私は英語ができない。中学英語どころか英単語もろくに知らない。 

そんな英語のできない私が初めて海外旅行にいくことになった。行き先は台湾。日本語もまぁまぁ通じるらしいので安心だ。

とはいえ、海外旅行には英会話が必要な入国審査がある。不安だったので、入国審査について知人に聞いてみると、入国カードを記入して渡せばあとは何も聞かれないとのことだった。なんだ、それなら大丈夫そうだ。

 

飛行機から降り、さっそく入国審査の列に並んだ。入国カードは記入済みだ。

私の前に並んでいた女性が審査に入った。カウンターにパスポートを置くと、審査官に何か言われている。英語だ。しかも、まくし立てるような強い口調で。こわい。

間もなく「バーン!」と音がした。なんと審査官がパスポートをカウンターに叩きつけ女性につき返したのだ。場に緊張が走る。

審査官が叫んだ。

「〇〇〇〇〇カバー!」

そうか、パスポートのカバーをはずせって言ってたのか!

審査官は明らかにイラついていた。カバーをはずしたパスポートを開くと、また強い口調で何か言っている。激しいやりとりから目が離せないが、さっきから生きた心地がしない。

審査官は女性を指さし叫んだ。

「〇〇〇〇〇ハット!」

帽子だー! 帽子をはずそう! 今すぐ!

女性が帽子をはずした後も、数分間ごちゃごちゃして、やがて女性は係員2人にどこかへ連れていかれてしまった。

 

終わった。さっきまで見てたのは予知夢かもしれない。英語が分からない女性、それは私だ。

震えながらカウンターへ。審査官の眉間にはまだしわが残っている。こわい。

審査官は、私の入国カードとパスポートを見ながらこう言った。

 

「〇〇〇〇〇ファースト?」

ほぼ聞き取れなかった。かろうじてファーストだけ分かった。早いとか初めてって意味なのは知ってる。今は「台湾は初めてですか?」とか言っているに違いない。

 

「イ……イエス……!」

渾身のイエスを発したあと、私の中でドラムロールが鳴る。審査官が2回うなずいた。正解だ! 

 

「〇〇〇〇〇デイズ?」

まさかの第2問が始まった。デイズって聞こえた。滞在日数を聞かれてるっぽい。

滞在するのは4日間。いや、待てよ。3日目は泊まらずに深夜の飛行機で帰るから、実質2泊3日だ。でもその感じって英語でなんて言ったらいいの?!

 

「ス、スリー……!」

賭けだった。顔の前に立てた指3本が震える。見た目は「何歳ですか?」と聞かれた3歳児と同じポーズだが、重みが全然ちがう。

沈黙のあと、審査官は2回うなずき、脇を通るようジェスチャーをした。

 

やった、受かった……! 雲の上を歩くような足取りで通路へ。

ちょうど審査官の横を通る時に「ウェルカム」という言葉をかけてもらった。絶望した分、喜びで胸がいっぱいになった。

 

一方、隣の列に並んでいた知人は、審査官の前で3本指を立てる私を見て「台湾3回目って言ってるのか……?」と絶望していた。

 

 

 

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