オモコロ編集部のみくのしんさんを池袋の会員制パフェ専門店に連れて行った少し後。

 

「お疲れ様です。以前お話していたパフェの件なんですけど」

「はい」

「来月あたりでどこか、お時間いただけませんか?」

「大丈夫ですよ」

「有難うございます」

 

私は、とある方と連絡を取っていた。

 

 

集合場所は西荻窪。

この地に──私が食べてみたい、

そして食べさせてみたいパフェがあったからだ。

 

少し肌寒い冬の夜、

西荻窪駅近くの住宅街で暫し待つ。

ほどなくして、その方は現れた。

 

 

「お待たせしてすいません。ここが例のパフェ屋さんですか」

「そうです。それでは、早速行きましょうか」

 

 

今回、私がお呼び立てしたのは、

ダ・ヴィンチ・恐山さんだ。

なお、氏は取材当日に仮面を忘れてきたため、

恐山さんの顔部分はすべて編集したうえで進行する。

あらかじめご了承いただきたい。

 

 

そして例によって、

これは私がオモコロ編集部の恐山さんに、

お薦めのパフェを紹介するという記事である。

 

ホラーの要素は一切ないしそもそも小説でもない。

最後にこの顔部分の編集が剥がれて別人であることが判明する、

といった在り来りなギミックもない。

シンプルに仮面を忘れてただけである。

そのつもりでご覧いただきたい。

そして──。

 

 

「それで、どういうお店なんですか? このお店に来るのは初めてで。『すごいパフェを食べる』とは聞いたんですが」

「そうですね。早速、今回紹介するお店を簡単に説明しましょう」

「はい」

「今から恐山さんに食べていただくのは、『秋の茶碗蒸しのパフェ』です」

「茶碗蒸し?」

「はい。茶碗蒸しの、パフェです」

 

 

西荻窪「Typica(ティピカ)」。

 

スイーツ好きの読者諸氏に於いては、西荻窪がパフェやケーキ、デセールといった甘味──とりわけ洋菓子の激戦区であることは言を俟たないだろう。

しかし、このお店はその中でもあらゆる意味で一線を画している。

 

公式Xより引用)

画像

 

暖色の柔らかな照明の下、

大量のパフェグラスが並ぶバーカウンターを横目に見つつ、

隅のテーブル席に腰を下ろす。

 

 

店内では、焙煎されたコーヒー豆の香りに混じり、

何処かエキゾチックなスパイスの香りが鼻腔を擽る。

 

私たちが来店したのは平日の午後六時ごろだったのだが、

店内にはすでに数組のお客さんがいらしていた。

 

「いらっしゃいませ」

「カレーの匂いがする」

「ここは『パフェとカレーとコーヒーとワインのお店』でして。なので食事時でもお客さんはコンスタントにいる印象です」

「あ、カレーもメニューとしてあるんですね」

「はい。『カレーとパフェとドリンクのコース』もあります」

「へえ、珍しい」

「さらに、このお店では常に数種類のパフェが楽しめるんですが、『パフェ3個にカレーを付けるコース』も公式が用意してるんです、常設で。なんなら『おかわり限定で食べられるパフェ』もあります」

 

 

「それはすごいですね」

「小学校時代の私が聞いたら涙流して喜ぶと思います」

 

 

二人して、食べるパフェとドリンクを選ぶ。

折角なので、茶碗蒸しのパフェとコーヒーの組合せを試してみることにした。

 

「ドリンクは、ハンドドリップ珈琲をお任せで」

「どういうのが好きかとか、どういう気分とかありますか?」

「普段は深煎りめのものが好きなんですけど」

「このお店、浅煎りのお豆しかないんです。あ、でもゲストビーンズ的なやつがあって、そこから深いの選んで作ることもできますけど」

「なるほど、折角なので浅煎りで美味しいのを飲みたいです」

「はい。この『ビルハヌ・エチオピア』は、ナチュラルからの精製で。フルーティーで毛色が結構違うのでお薦めです」

「では、それをお願いします」

 

店員さんが注文を取り、閑かな足取りでカウンターに向かう。

ほどなくして、空のパフェグラスがふたつカウンターに用意されて。

何処からか、ふわりと出汁の香りが漂った気がした。

 

 

暫しパフェを待つ。

 

「ここにはよく来られるんですか?」

「はい、度々。少し前、このお店でかぶと牡蠣のパフェを食べて、一気に嵌りまして」

 

公式インスタグラムより引用)

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「冬の味覚パフェ」

*構成
-焼きカブ
-牡蠣のアイス
-飴色玉ねぎのアイス
-バター醤油お麩
-うずら、トマトのマリネ
-白胡麻パンナコッタ
-出汁ジュレ
-冷やし雑炊

 

「そこから、あん肝のパフェパイナップルのパフェ(通称「酢豚のパフェ」)などを楽しむうち、すっかりこのお店に魅せられてしまったんです。先月はバーニャカウダのパフェでしたね」

「へえ。料理としてのパフェが専門なんですか?」

「いえ、そういうわけではありません。桃とスパイスのパフェモンブランと柿のパフェなど、スイーツとしてのパフェも常に用意されていて、どれも非常においしいんですよ」

「確かに、名前からして美味しそうです」

「個人的には、苺とハーブのパフェ(2024年2月中旬提供)の最上段に乗っていた『苺の生春巻き』が凄く美味しくて、記憶に焼き付いてますね。そういう、挑戦的なパフェをたくさん作っているお店という印象です」

 

そう。その点が私の思うTypicaの魅力であり、

恐山さんをこのお店に連れてきた理由でもある。

 

以前の記事でも少し言及したが、

恐山さんは元来スイーツ好きな方だ。

私がこれまで会った方の中でも上位である。

この取材の後にも別のアイスを食べに行っていたし、

昨年私が約35人前のケーキを取り寄せて数名で食べる会を主催した際も、

最終的にホールケーキ一個分ほどの量を一度に平らげていた。

 

だからこそ今回は、そんな恐山さんと、

既存のスイーツの枠にとらわれないパフェへの邂逅を試してみたかったのである。

 

「なるほど。楽しみです」

「私もです。ここの美味しさは、私だけでなく歌人の木下龍也さんもお墨付きなので」

「あ、木下さんもよく来られるんですね」

「らしいです。ティピカの店員さんも木下さんのことを知っているらしく」

「あれだけ広く活動されてる方ですからね」

「木下さん曰く、店員さんは木下さんをオモコロの人だと認識しているらしいです」

「なんで?」

 



 

そして、頼んだものが運ばれてきた。

 

「お待たせしました。こちら、11月から12月中旬までの『旬のパフェ』、秋の茶碗蒸し風パフェでございます」

 

そして、私たちの眼前に現れたのは──

これまでのパフェ観を覆すには十分すぎる一皿だった。

 

 

「……すごい。どういうこと?」

 

「秋の茶碗蒸し風パフェ」

*構成
みつば
いくら
花山椒のアイス
三つ葉のアイス
銀餡
蒸し卵
海老真丈
鶏肉の旨煮
焼き銀杏
焼き椎茸

 

「葉物野菜と魚卵とアイスが見えますね」

「いったん、このカードを確認してみましょうか」

 

 

私たちが頼んだパフェとコーヒーにはそれぞれ、

お店による図解と解説が付いたカードが添えられていた。

 

「お店の拘りが感じられます」

「飲食物って、あるランクを越えると名刺持ち始めますよね」

「名刺て。わかるけど」

 

二人で名刺を眺めていく。

 

海老真丈えびしんじょとかも入ってるんですね?」

「がっつりおかずだ」

銀餡ぎんあんって、いわゆる餡子ではなく『あんかけ』の餡ですよね。出汁の効いたあったかいやつ」

「これは気になりますね。全然味の想像がつかない」

 

 

早速、恐山さんがパフェを一匙掬い、口に運ぶ。

 

「では──」

 

 

眼を閉じ、暫く咀嚼を続けて──。

 

 

「んふっ」

「え?」

 

吹き出すように微笑んだ。

録音を何度も聞き返したのだが、

本当に「んふっ」としか聞き取れなかった。

 

「滅茶苦茶美味しいです。凄いですよこれ、『間』だ」

「あいだ?」

「デザートなんだけど、おかーずでもあって」

「おかーず?」

パフェとして、ちゃんと甘いんですよ。なのに、イクラと一緒に食べても全然違和感がない」

「どういうこと?」

 

ほぼ一息でそこまで言うと、

恐山さんは黙々と匙を動かし、

一心にパフェを食べ進めていった。

 

 

恐山さんの声色と表情からは、

静かながら確かな昂奮が感じ取れる。

それは、幾度となく氏と甘味を食べに行っている中でも、

あまり見ないタイプの反応だった。

 

 

私も、そのパフェを口に入れる。

瞬間。

感じたことの無い種類の美味しさと、ある種の感動を覚えた。

 

「え?」

 

言葉にするのが難しい。

口に入れ、まず最初に感じるのは、

控えめながら確実に舌を刺戟する出汁の「旨味」である。

次いで、花山椒アイス由来であろう清涼感。

 

そしてひとたび咀嚼すると、

ぷちぷちと賑やかな触感と共に、

磯の香りが鼻を抜ける。

 

 

でも。

それでも。

第一印象から余韻まで、

それは確かに「パフェ」なのである。

 

薫り高く青々とした三つ葉の香気。

魚卵と銀餡の出汁による、

懐石の蒸し物にも似た立体感のある滋味。

本来パフェで感じることのないはずのそれらが、

すべて「パフェ」に収斂されていく。

 

「すごい。めっちゃめでたい味がします。お正月みたい」

「中に入ってる蒸し卵、これ出汁巻きに近いですね。てっきり甘い卵焼きかと思ってた」

甘辛く似た鶏肉がキンキンのアイスの下に敷かれてるのに滅茶苦茶美味しい。なんでなんだろう」

 

 

傍らのコーヒーを少し口に含む。

 

「──なんでコーヒーとめっちゃ合うの? ほんとに分からない」

 

私も、お店の隅で思わず大きめの笑い声をあげた。

理解の埒外にある衝撃にくわすと人は笑うのだ。

恐山さんもそこでコーヒーを飲み、目を見開いた。

 

「ほんとだ、合いますね! 驚きだ」

 

パフェを持ってきた店員さんが、コーヒーの説明を加える。

 

「今回のコーヒーは、『ケルー』(恐山さんのもの)と『ビルハヌ』(梨のもの)。どちらもエチオピアの豆ですが、精製が違います。ケルーは水洗式ウォッシュト(水で洗って乾燥させる)、ビルハヌは非水洗式ナチュラル(コーヒーチェリーの皮を付けたまま天日干しする)です」

「それによって味が変わるんですか?」

「前者は雑味が少なく、お茶っぽいすっきりとした後味になります。後者は甘味や酸味といった果実感が強く、ジュースやワインに近いですね」

「そんな違いがあるんですね」

 

そこで、私はこのお店が「浅煎りのコーヒーを専門としている」理由の一端を何となく理解した。

一般に、深煎りのコーヒーは肉料理など濃い味付けのものに合うとされる。控えめな出汁や素材感を味わうタイプの和食には不向きなことも多い。

明るくフルーティーな酸味を伴う浅煎りのコーヒーをこのパフェに合わせることは、合理的な選択と計算の帰結だったのだ。

 

「言われてみれば確かに、この絶妙なバランスのパフェに強いエスプレッソを合わせても効果は薄い気がします。直感的な予想ですけど」

「このバランスは本当にすごいです。私は知ってるんですよ。甘いものとしょっぱいものを無理矢理合わせるとどんな味になるか、チャンネルで嫌というほど

 

こうはいかないんですよ、と恐山さんは語気を強めて力説した。

 

「そっか。ヤバくなるかゼロになるかのどっちかですもんね」

「はい。勘で作る料理のひどさを知っているから、翻って、これがどれだけ計算されたパフェなのかが私には分かります」

「このお店の、このパフェの讃辞として、最も説得力のある感想かもしれないです。あれらと比較するものではないですが」

 

パフェはいよいよ終盤である。

パフェグラスの底から、椎茸がごろりと顔を出した。

 

 

「一般的なパフェだとコーンフレークがあるポジションに、滅茶苦茶美味しい椎茸がある」

銀杏椎茸がごろごろ入ってるの、本当に茶碗蒸しの終盤って感じですね」

「どういう企画会議を経て作られたんでしょう。『茶碗蒸しにしません?』って言った方がいるってことですよね」

「でも考えてみれば、茶碗蒸しっていうものがパフェなのかもしれない。そこから(の発想)なのかな」

 

銀餡のかかった椎茸を掬いながら、恐山さんがぽつりとそう言った。

 

層を成してるし、食べ進めていくうちに味わいが変わっていくものだから、広義でのパフェなのかも」

「……そうか、言われてみれば確かに。日本料理で最も『パフェ的』なものって、実は茶碗蒸しなのかもしれないですね」

 

それは、恐山さんと一緒にこのお店へ来なければ、

絶対に人生で到達しなかったであろう発想だった。

 

 

しかし、頭の中でそう思うことは出来ても、

実際にパフェにするのは途方もなく難しいだろう。

一流料理人がプリンと称して卵豆腐を出しても、

ただカテゴリエラーと見做されるだけなのだから。

 

この一皿に至るまでの途方もない計算と思考錯誤を勝手に想像し、

私はひとり気が遠くなりかけていた。

 

特筆すべきは、ただパフェグラスに茶碗蒸しを乗せているだけではないということだ。

茶碗蒸しの要素が分解/再構築されている。

ごろごろした鶏肉も、

一口大の蒸し卵や椎茸も、

パフェとしての意味付けがなされたうえで、

再び皿の上に集まっているのだ。

 

これは、スイーツとしてのパフェを突き詰めているからこそ至れる境地なのだろう。

だからこそ──。

 

「恐山さん、ちょっと私、『スイーツとしてのパフェ』も食べてみます」

「え、二杯目ってことですか?」

「はい。公式がおかわりを推奨しているので」

 

 

「洋梨とチーズのパフェ」

*構成
洋梨チーズバーガー
ひのきアイス
シナモンアイス
濃厚ココナッツアイス
フレッシュ洋梨
チーズと黒胡椒のクランブル
カルダモンパンナコッタ
黒糖レモンスパイスジュレ
和梨とモッツァレラのサラダ
キャラメルバナナムース
メープルコーヒージュレ
フレンチトースト
洋梨コンポート

 

──だからこそ、甘味にフォーカスしたパフェも非常に美味なのである。

 

「え、パフェにハンバーガー刺さってますよ」

「しかも触るとあったかい。スライスしたラフランスのシャキシャキ感とほのかな塩味が楽しいですね」

「あ、割としょっぱみもあるんだ」

「はい、アフタヌーンティーの軽食セイボリーに通じるものがあります。私は初手で食べましたけど、パフェの甘さを楽しんだ中盤や終盤で食べても美味しそうです」

「なるほど」

 

 

二人して、このパフェの名刺をしげしげと眺める。

 

シナモンカルダモン、それに黒胡椒まで入ってるんですね」

「このスパイス感が明らかにパフェの甘さを底上げしてますスパイス入りのアイスは最近多いですけど、これはパフェに特化して組み立てられてるアイスって感じがしますね」

 

それは、先程とはまた異なる満足感である。

 

 

エキゾチックなスパイスの香りや、

先ほどの甘さ控えめなアイスとはまた異なる、

「ココナッツアイス」「バナナムース」の濃厚な妙味。

さながら、このお店の伏線回収のようなパフェ体験である。

 

料理系のパフェやカレーを食べ、

その「食後」に甘いパフェをおかわりするのは、

かなりお薦めできる楽しみ方であろう。

 

「──ふう、美味しかった」

「え、早くないですか?」

「二杯目なのに、全く減速しませんでした。寧ろ加速した気がする」

 

録音を聞き返したところ、

私はこの二杯目を七~八分ほどで食べ終えていた。

その際の感覚から断言できるが、

三杯のパフェを楽しむコースは、かなり現実的なラインである。

 

 


 

「総評として、どうでしたか?」

「……なんか、定義を拡張された感じがしました。透明な器に既存の料理を乗せてパフェと言ってる感じのを想定していたんですが、寧ろ真逆で。このお店のパフェは、甘味そのものの範囲を広げていて

「なるほど。確かに、『パフェを食べている』感覚は徹頭徹尾強くありましたよね。パフェだってこと忘れちゃってたよ、では全くなく」

すごいバランスじゃないかなこれ。絶対真似できないです

 

 

不思議な多幸感を胸に、私たちはお店を後にした。

パフェに新しい体験を取り込み続けるTypica(ティピカ)

機会があればぜひ行ってみてほしい。

 

ちなみに、井の頭にある二号店では、更に「自由度の高い」メニューが楽しめる。

これよりも自由度の高いメニューがあることが信じられないかもしれないが、これは本当である。

あえて詳細はここに書かない。

ぜひあなたの目と舌で体験してほしい。

 

「本日は有難うございました。ちなみになんですけど」

「はい」

「私、オモコロのオタクでして」

「それはそれは、嬉しいです」

「木下龍也さんをオモコロで知るくらいですもんね」

「あの、サインをいただいてよろしいでしょうか」

「ああ、私で良ければぜひ」

いのですかぁ……」

「すごい、恐山さんの著書とオモコロの載ってる雑誌がたくさん」

 

なお、成り行きで店内の壁に書くことになった恐山さん(と梨)のサインが、西荻窪Typicaのどこかにある。

もしこの記事をきっかけにティピカへ訪れる機会があれば、

お店の迷惑にならない範囲で、探してみるのも良いかもしれない。