子供の頃からぼくは、肉屋になりたいと思っていた。
いや、もっと前からだったかもしれない。
たぶん、産まれたその瞬間に、まず 「にくやになりたい!」と思ったのではないか。
そんなぼくは、中学を卒業してすぐに、
ぼくの住む町の商店街の肉屋のおじさんに弟子入りをした。
肉屋の世界は、とても厳しい世界で、
最初の三年は、肉に触らせてすらもらえなかった。
それどころか、肉を肉眼で見ることすら禁じられており、
肉眼で見ても良いのは、肉汁と、教育テレビだけであった。
四年目でやっと、肉を見せてもらえた。
六年目でようやく、肉を触らせてもらえた。
しかし、店に立って肉を売ることは許されず、
駅前や、人通りの多い場所に立って、
通行人に肉を無料で配る仕事ばかりさせられた。
いちどだけ、肉屋のおじさんに文句を言ったことがあった。
もう八年もここにいるのだから、そろそろ肉を売らせてくれたっていいじゃないか、と。
するとおじさんは怒って、ぼくを魚屋に引き渡した。
それで僕は、魚屋で働くことになった。
魚屋のおじさんはとても良い人で、僕を可愛がってくれた。
すぐに魚も触らせてくれた。
おじさんは僕に、実に様々な種類の魚類を、触らせたものだ。
でも僕は、なんだか不満だった。
だって僕は、ほんとうは、肉屋になりたいんだから!
ある日の夜僕は、魚屋を飛び出し数年ぶりに肉屋に戻った。
おじさん、ごめんなさい!僕が間違ってました!
もう一度、肉屋をやらせてください!
僕は泣きながら懇願した。
人気のない深夜の商店街に、僕の声が響き渡った。
すると肉屋の二階の窓が開いて、窓からおじさんが顔を出して、
そして、
おじさんは、
こう言ったんだ。
「魚だって、肉だろ!」
と。
その言葉で、ようやく僕は目覚めた。
なんで気がつかなかったんだろう。
僕は、勝手にルールをつくって、勝手に自分の可能性を閉じていただけだった。
牛や豚だけが肉じゃない。
鯖だって、秋刀魚だって、イカだってタコだって、みんな肉なんだ。
だから、肉屋じゃなくてもいい。魚屋でもいい。
それどころか、人間だって肉なんだから、
その人間と関わって、繋がって、ぶつかって、分かり合って
そしてこの世界を、今よりもっと良い世界にするような仕事をすれば、
それでいいんだ。
そうすることこそが、本当の肉屋の仕事なんだって
僕はそのとき、ようやく気づいた。
それからまた5年たって
今僕は、国連で働いている。