先日、大型自動車運転免許を取るための合宿に行ってきた。その時の話だ。
教習は普通車の教習同様まずは練習用のコース内で行われる。実際の路上に出るのは仮免許を取得した後だ。練習コース内は歩行者はいないとはいえ、他の教習生の車やバイクの存在に気をつけなければならない。そしてコース内にはもう一つ気にかけるべき存在がいたのだ。
仮免許を取得するための検定が近いある日、俺は教官と検定コースの練習をしていた。
「じゃあそこに駐車して」
教官が駐車を指示した場所へハンドルを切る。だが俺はたった数メートル先の指示された場所へたどり着けなかった。つい、ブレーキを踏んでしまったのだ。
「何止まってんの、検定落ちるよ?」
教官が呆れた顔で言う。だが俺がブレーキを踏んだのには理由があった。
「いや、だってカラスがいるじゃないですか……」
「は? カラス?」
指示された駐車場所にはカラスが数羽ぼんやりしていた。このまま進んだらタイヤの下敷きになるかもしれない。そう思って俺はブレーキを踏んだのだ。
「いや大丈夫、車が近づいたら逃げるでしょ」
教官は言う。そう言われればそうかもしれない。カラスは賢い鳥だ。だが、運転するときの心構えは「だろう運転」ではなく「かもしれない運転」じゃないか。「避けるだろう」ではなく「避けないかもしれない」と考えるべきではないのか。
「そうかもしれないけど、逃げないかもしれないじゃないですか」
俺がそう言い返すと教官は笑いながら答えた。
「ないない、絶対ない。ほら早く行って」
なんだそのカラスへの信頼は。カラスかお前は。そんな言い方をされるとこちらもムキになると言うもの。現に、ほんの数メートル先にまだカラスはいる。人間を舐め腐った態度だ。鳥にしては知能があるなどと言われて調子に乗っているな。俺の気持ちも知らないで。バカ。
「じゃあ万が一ですよ、万が一検定中にカラス轢き殺したら減点にならないんですか?」
「ならないならない」
ならないのかよ。ということはカラスのために停車したら場合によってはむしろ減点になる可能性すらあるな。聞いたかカラスども、覚悟しろ。……いや、ダメだ。そんな理由で生き物を殺していいはずがない。カラスを轢き殺して手に入れた仮免許になんの価値があるのだ。
気がつけばカラスはどこかへ飛び去っていた。俺はようやく指示されたところへ車を停める事ができた。
そして教官の指示で再び発進。ギアをニュートラルにしてエンジンをかけ、発進合図。ギアを入れサイドブレーキを解除。ミラー及び目視で左右後方の安全確認。そしてあらためて前を向く。カラスがいる。
やっぱバカだあいつら。