みなさんはどんな学生時代を過ごしていましたか? 私は最悪でしたよ。彩雲と申します。

特にひどかったのは中学生のときで、とにかく学校に行くのが嫌で仕方ありませんでした。

何が嫌だったかって、校則ならびにそれを基準とする閉鎖的な価値観に従わされることです。シャツのボタンの開け閉めとか靴下の柄といったことを、さも人間や世界の本質にかかわる重大事のように扱うノリにはついていけませんでした。

 

そうした校則の1つに、登下校時の寄り道や買い食いを禁じるというものがありました。おそらく多くの中学校に同様のルールがあるでしょうし、校則の中では必要性を理解できるものではあります。しかし振り返ってみると、それによって私の行動が奇妙に歪められていたように思うのです。

当時の私の家から中学校までは徒歩にして15分ほどの距離で、その道中にはコンビニや飲食店や自動販売機がいくつもありました。にもかかわらず、3年間にわたる登下校の最中に私がそれらを利用したことはただの一度もなかったのです。

 

そういうルールじゃん、と言われればそれまでかもしれません。でも一般的な感覚なら、毎日のように前を通りかかる店々に一切入らないなんてことはありえないじゃないですか。

当時はこの校則を疑いもせずに受け入れていましたが、今になって釈然としない気持ちが湧き上がってきました。そこで大人になった今、改めて中学校の通学路を歩いて寄り道や買い食いをしまくってやろうと思います。

 

というわけで当時住んでいた町を訪れ、通っていた中学校の前までやって来ました。校舎の写真を載せるわけにはいかないので、代わりに学校の前の道のアスファルトで勘弁してください。

中学校を卒業してもう十数年が経ちますが、未だに学校に近づくと胸がざわつきます。学校を中心とした半径100メートルくらいのエリアは、私の中で危険区域として刷り込まれているのかもしれません。

※念のため言っておきますが、私の通っていた中学校が特別やばかったわけではないです(一般的な公立中学校の校風だったと思う)。ただ私との相性が悪かったというだけで、学校の名誉を貶める意図はありません。

 

学校のすぐそばにはファミリーマートがあります。このファミマ、登下校時には必ず目にしていたにもかかわらず、休日や放課後も含め入ったことは1回あるかないかだったと思います。

3年間毎日のように見るファミマに一度しか行ったことがないって異常ですよ。当時の私はこのファミマを、ゲーム上に配置されているけれど実際には入れない背景グラフィックのようなものとして認識していたのかもしれません。

 

しかし、校則に縛られない今ならこのファミマで買い物するなど造作もないこと。ファミチキ(増量)とレッドブルを買ってやりましたよ。コンビニで買い物をしてこんなにテンションが上がったのは初めてです。

 

母校を臨みながら食べるファミチキ(増量)は格別の味。当時こんなことをしていたらすぐさま生活指導の先生に見つかって大目玉を食っていたでしょうが、何人たりとも今の私を咎めることはできません。ざまあみやがれ!!!!

……失礼、つい昂ぶってしまいました。中学時代を思い出すとどうしても心穏やかではいられないのです。今回の企画は、私のトラウマ(というほど深刻なものでもないですが)を克服するための儀式にもなりそうです。

 

通学路を歩いていると、当時の嫌な記憶と今はそこから解放されているという感慨が同時に押し寄せて、なんとも複雑な気分になります。今回は学校→家という下校のルートをたどっている分まだマシですが、逆だったら負の感情に押しつぶされていたでしょう。

 

試しに後ろを振り返ってみたところ、しっかり気が滅入りました。登校時の暗澹たる気持ちが新鮮に蘇ります。この何でもない風景にこうも心乱されるとはね。

 

しばらく歩くと、2軒目のコンビニであるセブンイレブンが見えてきました。先ほどファミマで買い食いしたばかりですが、当然ここにも立ち寄ります。それこそが私を過去から解き放つための手段なので。

 

というわけでスニッカーズとカンデミーナを買いました。俺を止められるものなら止めてみろ。

 

このセブンも中学時代はほとんど入ったことがなかったと思いますが、卒業後に一度足を運んだとき特に親しくなかった同級生がバイトしていて少し気まずかったのを覚えています。

当時の同級生のうち、何人くらいが今もこの町に住んでいるのでしょうか。都内なのであえて実家を出ていない人も案外いるのかもしれません。

私は学校という場こそ嫌いでしたが、同級生はいい人が多かったので久しぶりに会ってみたい気持ちもあります。同窓会でオモコロの話題が一切通用せず気まずい思いをしたい。同窓会に呼ばれたことはありません。

 

セブンイレブンのすぐ近くには回転寿司店の銚子丸があります。登下校時に入ったことはもちろんありませんが、休日などに家族で行くことはたまにありました。

寿司を食べる日といえばハレの日ですから、銚子丸に行くときの自分はいつも上機嫌でした。銚子丸に行った記憶は、そのまま子ども時代の幸せな思い出と直結していると言っても過言ではないかもしれません。

 

ところが中学校の登下校時に見る銚子丸は、まるで蜃気楼のようにリアリティーを欠いた存在になり果てていました。学校が、寄り道を禁じる校則が、風景をそのように変えてしまったのです。

母と一緒に寿司を食べに行った記憶すら、ともすれば嘘のように感じられました。私は大切な思い出をも捻じ曲げられたのだ!!!!!……というのはさすがに言いすぎですが、擬似的にとはいえ下校中に銚子丸に立ち寄るのは、特に意味のある復讐になりそうです。

 

気合いを入れて十数年ぶりに入った銚子丸の店内は、記憶にあるより高級感があって落ち着いた雰囲気でした。

銚子丸が回転寿司チェーンの中では高めの価格帯だというのも大人になってから知ったことですが、それによって見え方が変わっているのかもしれません。

 

当時はなかったタッチパネルでメニューを見ると、どれも思っていた3倍くらいの価格でビビりました。物価の上昇により値上がりしているのを別にしても、店のランク自体が一段上がっているような印象です。

 

やや圧倒されつつ、ひとまずサーモンを頼んでみたのですが……こんなに? と思うほどうまかったです。明らかに記憶よりうまい。品質が上がったのか、私の味覚が変わったのか、この状況だからかわかりませんが、これには驚かされました。

私の子ども時代における寿司のスタンダードがこれだったのなら、贅沢なガキだったと言わざるを得ません。小学生の頃からこのレベルの寿司をたびたび食べていながら、今でもスーパーのパック寿司で満足できるのが不思議なくらいです。

 

地獄へ続く一本道のように思われた通学路の途中でこうしてうまい寿司を食べていると思うと、愉悦を通り越して感動すら覚えます。

世界とはなんと豊かで、救いに満ちあふれているのでしょうか。学校は決して世界の全てなどではなかったのだと今さらのように思い、胸が熱くなりました。

 

話は変わりますが、私の中学時代といえばかっぱ巻きでもありました。当時のお昼は基本的に給食だったのですが、行事や部活の大会のときに母が作ってくれる弁当がいつもかっぱ巻きだったんですよね。他のおかずもなく、決まってかっぱ巻きだけが弁当箱に詰め込まれていました。

かっぱ巻きは好きなので嬉しかったのですが、今思うとなぜそうだったのかよくわかりません。あと後年、穂村弘のエッセイを読んでいたら全く同じエピソードが出てきて驚きました。そういう中学生って一定数いるんでしょうか。

 

ごちそうさまでした。おいしかったというだけでなく、非常に意義深い食事体験になりました。心の奥底に澱のように溜まり続けていた中学時代の鬱憤がようやく軽くなった気分です。どんな高級寿司も、今日の銚子丸には敵わないかもしれません。

 

さて、そろそろ通学路も終わりが近づいてきました。学校から1歩遠ざかるごとに心が軽くなります。

今でさえそうなのに、よく不登校にならず毎日学校に行けていたものだと思います。当時は学校を休む=負けを認めることだと思っていたので意地でも休まなかった覚えがありますが、この負けん気に意味があったのかなかったのかは未だにわかりません。

 

通学路で最後に現れる飲食店はジョナサン。こちらもやはり中学生のときはほぼ利用していませんでしたが、高校生になると学校帰りにたびたび立ち寄るようになりました。

ブックオフで買った実話怪談の本をファミレスで読むのが、当時の私のもっぱらの楽しみだったのです。中学時代が暗すぎただけで、高校生活も全然明るくはなかったです。

 

入店すると、昔はなかった1人用の席があったのでそこに座りました。私は1人でファミレスに入って大きめのテーブル席に通されるとどんなに店内が空いていてもそわそわしてしまうので、1人席があるのはありがたいです。

 

すでに腹八分目ですが、ここで日和るのも癪なので桃のパフェを注文しました。これくらいの贅沢をしないと、当時の自分に報いることはできませんから。

それにしても、寿司を食べたあとにパフェを食べるって普通に素晴らしい1日ですね。毎日絶望しながら歩いていた通学路で、こんなに満ち足りた時間を過ごせているとは。当時の自分にこの未来を教えてあげたいです。諦めなくて、よかった。そしてパフェはうまい。最近は専門店も多いですがファミレスのパフェも十分おいしいですね。

 

最後に自販機でコーヒーを買って終了です。中学生の頃はブラックコーヒーなど飲みませんでしたが、今ではおいしいと思えるようになりました。これが私の勝ち取った未来です。

「通学路にあった全ての店に寄り道する」という今回のチャレンジ、記事の企画を通り越して本当にやってよかったと思えました。これでようやく過去から解き放たれ、本当の意味で今を生きることができそうです。ありがとう。

 

ちなみに私が当時住んでいた家はすでに取り壊されており、跡地には小綺麗なマンションが建っていました。それでいいんだよ。これ以上、ノスタルジーに浸っている暇はないんだから。