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たぶん、この町の誰もが、私のことをただのパン屋だと思っているだろう。それは半分は正しいが、しかし半分は間違っている。確かに私はパン屋であるが、「ただの」パン屋ではない。私は、「未来を完璧に予知することができる」パン屋なのだ。

 

いったいなぜそんな能力を持つことになったのか、その理由は分からないけれども、ただ物心ついたときには既に、未来を完璧に予知することができるようになっていた。小学生の時点で、自分が何歳で結婚するかとか、10年後の経済状況がどうなるかとか、未来のことが全部わかっていた。もちろん、将来自分が何になるかもわかっていた。僕は将来パン屋になる。予知能力は完璧で、的中率は 100パーセント。外れたことは一度もなかったから、それは確かなことだった。そして私は実際に19歳のときにパン屋になった。

 

しかし、パン屋になってから1年たっても、2年たっても、パンは1個も売れなかった。5年たっても6年たっても、売れなかった。ジャムパンも、フランスパンも、あんぱんも、メロンパンも、どれもこれも。そしてそれは、10年たった今でも変わらない。驚くべきことに今でもパンはまだ1つも売れていないのである。ただ、そうなることはもちろん、予知能力に目覚めた小学生の頃から既に分かっていた。私の予知能力は完璧なので、私が19歳のときパン屋になってから 29歳になるまでの間、パンがただの1個も売れないことは、当然その頃から知っていたのだ。

 

だから私は、決してパンを焼かなかった。どうせ売れないと分かっていたので、パン屋になってから10年の間に、1個たりともパンを焼きはしなかった。そしてまた、私が将来決してパンを焼かないであろうということについても、私は小学生の時から知っていたので、私は、パンを捏ねることもしなかったし、パンを捏ねないであろうということに関しても当然小学生の時から分かっていたので小麦粉を仕入れさえしなかった。1グラムたりとも。

 

パンを売らず、焼かず、捏ねず、仕入れず、ただただ寝転がっていた。そんな10年だった。だが、私は知っている。今から5年後のクリスマスに、ひとりの老人がパン屋にやってくる。白い頭髪と髭のお爺さん。歳は 80くらい。身長は私と同じくらいだろうか。私の予知能力によれば、お爺さんはそして、この店でいちばん安いパンをくださいと言ってパンを買って帰る。私のパンが売れる最初で最後の瞬間である。

 

もちろん、そのお爺さんというのが、今から50年後の未来からタイムマシンで現代にやってきた私自身にほかならないということも私は知っているし、小学生の頃からそんなことは知っていた。当時小学生だった私は、自分が70年後に45年前に戻って25 年後の自分からパンを買うことも、その自分に自分が25年後にそれが45年後の自分自身と知りつつもパンを売ることも既に知っていたのだ。

 

しかし、そんな自作自演の茶番劇であっても、私はその日のために、パン屋を続ける。そのとき、パンを焼くために、パン屋であり続ける。なぜならば、そこにひとりでもパンを求める者がいるならばパンを焼く、それがパン屋の使命でありその使命を果たすことが私の誇りだからだ!