20111203_2359851

 

子供の頃からぼくは、肉屋になりたいと思っていた。
いや、もっと前からだったかもしれない。
たぶん、産まれたその瞬間に、まず 「にくやになりたい!」と思ったのではないか。
 
 
そんなぼくは、中学を卒業してすぐに、
ぼくの住む町の商店街の肉屋のおじさんに弟子入りをした。
 
 
肉屋の世界は、とても厳しい世界で、
最初の三年は、肉に触らせてすらもらえなかった。
それどころか、肉を肉眼で見ることすら禁じられており、
肉眼で見ても良いのは、肉汁と、教育テレビだけであった。
 
 
四年目でやっと、肉を見せてもらえた。
六年目でようやく、肉を触らせてもらえた。
 
 
しかし、店に立って肉を売ることは許されず、
駅前や、人通りの多い場所に立って、
通行人に肉を無料で配る仕事ばかりさせられた。
 
 
いちどだけ、肉屋のおじさんに文句を言ったことがあった。
もう八年もここにいるのだから、そろそろ肉を売らせてくれたっていいじゃないか、と。
するとおじさんは怒って、ぼくを魚屋に引き渡した。
 
 
それで僕は、魚屋で働くことになった。
魚屋のおじさんはとても良い人で、僕を可愛がってくれた。
すぐに魚も触らせてくれた。
おじさんは僕に、実に様々な種類の魚類を、触らせたものだ。
 
 
でも僕は、なんだか不満だった。
だって僕は、ほんとうは、肉屋になりたいんだから!
 
 
ある日の夜僕は、魚屋を飛び出し数年ぶりに肉屋に戻った。
 
 
おじさん、ごめんなさい!僕が間違ってました!
もう一度、肉屋をやらせてください!
僕は泣きながら懇願した。
人気のない深夜の商店街に、僕の声が響き渡った。
 
 
すると肉屋の二階の窓が開いて、窓からおじさんが顔を出して、
 
 
そして、
 
 
おじさんは、
 
 
こう言ったんだ。
 
 
「魚だって、肉だろ!」 
 
 
と。
 
 
 
その言葉で、ようやく僕は目覚めた。
 
 
なんで気がつかなかったんだろう。
僕は、勝手にルールをつくって、勝手に自分の可能性を閉じていただけだった。
 
 
牛や豚だけが肉じゃない。
鯖だって、秋刀魚だって、イカだってタコだって、みんな肉なんだ。
だから、肉屋じゃなくてもいい。魚屋でもいい。
 
 
それどころか、人間だって肉なんだから、
その人間と関わって、繋がって、ぶつかって、分かり合って
そしてこの世界を、今よりもっと良い世界にするような仕事をすれば、
それでいいんだ。
 
 
そうすることこそが、本当の肉屋の仕事なんだって
僕はそのとき、ようやく気づいた。
 
 
それからまた5年たって
今僕は、国連で働いている。