みなさん、世の中にこういうものがあるのはご存知だろうか。

 

業務用2リットルのハーゲンダッツ

 

ある日、突然でっかいハーゲンダッツが家に来た。

いや、もちろん自分の意思で通販したので、注文通りに商品が届くのは当たり前なのだが、あまりの貫禄にそういう感覚になった。

 

ハーゲンダッツといえばアイス界の王様だ。コンビニで手軽に買えるけど、他のバニラアイスよりちょっとお高くて、ここぞという時に買う特別な存在。

嬉しい日も悲しい日も、乳脂肪分に溺れたい時に何度も救われた。それがハーゲンダッツのアイスである。

 

そんなありがたいアイスが、目の前にどーんと2リットルもある。

 

なんて無骨な見た目なのか。誰がなんと言っても業務用だぞという感じがする。

もちろんここは自宅だ。業務どころかただの生活の場である。どうしても違和感を拭い去れない。

 

 

おなじみのミニカップのことを思い出してみる。シックな配色、手の平よりも小さいサイズ、なんて奥ゆかしいのか。

 

 

それが、こう。本当にいいんですか、あなた。

こちらは冷静を装っているけど、飛び上がるほど嬉しい気持ちでいっぱいです。

 

 

なんといっても2リットルも入ってるので重量感がすごい。

写真を撮るために片手で持ったはいいが、腕の筋がブルブルいってしまう。

 

 

業務用ハーゲンダッツは両手じゃないと支えられない。これまでハーゲンダッツに感じたことがない重量感。ああすごい、すごく重い。

 

 

腕が冷えてくるので体勢を変えていたら、いつの間にか赤ちゃんをあやす感じで抱いていた。

愛おしい存在という意味では同じなので、この持ち方になってしまうのは仕方がないのだろう。

 

 

抱いていたら溶けるのが心配になってきた。いったん冷凍庫に入れることにした。

小さな冷凍庫なのでスペースが心配だったが、ぴったり収まった。これからここで快適に過ごしていただきたい。

 

 

3分後にまた出してきた。ガマンの限界だった。

私がそんなにおおらかだと思ったら大間違いだ。だって2リットルも! ハーゲンダッツが届いてるんですよ! 食べずに抱いてどうする!

情緒不安定で血圧がどうにかなってしまいそうだ。

 

 

冒頭で「ある日、突然でっかいハーゲンダッツが家に来た」と偶発的な出来事のように言っておいてなんだが、実はアイスをすくうディッシャーも事前に用意していた。

言動がチグハグだが、どれも正直な気持ちと行動である。

すべては業務用ハーゲンダッツ2リットルがそうさせるのだ。

 

 

アイスの表面をディッシャーでこそいだ。驚くほど硬い。ショックだった。忘れていた、ハーゲンダッツの硬さを。

5分ほど奮闘して何とかディッシャーですくえるようになった。

ちなみに初めてアイスを1玉取り出した時の写真は残っていない。気がついたら4玉取り出していた。夢中だった。

 

 

もちろん味は最上級においしい。あの奥ゆかしいミニカップで食べるハーゲンダッツと同じ味。華やかなバニラの香りと、口に広がる乳脂肪分のコクに、思わず目を閉じてじんわりしてしまう。

このコク深いじんわりを2リットル分も味わえるのかと思うと、心が奮い立った。

終わらない旅が始まったのだ、そう思った。

 

 

 

 

CMみたいに暖炉の前でハーゲンダッツを食べたい

 

10年ぐらい前のハーゲンダッツのCMだったと思う。あれを見てずっと憧れだったシチュエーションがある。

場所は暖炉のあるログハウス。柴咲コウさんと友人たちが暖炉の前で談笑しながら、少し溶けて食べごろになったハーゲンダッツを食べる、というものだ。

暖炉の前でハーゲンダッツ、身も心も裕福な人の暮らしという感じがして憧れだった。

今の私は2リットルものハーゲンダッツを所有している。そんな裕福な今こそ憧れの暖炉食べを試してみたい。

 

 

 

暖炉が映像なので庶民感が拭い去れない。が、これが意外と良い。

 

 

ゆらゆらと揺れる火、リズムカルに弾ける薪の音。そして手元には溶けて食べごろになったハーゲンダッツ。

ひと口で分かった。なるほど、裕福ってこういうことなんだ。

暖炉の映像を見ながらハーゲンダッツを半分食べたあたりで、私はひとつ致命的なことに気がついた。

この暖炉、熱がない。映像だから。

私は立ち上がった。

 

 

 

あるじゃないか、我が家にも暖炉が。暖炉というかコンロだけど。

 

 

暖炉(コンロ)の火に顔の表面をじりじりと温められながら、冷たいハーゲンダッツを頬張った。

これ、本当にすごくいい。直火で体の表面だけを温めることで、体内に取り込まれたハーゲンダッツの冷たさをひしひしと感じるのだ。

この温度差こそ贅沢というやつなのか。なるほど、やってよかった。

 

 

 

 

ハーゲンダッツの香りを顔面に浴びたい

 

食べ物から立ちのぼる湯気は魅力的だ。

私は食べ物に手をつける前に、まずその芳醇な香りをまとった湯気を顔面に浴びるのが好きだ。

これをハーゲンダッツでもやりたい。しかしハーゲンダッツは凍っているので、湯気とは無縁だ。

私は考えた。

 

レンジで温めてホットハーゲンダッツにしてみよう。

 

 

温めた。アイスはすっかり溶けて影も形もない。表面は泡立てたようにふわふわだ。

 

さっそく顔面をマグカップに向け湯気に当てた。濃厚なバニラの甘い香りに包まれて、しばらくぼーっとしてしまった。

まるで全身がハーゲンダッツに包まれているかのような感覚というのだろうか。この体験が合法というのだからすごい。

十分に湯気を楽しんだあとに、ふわふわの液体をひと口飲んだ。後頭部を業務用2リットルパックで殴られたような衝撃を覚えた。甘い! 凶悪な甘さに慄いてしまった。ホットハーゲンダッツのバッドトリップだ。

牛乳を3分の1ほど足して温めなおしたら、無事にほっこりおいしい飲み物になった。ああ、びっくりした。

 

 

 

 

ハーゲンダッツへの恐れを克服する

 

ハーゲンダッツは他のアイスよりもちょっとお高い贅沢な食べ物だ。

だから私はいつもハーゲンダッツを希少価値のある宝石のように扱ってしまう。

 

例えばコーヒーゼリーを作って、それに添えるバニラアイス役にハーゲンダッツを採用した時は、少し緊張してしまう。

ハーゲンダッツという立派なものを脇役として添えてもいいのかという罪悪感があるのだ。

 

 

でも今の私はちがう。なんといっても業務用のハーゲンダッツを所有しているのだ。

コーヒーゼリーに乗せる少量のバニラアイスのことでそんな緊張する必要はないのだ。

むしろもっと贅沢にのびのびとハーゲンダッツを乗せてやらないといけない。

 

 

というか、もうハーゲンダッツにコーヒーゼリーを添えたらいいじゃないか。逆転ぐらいがちょうどいい。何を恐れているのか。

この割合でもコーヒーの風味は十分するし、むしろ苦みがほんのりアクセントになってすごくおいしかった。

 

 

 

じゃあホットケーキだってそうなんじゃないか。

熱々のホットケーキに冷たいハーゲンダッツをちょこんと乗せると最高だが、でも本当にハーゲンダッツは「ちょこん」でいいのか?

もっとハーゲンダッツを味わいたいんじゃないか? ホットケーキに遠慮してないか?

 

 

だからハーゲンダッツをお皿にこうして、

 

 

その上にこう、じゃないのか?

 

 

ホットケーキがハーゲンダッツの海に浮かぶ島になった。

そうだよ、私はこうしたかったんだ。ハーゲンダッツは海のようにすべてを受け入れ、広大であってほしい。

 

もう贅沢だといってハーゲンダッツを恐れない。これからは大胆に生きていきたい。

 

 

 

 

いつまでもハーゲンダッツと

 

それから5日間、私は毎日ハーゲンダッツをすくった。

 

 

気がつくとパックの底が見えていた。無限に思えたが、どうやら終わりがあるらしい。

帰宅して、冷凍庫から業務用ハーゲンダッツを取り出し、食べる。ハーゲンダッツが家にあるだけでこれほど心が満たされるものなのかと毎日思った。

 

 

カチカチすぎて苛立ったこともあった。

 

コンロの前でぼーっとしながら食べた時の味を忘れない。

 

レンジで温めたら湯気で精神がキマってしまった。そのあとはびっくりするほどの甘さで殴ってきたね。

 

君は脇役なんかじゃない、いつだって主役だ。贅沢する大切さを教えてくれた。

 

最後の1玉半は味わいながら食べた。最初に食べた時と同じ味。

終わりは来るけれど、いつまでもずっとおいしい。それが業務用2リットルのハーゲンダッツなのだ。

 

 

空の容器はどうしても捨てられなくて、洗って乾かしてみた。

ぽっかりと空いた容器……寂しくないと言ったらウソになるだろう。

 

 

 

ハーゲンダッツの残り香がめちゃくちゃ良すぎて、今も私は隙を見て嗅いでいる。

 

 

ありがとう、業務用2リットルのハーゲンダッツ……

 

 

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