みなさんは夢を見ていますか? 夢というのは眠っているときに見るほうの夢です。
僕は睡眠が浅いのか毎晩のようにわりと鮮明な夢を見るのですが、夢にたびたび登場する場所がいくつかあります。その一つが、子供の頃住んでいた家の近くにあったパン屋です。
その店は昔ながらの町のパン屋といった風情で、置いてあるパンは素朴ながらどれもおいしかったと記憶しています。しかし当時は買い食いするお金もなかったので、そうしょっちゅう通うこともできませんでした。おそらく、そのときの名残惜しさがあるから未だに夢に繰り返し出てくるのでしょう。なんなら現実に行った回数より夢に出てきた回数のほうが多いだと思います。
悔しいのは、夢の中でもその店のパンを食べられていないということ。店に入ってパンを買うところまではいっても、いざ食べる段になると目が覚めたり記憶が飛んだりしてしまうのです。そのたびに歯がゆい思いをしてきましたが、よく考えたら夢の中でパンを食べても仕方ないと最近気づきました。やはり現実でパンを食べないと意味がありません。ということで、およそ十数年ぶりにそのパン屋に実際に足を運びたいと思います。
当時住んでいた町にやって来ました。
今僕が住んでいる町と比べるとここはだいぶ栄えています。ここでいう「栄えている」とは、チェーンの飲食店がたくさんあるという意味です。僕は外食や買い食いをするのが生きがいなのですが、今住んでいる町では外でご飯を食べようと思ってもせいぜい5〜6店しか選択肢がありません。でもこの町なら1ヶ月毎日違う店に行くことだって可能でしょう。ある程度経済的に自由になった今、この町に住んでいないということが深く悔やまれます。
それはさておきパン屋に向かいましょう。パン屋はここ(駅前)から15分ほど歩いた場所にあります。
いやでも、住んでいる町に串カツ田中があるって今思えばすごいことですよ。子供の頃は串カツ田中など一顧だにしなかったと思いますが、今となってはそれがどんなに恵まれていたかわかります。大切なものというのは、それが近くにあるときには価値がわからないのですね。
歩いていると、懐かしいものや見覚えのあるものがたくさん目に入ります。僕の実家は何度か引っ越しているので「地元」の感覚が薄いのですが、最も地元らしさを感じるのはこの町です。
このロケット型の遊具がある公園! 小学生の頃よく友達とここに遊びに行ったものです。
この地域では電柱の根元に反射シールで「怖い顔」が貼られているのをたびたび見かけますが、これも昔からあるものです。夜間の安全性を高めるためのものだと思うのですが、本当のところはわかりません。子供を怖がらせたい町の厄介者のいたずらがずっと残っているだけの可能性もあります。
一方で当時から変わっているところもあり、僕がなけなしのお小遣いをはたいてお菓子とポケモンカードを買いまくっていたローソンはチョコザップになっていました。子供の頃の自分がさんざっぱら無駄遣いしていた場所で、今は大人たちが体を鍛えていると思うと理不尽な怒りが湧いてきます。思い出をマッチョイズムで汚された気分だ。
そうこうしているうちにパン屋の近くまでやって来ました。
そろそろか……?
!!!
ここだ!!!
これが僕の夢によく出てくるパン屋です。名前は「丸十ベーカリー」。看板を見て思い出しました。確かにそんな名前だった気がします。
休日のお昼前くらいに行ったのですが、入店すると店内は数人のお客さんで賑わっていました。トレイとトングを持ってパンを取るのではなく、ショーケースの中に並んだパンを店員さんに取ってもらうケーキ屋のような方式です。外観も店内の様子も、おぼろげな思い出や夢の中で見た風景とおおむね一致しています。なんにせよ今も店が健在でよかったです。
いくつかパンを買いました。「夢ではいつもこれを買っている」というラインナップは特にないので、単純に今の自分が食べたいものを選んでいます。早速食事にしたいところですが、ちょっと行きたい場所があるので移動しましょう。
やって来たのは、パン屋から歩いて5分くらいのこちらの道。何の変哲もない風景に見えるかと思いますが、この場所もまた僕の夢にめちゃくちゃよく出てくるのです。その頻度はパン屋よりさらに多く、体感では2週間に1回くらいのペースで出てきていると思います。せっかくならここでパンを食べて、より夢と現実の境界を曖昧にしましょう。
これまたいつも夢に出てくる道路沿いの自販機で飲み物を買って、いただきます!(夢だとコカ・コーラ社の自販機があるのですが、現実にはないね)
1品目はカツサンド。僕はカツサンドに目がないんです。
食パンの耳を落としてくれているのがうれしいですね。あと市販のカツサンドって甘めの味付けのもあると思うのですが、これはソースの塩気と辛子の味がしっかり効いているのが好みでした。カツもサクサクでおいしかったです。
続いてはカレーパン。こういうラグビーボール型のカレーパンって久しぶりに見た気がします。
このカレーパンはけっこう驚きでした。中に入っているカレーが本格的というか、ほろ苦さのある大人の味わいなのです。カレー屋で出てきても「おっ」となるような味で、素朴な見た目とのギャップも相まってかなり印象的なおいしさでした。近所にあったら週1くらいで買いたいと思うほど良かったです。
最後はあんドーナツ。朝から何も食べていなかったので腹にたまる揚げ物系のチョイスに偏ってしまいました。
今回買ったものの中で一番「記憶」を刺激されたのはこのあんドーナツでした。思い返せば、僕が初めて食べたあんドーナツはこの店のものだったような気もします。見た目ほど重くはない優しい甘さと粉砂糖のさりさりした食感が、この町に住んでいた頃の自分を束の間思い出させてくれました。ごちそうさまでした。
さて、ついに「夢によく出てくるパン屋」のパンを食べたわけですが、率直な感想を言うと、思ったより何も感じませんでした。パン自体は期待に違わぬおいしさだったのですが、なんかもっとドラマチックな気分になると思っていたのです。本懐を遂げた達成感とか、夢と現実がリンクするデジャブ体験とかそういうものがあるだろうと。いや、多少はそういうものもあったはずなのですが、目の前にある「現実」にまたたく間に塗り替えられてしまったような感覚があります。現実にパンを買い、パンを食べるという行為の「確かさ」が強烈すぎて夢の感触がわからなくなるのです。現実の強固さの前では、夢という曖昧なものに思いを馳せる隙がないのかもしれません。
夢は夢でしかなく、自分はこの現実を生きていくほかない。言葉にすると心底わかりきったような結論ですが、今回の体験がなければ案外気づけなかったことかもしれません。何にせよ、これを機にあのパン屋が夢に出てこなくなればいいなと思います(同じシチュエーションの夢を見続けると飽きるので)。それではみなさんも、良い夢を見て良い現実を生きてくださいね。さようなら。
「……」
「何か、素敵な夢を見た気がする……」
「とても、満たされた夢を……」