは思えないテンションの説明を受け、半開きだった菅原の目が、開眼する。
「ストリップだと! 詳しく聞かせろ! 美人多いのか?」
「ほぼ美人でしたよ!」
「どこまで出来るんだ?」
「1ドルのチップでなんか触ったりとか出来て、僕らは行ってないんですが150ドルくらいで個室に移動してスペシャルサービスがあるって言ってましたよ!」
「海外の金髪美女……スペシャルサービス……よし、今夜はそこに行こう」
「1ドル札をたくさん使うんで、両替していくのがオススメです! 女の子用のドリンクは20ドルするんで、よく考えてからOK出して下さい!」
ものすごく親切な説明をしてくれる同僚と、即断即決の菅原。時刻は朝6時半。
今日のプログラムは全員で海に行って、そこからずっとフリータイムという、完全に計画する気無い人の旅行計画だっから、ストリップは余裕で行ける。自分も正直、ここまでプレゼンされたら流石に興味があった。
「店名は?」
「Club G-Spotってところです!」
すごい店名だ。
今すぐにでもストリップに向かいそうなテンションだったが、プログラム上とりあえず皆で海に行かなくてはいけないので、海に向かう。ものすごく眠かったが、さすがに日本では見られない空色の海に、少しワクワクした。
海では予め自分たちで予約しておいた、バナナボートとかジェットスキーとかパラセイリングとか、なんか色々やるらしかった。とりあえずバナナボート中に悪魔によって岸部が落とされて、運転手にガチギレされていた。
そんな航海を終え、次のアクティビティに参加する為に時間を確認していたところ。
「俺はもういいや、ストリップに向けて日焼けしておくわ」
よくわからないセリフを吐いて、菅原は砂浜の方に向かっていった。別にお前が脱ぐわけじゃないぞと思いながら楽しく綺麗な海ではしゃいだりしていたのだが、気づいたら岸部の姿も見えなかった。
まさか……と思い砂浜に急ぐと、岸部は大人しく座っており、横にはタオルで顔を巻いたジュゴンみたいなボディの菅原が転がっていて、この炎天下の中、いびきを思いっきり発しながら寝ていた。
「何してんの?」
「荷物を見てろって言われて……」
岸部は後頭部に「死」って書いてあるドラえもんの絵を砂に描いていた。
「いや、そんなのロッカーに預けりゃいいだろ、そこまで言う事聞く必要は無いだろ」
「いいよ、俺は座ってるから」
「せっかくグアムまで来て意味わからないだろそんなの」
「でも……仕方ないよ、俺はもう、いいからさ、マキヤたちは気にせず、遊んでてくれ」
……この性格なのだ。この性格が菅原を増長させるのだ。
菅原は尊敬する箇所が1つもない暴君だが、岸部以外にはそこまで強く当たらない。何でも言うことを聞いてしまうから、菅原が付け上がってしまう。岸部のその性格が別に悪いとは言わない、そんな資格は傍観者の僕にない。ただ、それで自身が心を病んで苦しんでいるのなら、もう少しだけ言うことを聞かなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。
そう思って、僕は寝ている菅原の乳首に砂を乗せ始めた。
「ななななななにやってるんだよマキヤ!」
岸部がめちゃくちゃ焦る。
「いびきかいてるから大丈夫だろ、どっちが高い砂山を作れるか勝負しようぜ」
「そんなことしてバレたら……」
「なんでもいいんだけどさ、ずっとこのまま言いなりだとキツくない?」
「それは……」
岸部は少し考えた後、砂を手に取り、菅原の左乳首にかけ始めた。持っていた水も駆使して、しっかりとした山を作っていく。社会人の男2人がグアムでする、最低の砂遊び。
「このままで働き続けれるわけ、ないよな……」
「同期が半分辞めたからね、あれだけやられて残ってる岸部は凄いよ」
「俺も、なんとかしないとなって、思ってたんだ」
砂山を創りながらポツリポツリと話す。岸部に溜め込まれたヘイトは深かったようで、俺よりはるかに大きい砂山を作るから二人で笑ってしまった。雲一つない青空の下、ジュゴンみたいなおっさんを挟んで、海を見ながらそいつの両胸に砂山を作り合いながら笑う2人。写真がなくて申し訳ないが、ものすごく良い画だったということだけお伝えしたい。
砂山に使った水が乾き、パラパラと崩れていくが、土台の方はしっかりと残っていた。
この脆い砂山は、僕達だけの反逆の証なのだ。
しばらくして、偉い部長が遠くから声をかけてきた。
ビーチバレーの人数が足りないから入れとの事だった。砂を払う事で菅原を起こしたくなかったので、ロッカーに菅原の荷物だけ預けて、砂はそのままにして2人で向かった。バレーをしながら菅原の方を見たら、女子社員が砂ブラ状態の菅原の写メとか撮ってた。今後何が何でもしらばっくれようと思った。
「岸部えええええ!!!」
1時間後、ブチ切れてるパツパツアロハ菅原がやってきた。こうなることはわかっていた。しかし僕らには勝算があった。
「菅原、うるせえよ」
部長が一言、それだけで菅原は何も言えない。この会社の強烈な縦社会は、菅原も例外ではないのだ。
「あ、いえ、荷物を見ているように頼んでいたもので、すみません」
「ビーチバレーの人数足りないから俺が声かけたんだ。お前の荷物はロッカーに預けてあるよ」
「おす、ありがとうございます。わかりました」
すごすごと退散する菅原。部長命令なら何も言えない事はわかっていた。砂の件をもしも聞かれたら、誰がやったか知らないって言い張ると示し合わせてあったので、これは完全犯罪だった。
ストレスはどんな状態であれ、多かれ少なかれ、生きていれば必ず降ってくる。どんな方法でもいいから発散していかないと、パンクしてしまう。菅原の胸に砂塔を建設したのは爽快だったし、夜のストリップもストレス発散になりそうだ。ストレスと上手く向き合って、パンクしないようにしていきたい。俺も岸部も。
2日目 夜
ホテルでシャワーを浴びて、着替え、適当に飯も食い、準備万端。ストリップがあるタモン地区へ向け、ホテル前でタクシーを待つ。待ってる間、岸部が全員にコーラを買ってきてくれた。どうも菅原に買いに行かされたようだった。せめて自分の分だけでもと、1ドルを岸部のポケットにねじ込んだ。
着替えた菅原が違う柄のピチピチアロハになってて、何で同じサイズなんだよと笑いそうになりながら、タクシーに乗る。
日本語が堪能な運転手へ「Club G-Spotへ」と伝えると「ふっ」と笑われた。そして、驚くべきことを言われる。
「G-Spot? あんなところグアムの人行かないよ。高いし、可愛くナイヨ!」
おかしい。同僚のあのテンションの説明とだいぶ違う。
「えっそうなんですか?」
「ストリップならすごくオススメがあるヨ。G-Spotは30ドルだけどそこは10ドルで入れるヨ! 可愛い子しかいないよ!」
いや、怖い。G-Spotはとんでもない店名だが、ちゃんとガイドブックにも乗ってるような大きい店だ。安ければいいわけじゃない、同僚が絶賛してたところの1/3のクオリティの女性が来るだけなのではないか。10ドルでストリップとか怖い、昼食ったハンバーガーセットより安い。菅原、ここは同僚を信じて……
「そうか、じゃあそのオススメに」
失意と不安と少しの期待が、グアムの夜を走る。
G-Spotがある建物周辺の繁華街のネオンが華やかで、綺麗だなと思っていたらその辺を大分通り過ぎて、グアムの雑居ビルみたいなところで降ろされた。不安が凄かった。
運転手が店内に入り、受付のガラが悪い店員と話をしている。
「5人でオーケーよ! それじゃ私は、1時間後にまた来ルネ!」
そしてタクシーは走り去って行った。この店はタクシーとグルだったのだろうか、わからない。不安な気持ちのまま受付を済ませようとすると
「1人15ドルね」
ナチュラルに15ドル取られる。看板にも15ドルって書いてある。騙された。
「1ドルに崩すの忘れたな、いいや、お前ら全員とりあえず俺に1ドルを全部預けろ」
更に菅原にチップを全て奪われる。絶対に帰ってこない気がするし、僕らは普通に楽しむことも出来ないようだった。
そして入店
店内は薄暗く、イケイケの音楽が流れる。
真ん中にポールが立ったUの字型のショーステージが有り、そこでダンサーが踊るようだ。ステージの周りが、そのままUの字のバーカウンターみたいになっていて、間近でストリップが見れる仕組みだ。壁の方にはファミレスみたいなテーブルもいくつか有り、離れて見ることも出来る。
店内に客も半分くらい居て少し安心した。おそらく全員現地の方だ。半分はカウンターで、半分はテーブル席でダンスを観ながら酒を飲んでいた。
天井にはキラキラとしたライトと、ステージ辺りの天井は、小学生がお楽しみ会とかで作るような、折り紙のリングみたいなのが単体で沢山天井にくっつけられており、変わった装飾だなと思った。
ステージでは普通に太ったアジア系の女性が下着姿でクネクネと踊っており、結構意味がわからなかった。
カウンター席に着席し、ドリンクを貰う。目の前では大迫力のダンスが繰り広げられているが、何をしたらいいのかわからず、ボーっと見ていた。少しして小休憩みたいなタイミングで、ダンサーがチップをくれみたいなジェスチャーをし始めた。向かいの男性客が1ドルを渡し、ダンサーは下着を取って胸を触らせていた。
それを見た菅原は「いけよ、岸部」と笑いながら言い、1ドルを岸部の目の前に置く、すぐさま半裸ダンサーがやってきてドルを回収し、胸を触るようにジェスチャーをしていた。岸部が胸に触れたその瞬間、思いっきりダンサーがビンタをした。すごい罠だった
後に知った事だが、1ドルでも色んなサービスのパターンがあるようで、触ったり、触らせたり、キスだったりハグだったりパフパフだったりビンタだったり、色々ある。そのランダム性も、楽しみ方の1つの様だった。
ただ、このダンサーは、僕らが大笑いしたこともあってか、”コイツにはビンタ”みたいな認識になってしまった。菅原が3ドルくらい連続で岸部の前に置いて、岸部はその度にビンタされていった。最後は顔にヒップアタックを喰らって、椅子から転げ落ちていた。菅原はもうヒーヒー言いながら笑い、向かいのカウンターや、テーブルに居たアメリカン達もめちゃくちゃ笑ってた。
「グアムは殺し屋っているのかな」
ダンサーが15分おきくらいに替わるシステムらしく、またも小休止のような時間。岸部はまあまあ怒っていた。普段の仕事中もずっと理不尽に怒られ、グアム出発からずっと菅原に酒を飲まされ続け、バーベキューではプールに飛び込みさせられ、海では荷物番をさせられて、楽しいはずのストリップではチップを連打され痛い目に遭う。そりゃいつキレてもおかしくない。岸部にドリンクを渡しながらなだめていたら、変な音が聞こえた。
ピシンッ
ピシンッ
なんだこの音は……?
音楽が変わり、次のダンサーが出てきた。
僕らは思わず目を見開いた。
ものすごく太ったアジア系の女性が、ムチを持って出てきた。丁度変わったBGMも蝶野のCRUSHみたいな曲だった。
これは完全にヤバイ。ダンビラムーチョみたいなのが出てきた。腹肉はスライムみたいにグニャングニャンになっている。そして何より踊りもしない、ムチを地面に打ち付けながら威嚇している。僕らも、菅原までも唖然としてしまい、ぽっかりと口を開けてその奇妙な光景を見ていた。
ただ、唯一、岸部だけは、その姿に光を見出していた。
岸部はポケットからくしゃくしゃの1ドル札を取り出した。先程コーラ代で僕が払ったドルだ。
そしてその1ドル札を、唖然としてムチスライムを見ている菅原の前に、徐々に寄せていく。
(まさか、やるのか、岸部……!)
左手を使って、徐々に、1ドル札を菅原の前に持っていく。
気づかれたら申し開きのしようは無い。これは大きな賭けだ
少しずつ、少しずつ、反逆の1ドル札は菅原に向かう。
(やるんだな……岸部……!)
1ドル札が完全に菅原の正面に来た。
菅原はまだ気づいていない。代わりにスライムが気づいた。「せーんきゅーう~!」と言いながら、ムチを鳴らし近づいてくる。
岸部は手を元の位置に戻した。成功だ。すごい、岸部、お前は、やり遂げたんだな……!
「こっちに来る……えっなんだこのチップは? 俺じゃないぞ?」
菅原が気づき、焦った顔で僕らを見る。もう遅い、リーサルウェポンは目の前だ。
「Come on」
ダンサーは菅原の手を取り、無理やり壇上に上げた。スライムは艶っぽい仕草で、パツパツになっているアロハシャツのボタンを1つずつ、外していった。店内の全員が、露わになっていく菅原の姿に注目する。ストリップって絶対こんなんじゃないと思う。
菅原は「おい! やめっ」とか言っているが、為す術もない。やがてボタンが全て外れ、日焼けで真っ赤になった菅原のだらしない肉体が、ミラーボールの下に晒された。
僕らが昼に建てた砂の塔のせいで、菅原は両乳首の周りだけ白く焼け残っていた。これにはアメリカン達が両手を叩き、大盛り上がりだった。
菅原はそのままポールに捕まるように言われ、情けない姿勢を取っている。
ピシンッ、ピシンッとムチが地面を打ち付ける。来るぞ――!
バヂンッ!
「ぐあああっ!」
思っていたより鈍い音がした。菅原はその場に倒れ込む。アメリカン達の盛り上がりも最高潮だ。様々な言葉で、菅原とダンサーを賞賛しているようだった。
そして、彼らは、1ドル札を大量にステージにばらまいた!
「Thank you!!!!」 スライムが1枚残らず回収する。
菅原はうずくまっており、それに気づいていない!
ダンサーは菅原に覆いかぶさり、ベルトを外し、菅原を立たせた。
菅原のズボンは相当でかく、ベルトが無いと落ちてきてしまうようで、彼は手で落ちないようにした。その瞬間
バヂンッ!
「ぐおおっ! くあっ……」
取られたベルトで腹を打たれていた。少し可哀想になってきたが、スライムの連続攻撃は止まらない。その後素手で背中をビンタして、そのあと何故かおもむろに胸を触らせていた。アメとムチのバランスがすごい。
「おい、ヘルプミー、ヘルプミー」
菅原が僕らに助けを求める。完全に混乱している。僕らには日本語でいい。
そして、ダンサーは菅原のズボンを下ろした。
パンツ1枚になる菅原。
ダンサーは、パンツに顔を近づける――!
それはまずいだろっ……と思ったその瞬間
ビリリリリリリ!
ダンサーが、菅原のパンツを喰い千切った。獲物を仕留めたライオンのようなモーションで喰い千切った。
菅原は唖然として立っていた。ゴムと布の部分を完全に分断され、菅原はステージ上で全裸となった。全裸で乳首周りだけ白いの本当に面白いなと思った。
会場のボルテージはMAXだ。僕も岸部も、後の事とか何も考えられないくらいに笑った。
ダンサーが全裸で立ち尽くす菅原の陰部を指差して、「SKY TREE?」と尋ねた
そして、ダンサーが、パンツのゴムを天井にぶら下げた。
その時、初めて気付いた。
店に入った時からずっと、紙のリングみたいな飾りが大量に天井にあると思っていた。
違った。
これは全て
アイツに1ドル払って散っていったた勇者たちの
パンツのゴムだ。
2日目 深夜
タクシーに乗って、ホテルに帰る。菅原は言葉を発しない。明日は帰るだけだから、最後にいい思い出が出来た。ストリップなのにほとんど菅原の裸しか見れなかったけど、楽しかったし、岸部の牙が見れて良かった。
ホテル前に着き、僕は運転手にお礼を言った。ノーパンでズボンも落ちそうな菅原は、ポケットに手を入れてズボンを支えていた。何故かスライムがベルトを持ったまま去ってしまったので、どうやって取り返せばいいかわからなかったからだ。
ロビー前に着いた時、社長たちが女性社員を5人連れ立って出てきた。これからオールで飲みに行く所らしい。
「そうだ、ホテルをバックに写真撮ってくれ。あ、君たち同期だろ、みんな写真入りな、ほら」
社長たちが連れている女性社員の内2人は同期だったので、一緒に写真を撮ることになった。そうなるとカメラマンは、菅原だ。
「あ、はい、撮りますね、ちょっと待って下さい」
菅原は左手をポケットに突っ込んでズボンが落ちないようにしたまま、右手で自分のスマホを取り出した。
「いや、俺ので撮ってくれよ」
社長がスマホを手渡す。
その時、菅原の手を引いたので、ズボンはズルリと落ち、ロビーからの明かりがしっかりと菅原の陰部を照らした。
ロビー前は一時、すごいパニックになった。
社長が「君は何でノーパンなんだ!」って言ったのが面白かった。
帰国後
日焼けの皮が剥けてきて、全員の肌が黒くなっていた。
菅原はパワハラ野郎からセクハラ野郎みたいな扱いになり、妙に大人しくなって、気づけばどこかに異動していた。
しばらくして僕も岸部も、この会社を去った。お互い、新天地で頑張っている。
今勤めている会社の今年の社員旅行はグアムだと先程聞いて、この話を思い出した。
今度は絶対に、G-Spotに行きたい。
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