「中目黒まで」

 

「はいよ」

 

 

そう言うとタクシーは走りだした。

 

私は先ほど参加していた会議のことを考えていた。もっとしっかりと断っておけばよかったか……?今回の件についてはこちらにとって旨みがなさすぎる。断るべきだと思ったのだが、普段から付き合いのあるお得意さんだった事もあって、なんとなく歯切れの悪い返事を返してしまったのだ。

 

 

「下山さん、どう思います?今日の件」

 

 

部下の山崎が声をかけてきた。私はスマホの画面を眺めながら、フッとため息まじりに答えた。

 

 

「どうもこうもないよ。時間の無駄だった」

 

「同感です。月末はただでさえ忙しいのに、そのうえあんな無茶を通そうだなんて都合が良すぎますよね」

 

「先方には改めて断りの連絡を入れておかないとな」

 

 

そう言いながら、私はこの後の予定をスマホで確認した。30分後には来客の用事が入っており、その後はずっとデスクワークになりそうだ。

 

 

「そういえばこの後、来客があるんですよね」

 

「ああ、元同僚が顔を出すらしくてね。このあいだ独立したから、それの挨拶まわりだろう。」

 

「へえ〜、僕もご挨拶してもいいですか?」

 

「構わんよ。そういえば美味しいネギトロをお土産に持って来るって言ってたな。君もいただくといいよ」

 

「やったぁ、ありがとうございます」

 

「お客さん」

 

 

突然、タクシーの運転手が会話に切り込んできた。

 

 

「はい?」

 

「ネギトロのネギって、野菜のネギじゃないって知ってますか?」

 

「そうなんですか」

 

「ええ、実は全然別の意味があるんですよ。何だと思います?」

 

 

ああ、めんどくさい。たまに相手の会話に入ってくるタクシー運転手がいるが、私はそういうタイプが苦手だ。初対面の人と話し込む気にもなれないし、放っておいてくれよといつも思う。

 

 

「いえ……予想もつきませんね」

 

「もうちょっと待ってください、考えますんで!」

 

 

逆に山崎はこういうのが好きなタイプらしい。アゴに手を当て、真剣に考えているようだった。こういうおふざけに付き合うのは、コイツの悪い癖だ。

 

 

「いやあ、降参です!考えてみたけど全然思いつかない。」

 

 

山崎は手をひらひらと振って降参を促した。フッ、と勝ち誇ったように笑う運転手の口元がバックミラーに映った。

 

 

「正解はね、『ねぎる』っていう動作が由来なんですよ。削ぎ取るという意味です。現代ではめっきり減ってしまいましたが、当時はマグロの中落ちの部分を使っていたので、それを削ぎ取って具にしていたんですね」

 

「へえ〜そうなんだ、運転手さん物知りですね」

 

「(おい、山崎……もう放っておけよ)」

 

「(いいじゃないですか、どうせ会社まで退屈でしょう。会議のせいで気分も落ち込んだし、このままこのクイズタクシーを楽しみましょうよ)」

 

 

もう勝手に「クイズタクシー」なんて名前までつけてしまっている。私はまたひとつため息をつくと、わかったわかったとつぶやいた。山崎はニカッと笑うと前に向き直った。

 

 

「運転手さん、もう一問。せっかくなんでもう一問お願いします」

 

「うーん、そうですねえ……じゃあ、同じ海産物縛りでこんなのはどうでしょう?タコの寿命って、何年だと思います?」

 

 

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タコの寿命……そんなこと考えた事もなかった。軟体動物なので骨はなく、足が8本もあるという生態から、あまり長生きはしなさそうだが。しかしクイズにするという事は、意外と生きるという事ではなかろうか。

 

 

「うーむ……あまり長生きはしなさそうだけど……10年くらい生きるのかな?」

 

「僕も8年か10年か、それくらいじゃないかと思います」

 

「なるほどね。それでは正解といきましょうか」

 

 

運転手は半分笑いながら答えた後、たっぷりとタメを作ってこう言った。

 

 

「正解は1年です。たった1年。どんな種類のタコであってもたった1年しか生きられないんです」

 

「1年だって!」

 

 

私はつい大声を上げてしまった。

以前ネットか何かで、巨大なタコが船から釣り上げられた画像を見た事があるが、あんなものでも1年しか生きられないのか。意外すぎる。

クイズタクシー……意外といいかもしれない。いつの間にか私はこの空間を楽しみ始めていた。

 

運転手さん、次の問題をお願いします、と言おうとした矢先、山崎がぼくの肩をこついてきた。

 

 

「(下山さん……!)」

 

「(なんだ山崎、いま良いところじゃないか)」

 

「(これ……!)」

 

 

山崎が一瞬運転手のほうを確認すると、スマホのスクリーンをこちらに向けてきた。それを見た私は言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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次の瞬間、見えざる力がかかっていきなり山崎はものすごい回数ねじれて死に、タクシーは燃え盛る炎に包まれながら時速300kmくらいの速さで真っ暗な謎の神空間に突入、そのまま時速が5,000kmくらいまで上がってめちゃくちゃすごい圧が内臓全部にかかって私は意識を失い、もう目覚めることはなかった。あれは何だったのでしょうか……。

 

 

 

 

 

※この話は、僕と弊社代表のシモダが体験した実話をもとに書かれています。