みなさんは「5時起き」と聞いて何を思い浮かべますか? 私は現実の恐ろしさや冷たさを思い浮かべます。
世の中ではいろいろな人がいろいろな理由で5時起きをしていて、中にはもちろんポジティブな5時起きも存在するでしょう。早起きが健康に良いことは認めます。ですが私にとって5時起きとは、「仕事やその他のっぴきならない事情のために、太陽も昇りきらぬうちから寝床を出て活動を強要される苦行」でしかありません。何より眠ることが好きで、睡眠時間を削られることが一番の不幸と考える私にとっては、5時起きというのは拷問にも等しい恐るべきものなのです。
幸い、今の私の生活では5時起きをする必要はありません。しかし、考えたくもないことですが、今後の人生で日常的に5時起きをせざるを得ない状況に追い込まれる可能性もあります。一寸先は闇というのがこの世の常ではないですか。そんな最悪の場合に備え、今のうちに5時起きを経験し、免疫をつけておくのも1つの手でしょう。というわけで意味なく5時起きをしてみようと思います! 嫌だ〜〜〜〜〜
5:00
5時になりました。アラームが鳴り出した時は本当に最悪で「全てを殺し、壊してやる」と思ったのですが、意を決して布団から出て顔を洗ったりしているうちにだんだん気持ちが落ち着いてきました。おはようございます。
なお今日は、一切仕事も予定もない完全に自由な一日。今から何をしてもいいわけです。無限にも思える時間と可能性を前に、少し戸惑ってしまいます。まあ時間はたっぷりあるのだし、やりたいことはそのうち思いつくでしょう。むしろ今は、「すべきではないこと」を考えるべきだと思います。
今日という一日を過ごすうえで最も避けるべきこと、それは「せっかく5時起きしたのに、二度寝や昼寝をしてしまうこと」ではないでしょうか。それでは殺意と破壊衝動を覚えながら頑張って早起きした意味がありません。これを防ぐには、とにかく家にいないことが吉だと考えました。単純に寝床との物理的な距離を引き離すのが一番の得策というわけです。何より、5時起きをしたあとずっと家にいるのはかなり意味がわかりません。身支度を整え、まだ暗い町へと繰り出すことにしました。
空はまだ夜と変わらない暗さです(この写真意味あるか?)。外は静かなものですが、わずかながら自分以外の人や道路を走る車も見かけました。彼らは何を思ってこんな早朝から活動しているのでしょうか。
最寄り駅へと向かい、始発の次の電車に乗り込みます。自分がどこへ行こうとしているのか知ったことではありません。が、白みゆく空の下を走る電車に揺られていると、薄ぼんやりとした欲求が浮かび上がってきました。
京王線。新宿から調布を経由し、八王子や高尾山方面に向かっているあの京王線です。年に1〜2回しか乗る機会はないのですが、なんとなく沿線の雰囲気が好きで気に入っている路線でもあります。とはいえ何の用事もなしに「京王線の駅に行きたい」などと思うことは今までなかったので、5時起きによって潜在的な欲求が目覚めたのかもしれません。
普通に新宿から京王線に乗ることもできたのですが、あまり都心部に行きたくないので一旦吉祥寺に出て京王井の頭線に乗り、明大前で京王線に乗り換えることにしました。
7:00
せっかくなので京王線の中でも降りたことのない駅に降りようと思い、桜上水駅で下車してみました。桜上水、全く知らない町ですが、名前が上品なのできっと素敵なことが待ち受けているでしょう。
駅を出るとすぐ商店街がありました。しかし時間が早いからかどのお店も開いていません。喫茶店でモーニングでも食べられたら最高だと思っていたのですが、行き当たりばったりで行動しているとそううまくはいきませんね。
ドトールコーヒーも中途半端な状態で閉まっています。
商店街を抜けるとでかい道路が通っていました。道路の向こう側は住宅街になっているようです。ひとまずそっちの方に進んでみることにします。この先に何があるのかわかりませんが、どこかにはたどり着くでしょう。
こういう住宅街って好きなんですよね。これといった見どころはないけれど、すごく「東京」を感じる気がします。月20万くらい稼いで、こういう場所の安アパートに暮らせたらそれでもう十分かも。いや、もっと幸せになろうとすべきか!? くそったれ!!!!!!!
気のせいかもしれませんが、こういう住宅街にある自動販売機ってだいたいポッカかアサヒじゃないですか?
かと思ったら、珍しいパックジュースの自販機も見かけました。駅のホーム以外で初めて見た。
あれは……?
メイプル超合金!!!!!
再びでかい道路に行き当たりました。近くに歩道橋があったので渡ると、反対側もやはり同じような住宅街が広がっています。
「BANANA STAND」と銀行3社のATMがひとかたまりになっている謎のエリアに遭遇。ここを通りかかったあたりで、電車の音が聞こえてきました。いつの間にか別の駅の近くまで来ていたのでしょうか。
……おや?
あれ???
?????
どういうわけか、桜上水駅に戻ってきてしまいました。全くわけがわかりません。私は駅を出てからほぼ道なりに進んできて、途中2〜3回くらいしか曲がってないはずなのに。常識的に考えて、こんなことがありえるでしょうか? なんだか空恐ろしくなってきたので桜上水を発つことにしました。
しかし、なんということだ、駅のホームから先ほど目にしたメイプル超合金が見えるではありませんか。桜上水駅に降り立ったその瞬間から、私はずっとメイプル超合金に監視されていたわけです。こんな恐ろしい場所にはいられません。一刻も早く離れなくては。
7:50
すっかり縮み上がった私は桜上水から逃げ出すと、先ほどと同じく明大前で乗り換えを行い、今度は京王井の頭線の永福町駅に降り立ちました。永福町なら安心です。昔親戚も住んでたし。
とはいえ、私は何も無意味に永福町に来たわけはありません。永福町にはロイヤルホストがあると聞くので、そこで朝食としゃれこもうというわけです。先ほどのショックはロイヤルホストのモーニングでも食べないと癒えません。それに、以前から永福町のロイヤルホストには一度行ってみたいと思っていたのです。『不安の種』にも出てくるので。
駅から5分ほど歩くとロイヤルホストの店舗が見えてきました。屋根が緑色のロイヤルホストは初めて見た気がします。
入店して思ったのですがこのロイヤルホスト、今までに訪れたファミレスの中でも屈指の居心地の良さかもしれません。内装とかはごく普通のファミレスなのですが、地域で愛される老舗の食堂のような親密さを感じられるのです。ロイヤルホスト本来のホスピタリティをも超えた、チェーン店であることを忘れてしまうような包容力があります。
そして、ああ、麗しきこのモーニングメニューよ! どんな書物より私を豊かな気持ちにさせてくれます。
「オムレツモーニング〜オニオングラタンスープ・サラダ付〜」だってさ! 大理石でできた記念碑にでも刻んでおきたい一文ではないですか。
しかし私が注文したのは、「ロイヤルホストモーニング〜オニオングラタンスープ・サラダ付〜」。私は店名を冠したメニューにからきし弱いんだ。もちろんドリンクバーもつけます。オレンジジュースなぞ飲みながら待っていたところ、料理が運ばれてきました。
へへっ、こりゃいいや!
これは5時起きした甲斐があるというものです(サラダは先に来たのでもう食べてしまいました)。このスクランブルエッグのぷるぷるさが伝わりますか。まるでクラゲのようですぜ。
無心でモーニングを食べ、食後にコーヒーをば1杯。もう帰ってもいいのではと思えるほどに心は満たされてしまっています。今から帰れば家に着くのは10時頃。そこから二度寝をしたらどんなにか気持ちがいいでしょう。でもそれは「さすがに」なので、今日これからの予定を改めて考えることにしました。
何もやりたいことがない…………
参ったことに、やりたいことが1つも思い浮かばないのです。確かに私はこれといった趣味もなく、エネルギッシュさには欠ける人間です。しかし、せっかくの休日に張りきって5時起きし町中へと繰り出しておいて、ちょっとしたやりたいことの1つも出てこないなんてことがあるでしょうか。いや、今はきっと食後で頭がぼんやりしているだけです。ロイヤルホストを出て、永福町をぶらつけばじきに何か思いつくでしょう。
駄目だ………………
何もやりたいことが思いつきません。目に映る全てが映画のセットのように自分とは無関係に見えます。世界から自分が隔絶されているような感覚。私は、私は、人生を楽しむのが下手なのです。
やはり私のような人間は5時起きなどすべきではなかったのでしょうか。ただもう眠って、眠り続けて、夢の中に束の間の幸せを見出している方がまだましだったのでしょうか。でも、ここで背中を丸めて帰宅するわけにもいきません。そうすれば今日の体験は「挫折」ということになり、5時起きへの苦手意識がより強くなってしまうからです。せめて日が傾き始める時間までは、私は歯を食いしばってでも外にいなければなりません。
気が付けば永福町駅の改札へと入っていました。吉祥寺方面と渋谷方面のどちらに向かえばいいのかもわかりませんが、いちかばちか渋谷を目指すことにしました。渋谷駅からであればあらゆる方面にアクセスしやすいし、何より私は渋谷が嫌いなので「ここにはいたくない」という一心で新たな目的地を見つけられるかもしれないと思ったのです。
10:00
渋谷!!
渋谷!!
こんな場所に1秒だって長くいられるか! 退散! 退散!
10:20
渋谷から田園都市線に乗って用賀に来ました。なぜ用賀なのか自分でも全然わかりません。人は追い込まれると用賀に来るものなのかもしれません。
用賀は駅の入口がすり鉢状になっていたり「こども空気」があったりと良い町でしたが、私の心は空っぽのまま。でも、私だって本当はわかっているんです。こうしてゾンビのように町をそぞろ歩いているだけでは楽しいことなど起きるはずがないと。わかってはいても、具体的に何をすればいいのか見当がつかず、焦りを紛らわすためにまたむやみに歩いてしまうのです。なぜ私は用賀でこんなことをしているのでしょう。
闇雲に町を徘徊していても仕方ないので、一旦ベンチに腰を落ち着け今後について冷静に考えることにしました。もはや「やりたいことを見つける」など悠長なことを言っている場合ではありません。何でもいいから明確な目的を設定しなければ今日という日が無駄になるだけです。藁にもすがる思いで、田園都市線の路線図を見てみました。
(ジョルダンより引用)
まあ、この中で一番目を引かれる駅が「南町田グランベリーパーク」であることは否定できません。行ったことがないのでよく知らないのですが、おそらく同名のでかいショッピングモールがあるのでしょう。しかし、ここで南町田グランベリーパークに行くのは考えの放棄というか、自主性の敗北のような気がします。人は生きていれば自然と南町田グランベリーパーク的な場所に行き着くものだと思うのです。施設そのものやそこに行く人たちを悪く言うつもりはないのですが、わざわざ記事上で「南町田グランベリーパークに行く」様子を見せる意味が果たしてあるのでしょうか。
ですが、もはや行き先を選り好みしている状況ではないのもまた事実。とりあえず、南町田グランベリーパークの公式サイトを見てみることにします。
(南町田グランベリーパーク公式サイトより引用)
「シネマ」とある通り、南町田グランベリーパーク内には映画館もあるようです。これはいいですね。私はショッピングモールの中にある映画館に目がないんです。一応上映作品を調べてみましょう。
(109シネマズグランベリーパーク公式サイトより引用)
(109シネマズグランベリーパーク公式サイトより引用)
「破墓(パミョ)」、ご存知ですか。墓を掘り返したらやばいものが出てきたというようなストーリーの韓国のホラー映画です。日本では先月公開されたばかりで、私もタイトルくらいは聞いた覚えがあります。それが、南町田グランベリーパークの109シネマズで上映されているというのです。
「南町田グランベリーパークに行く」では安直です。しかし、「南町田グランベリーパークで『破墓(パミョ)』を観る」、これはどうでしょうか。むしろ有りなのではないでしょうか。「5時起きして」「南町田グランベリーパークで」「破墓(パミョ)を観る」……全然悪い響きではありません。一筋の光明が見えてきた気がします。私は急いで田園都市線に乗り込みました。
11:50
南町田グランベリーパーク駅に到着しました。心なしか駅名表示の板も普通のより横長に見えます。
駅に降りてまず思ったのは、ホームの歩きやすさ。エスカレーターと線路の間がこんなに離れてる駅ってあります!?!?
改札を出ると、そこはいきなりグランベリーパークの敷地内。休日、それも三連休の中日ということもあってかなり混み合っていますが、人混み特有の息の詰まる殺伐とした感じはありません。おそらく休日にこういう場所に来る人たちは概して幸福度が高めなのでしょう。
まずは映画館に向かい、チケットを確保します。16時20分からの上映とだいぶ時間が空きますが、ここにいれば時間つぶしには困らないはずです。早速、施設内を見て回ってみることにします。
南町田グランベリーパークを見て回っているうちに、個としての意識が薄れ、群衆に溶け込んでいくような感覚を覚えました。それほどまでにこの場所は最大公約数的な「人の営み」で満ち満ちているのです。平均的な日本人の一生を映し出す万華鏡とでも言いましょうか。「普通」というものの強大さに屈服するにはこれ以上ない施設だと思います。こんなことを言っていると誤解を招きそうですが、普通にめちゃくちゃ良いショッピングモールです。店舗に入らずとも施設内をを歩き回っているだけで楽しく、テーマパーク的なワクワク感があります。
あと、そこかしこに椅子やベンチなど座れる場所があるのが良いです。本当にけっこう至る場所にあって、これだけ人が多くてもすぐに空きを見つけられるほど。これはかなり嬉しいポイントです。
ただ仕方ないことではありますが、フードコートやレストランはどこも恐ろしく混み合っています。少しでも空いている店に入ろうと思ったのですが、少しでも空いている店などないのです。休日のショッピングモールで食事にありつくことの大変さをわかっていませんでした。
グランベリーパークで昼食をとるのは諦め、2つ隣の中央林間駅に移動してラーメンを食べました。私は自由な蝶です。
13:20
グランベリーパークに戻ってきました。あとは映画の上映時刻までひたすら待つばかりです。その間の行動はダイジェストでお送りします。
・駅前に建つタワマンの入口がグランベリーパーク内にあったので、その付近に立って出入りする住民を眺めていました。自宅マンションに直結する形でこんな大規模な商業施設があるという暮らしがどんなものなのか、私にはまるで想像がつきません。フードコートのマクドナルドをテイクアウトして自宅で食べたりするのでしょうか。
・『ドカ食いダイスキ!もちづきさん』の単行本を買いました。ネット上でのみんなの心配ぶりからめちゃくちゃえげつない話(無理やりドカ食いをさせられる女の子の話とか)だと思い込んでいたのですが、読んでみたらそんなことはなかったので安心しました。
・モンスターエナジーの白を飲みました。モンスターエナジーの白をわざわざ撮影する必要はないと思ったので写真はありません。
・あとはただもう、ベンチに座ってニコニコしていました。私だって特別楽しくなくても笑うくらいのことはできますよ。もう大人なんだから。
16:00
そうこうしているうちに「破墓(パミョ)」の上映時刻が近づいてきました。気付けば日も沈み始めています。結果的に私は、16時20分上映の映画を観るために5時起きしたことになるわけです。そう考えると、今日という日は、いったい、何だったのでしょうか? 深く考え始めるとわけがわからなくなってくるので早く映画館に向かいましょう。
18:50
「破墓(パミョ)」観終わりました。面白かったです。もしこれが「あんまり」だった場合、正気じゃいられない可能性もあったので正直ヒヤヒヤしていたのですが、そんな不安を抱いていたことが申し訳なくなるような良い映画でした。時間は134分とわりと長めながら、展開が多くテンポも良いので終始画面に釘付けで楽しむことができました。5時起きしたにもかかわらず全く眠くならなかったので、かなりの面白さと言えるでしょう。登場人物でいうと納棺師のおじさんが良かったです。
映画館を出ると外はすっかり夜。これはもう、十分今日という日を堪能したと言えるのではないでしょうか。これ以上何かをする必要はないと思います。晩飯を食べる気分にもなれません。帰りましょう。帰らせてください。
一日を振り返って
家に着いたのは21時頃。今日という日を振り返ってみると「電車移動」ばかりしていたような気がしますが、それでも普段と比べればずっと充実した一日でした。記憶もいつもより鮮明で、何時頃に何をしていたかということをはっきり思い出すことができます。普通、5時起きは「早起きしなければできないこと」のためにするものだと思いますが、一日の可処分時間を増やすという意味でも価値のあるものだと今日の経験からわかりました。
もっとも、今回の体験で5時起きへの免疫がついたかというと、別にそんなことはないです。というか、何をするかによると思います。今日のようにただ遊ぶだけなら5時起きも悪くないですが、仕事や嫌な用事のために5時起きするのは苦痛でしかないでしょう。結局のところ、起床時間はどうでもいいのかもしれません。なるべく嫌なことはせずに、起きたい時間に起き、一日一日を大切に生きていきたいですね。って、それができりゃ世話ないか! ゲラゲラゲラゲラ!!