わかってます

 

 

わかってるんです

 

「チャットまとめのほうがいい」
「長文コメントは読みづらい」
「新編集部としての我を出そうとするな」

……そういう意見があることは重々承知しております

 

 

でも

 

 

スケジュールが合わないんです

 

 

 

いや「スケジュール」って言えば何でも許されると思うなよというのは本当にそのとおりなんですが、どうにもスケジュールが……はい、合わないんです
だから今回も「今週の記事に編集部員が一言ずつコメントをする」という形式でまとめを行います

ただ、今回はさすがに前回ほどには長々と書きません。短く簡潔に、記事の要点を1~2行にまとめます。きっと一分以内に読み終えることができるでしょう

我々、全員ライターですから
短くまとめるのは得意なんです

それでは、どうぞ

 

転校生/癇癪(尊木)

尊木は、自身。狂っていない。

まずはそういうことを知っていただきたい。なのに、ちょっと狂っちゃってる人間を描けすぎている。静かに。とても、静かにだ。うるさくないのが、怖い。

オモコロで読める漫画は、ちょっと狂っちゃってる人間が多く出てくる。今までオモコロに出てきた漫画のキャラクターを全て大集合したら、暖房が強く効いた公民館にたくさんのおじいさんおばあさん子どもがギチといるような緊張感に包まれると思う。考えるだけで冷水機の音が鳴り止まない。

その中でもまだいるのか。また新しいやつ出てきてんじゃん。やばいって。もう。
面白いお笑いのネタ、テレビドラマ、小説、映画、美味しいメシなど。出尽くされたと思っても毎年新しいなにかが出てくるように、やっぱりまだ出てくるんだ。別のヤバいヤツ。そんな期待の超新星。ちょっと狂っちゃってる人間漫画家、尊木の「癇癪」を是非読んでみてください。
「癇癪」て

尊木さんのマンガは、「間合い」で面白くしてるような、確かなセンスが感じられて、読むたびに「あ〜! 尊木のマンガだな〜!」と思わされます。面白いよな〜!

実際のところ、こういうラフな線画でできたマンガは、パッと見の満足感が薄いので、最後まで読んでもらうための求心力が弱いのも事実ではあります。
「サイトに訪れて読む」という行動を促しにくいので、編集部としては、それなりの清書を促すのが定石なのかもしれませんが、一方で、このラフさを尊重してきた結果が今のオモコロなのかもな〜とも思います。

ササッと描いた下書きは、なんかいい感じに見えたのに、清書すると「あれ? なんか違う」と首を傾げる……。多少、絵をかじったことのある程度の人でも、こんな経験があるんじゃないでしょうか。
聞くところによると、ああいうときって、脳が勝手に補完して、ラフな下書き線をなんかいい感じに見せてくれてるらしいです。
何本も重なった迷い線や、歪んだ輪郭線の中から、なんとなく正解に見えるような一本の線を見出しているから、それが清書された一本の線に収束すると、その他の可能性が重なり合った曖昧なイメージがなくなって、「あれ?」と思っちゃうんだとか。へえ〜。

「だから適当でもOK!」とか、「清書したらこの魅力が失われる!」とか、そういうことではないんですが、こと尊木のマンガには、この体験がまるごと滲んでる気がします。
様子のおかしいヤツはボケ、それに振り回されるヤツはツッコミと明確な線引はせずに、曖昧なラインで描いているからこそ、可笑しみやら愛しさやら切なさやら、それぞれの「なんかいい感じ」を受け取ることができる気がするんですよね。
なんで、わざわざKKコンビの名前にしてるのか、というのは、まあ全然意味分かってないんですけど。

ギャグマンガには「やべーやつ」の存在が必要不可欠なわけですが、尊木さんの描く「やべーやつ」には常にどこか悲しさみたいなものが漂っているのが好きです。「もうなんか、世間がそうなら俺はこうするしかないじゃん」みたいな。やべーやつにはならないほうが良いんですけど、こんな視線を向けてマンガにしたためてくれる人が1人いるなら、なってもいいんじゃないのか。清原に。

自分が桑田の立場だったらどういう気持ちになるのか真剣に考えると、最後のシーンで「んう……」となってしまいます。電球食うところ、隣で見てるわけですよね。割れたガラスを口の中に入れっぱなしにしておくわけはないので、こう、舌をぐるんと丸めて、舌先で舌下から歯の裏を撫でるように外に出すわけですよね。そして、血の混ざった唾の中で泳ぐ破片が手の中に吐き出されるのも見てるわけですよね。すると最後の桑田の表情にどうしようもない「うねり」を感じてしまいます。どうすればいいんだ、この読後感

 

出張のお楽しみを知りたいので、勝手に出張に行く(かとみ)

オモコロライターが協力してくれて、それを一人のオモコロライターが手に持って、今回のかとみさんのようにまとめた記事を読むと。楽しいぜ。この場所は。と、思う。結構好きです。みんなが静かに見えないところでツネッてやろうと思っている心が僕には嬉しく思うから。

一人の出張のワクワクってのは結構僕もわかるんですが、実際に想像上のワクワクを超えたことがなくて、お花見とか、夏祭りとかもそう。イメージをなかなか超えない。体が追いつかない。鉛のように遅く、疲れやすい。フリーザが乗ってるやつで移動したい。
それでも、こうして撮影をしながらみんなの意見を読みながら、ONにした状態で行う出張というのは絶対にイメージ通りの、いや、それ以上の楽しみだったと思う。いい企画だと思います。
羨ましい。いいなー。おれもしたい。ずるいなぁ。などと思ってる方々いたらやってみてください。楽しいだけじゃないのに、だまって楽しそうに見せているのが大人です。

この手の、複数のライターが関わる記事って、読む方は楽しいんですが、書く方はそれなりに面倒くさいんです(そもそも連絡・管理が億劫だし、それ以外にもいろいろと……)。かとみさんは、その隘路を気にも留めてない貫禄があって頼もしい!

内部の話なので、ここに書いていいのか分からないんですが、最近、オモコロライターが集まってネタ出しをするチャットスレができました。
今のところは、なぜかファミペイのクーポンを見せ合いっこするだけの場所になっていますが、ライターさんそれぞれから、企画案未満の「なんかありそう」なつぶやきもポツポツと湧いてきて、見ているだけで楽しいです。
そのうち、「その企画、参加したい!」みたいな意気投合があって、かとみさんのようなワイワイとした記事が生まれるんじゃないかとワクワクしています。

もちろん、内心「けっ。キャッキャとつるみやがって。そんなんじゃあ、オモロが濁るぜ」と毒づいている孤高のはぐれものもいるでしょう。そいつの怨念が叩き出す問題作も、同時に楽しみにしています。

私も出張好きです。あんま行く機会ないですけど。人生で最初の「出張」は、オモコロライターになったばかりのときの取材で、取材相手の方が遠方に住んでらっしゃったので、新幹線で行ったんですよね。そのときの道中で食べた弁当とか、移動中に読んでいた小説のタイトルとか、全て鮮明に覚えてます。全ての「ついで」が輝くような出張が好きです。

「eat me sandwich」…いいな。全国区の有名店ではないけど、地域に埋もれたわびさびの店という感じでもない絶妙なローカル感。とある金曜の夕方、近隣のどこかの住宅で「明日、イートミーにしよっか」という会話が「ややハレよりの日常」的温度感で交わされているところが想像できる。その家の壁紙の白さも見える。とても良いです。住みたい。あと「無関係なのにバインダーを持ち出して砂利袋を確認している人」ってのが不条理で良いですね。滝本晃司の世界の住人という感じがする

 

【漫画】うずくまと旅人(白湯白かばん)

実は余り知られていない。夫婦で活動している白湯白かばんさん。この原作と作画で共著してるの、かなり昔から好きなんですよね。一緒に徹夜しながらとか。めちゃめちゃ喧嘩したりとか。コンビニ言ってる間に相手の好きなパックジュース買ってあげたりとか、あるんでしょう。そう思うだけで羨ましいです。

最近Xで更新しているうずくまをオモコロで公開していただきました。今回の話もめちゃいいですね。オルゴールみたいな音がずっとなってるような読後感。最高です。

ただ、うずくまを見てると、たまに、ちょっとずるいな。って思うことがあります。
うずくまってかわいいし、純粋で、前のめりで一生懸命で、人から愛されるキャラクターなんですけど、僕もそうありたいな。って思うんです。いや、僕ってうずくまだったよね。と。
だからうずくまを読んでいると自分の顔がうずくまだと思いこんでしまって、それなのに洗面所。歯を磨くときに吹き出物出来た無精髭と妙なネギっぽい雰囲気がそこにあるんです。死に物狂いで「ボク旅人じゃなくていいや」って言おうと思ったけど、カタカナの「ボク」を言った時点で止まってしまいました。白湯白かばんさん。僕をうずくまにしてください。

出張に関する記事が出た翌日に、こういう「散歩か旅か」をふんわり問うようなマンガが出てると、何かしらの意図を嗅ぎ取りそうになるんですが、多分、なんも考えてないです。「わ、白湯白さんだ〜」と思いながらセットしてるだけだと思う。

なんだか、小学生のときに、図書館でたまたま見つけた当たりの本を思い出すマンガですよね。「お、図書館にもマンガあんじゃん!」と軽薄な気持ちで読んでたのに、ふと、その奥にある世界が垣間見えちゃう感触があるというか。
こっちを見て同じ目線で語りかけてると思ってたら、その目は同時に、僕ではない遠い何か(もしくは、その人の中に拡がる何か)を見ていたことに気付いてドキッとする……みたいな体験がそこにあって、あの頃は、「これがオトナなんだ」と思ってた気がします。

全ての作家は、人生のどこかで自分の中にある宇宙を写し取ったようなファンタジーを一度は描いてほしいと思っています。それこそムーミンとか。ぼのぼのとか。ああいうものに憧れがある一方、あまりに精神が剥き出しになってしまいそうで、自分でやろうと思うとけっこう怖いと思うんですよね。今回、白湯白さんの中の宇宙の一端を垣間見れて嬉しかったですね。まつげのデザインいいな。

このシリーズ、以前から白湯白かばんさんのXで更新されているけど、めちゃくちゃ好きです。私も以前、こういったタイプの漫画(居候ものというべきか)を描いたことがあるんですが、難しいんですよね。ちょっと調整をミスると関係性のバランスが気持ち悪くなってしまうんです。ジンジャーとウズは、もうほんとに絶妙極まりないバランスの上に心地よく成り立っていて「調整の天才だ!!!」と思ってしまいます

 

【まんが】バード・サキュバス(dollly)

dolllyさんはオモコロでも凝り固まること無く、いろんなパターンで漫画を描いている、チョーカッケー人!って感じで好きなんですが、このバードシリーズもずっと好きです。

dolllyさんの描く鳥って目がいいんですよね。この鳥の目の前じゃなくて奥を見ているような瞳がたまらない。この絶妙な気持ちよさが目以外にもキャラクターから背景まで、隅々まで気配りされていて、誰が呼んでもdolllyさんていい人なんだろうな。と思えるのがすごいと思います。
実は、今回もcuteで面白い漫画ですが、奇妙な人間が出てくるその人の目もまたすごくよくていいんですよね。あ、話通じない人だって感じが。

尊木も負けてられません。尊木、頑張ります。

「え!?sexy!?」とか「ヒソピヨ」とか、細かなセリフも面白いの嬉しいよな〜!

昔は、マンガを読んでる間、絵のカッコよさとかコマ割のケレン味ばかりを気に入ってたんですが、最近はこういうセリフの一つ一つがマンガの基礎を作っているんだというのが、知識ではなく感覚として分かってきました。テキストにも満足感があるマンガ、カッコいいっす。

「体が普通に元気な分ヒマすぎる」のシーンもいいよね。本当に魅了症状が出たことある人から出てきた実感というか、この世に存在しないあるあるネタみたいな精度が好きです。

チュンにつばさが生えていることに気づいて自分で驚いてるのに笑いました。dolllyさん曰く、チュンの手と翼は別らしいです。そうなんだ。いつもチュンまんがは身体のモコモコ感がどうやって出せるのかぜんぜんわかんなくてすごいなと思います。とりのことを心底好きな人が、長い時間かけてとりについて考えてないとこうはならないのではないか……。

dolllyさんの漫画は「あなどれない」という印象があります。ふんわりしていて一見無害そうな作風なので、ついつい脳が「あなどりモード」になってしまうんですが、そう思って読んでいると知らぬ間に棘が刺さっている。今回の漫画は「仕方ないですよ サキュバスってそういうものなんで」の台詞に棘を感じました。「え?そうなの……怖……」と

 

ダブル(梨)

僕、5000字書くのに、今だにすごい時間をかけているんですけど。
普通の文字を書こうとするだけで、どこの脳みそを使っていいかわからなくて、みんなの記事みてイタコして、イタコ失敗してるんですけど。
梨さんの記事を読んでると、いや、梨さんの活動を見ていると、それだけで世界を感じます。
梨さん、あなた、地球の寿命でもわかってるんでしょうか。このあとどうなるかとか全部しってんでしょうか。最強なんですか?宿儺?
僕に出来ないことばかりをやっているように感じます。僕がしらないこと、山程あるのは知ってるけど、目の前に「こんなにあったんだ……」って思います。出会うタイミングや関係性が違えば膝を地面につきかねない。
今回の記事も面白かったです。オモコロでできることをどんどんぐんぐんやりまくって欲しい。僕は持論として枯れてもうなにもできなくなったときになにかすげー光る涙粒みたいなのが出てくると信じていてるんですが、梨さんのそれを見てみたいと思っています。でも、無限なんだよな。底がなさすぎる。宿儺?

梨さんを見ると、命が楽しそうだと思います。作品を見ても、本人とお会いしても、創作意欲と生命エネルギーが満ち溢れているのが分かるし、発火したシナプスの群れがパチパチ音をたててるようで眩しいです。
なんか「嘘喰い」というマンガで、覚醒したハルが「紡ぐもまた逆も自在だ」と言ってのけるシーンを思い出すんですよね。梨さんも常時、あの状態にあるイメージ。こんなに根拠のある万能感があったら、世界はどう見えるんだろう。

梨さんの記事を読んでいる間、藤子・F・不二雄や星新一の短編集を読んでるときのような、「そんなアイデアを……! ポンポンと矢継ぎ早に……! 大作にしあげようともせずに……?!」という勝手な焦燥感に襲われます。
世界のどこかで、たまたま同じアイデア・ギミックを思いついた人がいたとして、その人は「いつかこれで一発逆転するんだ!」と温めていただろうに、スマホを見てたら、梨さんが何でもない顔で軽やかに作品に仕立ていて、軽食を済ませたかのような顔で颯爽と去っていく……そんなイメージが湧いてくるんです。

また仕組みを! 仕組みを利用して怖いことをやってる! 梨さんは本当に全てをホラーのために変換できてしまうのではないでしょうか。なんかもう今度は、みたらし団子とかを怖くしてみてほしい。

梨さんの作品を読むたびに「こんなタイプの恐怖があったんだ」と気づかされます。イメージなんですが、脳みその真ん中あたりに「恐怖スイッチ」みたいなのがあって、そこへ至る未知の回路を教えられるというか。「ここから入ってここを経由してこう曲がればほら、恐怖スイッチに到着したでしょ?」という、裏道を知り尽くしてる地域のおじいさんみたいな人です、梨さんは。そして毎回「この角度から見る恐怖スイッチはこんな色をしてるのか…」みたいな発見がある。これからもどんどん裏道を開拓してほしい。あと、糖尿病にだけは気を付けてください。甘いもの食いすぎなので

 

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