関東地方の梅雨明けを気象庁が発表したその日、俺は「野球」を捨てた。
子供の頃からずっと野球一筋で生きてきた人生にピリオドを打ち、新しい物語をはじめる決意をした。

 

ユニフォームとかボールはゴミと一緒に捨てたし、グローブとバットは甥にくれてやった。野球関連の書籍や選手のサイン色紙も処分した。そうして野球を忘れ、野球とは一切無縁の生活をはじめたつもりだった。

 

だが甘かった。既に野球は、俺の生活、俺の意識、俺の世界の隅々にまで浸透しつくしていたのだ。

 

家から一歩路地に出れば、マンホールという名のネクストバッターズサークルが十数メートルごとに待ち構えていて、マンホールを踏むたびに、野球を忘れようとする俺を再び打席に立たせようといざなっているような気がした。

 

その妄想を振り払うようにして、なんとか先に進もうとする俺の頭上を、鳥という名の外野フライが越えていく。その鳥を追って、犬という名の野手が走る。

信号が、青から黄、黄から赤になりスリーアウトチェンジ。すると、乳母車という名のリリーフカーに乗って、赤ちゃんという名のダルビッシュが登場した。

 

通行人は、男は全員王貞治に見えたし、女は全員、東尾だった。世界は野球で埋め尽くされていた。

 

俺は恐ろしくなって、来た道を戻り、家に帰り、布団に潜り込んでガタガタと震えていた。

だがそれは、布団という名の東京ドームだった。

 

そしてついに、夜(ナイター)が訪れた。

 

 

(イヂローの日記)