近所の野球場やその辺の公園で行われる素人の野球の試合、いわゆる「草野球」にはベンチからのヤジがつきものであった。
草野球がかつてほど一般的ではない昨今、こうしたヤジ文化自体にピンと来ない人も多いかもしれないが、「外野、もっと前でいいよ」という戦術的なアドバイスを騙った相手打者のディスりや「ピッチャー、ビビってるよ」というダイレクトなもの、「バッターのかあちゃん、ブスだよ」という卑劣な親類攻撃まで草野球は常にベンチから浴びせられる罵声に近いヤジで騒がしかったのを覚えている。
ヤジというものはヒートアップした人間がその熱い気持ちそのままに散発的に実行するのが常であったが中にはオーガナイズされ団体芸として実行されるヤジも存在していた。それが今回紹介する「ヤジソング」である。
果たして全国各地で全く同じ歌が存在するかは分からないが、俺の地元では幾つかの代表的なヤジソングが存在しており、それらはほとんど口承で何世代にも渡り変わることなく引き継がれていた。今回紹介したかったのはそのヤジソングの中の一つ、「ピッチャーもう生えた、ボーボーボー」というソングにまつわるエピソードである。
あれは俺が高校生の時。地元の集落対抗のソフトボール大会に貴重な若手として出場した時のことである。参加するのは小学生から大人まで、その集落の構成員であれば老若男女問わず全員参加の総力戦であった。
やや変則的なルールで、試合を前半・後半に分け前半が小学生以下同士の試合とし、後半は中学生以上が試合をする。その後半の試合、初回からピッチャーを任された俺に試合開始と共に早くもベンチ側からヤジソングが聞こえてくる。例の歌「ピッチャーもう生えた」である。
「ピッチャーもう生えた」と一人が叫ぶとキッズたちが「ボーボーボー!」とそれに応じる。勘の鋭い皆様なら分かると思うが彼らはチン毛の事を歌っているのである。二次性徴の話題にビンカンな小学生ならば動揺するであろうこのヤジをあろうことか高校生にぶつけてくるのである。当たり前のようにチン毛ぐらい生えているであろう高校生とのコントラストが逆に会場を失笑で包み、恥ずかしさから制球が乱れた俺は本領を発揮できず失点を重ねてしまった。
「緊張しとったようだね、俺にまかせたまえ」
俺に代わり、次の回のピッチャーは50代ながら筋骨隆々、日に焼けた農家のおじさんである。近所の子供の面倒見もよく、実直な性格で近所でも慕われる人格者だ。彼がマウンドに立つ、すると相手側ベンチからはまた「ピッチャーもう生えた」の大合唱。
「ボーボーボー!」「ボーボーボー!」
俺たちは50代のオッサンが小学生にチン毛が生えていることを歌でイジられながらもそれに動じず、一球、また一球と真剣な眼差しでキャッチャーミットにボールを投げ続けるその様をジッと、腕を組んで眺めていた。