
「お疲れ様です。みくのしんさん」

暮夏の午後。
私は、その方を池袋駅に呼び出した。
これから彼は私の案内で、
█████の建物の████、
████████に連れて行かれることになる。
理由はただひとつ。
一緒にパフェを食べるために。
「未だによくわかんないんだけど」

「そもそも、何で池袋駅? お店の前で待ち合わせでも全然良かったのに」
「いえ。今から連れていくお店が、完全会員制・住所非公開のパフェ専門店でして」
「どういうこと?」
「ここから少し歩きます。付いてきてください」
一旦、この状況を説明しよう。
これは、私がオモコロ編集部のみくのしんさんに、お薦めの甘味を紹介するという記事である。
事前に言っておくが、
ホラーの要素は一切ない。
そもそも小説でもない。
私たちが如何にパフェを楽しんだかという話を延々とする。
そのつもりでご覧いただきたい。
「歩いている間、お店についても説明しますね。これから行くお店は『Remake easy』(リメイクイージー)。その池袋店です」
「店舗があるんだ。梨さんもそこの会員なの?」
「はい。ゴールド会員なので、7つ全ての店舗に行けます」
「ゴールド?」
「ええ。公式サイト経由だと、最初は各店舗の入店権があるシルバー会員の抽選を申し込むことになります。要は、『どこの』会員になりたいかを決める形ですね。それぞれに店舗限定のパフェもあるので、かなり迷うんですよ」
会員権
月額プラン3,850円(税込)
年会費プラン39,600円(税込)
(3,300円×12ヶ月)会員1名様につき4名様までご来店可能
※公式サイトより引用
「なるほど。ゴールドだとその制限がなくなるのか」
「はい。様々な方法でその権利を得ると、全店舗への来店や会員でない方の同伴だけでなく、会員権の付与──つまりは『紹介』も可能になります」
恐らく、この点が最も特徴的な部分だと思う。
◆特徴
・月会費10,000円
・Remake easy全店舗来店可能
・会員様含めて4名様まで来店可
・月に3名様までいつでもRemake easy会員への紹介可能
・貸切利用可能◆入会時期
不定期での会員募集※公式インスタグラムより引用
今や会員制・紹介制の飲食店こそ珍しいものではないが、パフェ一本でこの業態はあまり見ないであろう。
年に12万円は最初勇気がいると思うが──
「でも、梨さんって日頃色々スイーツ食べてるわけでしょ?」
「そうですね。ケーキとかアフタヌーンティーとか。今は冷蔵庫にグラノーラが大量にあります」
「それでもここにはいっぱい来るの?」
「はい。このお店だけは、本当にとんでもないので」
──実際、その価値は十分にあると断言できる。
【※住所に関する表現は伏せています】
「でも、今のところ何の変哲もない████って感じだよね。パフェが食べられそうなお店は見つからないけど」
「そうですね。私も、これは初見だと絶対に気付けないと思います。だって、まず█████を██████するところから始めないといけないので」
「どういうこと?」
「あ、こちらです。████の███なんですよ」
「え、███████が████████だ! これは気付かないわ」
「███だと██すら████████なんですよ」
「すごいなあ。徹底されてる」
「一応ですが、写真は撮らないでくださいね」
そして、二人して店前の扉に立つ。
折角なので、みくのしんさんに扉を開けてもらうことにした。

「え?」

「なにここ」
そこに広がるのは──
小劇場を思わせる小さな通路。
重く揺らめくドレープカーテンの向こうから、
微かな音楽が流れている。

その通路をゆっくりと歩き、
眼前に広がるのが、

※公式サイトより引用
こちら。
ここが、今回みくのしんさんにパフェを食べてもらう「Remake easy 池袋店」の店内である。
「何だこれ、池袋にこんな場所あんの? 夢みたいな場所じゃん」
当時は数名のお客さんが静かに談笑しており、
全体に温雅な雰囲気が流れていた。
池袋の喧騒が嘘のような閑かさである。
「ようこそいらっしゃいました。今日は『いちごの花畑パフェ』、そして9月限定『ロマンりんごとライチのアップルパイアラモードパフェ』で宜しいでしょうか?」
「はい」
「それでは、ペアリングをお選びください」
「ペアリングとかもあるんだ」
タブレットが渡され、二人でペアリングを選ぶ。
流石「パフェ&バー」のお店で、それぞれのパフェに合ったカクテルが予め用意されているのだ。
なお、ノンアルコールのカクテルも完備されており、私もお酒を飲んだことは一度もないが、一切問題なく楽しめている。
「俺は何を食べるんだろう?」
「事前のヒアリングを参考に、メニューはこちらで決めました。Remake easyには①常設 ②店舗限定 ③月替わり の三つがあるのですが、みくのしんさんには常設の看板パフェを食べていただこうかと」
「へえ、楽しみ」

カウンターの向こうでは、今から自分たちが食べるパフェが刻一刻と形作られていた。

テーブル席もあるのだが、この光景が好きでカウンター席を頼んでいる会員は多いと思う。
「凄いね、このカウンターも」
「そうですよね。パフェの専門店には中々ないレイアウトで」

「ここのカウンターの裏側、すっごいふかふかなんだよ」
「私このお店何十回と来てますけど、そこ触ったことは一度もなかったです」
「カジノのカード置くとこぐらい気持ちいい。凄いよこれ」
そのまま、暫く二人でパフェを待つ。
「誰かと来ることもあるの?」
「そうですね。オモコロだと恐山さんとか」
「恐山さんもスイーツ好きだもんね」
「あと、少し前にダウ90000の園田さん、上原さんがご一緒してくれたんですが」
「へえ」
「ここで一緒にパフェ食べた後、『普段の生活に戻らないといけない気がする』って言って、連れ立って池袋のラーメン屋さんに消えていきました」
「どういうこと?」
「分かりません」
ほどなくして。
お互いのパフェとペアリングドリンクが届いた。

「すっご…………」
眼前に並ぶ、どこまでも精緻な造形。
月並みな言い方だが、余りにも芸術的である。
「簡単に、パフェの説明をさせていただきますね」
店員さんがそれぞれのパフェの内容を精彩に諳んじる。

「こちらが『いちごの花畑パフェ』です。最下層のいちごジュレの上には砕いたクッキーとアーモンド生地があり、この上にはバニラアイスやクリームと共に、1/2パックを贅沢に使用したいちごが乗っております。最上段に散らしているのが、ペンタスをはじめとした香り高い食用花です」
なお、実際の説明はこの数倍は仔細である。
そして、不思議なことに何度聞いても一切飽きない。

「そしてこちらが『ロマンりんごとライチのアップルパイアラモードパフェ』。ライチと林檎を使ったジュレ、その上にはクッキーを砕いたクランブル。ムースとクリームブリュレの上には林檎のコンポートが乗っており、キャラメルソースやアーモンドをアクセントとして加えております。パイ生地と共に乗せた生の林檎は敢えて皮付きにしておりますので、ぜひ最初に食べて香りを楽しんでください」
それでは、と店員さんが柔らかな笑顔でカウンターを後にした。
「…………」
「……………………」
暫く、二人して無言でパフェを眺めている時間があった。

「それでは、食べましょうか」
「そうですね」
当時の録画を見返したら、この辺りだけ何故かみくのしんさんが敬語だった。

「…………うんま」
眉間に深い皺を刻んだみくのしんさんが、噛み締めるように呟く。
「めちゃくちゃ美味しい……え、うま。美味、しい…………」
「ですよね」
「美味しい……ってか、凄い。何というか」
「分かります」
そう。
一言で言うなら「凄い」のである。
パフェに抱いていたあらゆる前提や観念が一気に覆る感覚。
口に入れた瞬間に立ち上る味のさまざまが、
すべて最大限に研ぎ澄まされている。

「何て言うんだろう。(器の)中まで食べていくと、どんどん『パフェになってくる』んだよ」
「そうですね。どの段階でどの場所をどう掬って食べても、ちゃんと一匙ひとさじがパフェになっているというか」
言いながら、私も自分のところに来たパフェを口に運ぶ。

凄い。
まず上段に敷き詰められたアップルコンポートからして全く違う。
火入れが極端に短くされているためか、生の林檎の瑞々しさとコンポート特有のコクが完全に同居している。
上に乗せられたパイ生地の香ばしさが鼻から抜け、ほのかな甘みとともに満ち足りた余韻が残る。
アップルパイを食べているときの最も幸せな瞬間だけを匙の上に乗せたような感覚。
「中の、このサクサクの部分とかもさ。間の部分も」
両方のパフェの中層には、微細な素朧状のクランブルが混ぜ込まれている。
「以前店員さんから聞いたんですが、これはひとつひとつ油脂でコーティングされていて、それがクリームや果実の水気を弾いてくれるそうです」
「へえ、だからずっとサクサクなんだ。パフェのフレークってもっと水分吸ってるイメージだけど」

このお店のパフェには、パフェを食べる過程における「作業のフェーズ」が一切ない。
口に入れたら最後、一度も減速することなく、
ずっと感動したままで食べ終えることになる。
何度行ってもその感覚が変わらないのは、
こうした目に見えない計算が十個二十個と敷き詰められているからなのだろう。

「このペアリングの飲み物(アマレットジンジャー)も合うなあ。後味がすっきりしてて」
「意外とジンジャーの味が立った辛口ですよね。だからこそクリーム多めなパフェとすごく合う気がします」

私も、薄桃色のドリンクを口に運ぶ。
瞬間、言いようもない華やかな香りが広がった。
最初の印象は紛れもなく林檎の爽やかさなのだが、その後で南国感のある上品な甘みが追いかけてくる。
飲み下した時に残るのは、それらが一体になった穏かな深みと、幽かなライチの後味。
香りに数段階の波がある。
香水におけるトップノート、ミドルノート、ラストノートのようなものなのだろうか。
いちごのパフェにおけるジンジャーの辛味のように「全体の構成を引き締める」というよりは、
アップルパイの賑やかな美味しさを後ろから後押しするような印象を受けた。

お互い終始無言で、あっという間に食べ終えた。
「いかがでしたか?」
「本当に美味しかったです」
「本当ですか! 有難うございます」
「凄かったです」
「こちらの『いちごの花畑パフェ』は、プロデューサーの林巨樹がフランスの洋菓子コンクールを最年少で受賞した際のケーキをパフェに再構成したもので。かなり科学的にスイーツを作られる方なので、随所に拘りが含まれてるんですよ」
「へえ」
「やっぱりそうなんですね」

「例えば、このスプーン。これも、いちごとクリームの比率が最良のバランスで乗る大きさと設計のスプーンを探し出したそうです」
「拘りのレベルが全く違った」

「総評として、どうでしたか?」
「とにかく全部が美味しかったのと……パフェのお店行ったってよりは、旅行行ったとかサウナ行ったとかに近かった。精神がゆったりして、ぽわーんとしちゃうような」
「なるほど。このお店の空間もいいですからね」
「そうそう。最初は滅茶苦茶どきどきしてたんだけど、いつのまにかパフェに集中してる自分がいたというか。お店全体がパフェに集中させてくれる感じがあった」
「確かに……。みくのしんさんに言われて初めて気付きました」
「今、俺すげえ落ち着いてるもん。パフェと飲み物一杯ずつで。普段の居酒屋とかに比べたら品数も全然違うのに。これってかなり凄いことだなって思った」
みくのしんさんの言葉に、なるほど、と頷く。

▲Before ▼After

そもそも、パフェとは本質的に「余剰」の食べ物である。
「パフェは自給自足のロマンチック」とは現代詩人の最果タヒさんの言葉だが、甘味──殊更パフェというものは、「手段」としての食事とはかけ離れた位相にある「理想」としての食事体験だ。

なればこそ、あらゆるパフェの提供者は、限られた場所、時間、素材の中であらゆる「余剰」をつくりだそうと、日々真剣にパフェに向き合っているのだろう。
だとするならば、極限まで外界を絶ち、ただ余剰を味わってもらうということに特化したこのお店は、ある意味で人の最も根源的な欲求に応えた場所なのかもしれない。

以上、みくのしんさんと一緒に私お勧めのパフェを食べに行った時の様子であった。
やはり自分が好きなものを一緒に好きになってくれる人がいると楽しい。
今度は池袋店限定のパフェを一緒に食べに行こうという話をして散会した。
今までとは全く異なるパフェ体験ができる「Remake easy」、
皆様も機会があればぜひ行ってみてほしい。
「それでは、そろそろ行きましょうか」
「そうだね」
「本日はありがとうございました。お二人とも、こちらをどうぞ」
「え、何ですかこれ」

「当店謹製のフルーツグラノーラ、『アケグラ(akegura)』です。いわゆる『夜パフェ』のお店なので、夜が明けて朝になったそのときまで当店の味を楽しんでいただこうと、来店したお客様全員にお配りしているんですよ」
「へえ! そんなのあるんだ。梨さんも食べたことあるの?」
「はい。食感の変化も楽しくて、とても美味しいですよ──ただ」
「ただ?」
「そもそも夜型なので中々朝に起きないのと、朝にグラノーラを食べる習慣が無さ過ぎて、いま冷蔵庫に大量のアケグラがあって。良いアレンジレシピとかってご存じないですか」
「知らん」

梨





たかや
松岡
めいと
ブロス編集部








