酒税法という法律がある。

 簡単に言えば「国の許可なく酒作るなよ」みたいな法律だ。

 オモコロなどの企画系のライターは多分一度は「自分で酒作ったら面白いんじゃね」と思いついたことがあり、そしてこの酒税法に阻まれたことがあると思う。俺(こんにちは、ライターのナ月です)もある。

 ある日、古書店をぶらついていたらこんな本を見つけた。

『趣味の酒つくり ドブロクをつくろう実際編』という本だ。

 可愛い表紙で普通の料理本、ハウツー本を装っているので「ふーん」と見逃しかけたが。すぐに慌てて手に取った。だって、いや、ダメだろ。

 帯にも「あなたは市販の酒にだまされている! ほんものの酒を!」となんだかすごいことが書いてある。

 冒頭にも述べたが、酒を勝手に作るのは犯罪である。つまりこれは犯罪の方法が書かれた本だ。だが、犯罪の方法を書いた本を売ることは罪ではない。
 俺は人並み以上に遵法精神が強いほうだが、それと同じくらい好奇心も強い。すぐにこの本をレジに持っていった。

※注意:本記事に密造酒製造を推奨する意図はありません!! ぜ〜っったい作るなよ!!

 まあそれはそれとして超面白い本だったので紹介したい。

 裏表紙も可愛い。農山漁村文化協会というところが発行しているらしい。

 カバー折り返したところからもうすでに面白い。

自家醸造が違法なのは世界中で日本だけ。それというのも「酒税法」という珍妙・奇怪な法律があるためである。しかしこの法律の違憲性は明らか。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 カバー折り返しより引用

 ここからもうフルスロットルで酒税法にブチギレている。この本は「なんだかよくわからないけど、こうしたらお酒が自分で作れて経済的だし楽しいんですのよオホホ」みたいな呑気な本ではなく「酒税法がどうした! なあお前ら! こんなクソ法律無視して酒を作ろうぜ!」というスタンスで書かれた本であることがわかる。

私たちは今こそ酒をつくる自由の獲得をめざして進撃を開始しよう。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 カバー折り返しより引用

 カッコ良すぎる。ダメだけど。

 まえがきも痺れるほどかっこいい。

 この本をつくっているうちに私の怒りは発酵し、おさえきれなくなった。そして次第にこの本は実用書の域を脱し、反権力の書の性格をも帯びることになってしまった。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P1より引用

 ほんわか画風の表紙からは想像もできなかったハードな書き出しだ。かっこよすぎる。俺はとんでもない本を買ってしまったのかもしれない。

 本書には本当の本当に酒が自分で作れてしまうレベルの詳細な説明が図付きでバッチリ書いてある。もちろん作らないけど。
 万一読者の方に「オモコロブロスを見て酒を作りました」などと言われたら困るので残念ながら製法に関するページは紹介しない。

 代わりに、本書が酒税法にブチギレている最高さを紹介していきたい。俺はこの本が大好きになってしまったので。

蜂蜜酒 ミード

 蜂蜜酒「ミード」について書かれた章。古代からある酒で、かなり簡単に作れるらしい。

 だが、このように商品化されたミードは面白みがない。徹底的にろ過され、びん詰後の長期保存に耐えるように熱酒殺菌がほどこされてしまっている。北欧神話の神々が飲み、古代の英雄たちが酔い、恋人達が、花嫁花聟が飲みあったミードを味わうためには自ら手作りする以外はないのである。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P19より引用

 レシピ本の導入としては最上級の過激さだ。俺も映画に出てくる酒を見て「飲んでみた〜い」と思ったことはあるが、この本は覚悟が違う。

紅茶きのこ

 俺も世代ではないのであまり知らないが、そういうのが流行った時期がある。今でも「コンブチャ」という名前でたまに見かけるやつだ。昆布茶ではない。

 前半では「そんなの流行ったよね」というような話をしているが、この本はここから急ハンドルを切ってくる。

 しかし、この飲物はつぶさに検討してみると一時の流行で終わらしてしまうには惜しいものを持っていたのである。何故ならば、これこそ手造り酒の原型とも言えるものだったからである。(中略)大流行の頃は、一億総密造をやっていたことになる。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P54より引用

「一億総密造」すごい言葉だ。たしかに、みんなほとんど密造酒作りみたいなことやってたんだからもう別にいいだろと言いたくなる理屈はわかる。ダメだけど。

酵母

 酒を作るための酵母の入手について書かれた章。諸外国では普通に売っているが、日本ではそうはいかないという話が書いてある。

 わが国では素人が酒を手造りしたいからといって日本醸造協会などに行って、ワインをつくりたいからワイン酵母を、ドブロクを仕込むから清酒酵母をくれなどと言ったら、気狂いと間違えられ、ケンもホロロに追い返されるのがオチであろう。密造などという罪が当節まかり通るわが国で清酒やワインつくりのための純粋酵母が素人酒つくりのホビイむけに売りだされているはずがないからである。

(中略)

 江戸末期の鎖国時代の愛国の志士たちが死の覚悟で洋学をまなんだように、今日の家庭の手造り酒の有志は欧米の先進国の人々には考えられない努力をしなければならないのである。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P66より引用

 本書は「気軽に作ってみようね」という面を持ちながら同時に「お前たちはこの国で酒を作るにはメチャクチャな努力がいる」ということも教えてくれる。いい本だ。努力してもダメなもんはダメだけど。

コラム

 トウバという椰子酒について書かれたコラムのコーナーもよかった。

 トウバの心地よい、軽い酔いに身をゆだねていると、あまりにも人工的な日本のさまざまな酒と酒造のしくみが腹立たしく、「酒税法よ、のろわれてあれ」と日本の方向をむいて叫びたくなってくるのは私だけであろうか。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P78より引用

 読んでるだけで羨ましくなりうっとりするような、南国の最高の飲酒シーンの情景からいきなり全力で酒税法への怒りをぶつけてくる。凄すぎる。

ワイン

 中級編としてワインの作り方(もちろん密造方法)が解説してある。

 あなたがもし、自分でワインをつくってみればその体験があなたをゆたかにし、自信にあふれさせるだろう。そして、知ったか振りのワイン通が「ボクこんなにワインを知っているけど、キミ知ってる?」式なことを言っても、それを笑いとばすことが出来るようになるだろう。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P82より引用

 犯罪でなければ素敵なことなんだろうけど。ダメなんだよ。

 ヨーロッパではワインは日常のものである。決してむずかしく考えるものではないのである。ワインに自信をつけるにはまず自らつくることだ。一度、自分でつくってみれば、すべてのワインがもっと身近なものになる。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P82より引用

「うんうんそうだよね」と相槌を打ちたくなるようないい話から急に犯罪教唆してくるから油断ならない本だぜ。

憂国

こんなささやかな楽しみを許さない国は「まっくらやみ」としか言いようがない。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P149より引用

 ド直球憂国。

口噛み酒

 話は全くかわるがある監獄の教師をつとめる坊さんから最近、興味ある話を聞いた。それはある死刑囚から、彼がひそかに獄中で、ごはんを噛んでつくった噛み酒をすすめられたという話だった。

 私はそのとき、しみじみと思った。酒をつくり、酒を飲むというのは人間の本能に近いものだということを。そして、これを密造だなどと言って取締まろうとするのはまさに基本的人権にかかわる問題であるということを—。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P162-163より引用

「死刑囚が口噛み酒を作っていた」というエピソードからどんなことを思うかは人それぞれあるだろうが、そこからここまで深く想いをはせることができるのはもう本当にすごい。感動した。ダメだけど。

ビール

 ビールまで載っている。本書もどんどん過激になる。

 日本は酒文化に関する限り、封建時代の暗黒の中にある。

 日本では新憲法の今日でも明治維新の志士の気持で手造りをやらなければならず、外国の知識を入手せんものとして「安政の大獄」に散った吉田松陰たちの心意気も持たなければならない。

(中略)

 まさに、今、日本でビールをつくろうとすれば江戸末期の先覚者の意志をもたなければならない。それでも君はビールにいどむか。よろしい。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P171より引用

「よろしい。」じゃないんだよ。

ドブロク

 本書の副題にもなっているドブロク。

 このドブロクは日本人の心のふるさとのような酒でありながら、今はカネやタイコで探し廻っても絶対に買うことが出来ない。だから飲みたいとなればどうしても自分でつくらなければならない。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P188より引用

 すみません、俺に知識がないのでわからないのだけど、本書発行当時(昭和57年)は買えなかったって話? それとも「市販品なんか偽物であんなの本物ドブロクじゃねえんだよ本物は作るしかねえんだよ!!」って話?

梅酒とか

 酒作るのはダメだけど、梅酒とかは作っていいじゃん。あれは? という話にもバッチリ触れてある。

⬛︎君よ憤怒の河を渡れ

 梅雨あけとともに青梅が出廻り始めると、私達は青梅と氷砂糖を焼酎の中に漬け込んで梅酒をつくる。その頃になると焼酎メーカーは、「ホームリカーをつくりましょう」とつくり方の大宣伝を始める。ホームリカーというならまだいいほうで、これを果実酒と称して、果実酒つくりのコンサルタントと称するジイさんさえいるのだからあきれかえる。だが、こんなものは果実酒でもなんでもないのである。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P244より引用

 大ブチギレしている。「君よ憤怒の河を渡れ」かっこよすぎる。レシピ本から出てくる言葉と思えないブチギレっぷり。

酒税法

 この本は最終的には酒税法にブチギレる本になる。最初からそうだけど。

 いうまでもなく、わが国では酒を手造りすると酒税法違反で密造という犯罪となる。酒税免許を持たない一般の人が酒を勝手につくればつくっただけで「五年以下の懲役または五十万円以下の罰金」(酒税法第五十四条)である。

(中略)

すなわち、一般の人にとって酒はつくることも、持っていることも、売ることも出来ないものである。

 しかし、酒を手造りすることは、破廉恥な罪をおかすことでも凶悪な犯罪をおかすことでもない。税務署のお役人が煙草一本もらうよりもはるかになんでもないことで、普察や税務署の役人が賭け麻雀をやるよりもはるかに何でもないことである。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P253より引用

 本当に、本当に心の底から酒税法にブチギレていることはわかる。書いてあることも一理ある。

 酒つくりとセックスとをくらべる失礼をおゆるしいただこう。私達が夫婦のあいだで、あるいは恋人同士でひっそりとセックスを行っても決して罪にはならない(アタリマエのコトだ、公来の面前でおおっぴらにやれば濃要物陳列罪ぐらいにはなるだろうが)。

(中略)

 一方、酒つくりの方は味噌、醬油、パンなどの家庭での手造りと同じように手造り料理の延長でありながら、セックスのようにはゆかない。酒の方はアルコール分が一%以上が発酵によって生じ、それが飲料である限り、もう、それだけでアウトである。

 それは夫婦や恋人同士でひっそりとセックスしたり、その行為を自分でポラロイド写真にとって見て楽しんだって、その写真を人に売って儲けるような商品にしない限り、決して罪にならないのとまさに雲泥のちがいである。

 そればかりではない。酒をつくろうとして器具や材料をそろえただけで罪になる(酒税法第五十六条第一項)。セックスで言えばフトンを敷いただけで立派に罪が成立するのだ。

 ましてや、こんなに旨い酒が出来たぞなどと人に見せたり、飲ませたりすることなど、もってのほかである。愛の結晶の可愛い赤ちゃんを人に見せたり、抱かせたりすることと比較していただきたい。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P254より引用

 急に何が始まったんだ。正直、ちょっとこの喩えはよくわからない……わからないけど、めちゃめちゃ面白い……。想いが強すぎてすごい文を産んでいる気がする。

 またまたセックスとくらべることをお許しいただきたいが、密造とは恋人、夫婦のセックス、そして自慰までも法律で全面的に禁止して、政府が一方的に管理売春をするー政府おかかえの公娼とだけのセックスをみとめるようなものである。勿論、ちゃんと代価を払ってのセックスである。そして、このセックスの代金は公のふところに入るものの他に少なからぬものが娼家すなわち政府のふところに入る。これが酒税である。誇りたかき酒造家の皆さんを公娼にたとえて誠に申しわけないが、たとえて言えばこうなってしまうのはいたし方ないところである。このようなわけだから、自家醸造の禁止、すなわち密造は憲法第十三条に違反するという議論が出てきて当然である。

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P256より引用

 またセックスに喩えて!! でもさっきよりはだいぶわかりやすいな……いや、セックスに喩えるとそうだけど、本当にそうかな……

最後に 

自由を我等に!

農山漁村文化協会『趣味の酒つくり』笹野好太郎 P259より引用

 こんな言葉で締められているレシピ本初めて見たぜ。感動した。本当にすごい本だ。まあ、ダメなんだけど。正直この本の主張は一理あるなと思うところも沢山あった。でも法律は法律だからな……。
 酒を勝手に作ることは法律上はダメだけど、それをおかしいという本を出す自由が保障されていることは素晴らしいことだなと改めて思った。

 表現の自由最高!!

 

 著者コメントがまた最高だった。

 

追記:2020年に復刊されていた本として誤って別の本を掲載しておりました。復刊された物としてはこちらが正しい本です。お詫びして訂正いたします。